太秦からの映画便り

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笑って泣ける映画

映写室 NO.143 僕たちと駐在さんの700日戦争     
 ―怪物人気ブログ小説を原作にして― 
 ネット社会を反映して、このところ映画の原作が多様化している。この作品も原作は2006年3月から始まったブログ小説だ。半分は実話なのに笑って泣けるという噂が口コミで広がり、2007年10月には1000万HITを突破する。今より長閑だったあの頃、悪戯盛りの高校生を叱りながらも温かい眼差しを向ける大人たちがいた。他愛ないけれどやっぱこんな話に弱い。スクリーンの中の人にも町にも煌きがあった時代に、私たちの記憶が疼く。悪戯が楽しくてたまらない通称ママチャリを、市原隼人が水を得た魚のように生き生きと演じています。

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(C)2008「ぼくちゅう」PARTNERS

 <舞台は1979年のとある田舎町> ママチャリ率いる7人組は、男子だけでつるんで悪戯ばかり。勉強そっちのけでお気楽な高校生活を送っていた。ところが新しい駐在さん(佐々木蔵之助)は、彼らの悪戯に法律違反すれすれでリベンジしてくる。何かあると、大人気なくも自転車で追いかけて来るのだ。それが見たいから悪戯が止められない。駐在さんもリベンジを諦めず、お互い一歩も譲らない戦いが続くという訳だ。
 <スクリーンの中に広がるのは>、青田風のそよぐ少し前の懐かしい風景。町にはまだおせっかいな大人もいれば人情もあった。今ほど受験にキュウキュウしてなかった80年前後は、高校生ものびのびとしていたのだ。田舎には今は消えてしまった何かがあった。この作品は悪戯が生きがいの男子高校生たちを真ん中に据え、そんな時代の空気感をちょっとノスタルジックに描いていく。

 <何と言っても次々と繰り広げられる>他愛ない悪戯が楽しい。ネズミ捕りをからかう為に自転車の全力疾走で試すスピード違反、交通指導の腹話術人形への悪戯、ちなみにリーダーの通称「ママチャリ」の由来は、スピード違反にママチャリで挑んで一人だけ違反までのスピードが出なかったからだ。捕まらなくて面目なさそうな顔をするのが可笑しくて笑い転げる。どこか間抜けなのも悪がきたちの憎めなさなのだ。
 <ここまでのことはともかく>、悪戯をして叱られた記憶は誰もが持つもの。何故悪戯があれほど楽しかったのだろう。子供といってもこのあたりは女子よりは男子の得意分野だ。この年頃の男子はどうしてこれ程馬鹿な事に夢中になれるのだろう。何をやっても楽しく、何があってもめげず、一晩寝れば全てが新しくなった頃。叱られて廊下に立たされても恥ずかしいと言うより得意そうで、男子の間では時には英雄扱い。教師を怒らせるのが生きがいのような男子すらいた。この主人公のママチャリもそんな一人だ。四六時中どうやったら駐在さんを困らせられるかと悪戯ばかりを考えている。元気に怒ってくれない人や本当に弱い人には悪戯しないのが暗黙のルールで、そんなルールを決して破らないのがあの頃の悪がきだった。

 <これを観ると彼らが悪戯をした理由が>少し解る。大人に叱られて半べそ顔の裏に見えるのは喜びだ。上目遣いで大人の怒りを窺う目の嬉しそうな事。叱られたかったんだ、叱る事で大人に構ってもらっていたんだと気付く。悪戯は真っ直ぐでは力及ばない大人と関われる、子供らしいコミュニケートらしい。そんな事をしてでも関わりたい人懐っこさが見えるから、案外腕白坊主は皆から愛されるんだなあ。7人組がまるで知恵比べをするように駐在さんに悪戯を仕掛けるさまに、今の悪がきやかっての悪がきたちが知らず知らず自分を重ねてしまう。
 <そんな高校生を全身で受け止める>駐在さんの隠した優しさがジーンと来る。佐々木蔵之助の抑えた演技と弾けた演技の振幅が良かった。悪戯って大人にじゃれる事なんだ、駐在さんはそれを知ってて叱りながらも甘えさせていたんだと、男同士ならではのコミュニケートが羨ましい。駐在さんでもいい、先生でもいい、大人と子供の間の橋渡しになり有り余るエネルギーのガス抜きをしてくれる兄貴分が今の世にもいるんだろうか。悪戯を本気で叱り、やっていい事と悪い事を怒鳴られながら教えてくれる仕組みは今も社会にあるんだろうか、なんて考えた。
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 <微妙に変わってしまった今>、自分たちの体験がエピソードの元になっているという原作者のママチャリと、その頃16歳だった塚本連平監督の二人が懐かしむようにあの頃を焙り出す。おっとそこに、この企画を通した当時13歳だったと言うプロデューサーも加えないといけない。80年代後半の生まれであの頃を知らないのに、7人組を演じる俳優達も楽しそうだ。めいっぱい弾けて少し年下の悪がき役を楽しんでいる。悪戯って年齢を問わない男子の楽しみらしい。つまり男子は照れ屋だからちょっとひねって誰かに懐くって事だなと、女子の私は納得した。

   4月5日(土)より全国一斉ロードショー

ディープな情報
1.80年前後が、最近よく映画化されます。昨夏の「遠くの空に消えた」もそうでした。今とどう違うかをはっきりとは言えないけれど、ここでは喫茶店のインベーダーゲーム、アイドルのポスター等で微妙に古い時代感が味わえます。この時代に特徴があるだけでなく、これからの日本の映画界を担う人々がこの時代に思春期を過ごし思い入れがあるのも、取り上げられる理由の一つかも。
2.同じ年頃の悪がきを描きながら、舞台になる年が10年遡るのが村上龍原作で李相日監督の創った「69 sixty nine」です。こちらは進学校が舞台なので、ちょっとこましゃくれていて大学の学生運動の真似をしていました。変らないのはどちらの男子も女子に妄想を抱くところで、マドンナに鼻の下を伸ばします。本当にこれは変らない。
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企画したのは長嶋一茂氏

映写室 NO.142ポストマン
     ―天国への手紙を届け続けた父―
  
 去年の10月から新しく歩き始めた「日本郵政グループ」。効率化を図って切り捨てられる事のないよう、過疎地の郵便局の大切さが言われるが、そんな現場で働く「郵便局員」を主人公にした、直球勝負の作品が届いた。企画したのは長嶋一茂氏で、制作と共に地域の人に愛される無骨な主人公も好演している。一人の男の気恥ずかしいほどの真っ直ぐさが心地いい作品です。

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(C) 2008「ポストマン」製作委員会

 <主人公の龍平(長島一茂)は郵便局員で>、2年前に妻を亡くして、房総半島のある町で、中3の娘と小学生の息子の3人で暮らしている。局長から昇進を進められても、現場が好きだと固辞し、しかも未だに配達は自転車だ。町の人の信頼は厚く、中には通帳を預けて用を頼む人もいる。でも忙しい父を見ながら、娘は家事を手伝わない。あげくに高校は寮のある所に行きたいと言い出す始末。
 <…と始まる物語は、「日本郵政グループ」の全面的な協力>を得ているだけに、手紙に関する肯定的な話が手を変え品を変え続く。じゃあ説教臭いかと言ったら、それは無い。どの寓話も素直に感動できる。そこが凄いのだ。主人公の真っ直ぐさが演じる長島と重なり、しかも好感を持てるのだから、この作品は彼の熱さと誠実さの産物だと思う。

 <手紙を配る主人公の自転車は、全力で町を走る>。一刻でも早く届けたいと、猛スピードで駆け抜けて行くのだ。先々で待っているのは首を長くした人々で、手紙は書いた人の思いどころか、まるでここに住む人に命の源を運ぶようなもの。時には危うい命そのものになるのだけれど、自転車に乗って路地から路地を回る彼の姿は、すでに町の風景だった。時計代わりになる程の勤勉さで、声をかけ心を配り町に元気を運び続ける姿勢には、こうあらねばと言う、役と言うより長島本人のひた向きな思いを感じる。頼もしくて、こんな配達員がいれば、地域はどんなに活気付く事か。高齢者の縋るような思いが伝わってくる。観終えるとなんとも心が温かく、こんな郵便局を、局員を、何時までも残して欲しいと痛切に願っていた。これがこの映画で発見した残したいものの一つ目だ。

 <自転車を走らせるにつれて流れる>、房総半島の風景も堪能したい。町外れの岬には灯台があって、菜の花が咲き乱れ太陽が燦々と注ぎ、少し坂を登ると広い海が見えるという温暖な海辺の町。菜の花畑とその花の黄色が写ったような明るい人々の表情は、春になれば太陽と海、大地の恵みで、何は無くても生きていける事を思い出させる。全く田舎ほど春の似合う場所はない。そんな長閑かな田舎は、二つ目に発見した何時までも残したいものだ。

 <男手一つで二人の子供を育て>、郵便の配達だけでなくこの町の人の消息まで気にする主人公は、文句なしの良い人だ。亡くなった母へ毎月手紙を書き続ける息子、母が亡くなった事を認めたくなくて、母親代わりの全ての仕事を拒否する娘。もっと辛いはずの父は、悲しいからこそ子供たちの前では悲しみを見せず、必死で妻の分まで子供たちを守ろうとする。母親はいないけれど、その不在すらが意味を持つ一家。ここにあるのは父を中心としたあまりに無骨で理想的な父子家庭だ。長島は家での父親の役割をしっかり認識しているのだと思う。これも無くなりつつある姿かもしれない。この父親像も残したい。
 <一家以外にもおせっかいな局長や仲間たち>、娘の学校の校長先生に半人前の担任教師、主人公を慕う町の人々と善人ばかりで、ここに悪人は登場しない。総てが善意で回る世界を、照れることなく演じられる長嶋一茂氏の真っ直ぐさが、伝わってくる作品だった。

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 <本当言うとこの手の作品は苦手>なのだ。観る前から言いたい事も話の展開も予想できる物語に、感心する以外何を言う事があるだろう。だから無防備に涙を零したりは出来ない。ジワーッと来ても(いかん、こんな手口でやられるなんて)と何度も踏みとどまった挙句、力尽きてぽろぽろ始まった。明るくなると、目を赤くした誰もが俯いて照れている。捻くれた都会人は、自分の中の純な感情を白日の下に晒すのが、なんとも気恥ずかしい。何故私たちは、誠実さを時には恥じ、隠し始めたのか。それを押して、彼以外にこの主人公の真っ直ぐさをこれほど伝えられる人はいないと思う。そんな男も残ってほしい。都会にいるとまるでお伽噺の様な人情溢れる郵便局の周りの人と風景、彼の「こうありたい、こうあるべき」と思う世界を、何時までも残すぞと言う意志が伝わってきた。

 <実は私は電話よりもメールよりも手紙派>。手書きの文字の暖かさや近いようで近づき過ぎない相手との距離感、書いてから相手に届くまでのタイムラグが好きなのだ。時間が経った分だけ思いを発酵させるとも思う。手紙には文字よりももっと深い、書いた人の思いが詰まっている。今でも帰宅時に覗くポストと郵便配達のバイクの音は、心ときめかせる特別なものだ。この作品全体が、映画と言う形を借りた、無くしたくない大切なものを私たちに教える長嶋一茂氏の手紙かもしれない。

    3月22日(土)より梅田ピカデリー、なんばパークスシネマ、
               MOVIX京都、神戸国際松竹他、全国ロードショー


ディープな情報
オールロケの撮影は主に房総半島の南で行われた。終盤感動的なシーンのある「いずみ鉄道」は、沿線の菜の花が美しい事で有名なローカル線。灯台や駅を目指して、一足早く春を探しに行くのもいいかもしれない。主題歌も千葉県繋がりで、路上ライブで発掘された地元出身の小松優一が歌っている。
 ところで2頭の龍が神社から海岸まで練り歩く、海辺の町らしい豪快なお祭りが登場する。てっきり本物だと思っていたら、この作品の為に考案した架空のお祭りだった。でも地元の人々が何百人もエキストラとして協力し、時間もかかった撮影の最後には、すっかりお祭りが地元に馴染み、誰もが本物のお祭りの気分だったらしい。全編から漂うそんな温かさも御覧ください。

若松孝二監督インタビュー

映写室 「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(後編)
      ―若松孝二監督インタビュー―
(前回の続き)
―中心になるのはこの事件を知らない若い役者さんですが、撮影の前と後で皆さんが最も変った所を教えて下さい。
監督:物の見方、考え方、読む本が変りましたね。撮影後半年位はこの世界から抜け出せなかったようです。皆仲良くなって未だに集っては酒を飲んでますよ。今までは何でもいいから仕事をしてたのが、アルバイトをしてでも自分のしたい仕事をする。作品を選ぶようになったらしいです。これが公開になったら仕事が来るようになるよと慰めています。
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(c)若松プロダクション

―こんな時代にこんな内容を伝えるのは難しいのでは。若い観客はどうでしょう。
監督:これで火がつけば面白いと思っています。若い人には嫌なものには嫌と言える人間になって欲しい。イラク派兵とか軍隊は嫌と言う勇気を持って欲しい。デモをやる必要はないが立ち止まって考えて欲しいね。で、この映画で感動したら親にチケットを買ってプレゼントして欲しい。有難うって。尊敬するってそんな事でしょう。意味もなく親を尊敬するのは良くない。そんな奴ほど親殺しをする。「こんな良い子が」と言うのに事件が多いんですよ。小さい頃からの良い子がストレスになって、14~17歳の間のどこかでスイッチが入り、刃が向かうのが身近な親なんです。評論家等があれこれ理屈をつけるけれど、それは理由の解らない事なんだ。親を尊敬するなら何か理由を見つけて尊敬するべきで、反抗する位元気のある子じゃあないと駄目ですよ。
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―この作品を観た、かっての活動家たちは何て仰いましたか。
監督:自分の瘡蓋を剥いでくれたような気分だそうです。よく撮ってくれたと言いますね。「この事件があってやっと運動を止めれた」と言う人もいます。嫌な事を嫌と言える一番自由な時代だったとも言いますね。カミソリと言われた後藤田が色々情報操作して、赤軍は悪いと言うのを国民に見せた。アジトで見つけた遺体をもう一度埋めて、マスコミを集めてから目の前で掘り起こしてるんですから。セクトの両方に情報を流してお互いに内ゲバで潰し合わせたりもした。それだけでも100人位死んでるんですよ。最後にはその手口に気が付き出すけど、権力側がやることに対して、もう少し疑って見るのが大切だと思う。
―あさま山荘に籠もった5人のうち実際に会ったのは。
監督:坂東國男に会いました。日本赤軍が捕まって日本に帰ってくる前は、年に1回お正月頃には必ずアラブに行ってましたから。お餅とあんこと明太子を持っていくんです。皆寂しいと、僕が飲んでる飲み屋を探してはるばる電話してきましたね。そのうち行くから何て話しましたよ。彼が捕まる2ヶ月前にも行ってました。あそこに行くと自分の中に溜まった澱が浄化されて元に戻れる。皆純粋ですからね。いい奴ばかりだった。取材は、会える人には全て会いました。ただ加藤兄弟、特に弟のほうに会いたかったけれど、手を尽くしても駄目でしたね。若い頃にあれだけの事があったんだから、未だに引きずっているんでしょう。革命を目指して兄の後に付いて行って、結果的に身内同士が殺し合ったんですから。あさま山荘で一番銃を撃ったのがあの少年なんです。そりゃあそうでしょう、初めて敵に向かって撃ったんですよ。あの少年が最後に言った「僕らがもっと勇気を持っていたら、人を殺さずに済んだんだ」と言う言葉が、坂東の胸に突き刺さったそうです。それを皆にも観て解って欲しいですね。

―ベルリンでの上映はどうでしたか。
監督:2000人位入る所での上映でしたが、ほぼ一杯でした。ドイツにもドイツ赤軍があったので、興味を持って観たようです。日本にも赤軍があるのかと驚いてましたね。イタリアにもあって、赤軍があったのはかっての三つのファシスト国家です。ファシストを繰り返してはいけないと言う思いが強かったんじゃあないかなあ。この作品だけじゃあなく、僕の「壁の中の秘事」、「ゆけゆけ二度目の処女」、「天使の恍惚」も上映されたんです。受賞のせいで42年前のように国辱とは言われなくて済みました。ドイツで賞をもらって大きく報道されて、入場者が増えるといいと思っています。
―日本では国民の政治離れが激しいですが。
監督:政治離れをさす方向に国が動いているからですよ。その通りに踊らされて、誰も考えることをしない。これだけの格差社会が生まれたのに怒りを示さないでしょう。今は学校の机ですらバリケードで使えないようにビスで留めているそうですよ。

―この作品は群像劇ですが、例えば誰かにスポットを当てたこの後の物語、続編の企画はありますか。お話を伺って加藤兄弟の一番下の方に大変興味を持ったのですが。
監督:続編を作らないかと言う話は色々な人がします。もし続編を作るとしたら間違いなく主役は彼でしょう。長谷川は彼を主人公に本を書いてたんじゃあないかなあ。実は僕も最初の本は彼を中心に書いた。だけどそれじゃあ途中からになる。彼は山小屋から参加してるんでね。連合赤軍に至る歴史が描けないから止めたんです。ただどのシーンも、セリフはともかく最後はカメラがスーッと彼に寄って終わっています。後、個人的な思いから遠山にはスポットを当てていますね。まあでも活動をやりながらひっそりと生きている人が一杯いるんで、今回はそんな皆を描きたかった。あさま山荘の事件はテレビで90パーセント近くの視聴率だったから皆知ってるけれど、その前の事件と繋がらないらしい。
―上映はどんなところで。
監督:今まで差別され続けた所でかけたくない。原則として、昔自分の作品を上映してくれた所で上映します。テアトル新宿だけは、昔かけてないけれど、あの前に人を並ばせたかった。新宿でやりたくてね。後、先行上映が京大の西部講堂であります。(記載時には終了)運動のメッカなので、未だに心ある人間の胸に熱い場所なので、あそこでやってくれるというのは嬉しいね。

<インタビュー後記> 
 この作品は、事実を描きながら連合赤軍までの複雑な流れが解り易く示された、60,70年代の学生運動史でもあります。革命を夢見て暴走した彼らに伴走する様な、監督の思いを感じる作品でもありました。3時間10分の長尺の凄まじい事。坂井真紀さん扮する遠山が、総括と言う名目で、自分で自分を殴り続けさせられるシーンなど、辛くなって途中から観れない。加藤の長兄の死も、見つけた弟2人の慟哭が聞こえてきそうです。映画なのを忘れて、何故、如何してと問わずにはいれない、今更ながらの革命の結末でした。ただ、全体を俯瞰する群像劇なので、その答えや、ここにいたる個々の思いや葛藤は描かれない。本当はそこをこそ観たいけれど、それを求めたら映画が始まらなかったのだと思います。時代の混沌に捉えられ、本気で体の全てを共産主義化しようとした革命思想の狂気は、もしかすると安穏とした今の自分の足元すら揺らすもの。兄貴分として、若松監督がここまで肉薄した後は、当事者世代の監督たちの役目かもしれません。あの頃の総括は、この映画に触発された観客が自分でやるしかないのでしょう。
 ところで上映館の話で解るように、監督は親分肌の人情味溢れた方。ベルリンの帰りにアラブに立ち寄り、これをいち早く見せた元連合赤軍メンバーの話を、「つれて帰りたかった」といとおしむ様に話されました。映画の底流に流れる監督の父性的なこの思いが、死者たちへの鎮魂歌ではと思います。


   3/22(土)~テアトル梅田
   3/29(土)〜第七芸術劇場、京都シネマ
       (初日は監督の舞台挨拶の予定。時間等は直接劇場へ)
   4/26(土)~神戸アートビレッジセンターで上映

若松孝二監督インタビュー

映写室「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(前編)
      ―若松孝二監督インタビュー―
 若松孝二監督の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」がベルリン映画祭で、国際芸術映画評論連盟賞と最優秀アジア映画賞をダブル受賞したのは、すでにお知らせしたかと思います。監督が凱旋帰国したその足で、キャンペーンの為に来阪されました。公開前のこのタイミングでの快挙に、ご本人はもちろん、関係者も取材陣もお祝いムード一杯。そんな会見の様子をレポートしましょう。

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(c)若松プロダクション

その前に「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」はこんな作品 
 「この作品に描かれた事件や出来事は総て事実だが一部フィクションも含まれる」とナレーションがあるように、ニュース映像での政治に蠢いた60,70年代の運動の検証と、その後の再現ドラマから成り立つ。劇部分は各大学の混沌と相次ぐ指導者の逮捕、残された者たちの連合赤軍への結集から群馬県山中での軍事訓練、果ては集団リンチから、5人が立て籠もって警察と壮絶な撃ち合いをしたあさま山荘までの道程が描かれる。

―監督受賞おめでとう御座います。その後の反響はいかがですか。
若松孝二監督(以下監督):ベルリン映画祭でたまたま賞を二つも取ったので、注目されました。42年前にこの映画祭のコンペティションで、「壁の中の秘事」が上映されたのに、日本に帰ると国辱映画と言われた過去を持つだけに、やっとオトシマエを付けれました。
―この作品を何時ごろ撮ろうと思われましたか。
監督:丁度この事件が起きてすぐ、それに絡んだ「天使の恍惚」という過激な作品を作りました。いつかこの題材で映画を作りたいと思いながら、長谷川和彦が作ると言うんで、だったら僕は協力しようと、色々知っている事を話したりしたんです。でも何所に持って行ってもお金が出ず、企画が流れた。大阪の学生の作った映画もありましたね。一番のきっかけは『「突入せよ!」あさま山荘事件』を観てで、酷いよね。(こんなんじゃあ、志半ばで死んだ若者たちが死んでも死にきれない。彼らをきちんと描かないと)と思った。映画を権力側から撮ってはいけないんですよ。僕も年だし、だんだんその年代の人が亡くなっていく。こうなったらもう自分が撮るしかないと思いました。
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宣伝:この前「17歳の風景」を撮って、大阪にキャンペーンに来てもらって夜皆で飲んでいる時に、そんな話が出たんです。募金を募って撮ろうとなりました。でも実際に募金したのはほんの数名で。
―確かにその頃映画館でそんなチラシを見ました。
監督:新聞記者たちも、もうすぐ自分たちも定年だから、あの事件を検証しないといけない。退職金から出してとか言ってたけど、言うだけで実際にはお金が集まらない。僕は肺がんをやったけど手術したら他には転移してないというし、まだ2,3年は大丈夫だろうと思って始めました。僕が作ると一方的に連合赤軍が正しいと言う作品を撮ると思われるので、そうじゃあない、どちらにも中立な物を作ろうと思った。

―お金はどうされましたか。
監督:長谷川にしても、こんな題材で撮るといっても金を出してくれるところはない。僕がやると言っても、もちろん文化庁なんか出しません。全部で1億5千万から2億かかったけれど、新宿の自分の家や名古屋に持ってる映画館を担保にして借りました。後はこつこつ貯めたお金を全部吐き出し、娘にせびったりして何とか出来た。
宣伝:監督のあさま山の別荘を、この映画のあさま山荘に見立ててぶっ壊したので、実際は2億にその分の3000万も追加になります。
監督:外は実際のあさま山荘を撮ってますが中は自分の別荘です。映画の中で壊したのはこっちですよ。アジトになる山小屋は3つ建てましたが、地元の皆に助けられました。向こうには子供の頃の同級生がいるんです。図面だけこっちで書いて、延べ200人位の大工さんに建てて貰った。一番お金がかかったのはそんな人件費です。
―凄い雪のシーンがありますが。
監督:雪は総て本物です。この作品はワンカットもCGは使っていない。CG だと解りますからね。2,3年前からお正月に帰る度に猛吹雪のある場所を探して撮る場所を決めていたんです。でも撮影した年はぜんぜん雪が降らない。困っていたら、僕は5時起きなんだけど、その日は降りそうだった。雪国の生まれなんで雪の降る日が解るんですよ。「そら行くぞ」と急き立てて30分くらいで撮り終え、終わると日が差してきた。神が付いていると皆が驚きました。

―役者さんたちはどうやって集めましたか。
監督:総てオーディションです。あるプロダクションに今度こんな作品を撮ると事情を話して募集をかけた。テレビを観ないのでほとんどの役者の名前を知らなかったんです。2回目のオーディションの時、森役のARATAがイケメン風の長い金髪から精悍な坊主になってやってきた。これはやる気だなと思いましたね。僕の現場は全部自分でしないと駄目なんです。スケジュール管理、マネージャー、メイク、衣装も自分1人でやるなら来い。他のスケジュールと重なるのも駄目、そっちを断って撮影の間体を開けるのが条件です。そうじゃあないとこんな映画出来ません。あさま山荘に籠った5人なんて、役に成り切って最後は汚れっぱなしで風呂にも入らなかった。そうやってあのシーンが撮れた。
―監督の気迫が乗り移ったのでしょうね。
監督:メイキングを見ると役者を凄く怒っているだ。最初はこいつ等大丈夫かなと思ってても、セリフを言わせたりしてるとだんだんそんな顔になってくる。森の役なんて、カットをかけないからセリフが自然に出てくるようになった。役に成り切って自分でどんどん喋り始めるんだ。                           
―永田洋子に扮する女優さん凄いですね。遠山役の坂井真紀さんも迫力がありました。
監督:坂井も最初は名前を知らなかったんです。あ、殴って変形した彼女のメイクは、特殊メイクなんでこっちでやりました。永田を演じた役者はピアの映画祭の審査員をした時、上手いんで特別賞を渡した役者です。後のパーティで話して、(よし、永田洋子は彼女で行こう)とその時に決めました。で、オーディションを受けてくれと頼んだんです。他の連中も皆いい役者で誰が欠けてもこの映画は出来なかった。
                                              (続きは次回)

   3/22(土)~テアトル梅田
   3/29(土)〜第七芸術劇場、京都シネマ
       (初日は監督の舞台挨拶の予定。時間等は直接劇場へ)
   4/26(土)~神戸アートビレッジセンターで上映

「実録・連合赤軍~あさま山荘への道程』について

映写室 シネマエッセイ  
  ―学生運動から連合赤軍まで―

 <貴方の記憶に残る>社会的な問題を一つ挙げるなら何だろう。私の場合は、東大紛争から始まって衝撃的な結末を迎えた70年代の学生運動だ。社会全体が今では想像も出来ない位政治的だったあの頃、私のような普通の学生ですら、運動の周辺をうろついている。

 <70年の安保闘争の挫折感から>、学生運動は過激になる一方だった。自分の大学の取締りが厳しくなった京大の過激派が、私の母校に潜り込み出したのはこの頃だ。気がつくと彼らと一緒になった一部の学生が、椅子をバリケードに教養棟を封鎖していた。教授陣を吊るし上げて団交に持ち込み、黒ヘルとタオルで顔のほとんどを隠し、角棒を持ってスト破り(つまり授業を受ける事)の粉砕に駆け回る学生たち。独特の口調で拡声器でアジる者の中には、クラスメートも親しい人もいる。今考えると何を目指していたのかも解らないけれど、あの頃ノンポリでいるのにすら理論武装が必要だった。未熟だとしても、誰もが現状を憂いていたのだ。過激派からは民コロなんて言われた民青のオルグも盛んで、学生集会はセクト間の小競り合いが絶えない。「お前は何なんだ、この国をどう思っているんだ」と連日両方から糾弾され、無い頭で真剣に考えるから肩はバンバンに凝り、もう限界だった。春の日差しと共に訳が解らなくなって、私は友人と共に能登半島の旅に逃げている。

 <その旅の途中で買った新聞に出ていたのが>、群馬県の山中から次々と出る、リンチで死んだ連合赤軍のメンバーの遺体の記事だ。丁度バスを降りて双子岩の国民宿舎に行く直前に読んだからたまらない。向こうに見える建物までの真っ暗な道が怖くて、友人と2人大きな声で歌を歌いながら、それでも途中からは堪え切れず、走り出したのを覚えている。逃げ出したバリケードの向こうにこんなことがあったなんてとぞっとした。首謀者たちに憧れの横浜国大の学生が多いのも、私にはことさらショックなのだ。その後は、誰が地下に潜ったとかの噂が聞こえ、人が消えて、気がつくと新学期からは学生集会という言葉も聞かなくなる。運動はあまりの衝撃に急速に萎んでしまったのだ。
 <同年代の方なら誰もがそんな記憶を持って>いるのではないだろうか。熱病のようなあれは何だったのかと考えても、答えは見つからない。少し前小池真理子さんが、あの山中にいた一人の女性を主人公にした小説を、週刊新潮に連載した。純粋さゆえに運動に加わりリンチ事件の当事者になる姿は、我が身とそう変らず、ぞっとした人もいると思う。一連の事件は、今もって忘れられない心の闇、空洞だ。なのに、あの時代を運動の近くで生きながら、何かが解かって何かが解らない。

<そんな事件を俯瞰する>、左翼運動からあさま山荘への過程をたどった映画が出来た。若松孝二監督の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」だ。ベルリン映画祭でのダブル受賞で話題を集めたので、ご存知の方も多いだろう。関西での劇場公開前の20日に、京大の「西部講堂」で300人を集めた先行上映会がある。監督は当時のままで残る伝説の西部講堂での上映に、ことさらの意味を感じると言う。

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(c)若松プロダクション 

 <バリケードの中で消防車の放水を浴びた>彼らに知らせようかと思うけれど、中心にいた人たちの行方は知らない。たまに当時の事を話すのは、遠くから見ていた私や活動をしたとしても流行り病のように通過した者たちだ。それでもお互いに肝心の何かは話せないし話さない。感じる事は出来ても、感じる物を言葉にした途端、パンドラの箱を開けたように総てを無くしてしまいそうな気がする。

 <だから長谷川和彦監督がこの題材をテーマに>映画を作ろうと思いながら、結局作れないのは当然かもしれない。同世代で身近な者になればなるほど、何を描いても描ききれない何かに思い至るはずだ。いや安穏とした所から作ること自体を、欺瞞に思うのかもしれない。少し距離のある、あの世代の兄貴的存在の若松監督だからこそ作れたのだと、こうして書いていて気付いた。
 この映画の事を知らせなくても、誰もがどこかで噂を聞きつけているだろう。こんなに時が流れても、ニュースの片隅の「過激派」や「連合赤軍」と言う文字を見逃すとは思えない。この映画はひっそりと一人で観るのが相応しいような気がする。
 


※近日中に若松孝二監督の合同インタビューを記載します。なお、西部講堂での上映会については、京都シネマ(075-353-4723)までお問い合わせ下さい。
※2.上記は自分の認識レベルに合わせて、過激派の運動を分類しないまま書いていますが、「赤軍派」と「連合赤軍」あるいは「日本赤軍」の間ですら違いがあり、「連合赤軍」は全く異質な、粛清思想を容認するスターリン主義の毛沢東派が主導していたと、元赤軍派議長の塩見孝也氏は指摘します。

内なる思いを形にして写すカメラマン

映写室「アニ―・リーボヴィッツ」上映案内     
―内なる思いを形にして写すカメラマン― 

 アニ―・リーボヴィッツの名前は知らなくても、たいていの人が彼女の撮った写真は見ていると思う。中でも80年12月8日、スパースターが狂信者の銃弾に倒れる数時間前に撮った、裸のジョン・レノンがヨーコに絡んだ写真は有名だ。彼女には運命を予感する力さへあったように見える。セレブたちが競って被写体になったというリーボヴィッツ、この作品はそんな写真家の日常と、モデルになった人々、彼女の仕事仲間等の証言から、駆け出しの頃からカリスマとなった日々までの素顔を追ったドキュメンタリーです。

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(C) 2007 by Annie Leibovitz

 <何しろタフな人だ> 行動力もだし、挑むように内面をぶつけて来る世界中のセレブのオーラをしっかりとフィルムに焼き付け、凄い事に笑って更なる内面を抉り出す。彼女には創造者の何かを挑発するものがあるのだろう。このドキュメンタリーは、素顔を追いながらも実はもっと深く、それが何かを探る試みなのだ。
 若い頃から有名雑誌を飾り順風満帆に見える彼女も、決して向こうからチャンスが廻ってきたわけではない。これを観ると、いつも自分で必死で運命を切り開いてきたのが解る。欲しいもの、なりたい自分をしっかり思い描いていて、周りを巻き込みながらそこに向かって突進した人生なのだ。まずその力に圧倒される。

 <だから写真も、決して被写体のありのままを>写す訳じゃあない。被写体の心情も構図も状況も、絵画的な一瞬だ。写った誰もがこちらに挑む様なオーラを投げかけている。素顔を晒す時でもその素顔は決して表面的な素顔ではなく、晒した素顔の奥の挑む心なのだ。カメラレンズを通して、被写体の内なる欲求を汲み取り、そこから彼女のイメージを膨らませ、彼らの願望の方向へと内面を引き出したものだと思う。だからこそ彼女の写真はドラマティックなのだ。彼女自身がなりたい自分へと努力して駆け上がったように、被写体にもなりたい自分へと飛び立たせる。(さあ、あなたはどうなりたい、どう映りたい?)とカメラの向こうで挑発していたように思う。そこにカメラマンの類まれなる美意識を加え、写ったものは成りたい自分なのだから、被写体が満足するのは当然の事。こうしてカメラマンとモデルとの幸運な共犯は加速していく。

 <彼女のカメラが威力を発揮するのは>、被写体自体が自己プロデュース力のあるクリエイテターの時が多い。出発がロック雑誌の仕事と言うこともあるけれど、普通の人の何気ない表情から物語を紡ぐタイプじゃあないのだ。被写体と彼女の要求とのシンクロが奇跡を呼び、誰もがカメラに挑んでくる。クリエーターなら誰だって、自分でも気付かない自分を見出して欲しいのだ。
 ここまで強い彼女を作ったのは何だろう。これを見ると彼女自身の才能と共に、仕事を通していつも素晴らしい才能にめぐり合い共振し合って、彼女のオーラや才能が雪ダルマの様に膨らんだ過程が覗かれる。
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 <でもこの作品を映画的に見ると>、カリスマが一人の人間として愛を語るシーンが見逃せない。これも彼女の喪失感から出発したものかもしれないのだ。監督は実妹のバーバラ・リーボヴィッツで、このあたりに特に心を許した相手だからこその肉薄が見られる。
 さあ、そんな彼女をセレブたちはどう語るか、撮影風景はどんななのかと、私たちの知らない舞台裏を覗けるのもこの作品の楽しみだ。彼女の作品のフィルモグラフィー的な側面ももちろんある。写真好きやカメラマンなら見逃せないところだろう。彼女を賞賛する多くのセレブたちの素顔と共に、才能溢れたスーパーウーマンの強さと尽きない努力、才能に圧倒された1時間半だった。


   3月15日(土)より、梅田ガーデンシネマ、敷島シネポップで上映
              順次 京都シネマ、シネカノン神戸にて上映

行く先々で死体が転がる底なしの不条理劇

映写室 NO.141 ノーカントリー 
    ―本年度アカデミー賞4部門受賞作は息を詰める緊張感―

 1980年代の荒涼としたアメリカの西部テキサスを舞台に、行く先々で死体が転がる底なしの不条理劇。最初から最後まで恐怖に支配されたこの作品を、好きかと聞かれたら微妙だ。でも金縛り状態だったこの怖さは、誰かに話したくなる。殺し屋と彼に追われる男を追うのが、なんとも時代遅れの保安官というのだけが救いだった。今年度のアカデミー賞で4部門を受賞し、コーエン兄弟の最高傑作とまで言われています。

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(C) 2007 Paramount Vantage, A PARAMOUNT PICTURES company. All Rights Reserved.

 <この不条理劇も、始まりは一人の男の>夫としての思いからだった。狩に来たモスは砂漠の中に置き去りにされた車を見つける。そこは死体の転がる惨劇の跡で、トランクには麻薬がぎっしり積まれていた。木陰に人影を見つけるがそれも死体で、大金の入ったトランクが側にある。思わず手にして、瀕死の男に水を運んでやると、何処からか車が撃たれた。今度は自分が殺されると、訳も解らないまま自宅に戻り妻を実家に帰して逃亡を始める。一方保安官のベルは、惨劇跡のモスの車から彼の身を案じて行方を捜し始めた。

 <メキシコと国境を接するこの辺りは>、アメリカ映画によく登場する。たいていは悲劇の舞台で、延々と続く不毛の大地の時の止まったような貧しさ、移民、麻薬と負の部分が強調されてきた。土地そのものの持つ暴力性が、映画的で想像力を掻き立てるのかも知れない。だから私にとっては、この物語は主要な3人以上にこの土地が主役だ。
 土煙ばかりのこんな土地で、まっとうに働いて手に入る金なんてたかが知れている。主人公のモス(ジョシュ・ブローリン)も自分の力で貧しさから抜け出せる希望があれば、こんな惨劇に巻き込まれることはなかったのだ。たとえ横取りでも、大金が目の前にあるこのチャンスを逃したら、妻に一生ましな暮らしをさせてやることも出来ない。根底にはそんな現実へのやるせなさがあったと思う。

 <そんな事は妻にも言わないけれど>、そこは演出の巧みさで、危険な場所にわざわざ引き返して水を運んだ優しさ等から、まっとうな彼の内面を想像させる。ブローリン演じるモスの優しさとタフさと粗野さが、いかにもこの地の男のものだ。だからなお更この後の展開が辛い。でも一度乗ったら降りれない命がけのゲームに不注意に乗ってしまった男の、眠っていたベトナム帰還兵の戦闘能力が蘇るあたりで、その優しさも無意味になる。出発は愛や責任感でも、すぐに女は置き去りにされて物語は進んで行く。(あ~あ、なんてこった!)と男たちへの怒りと共に、そこに哀れさや虚しさを感じたのは、私が妻の視点に立ったからだろう。

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 <おかっぱと言う不思議な髪型で>、人間性の欠片も見せず、ひたすら職務どおりにモスを追い詰める男シガー(ハビエル・バルデム)の不気味な事。いかにもの殺人者顔ではなく、「海を飛ぶ夢」等の名演のある、笑みを含んだようなバルデムが演じるからの恐怖感だ。観るほうは怖くても、役になり切ったバルデムは楽しんでそうに見える。
 <この男の凶器は大きな酸素ボンベのついた>空気銃で他の物は使わないと言うんだから、人を食った話。目立つ格好で、隠れないで真正面から真っ直ぐ相手を追っていくその自信や、撃たれても怪我をしてもまるで痛みを感じないかのように起き上がって、体を機械のように繕い殺人と言う職務に戻る様は、まるでサイボーグだった。でもこれも脚本と演出の巧みさだろうか、恐過ぎる姿が、最後の頃には哀れに見えてくる。
 行動の基準は感情ではなく、彼の中の回路のオン、オフだけで、コインの裏表で殺すか殺さないかを決めて、自分のその規則には忠実なのだ。何を考えているのか全く解らないその姿が狂気を感じさせる。

 <2人の死闘を追う引退間近の保安官ベル役は>、トミー・リー・ジョーンズ。昔気質の正義感やほんわか感は2人からするといかにもずれていて、ベルが登場するとほっとした。ほっとはしてもこんなテンポで助けられるはずがなく、彼の想像のはるか彼方で死闘が続いているのがこの男の滑稽さだ。ただ役者にコーヒーのコマーシャルでお馴染みのとぼけた印象が強過ぎて、「ほんわか」というこの味わいが、演技で感じた物なのか私の潜在的なイメージなのかが解らない。それがなければ、ベルの纏う時代に取り残された男の哀れさや渋みが浮き上がって、複雑に加わるかもしれないのだ。だとしたら物語はもっと深くなる訳で、やっぱり映画スターはあまりコマーシャルに出てはいけないと、余計な感想を映画を観ながら思った。

 <何しろコーマック・マッカーシーの原作>の題名が「血と暴力の国」だ、どんな展開か想像がつこうと言うもの。製作のコーエン兄弟は原作にユーモアを感じ、そこに自分たちのユーモアを重ねたと言うけれど、私の場合は怖過ぎて、ボンベ付の空気銃以外そんなものとは無縁だった。不条理にユーモアを感じるほどに、現実とは遠い話であって欲しい。
 ひたすら逃げる方の視点で見たけれど、追う方はゲームのように楽しんいる。それこそが恐怖で、現代の殺人者を眺めるある視点でもあるのだろう。逃げられないゲームに乗ってしまった2人と、何とか食い止めようと届かない所でそれを追いかける男を俯瞰すると、その愚かさが可笑しくもなる。不条理そのものの殺人劇を観ながら、バックに漂う男の生き方の哀愁を嗅ぎ取って欲しい。

 3月15日(土)よりTOHOシネマズ梅田等、全国ロードショ―

ディープな情報
 アカデミー賞の受賞は、作品賞、監督賞、脚色賞(共にジョエル&イーサン・コーエン)、助演男優賞(ハビエル・バルデム)の、主要4部門です。受賞の喜びを、本人たち自身が俳優のようにかっこ良く存在感のあるコーエン兄弟は「私たちは、小さい頃から一緒に映画を作ってきました。映画の中で相変わらず遊べていることに感謝します」と話し、不気味な殺し屋を演じたバルデムは「史上最悪の髪型を僕の頭にのせてくれて、コーエン兄弟有難う」とユーモラスに語っている。

映写室 映画の周辺四方山話

映写室 映画の周辺四方山話  
 ―思いつくまま・シネマエッセイ―   
 <前回は邦画への苦言を書きましたが>、そんな事を言いながら邦画も良く見ます。私の場合、邦画は大抵監督で選ぶのだけど、何人か好きな監督がいて、新作を撮ったと聞くと気もそぞろ、早く観たくてしょうがない。小泉堯史監督もそんな一人です。小泉さんが教えを受けた黒澤監督の遺稿シナリオを映画化した、第1回監督作品「雨あがる」の澄んだ空気感に魅了され、あっさりやられました。その後の「阿弥陀堂だより」、「博士の愛した数式」の素晴らしさで、「やられた」が信頼に変わったのです。こうなるともう見逃せない。

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(C) 2007『明日への遺言』製作委員会

 <と、前置きが長くなりましたが>、今かかっている話題の作品「明日への遺言」も小泉監督ですね。何しろ敗戦後の軍事裁判で、B級戦犯として裁かれながら、自分の弁護よりも、名古屋に無差別爆撃をした米国の戦争犯罪を告発した人物を主人公にしているので、そんな問題に疎い私には難し過ぎて、評のほうは断念しました。でも良かったのです。

 <主人公の岡田資中将役は藤田まことさん>。どんな名優でも良い人の役は難しいもの。まして今回は独房と法廷シーンが殆どで動きが少なく、上官として自分が全ての罪を引っ被る覚悟の素晴らしい人柄なので、感情にも裏が無い。総てに変化がつけにくく大変だったと思います。実は藤田さんは家族が仕事でよくご一緒するので、観ながらも何だか私まで身内気分でした。その藤田さんの落ち着いた演技は色々なところで絶賛されてますので、今回は省略です。
 すでに厳罰を覚悟し部下の減罰しか思わない岡田中将は、何時も平然としている。画面の中に感情の揺れが見えません。では裁判の空気感は何処から伝わってくるかと言えば、裁判官や人情味溢れる米国人弁護士の、何とか彼の罪を軽くしようとするさりげない言葉や、思ったような返事が返って来ず落胆する姿です。これが惑いを見せ人間的でした。

 <でもそれ以上に確かに伝えるものがあります>。裁判を一日も欠かさず傍聴する、富司純子さん扮する岡田の妻の瞳や口元、風情ですね。ナレーションはともかく、殆ど喋らないのにその姿の雄弁な事。(実は家族はセリフは無かったと言います。私は雄弁な表情に惑わされ、始終心の声を聞いていたので、それがどうだったのか記憶にありません)少し傾けたお顔で、証言台の夫と無言で肯き合う姿に、2人の信頼感や今までの誠実な暮らしぶりが伝わってきました。いつもながらの文句のない名演。そう富司純子さんは、私の邦画を観る場合の基準の一つ、見逃せない女優さんの第一位なのです。
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 <もう一人、岡田中将の思いの丈を>観客に伝えた人がいました。それは無音のラストに静かにアカペラで入った、圧倒的な歌唱力の森山良子さんです。歌に声にこれほど説得力があるものかと、聞惚れる。凄いとしか言えません。寡黙だった岡田中将の心の惑い、悲しさ、虚しさ、誇らしさ、覚悟の程、運命、そんな全てを説得力を持って伝えてきます。監督ここにいたって、歌に全てを託しているのですね。最後まで体力を残して、エンドロールのそんな演出をしっかりと楽しんでください。

 <と、この男性映画を成功へと導いた二人の女性>の活躍を記しましたが、実はそこにもう一人の女性を付け加えたいのです。この作品は小泉監督がもう15年も暖めていたもの。黒澤組で「まあだだよ」を撮っていた頃から本を書き始めて、完成台本まで実に8作もあるそうです。その度に適切なアドバイスをし勇気付けたのが、ご存知黒澤組の名スクリプター野上照代さんでした。野上さんと言えば、こちらも今上映中の「母べえ」の原作者ですね。その中で「照るべえ」と呼ばれる下の娘が当時の野上さんです。
 年を重ね、姿も生き方も今まで以上に美しいこんな三人の女性を見ると、年を取るのも悪くないと思う。生きる事に勇気と希望が芽生えます。裏方の野上さんはともかく、森山さんの圧倒的なボーカルの力や、富司純子さんの眼差しの雄弁さを、ぜひスクリーンで確かめてください。

 <戦争と言う嵐に巻き込まれ>、罪の無い人々が無残に焼き払われる惨劇を目の当たりにして、憤りのあまり今度は自分が罪を犯してしまった寡黙な男たち。彼らを描きながら、物語としても演技としても、彼らを支えた背後の女性が気高く浮かび上がる作品でした。

現実の再現ドラマ

映写室 「胡同の理髪師」上映案内     
 ―主人公に触発されて作った劇映画―
 映像も物語も息を呑むほどに端正な作品が届いた。舞台は北京オリンピックを前に開発でどんどん姿を消している、紫禁城の周りの胡同。自分そのままの主人公を演じるチンさんは、今93歳。胡同もそこに描かれる生き方も、時を潜り抜けたものだけが持つ美しさ。両方共に壊れる前の今だからこそ撮れたものだ。次の世代に残したい遺産のような作品です。

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 <主人公のチンさんは一人暮らし>で、もう80年も理髪師をしている。午前中は三輪車を走らせて昔馴染みの家まで散髪に出かけ、午後は頭の体操だと友人たちとマージャンを楽しむ。客は皆老人だから、時には孤独死を発見することもある。離れて暮らす息子は来るとお金の愚痴ばかり。この胡同ももうすぐ取り壊しだ。でも実際に壊す頃には、「自分は焼き場の煙だから」とチンさんは意に介さない。

 <監督が2002年にテレビのドキュメンタリーで>チンさんを見た時から、もうこの映画の構想が始まっていたようだ。チンさんの面立ちに魅せられてその映画を撮りたくなり、チンさんの為に脚本を書いて、出演してもらおうと胡同中を探し回ったと言う。それ以外の出演者も、俳優ではなく本物の彼の客や素人が扮している。
 本人の日常を元にしたこの映画は、ドキュメンタリーではないけれど、極めてそれに近い、ドキュメンタリータッチの、いわば現実の再現ドラマと言う新しい手法だ。だからなのか、ここに漂っているのは紛れもない胡同の空気。古い町並みに溶け込む、庶民の暮らしや息遣いが映像から匂い立ってくる。それが日本の私にも何故か懐かしく、チンさんに遠い日のお婆ちゃんやお爺ちゃんを思い出した。人に頼るのが嫌いで、自分の出来る事を淡々とし続けた人の清々しさが心地いい。

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 <飄々として油っけの抜けたチンさんは>、生き方も欲望も面影も、全ての余計なものをそぎ落とした存在。仕事柄身についた習性か、身だしなみと言えば白髪に櫛を入れて身奇麗を心がけることで、姿勢や面立ちに、揺るぎのない人生の骨格が見える。
 それがカメラマンを触発するのか、この作品はシアンに振った映像が本当に美しい。特に思い切りのいいアップでの造形の妙は圧巻だ。チンさんの手元や鋏、剃刀と仕事中の姿が完璧な構図を作り、溜息が出る。光といい影といい写真集のようだ。切り取ったのはカメラマンでも、カメラマンを触発したチンさんの実力と言うものだろう。

 <終盤チンさんが唐突に自転車を降りて>道端で目を閉じるシーンがある。後で目覚めたけれど、私は監督の策略に嵌ってドキッとした。いくら元気とはいえもう90歳を超えている。古くからの顧客は次々と死に、とうとう一日に5分遅れる古い時計も壊れた。いざと言う時の写真を準備したように、チンさんにとって死は身近なのだ。その時までを悠々と過ごす姿に老いの境地の素晴らしさが見える。
 出来ることなら眠るように静かな死がこの老人に訪れますように。その日まで白髪に櫛を入れ自転車に乗る彼が見れますように、黒猫が私たちの代わりに看取ってくれますようにと、祈らずにはいられない。

 <私は北京が何処よりも好きだ> 特に胡同は独特の雰囲気に魅せられ、何時までも忘れられない。胡同には生の続きの死が静かに漂っていそうな気がする。生きる事は死までの時間を送る事、どちらもが自然の摂理なのだ。歴史とはそんな人の営みを飲み込み続けた町が漂わす物。この作品の舞台は北京だけれど、何処かの町でも漂い続ける歴史、悠久の時の美しさを写した作品だと思う。


 関西では3月8日(土)より、第七芸術劇場にてロードショー
               シネマート心斎橋にてモーニングショー
               シネ・リーブル神戸にてモーニングショー
       3/29(土)より京都シネマにてロードショー

騙し騙される男達が主役の2つの物語

映写室 NO.140バンテージ・ポイント&アメリカを売った男
     ―自国の暗部を最大の題材にして映画を作る国―

 やっぱりアメリカ映画は凄い。潤沢な資金力と、政治的、経済的に世界の中心にいる国の直面する色々な題材で多彩な作品を作ってくる。特に優れているのは、自国の暗部を晒す政治的な作品や、国際的な諜報活動を題材にしたものだ。目の前で起こった米国大統領暗殺犯を追うダイナミックなカメラワークの「バンテージ・ポイント」と、長年アメリカを売り続けた二重スパイを追いつめる心理戦を描く「アメリカを売った男」と言う、対照的なこの2作品がその典型だろう。どちらも緊迫感で一時たりとも気が抜けない。今回は騙し騙される男達が主役の2つの物語です。

1.バンテージ・ポイント――8人の視点で真実を探る大統領への銃弾
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<スペイン、サラマンカのマイヨール広場では>、大観衆を前に今まさに米国大統領の演説が始まる所だ。1年前大統領を庇って銃弾を浴びたバーンズは、久しぶりの護衛で緊張している。とその瞬間一発の銃声が響く。倒れる大統領、騒然となる広場、さらに響く大爆音、いったい何が起こったのか。惨劇に涙するTVレポーターも次の瞬間爆音と共に吹っ飛んだ。ビデオを回していた観光客、中継のカメラ、其処に移っていたのは…。

 <トラウマで極限の緊張にあるシークレットサービス>のバーンズ役は、瞳を血走らせたいかつい顔のデニス・クエイド。一部始終を中継したテレビ局のディレクターは渋くなったシガニー・ウィーバー、温和な大統領をウィリアム・ハートが人間味溢れさせて演じる。他にもおなじみの主役級がずらりと並んだゴージャスなエンターテインメントだ。
 蒔き戻して繰り返し映すその瞬間の映像。ただし視点はその場にいた8人それぞれのもので、同じ事件も場所や立場で見えるものが違うのを証明するような映像だ。8人の視点を重ねて真実を炙り出していく。
 <だからこの作品は>、その瞬間を網羅した8面のモニター画面を順番に見ると思えばいいかもしれない。観客が何かを気付くよりは数段早く、この事件を捜査する者たちが危険や陰謀に気付いて、更なるせめぎあいが始まる。それも見れるのだから、観客と言う私たち第9番目の視点は、全てを俯瞰できる恵まれたものだった。

 <何故これ程どきどきしたのだろう> 知らず知らず、まだ精神的に不安定なバーンズに寄り添っていたのだろうか。事件を追いながらも、落ち着きのない表情から、猜疑心で一杯の彼の精神状態を疑ってもいるのだ。寄り添いながら寄り添うものを信じきれない不安が私の足元を揺るがせる。怪しいと言えば全てが怪しく、誰も信じられず、何も解らない。確かなのは映像に映った真実だけだ。
 <スペインのエキゾチックな町並み>、広場に集まる人々を大きく俯瞰する映像、全力疾走の捜査を角度を変えながら臨場感たっぷりに追いかけるカメラ、凄まじいカーアクション等がスピードに乗ってスクリーンに展開する。それでなくても町自体に何が起こっても不思議ではない不穏な空気が漂っているのだ。
 <そんな全てを息を呑んで観ただけに>、最後の過剰な予定調和がただ一点残念だった。でもこの予定調和こそが、消しきれない不気味な敵の残像に対抗するアメリカの正義なのだろう。温和な大統領の判断は正しかったのかどうか、多くの疑問に何故、如何してと尋ねたくてもこの物語が描くのはここまで。他国だけでなく国内にも敵を持つアメリカへの陰謀の全容は謎の中だ。

   3月8日(土)より、全国でロードショー


2.アメリカを売った男――二重スパイを追い詰めた2ヶ月間

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 (C)2007 Universal Studios. All Rights Reserved

 <この作品は米国史上最大の情報災害といわれる>、20年以上にわたり国家の機密をKGBに売り続けたFBI捜査官リバート・ハンセンが、2001年に逮捕される直前の2ヶ月間を克明に描いている。活発な活動期ではなく、疑われて閑職に追いやられてから証拠を掴まれるまでの期間なので、主体は手口を探る為に彼の部下として送り込まれたFBIの野心的な若者と、ハンセンとの腹を探り合う心理戦だ。

 <観客の視点はもちろん部下のエリック>に重なる。任命されながら最初の間は本人も教えてもらえないFBIの極秘中の極秘の特命。解った後も妻にも話せず、頻繁に組織から呼び出され、行動を疑われて家庭は崩壊寸前だ。しかも自分が探るのは長年スパイを探し続けてきた諜報のプロ、職場は常に緊張の極みのなか。上司からの指示が来てエリックの携帯が鳴る度に、ばれるのではとこちらが肝を冷やす。
 <もちろんそれは探られる方のハンセン>も一緒で、これほどの男が疑っても当然のエリックを疑いながら疑い切れない。それって適当に抜けている息子のような存在の彼を信用した以上に、引退間近の油断と疑うことに疲れたようにも見えるのだ。エリックの仕事は、安らぎを求め始めたこの男の懐に飛び込み、自らが彼の安らぎとなって、もう一度スパイ行為をさせる事だった。スパイと言えどもこれは辛い。人間性の問題だ。このあたりの葛藤もじっくり描かれている。

 <ハンセンは扮する役ごとに印象までを変えてくる>個性派クリス・クーパー。重厚感と探るような瞳は、登場するだけで威圧感。全てを見透かされるようで、彼の瞳がこちらを見ると、観客ですら動きを止めてしまう。
 <騙し合いの果てに最後には彼を騙し切った>エリックを演じるのはライアン・フィリップ。無防備に危険な任務を遂行するあたり、まさに敵の懐に飛び込んで秘密を掴む巧みさ。小心さと青年らしい大胆さが共存して、ハラハラさせられる。ただし最後まで男と言うより息子の瞳だった。この瞳を失いたくないからこそ、彼はこの仕事の後である決断をする。
ハンセンが二重スパイをし続けた動機は描かれないが、ラストに残す謎めいた言葉が観客を更に混沌に落とす。真実は何か、世界の平和は何処にあるのか、全ては謎だ。騙し騙された親子のような2人の男のこの2ヶ月は、人生をかけた消耗戦だったに違いない。

  
  関西では3月8日(土)より、敷島シネポップにてロードショー!
       3月22日(土)、シネカノン神戸にて!


ちょっとディープに 
 裏に政治の絡んだ問題は、複雑過ぎて映し切れない部分がある。だからそんな作品が成り立つのは、じっくりと前面の心理戦を映せた時だけだ。この2本はそれを成し得る俳優陣の高い演技力があってこその作品だと思う。
 ところで2本の作品とも組織を束ねる上官は女性だ。こちらも美貌だけでなく、強さと複雑な心情を瞳に込めてリアルだった。残念ながら邦画では足元にも及ばない、男女俳優の競演をお楽しみください。

シネマエッセイ

映写室 映画の周辺四方山話   
 ―思いつくまま・シネマエッセイ―

 いつもは関西公開に合わせて新作映画を紹介している映写室ですが、それより気楽に、時々映画周辺の話を書きたいと思います。第1回目の今日は、邦画について。

 <以前ここでインタビューした監督たちから>、世界各地の映画祭での快挙を知らせるニュースが、時々届きます。最近も山本起也監督から、スペインのパンプローナで開催された国際ドキュメンタリー映画祭で『ツヒノスミカ』がジャン・ビゴ賞(最優秀監督賞)を受賞したとメールが入りました。悲しい話ではないのに、毅然としたその姿で感動の涙を流させたあのおばあちゃんの姿勢は、世界の人々の心に響いたのだと嬉しくなります。この映画祭には、日本からは他に想田和弘監督の『選挙』も招待されていたとか。昨年亡くなられた佐藤真監督が一昨年は審査員でした。山本監督は京都造形大で佐藤監督と一緒に教鞭を取っておられたので、感慨もひとしおの事と思います。
 最近のもっと大きなニュースで言うと、もうすぐ封切りの若松監督の新作「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」が、ベルリン映画祭でダブル受賞と言う快挙を成し遂げましたね。

 <だから日本映画が好調かと言ったら>、どうなのでしょう。興行的に一人勝ち状態の東宝の会長松岡さんは、前年に久しぶりに洋画を上回った邦画の興行収入が、昨年又もや洋画に抜き返されたのを、「長い目で見れば邦画の巻き返しは顕著で、不調の年もある。大した事は無い」と強気にコメントされました。又昨年は300本を越えた邦画製作の現状も、「たくさん作ったほうが新しい才能が出てくる」と肯定的に捉えます。まあ立場上そう言わないと仕方が無いのかもしれないけれど、観客の立場で言うとこれが辛い。安直な作品が溢れていて、どうしてこんな作品ばかり作るのか、何本分かのエネルギーやお金を集中して、もっと良い作品は作れないのかと怒りすら覚える。

 <もちろんこんな事を書きながら>、キラキラ輝く才能に出会って、邦画バブルの恩恵を喜ぶこともあるのですが、それは置いておいて今回は苦言です。丁度邦画が駄目だった頃にぶつかった50代、60代の監督が、才能がありながらいくら企画を出してもチャンスに恵まれなかったような、映画造りへの秘めた思いが少なく、テーマが小粒だし、テレビと映画の境目が無くなったのか、解り易過ぎて映画的な余情がありません。そんな作品が続くと邦画にうんざりして、肝心の良い作品すら観客を集めれないのではと心配です。
 一方で良質なドキュメンタリーが観客を集め始めた今、ドラマ部門の邦画は現場が混乱している。かっての名作を知るファンとしては、邦画にも頑張って欲しいからこそ、もう一度原点に戻って映画を考えて欲しいと思うのですが。

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