太秦からの映画便り

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映写室 「火垂るの墓」合同会見(前編)

映写室 「火垂るの墓」合同会見(前編)
 ―日向寺太郎監督と主演の吉武玲朗さんに伺う撮影秘話―

 戦争文学としてこれほど知られた作品もないと思いますが、約40年前、野坂昭如氏が自分の体験を綴って直木賞を取った「火垂るの墓」の実写版が、今夏公開になります。実はこの企画は、プロデューサーが黒木和男監督で撮りたいと温めていたものだとか。監督の訃報で渡されたバトンを、戦争を知らない世代の日向寺太郎監督がどう繋いでいくかや、豊かな時代に生まれた吉武玲朗さんが、戦時下の少年を演じる苦労話等を伺います。

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(6月27日 大阪にて)

<その前に「火垂るの墓」はこんなお話>
 戦争も末期の神戸。日本中が困窮していたが、清太(吉武玲朗)と節子(畠山彩奈)は海軍大尉の父と病弱でも優しい母(松田聖子)に守られ、幸せに暮していた。時々喘息の発作が起こる息子を父親は剣道で鍛え、甘えん坊の妹はドロップの缶を抱えて遊ぶ。そんな幸せが一瞬で消えたのが、45年6月の神戸大空襲だった。家は跡形も無く、一面の焼け野が原。逃げ惑う人々を掻き分け節子を背中におぶって学校に行くと、母は全身を火傷して横たわっている。「清太…」と差し出す手が握れず、後ずさり。リヤカーを持って学校に帰った時にはもう母は息絶えていた。母の言いつけどおり遠縁の小母さん(松坂慶子)を頼っていくが…。

<日向寺太郎監督と主演の吉武玲朗さんの合同会見>
―大作に挑まれた気持ちはいかがですか
日向寺太郎監督(以下監督):この作品は元々プロデューサーの企画で、当初黒木監督で撮ろうとしていたのですが、ご存知のように亡くなられました。プロデューサーは僕と前作で組んでいて、又一緒に撮ろうと言っていたので、だったらこれを一緒にと言ってくれたんです。僕が黒木監督の助手をしていたのもあるかと思います。
―プレッシャーはありましたか。
監督:もちろんありました。大きく分けると3つで、一番大きいのが戦争体験の無い者が戦争を描けるかと言うことです。黒木監督が師匠だったと言うのも大きいのですが、身近に見ていただけに、僕には黒木監督のトーンで下の世代に戦争の重さを語れないと思いました。2番目が、非常に多くの人が見ているアニメーションの存在で、それに勝てるだろうかと言うことです。後発部隊として、勝たないと作る意味がありません。しかもアニメと同じ事をしても実写版を作る意味が無い。原作は一緒なので大きな骨格が変わらない中、実写版で成し得ることは何だろうと考えました。野坂さんの原作は直木賞も取って有名ですが、「火垂るの墓」がこれだけ有名になったのはアニメの力が大きい。ただ40年前の原作と、20年前のアニメと言う時間を考えると、今作るのは、世代を超えてこの物語を語り継ぐ橋渡しの役目になるとも思いました。3つ目のプレッシャーが、隣に吉武君がいるので言いにくいのですが、主役が子供だと言うことです。この経験の浅い新人監督が、子供に演技をつけれるだろうかと考えたんです。ベテランの監督なら色々な引き出しがあるが、僕は映画に対する経験が浅い。それが不安でしたね。後の二つは最初のプレッシャーに比べれば大きくはありませんが。

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(C)2008 「火垂るの墓」パートナーズ

―そんな監督の思いを隣で受け取った吉武さんはいかがですか。
吉武玲朗さん(以下吉武):監督がそんな思いを持ってらっしゃることは知らなくて。
監督:言いませんから、隠しますよ(笑い)。
吉武:オーディションの時は実は内容をよく知らなくて、泣ける物語だと言うのだけ知っていたんです。だから大きい役に受かったと言うより、一つの作品に受かったと言う受け止め方で、そういう意味ではプレッシャーも無く気が楽でした。撮影に入る前に準備として、まず脚本を読み、アニメを観て、ドラマを観ました。で、清太を演じるのではなく、自分を無くさずに清太になりたいと思って、脚本から役を自分の中に入れました。もちろん戦争については知らないので、本当の怖さも解りませんが、暮らしの中の色々な事は今とも繋がりますから、演じる上ではそれを大事にしました。
―失礼ですけれど、吉武さんのご兄弟は。
吉武:姉と二人兄弟です。
―いつも大切にされてる訳ですね。妹がいらっしゃらないのに、この役は大変でしたね。
吉武:妹はいないけれど、世話をするのが苦にならないと言うか、好きだったんです。母が小動物が好きで、家にはペットがたくさんいます。僕の部屋にもハムスターが3匹、リスが2匹、モモンガが1匹等いますし、居間には犬が3匹、姉のところには猫が1匹、他にもイモリが3匹とか水槽もあります。僕も動物が好きだけれど、結局世話のほうが好きになってしまって。それに自分の家の周りに同年代の人がいないので、近所の年下の子供たちが、玄関の呼び鈴をピンポンと鳴らして遊びに来ますから、本当の妹はいないけれど、妹や弟のような存在はいたんです。

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(C)2008 「火垂るの墓」パートナーズ

―原作は短編で、アニメ版もそれを膨らませている。脚本を監督も一緒に作っていますが、実写版で膨らませたのは何処ですか。
監督:校長先生一家と原作で一行だけの大学生、それと町会長さんですね。理由は、清太と節子がどういう状況でいるかを説明するためです。20年前に作られたアニメは清太と節子の物語でよかったけれど、原作から40年経った今だったら、そうはいかない。戦争を知らない人も多いので、二人がどんな状況にいたかを描かないと、戦争の悲惨さが伝わらないだろうと思いました。トップの空襲のシーンは、C.G技術を使えば今たいていのことは出来ます。でもいくら迫力があっても、観客の目には嘘と解ってしまう。嘘から入るのが嫌で、それよりは観客の皮膚感覚に訴えようと、焼け跡の雨のシーンからにしたんです。雨のじとっとした感覚とかは時代に関係なく伝わりますから。それと原作と大きく違うのがラストのシーンです。ラストは脚本を作っているうちに変わっていきました。清太は映画の中で死なないほうがいいと、稿を重ねているうちに気付いたんです。これも、40年前なら清太が死んで終わっても、(そんな人がいた。そんな話があった)と思えたでしょうが、40年経つとある種ファンタジーになってしまう。昔こんな話があったと言う風な、実感の無い昔話になってしまうという事です。これを撮りながら、死んだ人達の事を考えるようになって、(この物語の舞台は遠い昔だと思っていたけれど、そうではない。この63年間は日本史上も人類史上も特殊な時代で、今の僕たちも死んだ人たちの上に立って生きているのだなあ)と思ったんです。地表を一皮向けば足元には死体がごろごろしてると言うか、死んだ人の上に立って生きているんだなあと思った。今作るのなら閉じた物語にしないほうがいい。時代は切れたものではなく繋がっている。清太から私たちが始まっているという、現代に繋がることに意味を込めたものにしたいと思いました。(犬塚芳美)
                                          <明日に続く>
                  
 この作品は、岩波ホールで上映中
     8/2(土)より梅田ピカデリー、なんばパークスシネマ、布施ラインシネマ、
         MOVIX堺、MOVIX京都、神戸国際松竹で上映


<神戸大空襲>
 神戸への初めての本格的な空襲は1945年の2月4日で、これはその後の東京空襲等を見据えた無差別じゅうたん爆撃のテストだった。その後128回の空爆があり、特に激しかった3月17日、5月11日、6月5日のものを神戸大空襲と呼ぶ。この物語に登場する6月5日は早朝から約3000トンの焼夷弾が投下され、神戸の50パーセント以上が灰になったという。
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映写室 NO.161 インクレディブル・ハルク

 映写室 NO.161 インクレディブル・ハルク  
  ―愛と悲しみのヒーロー―

 この猛暑、暑気払いならやっぱ大作でしょう。スクリーンに広がる映像美や圧倒的な迫力を堪能する間に、自分が物語の中の住人になるから今が夏なのも忘れる。心拍数が上昇し、アドレナリンが体内を駆け巡ると、グリーンの肌の超人的な姿になると言うお馴染みのマーベル・コミック「ハルク」の新作は、変身前の科学者にエドワード・ノートンを向かえ、このモンスターの愛と悲しみを丁寧に描きます。娯楽大作ながら、娯楽に終わらない複雑な余韻。ハリウッドは進化し続けている。映画ファンも唸らせるし、映画ビギナーにも映画の楽しさを教えてくれる作品です。

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(C) 2008 MVLFFLLC. TM & (C) 2008 Marvel Entertainment. All Rights Reserved.

<荒筋>
 科学者のブルース・バナー(エドワード・ノートン)は秘密実験の失敗で多量のガンマ線を浴びて、心拍数の上昇や怒りで巨体のモンスター=ハルクに変身する体になった。その血清を軍事に利用しようと執拗に追うロス将軍(ウイリアム・ハート)から逃れて、元の体に戻れる方法を探していたら、インターネットで光明を見つける。が、そこに追っ手が現れて、又もやハルクに変身。それを目撃したブロンスキー(ティム・ロス)はハルクの力に魅せられ、自ら人体実験に志願。軍はおぞましい領域に踏み込んでいく。


 <この作品、全てが巧みで>脚本と演出が練りに練られている。しかも、癖のある作品を好む演技派を配したキャスティングからも解る様に、娯楽作品の域を守りながら色々複雑な香りをつけてもいるのだ。冒頭の短い時間でテンポ良くハルク誕生の経緯を見せ、後はブルース=ハルク、恋人のベティ(リブ・タイラー)、ブロンスキー、ロス将軍等、登場人物同士の絡みや葛藤を裏に偲ばせ、表の激しいアクションとの2重構造で見せるから、2時間弱が息をつく間もなかった。全容を理解するには自分の知力で複雑な物語を繋ぎ合わせないといけず、その頭の使わせ方も上手い。もちろん単純に見ても面白く、見る人によって深さの違う作品になっている。

 <まず圧倒されたのが>、ブルースの潜んでいたブラジルを、リオ・デ・ジャネイロの丘にびっしりと張り付いて建つトタンのスラム街を舐めるように映していくシーンの見事さだ。これ以上は詰まりようが無いというほど縦にも横にも密集したスラム街は、家ごとに微妙に色を変えて造形の妙を見せ、まるで巨匠の絵のように美しい。近づけば一つ一つに貧しい暮らしがあるのだけれど、内側のそれを感じさせながらもすべてをトタンが覆い尽くして、ぎらつく太陽に静まり返っている。それがエキゾチックでもあり、これから始まる物語の多様さそのもののようで期待が膨らんだ。逃亡シーンの迷路のような家々、エリートだった科学者ブルースの奪われた物の大きさと共に、こんな町なら探し出すのも困難だろうと納得できる。

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(C) 2008 MVLFFLLC. TM & (C) 2008 Marvel Entertainment. All Rights Reserved.

 <この作品の1番の味噌は>、主役のブルースにエドワード・ノートンを持ってきた意外性だろう。ノートンの華奢で内省的なイメージは、いかつい緑のモンスターとはあまりにかけ離れていて、だからこそ変身の前後が際立つ。肩幅が狭く、なで肩でちょっと猫背、上目使いに凝視する瞳は時に気弱い影を落とし、自分の意に反してモンスターに変身する男の悲しみを痛々しいほどに体現する。でも逆にいえば、穏やかな人も心の底にはこれほどの怒りを秘めているのだ。ノートンのイメージで、暴れるハルクの表情にすら悲しみが濃く、怒りと悲しみが繋がってきた。それがハルク、我慢仕切れない私憤や義憤が彼を怪物に変える。ハルクだった時の記憶を一切なくして倒れている姿は、まるで死んだようで、気が付くとベティのように彼を案じ、奇想天外な主人公を身近に感じていた。ノートンの功績だと思う。

 <物語の佳境、元の体に返れたかに見えるブルースは>、自らの意志でもう一度ハルクになる。愛するベティや地球を守る為にはそうするしかない。こんな力を内蔵する彼はもう普通の生き方は出来ないかも。ベティと一緒にいたいと言う普通の愛とその彼女を守りたいと言う超人的な愛。心が張り裂けそうなハルクに、緑の肌はよく似合う。あれは悲しみの色だったのだ。

 <それにしても軍人とは愚かな者> 闇雲に力に憧れ無謀な試みになんら躊躇う事も無い。ブロンスキーの瞳の狂気に震え上がった。まるで人類の思い上がりを警告するような変貌後の醜い姿、その瞳にもちろん惑いなどは無く、二人の怪人の生みの親のロス将軍は事態には焦っても表立っては表情を変えない。と言っても心の中に動揺が無いはずがなく、軍人の性というものだ。この当たり演じる二人の巧みさが大きいのだろう。漫画的ながら愚かな人類の揶揄、規模は違ってもこんな方向の事をどこかでしてるかもと思わせる。
 もうハルクはブルース的な自分の幸せに埋没出来ない。ベティとは永遠の別れなのだろうか、何時の日か又以前の自分に返れるのだろうかと観客が感傷に落ちていると、映画は意外な落ちを付けた。「おっと、こう来るか!」と笑ったけれど、さあ、それもご覧になって楽しんでいただこう。気楽に見たのに、全てに圧倒されて目を覚まされた作品です。(犬塚芳美)


  この作品は8月1日(金)より全国でロードショー

映写室 「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」舞台挨拶レポート

映写室 「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」舞台挨拶レポート   
  ―押井守監督、西尾鉄也作画監督、加瀬亮さん― 

 若い世代に圧倒的な人気を誇る、森博嗣原作の「スカイ・クロラ」シリーズが、押井守監督によって映画化になりました。押井監督は「マトリックス」のウォシャウスキー兄弟等世界中の映画人に影響を与えた、日本の誇るアニメーション映画監督です。「キルドレ」という不思議な存在に吹き替えで命を吹き込んだのは、「バベル」でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた菊池凛子さんや、「それでもボクはやっていない」で去年の映画賞を総なめにした加瀬亮さんという、若手のそうそうたるメンバー。7月7日(月)御堂会館での試写に先立つ、押井守監督、キャラクターデザインをされた西尾鉄也作画監督、加瀬亮さんの舞台挨拶のレポートです。

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(7月7日大阪にて)

<その前に、「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」とはこんなお話> 
 舞台は仮初めの平和が訪れた今とよく似た時代。平和を実感する為にショーとしての戦争が行われ、「キルドレ」という思春期の姿のまま永遠を生きる子供たちが戦う。カンナミ(声・加瀬亮)が欧州の前線基地「兎離州(ウリス)」に配属され、スイト(声・菊池凛子)たちに迎えられる。カンナミは飛行機の操縦と、自分が「キルドレ」と言う以外何も記憶が無い。同僚は意味ありげな目を向けても何も語らなかった。

<押井守監督、西尾鉄也作画監督、加瀬亮さん舞台挨拶>

加瀬亮さんの、「函南優一の声の加瀬亮です。ゆっくり映画を楽しんでください」と言う挨拶で始まった。
加瀬亮さん(以下加瀬):声優初挑戦は、何から何まで勝手が違って大変で、監督たちからしつこいと言われました。いつもは体を使って正解を探していくのに、マイクの前でじっとしているのは窮屈でした。後ろにいた監督によく体が動いていたと言われました。
押井守監督(以下押井):本当はノイズが入るから体を動かすのは止めて欲しいんですが、よく動くんですよ。彼の場合はもがいていると言うか、苦しそうでした。でも無意味な動きはどんどん少なくなり、空を飛ぶシーンで(くぐもった声を採るために)マスクをすると、自信が出てきたのがわかる。俳優さんは物があると変わるんだなあと思いました。
加瀬:地上の何気ないシーンとかは、距離感が掴めず戸惑いました。

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(7月7日大阪にて)

押井:俳優としての加瀬さんは、しつこくてなかなか納得しない疑問の多い人です。彼の場合お腹の中に演出家がいて、その人が納得するまで迷うタイプみたいですね。
加瀬:途中では迷いましたが、出来上がった今は納得しました。不思議な物語ですが、今の時代に励ましになる作品です。
西尾鉄也作画監督(以下西尾):僕は絵のデザインですが、完成して声が入ると(ああ、こんな人間だったのだ)と、自分の書いた絵のイメージが具体的になる。最後の一筆を俳優さんたちが入れてくれました。ポーランドのロケハンに20日以上行ったんですが、ポーランドに入ったとたん、いつもは物静かな監督のテンションが一気に上がって皆びっくりしましたね。
押井:はしゃいだつもりは無いけれど、以前そこに4ヶ月いて映画を作ったので、懐かしい気分になったんです。僕は向こうにいるほうが生き生きしているかもしれませんね。2ヶ月以上ロケハンで一緒にいて、これから2年間一緒に映画を作るんだと言う覚悟が出来ました。この作品のテーマは言葉にすると簡単だけど、言葉にすると何か違ってしまうそんな事です。生きるとはどんな事かと言う本が一杯出ているが、人生は如何に生きるかではなく如何に耐えるかだと思う。50年間生きてきた自分の思いを込めました。

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(7月7日大阪にて)

西尾:自分も何時までたっても子供っぽくチルドレのようなものです。劇中チルドレが立派な大人になりたいかと聞かれるせりふがあるが、僕も早く大人になりたいと思う。
加瀬:ボクはその役を演じて実感をもって理解しました。どこか大人に成り切れないというのは、年齢に限らなくて今の多くの人に当てはまるのではと思います。吹き替えなので2日間の参加でしたが、早く年齢を重ねて大人になりたいと思いました。
押井:大人になると楽になります。若いころにあった、こう見られたい、こうありたいという自分への過大な要求が消えて、等身大になるというか色々な事を諦められる。それが大人です。ボクは2度と再び子供にはなりたくありませんね。
加瀬:監督が始めて真っ直ぐに伝える物がありますので、ぜひご覧下さい。

<レポート後記:犬塚芳美>
 このアニメーションは動きを表すコマ数が少なく、色調も抑えていて、アニメだと思ってみると戸惑うような静かな世界観を持っています。絵もセリフも無駄な物が一切ない、選び抜かれた必要最低限で成り立たせているわけです。そんな作品を作った方たちだけに、舞台でのやり取りもある種哲学的、知識で膨らませていただかないと解りにくいかもしれません。ぜひ映画をご覧になった後でもう一度この舞台挨拶を読んで下さい。この作品のポイントは「キルドレ」、其処に監督の思いの総てがこもっているようだと、改めて思いました。

   この作品は、8月2日(土)より全国でロードショー

映写室 「いま ここにある風景」合同会見(後編)

映写室 「いま ここにある風景」合同会見(後編)   
 ―人が変えていく自然の姿を映し続ける写真家―

(昨日の続き)

―日本で写したい所はありますか。
バーティンスキー:アーティストとしては移行期、変りつつある風景に関心があります。中国は今移行期にあるが、日本は其処を通り過ぎて停滞している。撮るとしたら少しリサーチしないといけない。今の中国のなりふり構わない状態は日本だったら戦後とかで、もうすでに通り過ぎて落ち着いた状態になっている。ただ昔は産業の島で、今は見捨てられている長崎の軍艦島には興味があります。

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COPYRIGHT EDWARD BURTYNSKY

―中国以外で興味のある国はありますか。
バーティンスキー:ガスやオイルに関心があるので、ドバイやアブダビ等の中東です。カナダの北部にも油田があるので今それを撮っている。オーストラリアではBHCと言う会社の世界最大の鉱山を撮っていて、ここの資源が日本や中国、カナダ等に輸出されています。これは上海での精製過程を撮影していて、今度はその資源の大元に辿り着いたと言う訳です。

―貴方が捉えた美しい風景は、破滅への過程でしょうか。再生への過程でしょうか。
バーティンスキー:再生と言うよりも、やはり破滅的方向に向かっていると感じています。今のようなペースで資源を使い続けていたら、何時かアクセスできなくなる。資本主義は需要と供給のバランスで成り立っていて、経済成長に依存していますが、その経済は資源に依存しています。資源を使い切ってしまったらどうなるのか。経済成長は止まってしまう。つまり資本主義の寿命も尽きつつあるのではないでしょうか。65億の人類は危険な方向に向かっていると思うのです。私の作品を理解する一つの視点が、地球外から来たエイリアンに、地球で今何が起こっているかを写真で見せていると、考えるといいかもしれません。
―政治的な圧力を受けた事はありますか。
バーティンスキー:中国でももちろんあったし、アメリカでもそういうものを感じる事があります。私の写真は、企業や政府がからんだ大掛かりな開発を写す事が多く、何度も締め出されている。交渉には細心の注意が要ります。例えば最近では、アメリカの鶏肉加工では最大の工場に撮影に行ったが、許可が下りなかった。以前は自分のテーブルの鶏肉がどこから来ているのか知るのに何の問題もなかったが、今はそれを知るのさえも難しくなってきています。

―公開しての反応はいかがですか。日本人にどう見て欲しいですか。
バーティンスキー:この映画がアジアのマーケットで上映されるのは日本が初めてで、どのような反応かは正直には言って予想できません。日本と中国の複雑な関係を聞いているので、この映画が描いた中国を日本の皆さんが(やっぱり!)と思うか、(知らなかった!)と思うか楽しみです。ただ感じていただきたいのは、世界中が相互依存にあるということです。アメリカで起こった問題が、次々と世界に波及していく。この映画を見ることで、その相互依存が健全なのか不健全なのかを考えて欲しい。何処かの企業がよその国へ進出する事で、その国の大切な物を搾取しているのではないか疑って欲しい。自分の国で守っている環境基準を、進出した国でも守っているかどうということです。安い賃金で物を作り、環境を汚染したら、それが水や空気の汚染となって、やがて世界を回っていくと言う仕組みに、気付いて欲しいのです。

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COPYRIGHT EDWARD BURTYNSKY

―中国での公開はどうですか。
バーティンスキー:中国ではすでに2007年から海賊版のDVDが出回っています。でももしこれを正式に劇場で上映するとしたら、検閲に引っかかるシーンがある。上海の豊かな階層の女性が「立ち退かない人には…」と言うシーンとかは、人権に関わるので直さないといけないでしょう。この映画は中国を批判してはいないが、中国の凄まじい発展スピードを手放しで賞賛してもいない。開発される中国に問題を投げかけているので、当人達には色々不快感もあると思います。

―自然と共存していてご自分が住みたい国、ここで警鐘を鳴らす、相互依存から遠い暮らしをする地方はありますか。
バーティンスキー:自然が手付かずに残っているのは、カナダ北部や極東地域、ロシアのシベリア、南米の奥地等でしょうか。だんだん少なくなっています。ただ私は、人の手で変っていく自然に興味があるので、それらを写したいとは思いません。自分が住みたいような人が自然と共存してる所というと、例えば北イタリアのトスカニー地域は素朴な暮らしをしています。家族が一緒に暮らし、暮らしのほとんどは食べ物を作ることに費やされ、友人との団欒がある。食べ物は自分で創るのが基本で、近代的な暮らしとは距離を取って、人生や生活を楽しんでいます。都会ではストレスにさらされ、前に前にと進んでいるが、人生の大きな楽しみを見失っているのではないか。もし突然世界経済が破綻して、紙幣が紙くずになっても、そのまま暮らしていけるのは誰だろうと考えると、北イタリアの人々を思い出すのです。(犬塚芳美)

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(6月10日 大阪にて) 

<会見後記と作品の感想:犬塚> 
 工場で黙々と働くあまりにも大勢の人を見たせいか、自分たち人間が蟻になった気分。地表にびっしりとたかって、せっせと地球を消費しているシュールな夢を見ました。なんだかんだ言っても、生きるとは地球を破壊する事です。中国は人も多いし国も大きいから、一度に近代化に動く迫力が怖いほどに凄い。まるで皆がいっせいに船の片方によるみたいで、ひっくり返らないかと心配になります。それでも、文明国の排出物を一身に引き受け、危険も顧みずもくもくと再生産してる姿に胸が詰まりました。わき目も振らず単純作業に没頭する女性の姿が忘れられません。こんな人たちが大勢いる国に、日本の製造業が勝てるわけがない。中国がこれからも世界の工場なのは間違いないでしょう。
 少し前の東南アジアに行くと、先進国が札束でその国を汚しているのを感じて嫌だったけれど、中国はそれが外部の人じゃあなくて、利に長けた同国人。他国だけに利用されてなさそうな所はさすがですが、益々貧富の差が広がるんだろうと辛くもなる。
 ところでエドワード・バーティンスキーさんの写真は、視点が人より地球にあって雄大。もしかしたらと思ったらやっぱりカナダの方でした。自然を大事にして、地球に住まわせてもらってる事を忘れない国民性ですよね。アメリカで現代アートをやってるカナダ国籍義兄が、よくそんな話をします。鋭くても大らかで、丁寧に質問に答えてくださいました。映画もいいけれど、写真集が欲しくなります。

  この作品は、7月26日(土)よりテアトル梅田
          8月2日(土)より第七藝術劇場
          8月23日(土)より神戸アートビレッジセンターで上映
          9月京都シネマで上映予定

映写室 「いま ここにある風景」合同会見(前編)

映写室 「いま ここにある風景」合同会見(前編)
 ―写真家のエドワード・バーティンスキーさんに伺う人類の危機―

 北京オリンピックを目前に、凄まじい勢いで変貌を遂げる中国ですが、今この国は、世界の工場としても大きな役目を担っています。地球各地から天然資源を集め、あらゆる工業製品に変えて又送り出していく。その工業製品も、役目を終えると又中国に集まって、貴重な資源が取り出されるのです。今私たちは、海で繋がる地球規模のグローバル化の中で、未曾有の消費文化を送っている。そんな私たちに未来はあるのだろうか。この映画は、そんな警告を発するカナダの写真家エドワード・バーティンスキーさんに付き添って、急激に変貌する中国を旅し、彼の写真の世界を映像に映します。エドワード・バーティンスキーさんに、この映画やご自身の写真の世界について伺いましょう。

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(6月10日 大阪にて)

<「いま ここにある風景」はこんな8分間のシーンから始まる> 
 向こうが霞むほどに広い工場の中を、移動カメラが横に動いて延々と映していく。もくもくと単純作業をする人間が無数に並び、蟻かロボットのようにしか見えない。外に出ると、両側に立ち並ぶ黄色の工場群。その真ん中の広い道路には、黄色の制服を来た作業員がやはり向こうが霞むほどに大勢整然と並んでいる。まるで未来都市か宇宙だけれど、これは中国の実際の工場で、この国の規模の大きさを思い知らされる。

<エドワード・バーティンスキーさん合同会見>
―中国の巨大さに圧倒されましたが、撮影は何時ですか。
エドワード・バーティンスキーさん(以下バーティンスキー):撮影は2005年春で、カラー撮影はその時のものです。北京へはそのに初めて行ったのですが、オリンピックについての議論が白熱していました。鳥の巣のスタジオを撮りたかったのだけど、何らかの問題で許可が下りず撮れていません。その頃から、オリンピックだけでなく2010年の上海万博に向けて、世界へ発信するエネルギーを感じました。その後は行っていないのですが、2002年から5年の3年間に5回中国を訪問していて、モノクロのシーンはその時に撮っています。
―中国経済の盛り上がりと共に、それとは対照的な取り残された人々の貧しさを感じましたが。そのあたりの格差をどう感じられましたか。
バーティンスキー:経済発展から取り残された多くの貧しい人を見ました。農村から多くの人口が都市部へ流入していく。今中国は、農村経済から都市型のそれへの移行期で、多くの問題が噴出してきた。十何億の国民を養うだけの雇用を作り出すことが、大切な問題になっている。ただこの映像は急激に変貌する中国を写してはいるけれど、中国を批判しようと思ったのではなく、人類がどこへ向かっているのか関心があって、世界各地を回って地球規模で写真を撮っている中の一つなのです。

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COPYRIGHT EDWARD BURTYNSKY

―映画には、バーティンスキーさんの写真からはみ出した人々が映っていますが。
バーティンスキー:私もそれを興味深く見ました。自分が写真を撮っている映像よりも、写真からはみ出した部分に多くのことを感じます。フレームの外の人々の暮らしとか営みに、より興味を覚えました。
―そんな風に人を見るバーティンスキーさんが、どうして人物よりも人の手の加わった風景に興味をもたれるのでしょう。
バーティンスキー:今人間は非常に困難な海に漕ぎ出していると感じています。私が生まれた頃の50年前は、地球の人口は25億だったのに、現在は65億に届きそうで、もうすぐ90億になるだろうとも言われます。地球は凄いスピードで変化している。又、暮らし方も天然資源への依存が大きくなっていて、人間を支えている資源がどこから来ているか、資源は人間を支え続けられるのだろうかと興味を持って、金属や石の採掘場を撮り始めました。人間が資源を取る事で自然にどんなインパクトを与えているかを撮り始めたのです。其処から資源のリサイクルに関心を持ち、それを請け負っている中国へと関心が移りました。映画では其処を映しているのです。そんな視点を持ったのは、私がカナダ人だからかもしれません。カナダは人口3000万人に対して、広い国土があって人が手付かずの土地も残っている。大自然の中で育ったので、自然に人の手が加わって風景を変えることが、人類の希望や価値観を体現してるのではないかとも思いました。多くのアーティストが人間そのものをターゲットにしているが、人の手が加わって変った土地を対象にする者はいない。だからこそ、私はそれを描きたいと思いました。

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COPYRIGHT EDWARD BURTYNSKY

―破壊かもしれないその風景が、大変美しいのはどうしてでしょう。
バーティンスキー:美しくないと誰も見てくれないから美しく撮っているのです。
―実際には美しい風景ではないのですか。
バーティンスキー:もちろん私が、アーティストとしての技術を酷使して美しく撮っているからです。風景をそのまま写したのでは、ゴミ捨て場はゴミ捨て場でしかありません。日の光が強く当たると影が濃くなって細かい所が見えない。柔らかい光が当たる時を捕まえ、風景の細部まで全部が見える、最高の瞬間で撮影している。早朝であったり夕暮れであったり、曇り空であったりという瞬間を捕らえています。
―私たちのように中国と近しい者には見えない中国が映っていますが。
バーティンスキー:中国と日本は地理的にも歴史的にも近しいが、カナダは遠くて東洋の事をよく知らない。カナダ人の私の視点はやはり日本人とは違うと思います。(犬塚芳美)  <明日に続く>

  この作品は、7月26日(土)よりテアトル梅田
        8月2日(土)より第七藝術劇場
        8月23日(土)より神戸アートビレッジセンターで上映
        9月京都シネマで上映予定

映写室NO.160 「おいしいコーヒーの真実」&「オーケストラの向こう側(フィラデルフィア管弦楽団の秘密)」

映写室NO.160 「おいしいコーヒーの真実」&「オーケストラの向こう側(フィラデルフィア管弦楽団の秘密)」 
     ―良質なドキュメンタリーの2作品―  

 意表を突いた視点の、完成度の高いドキュメンタリー作品の公開が続きます。私たちに安らぎをくれる1杯のコーヒーの裏側で、生産地の農民が貧困に喘いでいる話には胸をつかれるし、音楽家の心の内から芸術の真髄を掬い取った「オーケストラの向こう側」には、魂を洗われる。ここにあるのは、映画を超えた社会と繋がる生きた教科書。大人だけで無く、ぜひ夏休みのお子さんを連れてご家族でご覧頂きたい2作品です。

1.おいしいコーヒーの真実 

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 <貴方が払うコーヒー1杯分のお金>330円のうち、コーヒー農家に支払われるのはわずか3~9円だと聞けば驚きませんか。コーヒー危機の2002年から2003年にはもっとひどくて、農家の取り分は喫茶店のコーヒー価格の0.1%にまで下がっていました。フランシス兄弟のこのドキュメンタリーは、その時に企画されたもので、コーヒーを題材に選び、巨大な多国籍企業に価格を支配されて、いかに生産国が残酷な仕打ちを受けているかを丁寧に描いています。
 <実は、お店で飲むコーヒーは>物価上昇に合わせて高くなっても、豆の価格は約30年前のまま。農家は年々困窮している。世界中でコーヒーが飲まれながら、肝心のコーヒー農家は価格の低迷に苦しみ、破産の危機に瀕しているという現実。一家で汗だくになって働いても、子供を学校にやるどころか、その日の食べ物にも事欠く。子供にこんな仕事を継がせる訳には行かないと嘆く、父親の姿が正視出来ない。

 <もっとも、アフリカの危機を救おうと>緊急食糧援助があり、この映画でも多くの人が配給のトラックに群がります。でも(援助に頼る親の姿を見て、子供が未来に夢を抱けるだろうか)という嘆きには誰もがハッとするでしょう。屈辱を嘆いても、貰わなければ一家が飢え死にする。でもコーヒーが適正な価格で取引されればすべては解決する問題。アフリカの国際商取引の価格が1%上がるだけで、年間700億円が派生し、これはこの大陸が受けている経済支援の5倍になるという事実を忘れてはいけません。もっとも搾取しながら援助すると言う先進国の驕りは、コーヒーでなくてもあらゆる物で成り立つ構図で、日本の国内でも、手作業の生産者が置かれている現状なのです。

 <私は物を作ることや流通の仕事を>長くしてきたので、あまりにも物が安いと嬉しいよりも辛い。(何処で誰が損をしているのだろう。大事に育ててやっと出来たキャベツがこんなに安くて農家の人は大丈夫だろうか)等、ついつい我が身に引き寄せて考えてしまいます。そんな低価格には注意を払っても、消費者としてコーヒー1杯にそれなりのお金を払いながら、こんな搾取の仕組みがあるとは気付かなかった。これでは誰も物を作らなくなる。この作品をコーヒー生産地で上映すると、農家の人々が理不尽な仕組みに気付き怒り狂うとか。もっと怒って、当然の権利を主張すればいい。物を作る人が一生県命働いて、それで消費者と同じ暮らしが出来ないのはおかしいのです。

 <貧しいアフリカと言う押し付けられたイメージに怒り>、「適正価格での取引を」と果敢に挑み続ける一人の男、エチオピアのタデッセ・メスケラの行動を追っているのが、この映画の方向性です。彼の行動が少しずつでもエチオピアを変えている。タデッセ・メスケラの姿を見て、彼を追ったフランシス兄弟の姿勢を見て、今度は消費者が変わらないといけない。貧困のスパイラルに加担しない為にも、せめて「フェアトレード」のコーヒーを味わいたいと、香りの向こうにタデッセ・メスケラたちを思い出しました。
 <後10円コーヒーに余分に払って>、そのお金がそのまま生産者に渡る仕組みは出来ないものでしょうか。そんなメーカーが出来たら私は迷わずそこでコーヒーを飲むのだけれど。映画は「あなたが飲む1杯のコーヒーから、世界のしくみが見えてくる」と訴えかけます。

  この作品は、7月26(土)より第七藝術劇場で上映
            時間等は直接劇場へ(06-6302-2073)
            8月14日(木)より、京都みなみ会館で上映予定


2.オーケストラの向こう側(フィラデルフィア管弦楽団の秘密)

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(c)2004 Anker Productions, Ink. All rights reserved.

 <このドキュメンタリーは>、映像作家のダニエル・アンカーが、アメリカの名門オーケストラ、フィラデルフィア管弦楽団の、ステージだけではなく一人一人のオフ・ステージに肉薄して、「音楽とは何か?」の答えを真摯に探った作品です。演奏シーンは主にリハーサル映像で、いわばこの作品のための演奏。団員には舞台ほどの緊張が無く、カメラには無防備に真摯に自分の音を探り、オーケストラの音を作っていく過程が覗けました。音楽好きなら溜息が出る贅沢さ。繊細なカメラワークからは誰もの息遣いが聞こえてきます。

 <これほどの名門オケにいながら>、誰もが一人の音楽家としての立場と、メンバーとしての立場の狭間を探る様子は深遠で興味深い。オーケストラの魅力を「己を無くさず、且つ少しだけオーケストラからはみ出そうとする皆の動きが、そのオーケストラの個性になる」と語る言葉に肯く。なるほど誰もが葛藤の中。彼らが心情を語る言葉はどれもがまるで詩人か哲学者のよう。音楽家とは思いのある人、音に思いを乗せる芸術家だと改めて気付く。

 <思わず書き留めた宝石のような言葉の数々>を挙げると、「楽器は声に近づいていく」と言ったのはジャズで博士号を取った奏者で、「耳障りな音が好き。雑音と音楽の違いは不協和音の向こうに別の意味があるかどうか」には、ノイズを含んだ音が好きな私は心底肯く。(私が言うと、邪道だと正統的なクラシックファンからは軽蔑される嗜好だけれど、良かった!クラシック奏者にもそんな人がいたんだ)ホルン奏者は音楽への感情移入を「雪ダルマを転がすように感情を転がし、だんだん大きくなっていくと、何かの拍子にその国への郷愁が湧き出る。それを音に乗せるんだ」と答え、「僕らは演奏で交信している。音だけでなくささやかなやり取りで心を交わしている」と、巻き込まれるように一体となる、演奏中の団員の至福の感情を表す者もいる。こんな言葉が洪水のように溢れているから、続きはスクリーンで聞き取って欲しい。

 <監督が音楽と心理学の学位を持つだけに>、心の奥底を覗いた深遠な言葉が作品の質を高めています。音楽ファンだけで無く、言葉に興味がある人も見逃せないと思う。元ブラス部員としては、ホーンパートがクローズアップされるのも嬉しい。臨場感に溢れていて、公開練習を見たか、公開実習を受けた気分と言うのはあまりに厚かましいだろうか。こんなにいい音を一杯聞いた後では、もう下手な生演奏は聴けない。それだけがこの作品の罪なところです。(犬塚芳美)

   この作品は、7月26(土)より第七藝術劇場で上映
                 時間等は直接劇場へ(06-6302-2073)


<ディープな情報>
 フィラデルフィア管弦楽団は1900年に創立された世界有数のオーケストラの一つ。指揮者のレオポルト・ストコフスキーが映画の音楽監督をしていた1937年に、「オーケストラの少女」でクラシックの名曲を演奏している。39年にはディズニーアニメ「ファンタジア」の音楽も担当。美しい音色とそのハーモニーは、華麗なるフィラデルフィア・サウンドと言われる。近年ではインターネットを通じたスクリーン会場のコンサート等、新しい試みにも挑戦している。

映写室 シネマエッセイ「刺客請負人」

映写室 シネマエッセイ「刺客請負人」   
 ―京都でしか撮れない本格的な時代劇の世界― 

 <映画ではないのですが>、この夏のクールで始まったテレビ東京(関西はテレビ大阪放映)の時代劇、「刺客請負人」の初回スペシャル版に監督の心意気を感じたので、そんな事とか少し書いてみましょう。

 <ご存知の様に>、京都には「東映」と「松竹京都映画」の撮影所があり、周りの神社仏閣と共に、時代感のあるオープンセットもあるのですが、この頃映画資本が東京に集中して、時代劇でもなかなか京都で撮影しません。一つには動員の為にも主演俳優さんに売れっ子の若い人を起用しないといけず、そうなると撮影中に他のテレビ番組と掛け持ちできる東京の撮影が好まれるのや、大勢俳優さんを京都に連れてくる費用の高さもあるようです。

 <でも時代劇は色々決まりごとがある> 美術、衣装等の技術も特別のものが必要で、それの無いところで撮ったものは中途半端になって、何処か物足りなさが残ります。いい作品でも、(ああ、京都で撮ればこんな事はしないだろうに)とか、(オープンがあればもっと映像が広がるのに)と思うことがよくある。もちろんそんな思いは部外者の私ではなく、現場を知っているスタッフや監督だったらもっと思っているはず。思いながらも口には出さなかった悔しさを、この作品で充分に感じました。

 <何といっても京都>、しかも監督は昔「必殺シリーズ」の名カメラマンで鳴らした石原興さん、時代劇におあつらえ向きの場所は知り尽くしています。初回のカメラは藤原三郎さんでした。余談ですが、テレビのワンクールは約11回と長いので、監督やカメラ等は人が変って競作の形になるのです。撮影時以外に、演出や撮影プランを練ったり等色々準備が大変なのでしょう。監督にもカメラマンにも特徴と言うか癖があるので、その違いを見比べるのも面白いですよ。藤原さんのカメラワークも、バラエティに富んで良かった。色々な工夫と熟練が上手く折り合いをつけ、映像の美しさで2時間を見せ切ったのです。

 <渋い神社、国宝級の豪華な時代感のある金屏風>、古びたオープンの空気感、手馴れたステージのセットと、目まぐるしい位に変わって、時代劇の豪華さを堪能しました。そこに配する本格さとアバンギャルドな場面の多様な事、これほどの時代劇の映像は久しぶりです。京都で無いと絶対に出来ないことを、これでもかというほど盛り込んだ撮影に、石原監督の(京都で時代劇を撮ったらこんなことが出来るんだよ)という強い思いを感じました。東京の方は、内心悔しい思いで見たのではないでしょうか。

 <衣装もさすが「必殺」の監督>、上手く衣装さんを乗せたんでしょうね。自在に現代性を入れ、それでも時代劇の世界を壊していない。これって難しい。あまり時代劇過ぎると今付いて行きにくいのですが、見易さの加味が上手いのです。僭越なのですが、石原監督の心意気に感動した事を何処かで書きたくて、今回は映画を離れました。なおこの作品は、毎週金曜夜8時からで、主演は村上弘明、準主役の山田純大の渋さが光ります。他には、若村麻由美、柄本明等々、時代劇に慣れた俳優さんたちがさすがの世界を作っています。上手いですよお、皆本格的な時代劇をしたいんですね。この猛暑の中、鬘と着物を着ての演技は大変。オープンやロケは冷房もありません。カメラが止まると助手さんが俳優さんのこめかみ等に氷を押し付けて、汗を止めているのだとか。そんな風には見えない涼やかな風情をぜひ御覧ください。  (犬塚芳美)

*パソコンテレビで、「セット」であった出演者の記者会見の様子が見れます。下記サイトに入り、上部の「出演者より」をクリックしてください。テレビ画面は右端の拡大マークのクリックで大きくできます。 
 
  http://www.tv-tokyo.co.jp/shikaku/

映写室 シネマエッセイ「百万円と苦虫女」

映写室 シネマエッセイ「百万円と苦虫女」    
 ―今時の若者は老成してるのかもしれない―

 <ひいきの蒼井優ちゃんの主演映画>と聞いては見逃せない。しかもメガホンを取ったのが、「赤い文化住宅の初子」のタナダユキ監督と聞いてはもっと外せない。優ちゃんは当然でも、タナダ監督も女優さんと間違いそうな美貌の持ち主、作風だけでなく、才色兼備の若い監督本人への関心もある。地下鉄の駅をダッシュし、際どいスケジュールの試写室に滑り込むと、狭い会場はそんな人で一杯。今を時めく2人の女性の吸引力に今更ながら驚いた。
 <監督のオリジナル脚本は>蒼井へのあて書きだそうで、どこか世間とずれてギクシャクと生きる、簡単なようで難しい役を不思議なリズムで演じている。子供っぽいようで老成している若者の立ち位置が、今の時代感かもしれません。

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(C) 2008『百万円と苦虫女』製作委員会 

 <蒼井演じる主人公の佐藤鈴子は>、バイト仲間に振り回された挙句、他人の荷物を勝手に捨てたことから前科者になる。出所の夜の気まずい夕食中に、「百万円貯まったら家を出ます」と宣言。やがて百万円と手作りのカーテンを詰めたバックを持って見知らぬ町に降り立つ。最初のバイトは海の家だった。次が住み込みで桃の収穫、その次は園芸店のバイトと、移動等で減らしたお金が百万円に戻ると又次の土地へと旅立っていく。

 <いつも、脇役なのに主役を食ってしまう蒼井が>、真ん中に立つと物語との絡み方や距離感がつかめず居心地が悪そうなのと、この主人公の世間での居心地の悪さが重なるような作品だ。主役と脇役の役目の違いを改めて思い知らされた。
 短大を出たけれど正社員になれず派遣暮らし、おまけに前科者となり有名中学に行きたい弟の足も引っ張りそう・・・とあっては、何で私ってこうなのと、自分にも世間にもうんざりして、誰も知らないところで暮してみたいという気持ちは解る。そんな時に百万あれば当座の暮らしは何とか成るという訳だ。つまり百万は自由への通行手形。(いいなあ、若いって)とこのあたりで溜息をつく。私の年だと百万でそこまでの勇気はない。何も無い部屋のダンボールのテーブルさえ可愛く、物語とはいえ、百万円の重さと生き方の軽やかさこそが若さだと、眩しくなりました。

 <明日が解らないのを不安に思うよりも>、自由と捉えられるのは幾つ位までだろう。住み慣れた町を離れるだけで違う明日が始まるかもわからないのに、(保証人もいなくてどうやって部屋を借りるの?)とか、(バイトで生活できるの?)なんて、ついつい当たり前の心配をした私は、それだけ痛い思いを重ねてきたと言う事かもしれない。 
 <主人公はこんな暮らしを「自分探し?」と聞かれると>、「いやむしろその逆で、自分と向き合いたくないと言うか。探さなくても自分は自分ですから」とはにかみながら答える。昔リュックを背負ったバックパッカーが、自分とは縁もゆかりも無い北海道やインドに、気負って自分探しの旅に出かけたのとはずいぶん違う。服装だって、近所のコンビニに出かけるような日常着。それでもひょいと時空を超える飛躍力があるのが今時の若者だ。

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(C) 2008『百万円と苦虫女』製作委員会 

 <人生に悩み小難しい本を>たくさん読んだ昔の若者は、老成していたと言われる。でも少なくとも今時の若者は、彼らのように「自分探しに行く」なんて気恥ずかしい事は言わない。「自分探し」って言っても、若者がしたのは「社会に認められる何者かである自分」を探す事。社会の主役になれる何者かである人なんて、早々いるわけ無いのに、当時の若者は諦めが悪かった。脇役でよしとしながら、自己主張できる今時の若者と大きく違うところだ。若くしてちっぽけな自分が解っていると言う意味で、良いかどうかはともかく、こっちはこっちで老成していると思う。

 <ところで鈴子の弟は>、もともといじめられっ子なのに、鈴子が前科者になったからよけいにいじめられている。そんな弟からの手紙に、「僕は逃げない事にした」と書いてあって、鈴子の心を解すのだけれど、元の場所から逃げて自分と向き合う瞬間を先送りした鈴子と違い、弟は自分の場所で自分と向き合い、どう生きていくかを考えていたのだ。なんかまっとうな所に着地点があって、この二人のコンビにしては意外だったけれど、若い監督にはこの真っ当さこそが新鮮なのかもしれない。いや、この命題にはこの答えしかないのに、若い監督は映画が導くまで気が付かなかったのかもしれないと思ったりもする。それも若さだと思おう。主人公も監督も人生と言う長い旅のまだほんの入り口。

 <誤解からボーイフレンドにも幻滅した鈴子は>これからどうするのかと、ラストシーンで観客は考えるけれど、優ちゃんはドーナツなんか口に挟んで飄々としている。監督はその続きを又もや観客に委ねた。人生はほんの些細な事で結末が変る。結末を変えるのは偶然だけではなく、本人達にあと少しの執着があるかどうかでもあるらしい。二人の視線がもう一度絡むようにも、すれ違ったままのようにも思えて、このラストこそがタナダユキ的だと、二つの今後の物語の間で揺れている。 (犬塚芳美)

 この作品は7月19日(土)よりシネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、
                  京都シネマ、シネ・リーブル神戸で上映

映写室 NO.159 「カメレオン」&「闇の子供たち」

映写室 NO.159 「カメレオン」&「闇の子供たち」      
 ―阪本順治監督の渾身の最新作2本―

 結婚詐欺等で稼ぐチンピラが、偶然国会の重要参考人の誘拐を目撃して、政界と繋がる闇の組織と戦う様を描いた「カメレオン」と、梁石日の原作を映像化したタイの幼児売春や生体の臓器売買等を描いた「闇の子供たち」と言う、阪本順治監督の新作が続きます。まるで違う話なのに、どちらも底流に本物感が流れる甲乙つけがたい力作。2本は製作時期もつながっていて、あまりにおぞましい現実を切り取った「闇の子供たち」を撮り終わり、心身ともに疲労困憊していたところに来た話が、痛快な活劇「カメレオン」だったと言う。苦しんだ余韻は力となって残っていたのだろう、テンポの良い活劇からも、しっかりと今の社会の病理が浮かび上がってくる。若手の台頭が著しい邦画界、中堅の阪本順治監督が経験に裏づけされた骨太の映画術で「これぞ映画!」の世界を築き、力の差を見せ付けます。この夏の見逃せない2本。

1.カメレオン

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(C) 2008『カメレオン』製作委員会

 <辻占いをしている圭子(水川あさみ)の前に>ぬっと手が出て、「老後が不安なんだよ」と言ったのは伍郎(藤原竜也)。「あっちはいけるの」と言うと階段の下に連れ込まれて股間を触らされる。今度は自分の胸元に彼の手を引き入れ、お互いに「まだ大丈夫」と言うのだった。結婚式で司会をしている伍郎、そこに乗り込む花婿への借金取り。花嫁の父親から破談を言い渡され、ご祝儀袋を手切れ金に貰って、地下の駐車場に詐欺仲間が集まり引き上げ様とした時、怪しい集団を見かける。

 <この作品は元々、約30年前に故松田優作を>主役に想定して書かれた脚本が元になっている。当時は、題材が金大中拉致事件を彷彿させて生々し過ぎると、没になったものだ。松田よりずっと小柄で華奢な藤原が演じた事で、伍郎の危うさが増した。この役がスーパーアウトローではなく、身近でもありアニメ的な架空性をも持ちと、振幅を広げている。
 横顔が繊細で美しく、幼い顔と裏腹のタフさや虚無感。まるで舞踏のようにしなやかで華麗なアクションが素晴らしく、爆発する怒りすら瞳に悲しみを滲ませて演じるのだから凄い。体の芯の冷たい炎も感じさせ、この男の抱えるものはとても今的なのだ。
 <つき返したいお金を>、ちょっと惚けて「馬鹿にすんな!…と言い切れないのが情けねえ」と最後は小声でぼやきながら、数枚は貰う貧乏臭さ。他のシーンでもお金の描写が丁寧にされリアルだった。詐欺と言っても弱者は騙さない。お金の余ってるところから少し貰って何とか暮らせればいいのに、トラブルに巻き込まれて暴れるシーンは、はみだし者の悲しみが漂う。

 <こんな怪しげな稼業をしながら>、この若さで「逆から読むと、ローゴ」と自嘲気味に言う様に、伍郎は今よりも生き延びた先に不安を持っている。ぱっと咲いてぱっと散るなんて、人生そんなに都合良くいかないものだと悟っているみたい。それを象徴するように、この物語には仲間の両親や、詐欺師仲間の芸人たちと、社会から弾き出されそうな老人が出てくるが、彼らを守るのは孫のような年齢の伍郎たち。大人の代表のような政治家は、警察組織まで巻き込み都合の悪いことを闇に葬る下劣さ。自分を守るのに必死で、若者にも老人にも目が届かない。

 <直前に撮った「闇の子供たち」で>、先進国の無神経さを描いた監督の刃が、今度は日本の今に向かった。若者に忍び寄る閉塞感と、そんな未来の見えない社会にしてしまった大人世代の不甲斐無さ。裏家業の主人公に漂う気品と優しさは、若者に託す監督の夢でもあるのだろう。
 ベテランの俳優陣が藤原の若さを際立たせるように、年を重ねた醜さや悲しさを好演して援護射撃しているのも見逃せない。娯楽活劇に忍ばせた監督の思いが、見終えた後でじんわりと染み出してくる力作です。

  この作品は、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、
         MOVIX堺、MOVIX八尾、三宮シネフェニックス等全国で上映中


2.闇の子供たち

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(C) 2008「闇の子供たち」製作委員会

 <新聞社のバンコク支局員の南部(江口洋介)は>、東京本社から日本人の子供がタイに渡り、心臓移植手術をするらしいとの情報を得る。臓器密売の元仲介者にお金を渡して探り始めると、臓器の提供は生きたままの子供らしい。一方日本で福祉を学ぶ若い女性音羽(宮崎あおい)が、タイの福祉施設へボランティアスタッフとしてやって来る。所長たちと施設へ来なくなった子供の消息を尋ねると…。

 <タイの暗部を抉り出す衝撃的な作品だ> 貧しさのあまり子供を売る親たちと、子供を買って儲ける闇組織。エイズに罹ってゴミのように捨てられる少女や、売春斡旋所で鉄格子の中に押し込まれた子供たち、少年を漁る醜い大人たちと、ここに描かれているのは、あまりに軽い人の尊厳や命の話だ。生きている子供の心臓を(!)僅かなお金で売買したり、いたいけない子供を歪んだ性的欲望の対象にするなんて日本にいると信じられないけれど、映画化にあたって梁石日の原作を読んだ監督は、タイで取材を進めるうちに、衝撃的な内容は決してフィクションではなく、事実なのだと思い知らされたと言う。しかも加害者には白人と共に日本人も多いというのだから、辛くなる。同じ有色のアジア人に経済力で優位に立って、非人道的な振る舞いをとる醜さ。ラストの南部の行動で示されるように、この作品は決して他人事ではなく、回り回って私たちの驕りにも楔を打ち込む。

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(C) 2008「闇の子供たち」製作委員会

 <だけどそんな外国勢力だけでなく>、この作品は、最初の闇への入り口が利に敏い自国の悪なのも描く。昔何度かタイに行った。バンコクの騒々しさや日本人と見ると容赦なくたかって来るのが嫌で、すぐにチェンマイに飛び、又そこからチェンライに飛んでいたけれど、そんな田舎でさえ一人旅はいつも危険と背中合わせ。自然は素晴らしくても、うらびれた町角には油断したら引き込まれそうな闇社界の気配があった。
 この国でお金が手に入るか入らないかは、外国人の落とす金の匂いをかぎ分けられるしたたかさがあるかどうかだけ。決して自分で生み出すお金ではない。札束の魔力に負けて魂を売り渡すと、外国人との間に立って自国民をいいように振り回す。腐敗している。タイの純朴さを先進国の貨幣論理が汚していく様を肌で感じ、その発端が札束を振り回した日本人にあるのを感じて、何とも辛く何時しか行けなくなった。騙されても怒る事すら知らない、貧しい人々を思い出す。

 <以前同じテーマで映画を撮ろうとした>外国クルーが銃で襲われたこともあり、撮影は秘密裏に行われた。子供への虐待シーンの撮影を「日本の子供なら性的な虐待を受けるシーンと言っても、演技など解らないだろうが、この国の子供は自然に出来る。自分に経験が無くても見聞きして感覚的に解っていた」と言う監督も、映画のリアリティの為とはいえ、そんな演出を付ける残忍さに自身が追い詰められて、とうとう声が出なくなり緊急入院したのだとか。一番辛い思いでこの映画の残忍な世界を覗き見たのが、監督なのは間違いない。子供たちの大きな瞳が、静かに不条理を訴えかけてきます。(犬塚芳美)

 この作品は、8月2日(土)より、テアトル梅田/シネマート心斎橋
         8月9日(土)より、シネカノン神戸
         8月23日(土)より、京都シネマでロードショー


どちらも最後にどんでん返しが待っている。社会性と共に、油が乗って円熟期に入った阪本監督の、演出の凄さを思い知らされた2作品です。

映写室 シネマエッセイ「近距離恋愛」

映写室 シネマエッセイ「近距離恋愛」   
 ―アメリカの花嫁付添い人という仕組み― 

 <貴方が結婚相手を決めたのは>どんな理由だろう。運命の糸で結ばれていたのかもしれないけれど、ほんの弾みかもしれないと、この年になると時にシニカルに考える。カップルの事情は微妙だから、それぞれが誤解している事もあるし、どちら側から見るかで事情は違ってもくるのだ。そんな複雑な心模様はいつも文学のテーマ。真剣に考えるとすべてが怪しいから、平凡な生活を望むならそんな事からは目を反らして生きるのがいいのかもしれない。誤解も又、長い年月の暮らしで許せるようになると言うものだ。

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(C) 2007 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved

 <ある映画監督が>、「誰かに恋焦がれるような激情から遠い今の年齢がいい。悩むエネルギーを創作に使いたいから、若い頃には二度と返りたくない。」と赤裸々に言われて驚いたけれど、日本の若者向けのテレビドラマと違って、外国の映画を見ると愛や恋に悩む男女に年齢制限は無い。いや日本にも熟年の恋物語はあるけれど、秘めやかでちょっと切り口が違う気がする。
 <恋愛どころか、いい大人が結婚式に大盛り上がり>のハリウッド作品をこのところ立て続けに見た。晩夏にも同じようなテーマの大きな作品が控えているが、映画は時代感覚のあるプロデューサーが、皆の願望をすくい取って作るもの、これも今の空気感を体現しているはずなのだ。女性大統領が誕生しそうだったほど女性の社会進出が進んでいるアメリカで、今何が起こっているんだろう。大人の女性が結婚式にはしゃぐ様子は、男と肩を並べる事に疲れた女達の夢物語の様でもあるのだ。

 <「近距離恋愛」の主人公二人は>、若者と言うにはちょっと大人過ぎる。それでも自分の心が解らず、お互いを運命の人だと気付いたのは、相手が手の届かないところに行きそうになった時だった。
 <同じ相手とのデートは2晩続けない>という独身主義の男(パトリック・デンプシー)と、メトロポリタン美術館で絵画の修復をする堅実な女(ミシェル・モナハン)は、大学時代からの親友。一緒に週末を過ごしても恋人じゃあない。でも暫く会えなかった時、やっと大切な存在だと気付くけれどその時には…と、書いていてもその先が読めるように、展開はよくある話だ。「魔法にかけられて」のシングルパパ振りでファンになったパトリック・デンプシーが、この素敵なのに情けない男によく似合っている。考えてみるとこの役は難しい。知性もいるし、誰もが好感を持つハンサムでないと感情移入できないもの、彼の存在が閃かせた物語だと言う話に頷いた。

 <でもこの物語がおかしいのはここからで>、「そいつとの結婚を止めて僕と結婚しよう」と言う一言が言えず鬱々としている間に、なんと親友だからと男の身で花嫁付添い人、それも一番責任の思い“メイド・オブ・オナー”を頼まれてしまうのだ。仕方ないから、情けない気分でドレスの試着やパーティの準備に付き合う様は、笑いながらも妙に共感できる。心とは裏腹のこんな情けない状態に陥ることは無くも無いのだ。現実だったらこのまま別の人と結ばれるのだろうけれど、そこは映画、最後の最後にもちろん物語が待っている。身近過ぎて遠い相手、大人同士のもどかしい恋は、甘いけれど意外にリアルだった。

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(C) 2007 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved

 <ところでアメリカの(他の国にもあるのかもしれないけれど)>花嫁付添い人の話は「幸せになるための27のドレス」がそうだったし、この後公開の作品は、結婚式の前夜付添い人たちとホテルに泊まって、女同士で大はしゃぎする花嫁に花婿が引いてしまい、とうとうすべてをぶち壊す話だ。どの作品も、一昔前の言葉を借りるならキャリアウーマンたちが、花嫁も周りの友人も結婚式に入れ込んではしゃぎ捲くる。
 <時には奇抜すぎるほどの趣向を凝らした衣装>で、結婚式を盛り上げる花嫁付添い人たち。日本の私たちには馴染みが無いけれど、この仕組みは何時からあるのだろうかと気になった。まるで引き返せないイベントに無理やり当事者を蒔き込む様で、マリッジブルーの危機を知り過ぎているようにも思うのだ。怖気付く花婿の気持ちのほうが解る。こんな事よほど若くないとやってられない。…なんて捻くれているのだろうか。日本でもこの頃の結婚式は、花嫁の友人たちが何だか仮装行列の様な格好をしていて驚くけれど、結婚式が神聖さよりイベントになってしまった原型がハリウッド映画で見えた。何度も離婚を繰り返すアメリカの結婚事情、だからこそ盛り上がった結婚式が大事ということだろうか。

 <その結婚式をしなかったカップルの話が>、以前にも取り上げた「ぐるりのこと」の夫婦だ。旅行先のホテルで若い人の結婚式に出くわし、花嫁衣裳をつい目で追いかける妻に、夫は優しく、「あんな事をしたかったの?」と問いかける。最後にスチールでこの時の緊張した二人の写真があったから、写真だけは撮ったということになる。
 <この映画は新聞の映画談話で>男性二人が絶賛していたし、私宛のメールにも「凄い。今年一番かも」と言う男性からのものが2通あった。悪くはないけど、其処までではと戸惑って、理由などをぼんやり考えながらバスを待っていたら、ふと気づいた事がある。それはこの作品が男性の本音を語っていて、その本音の語り方や深さがこの映画の製作者達より上の世代を、いたく感動させたようだと言う事だ。

 <脚本も書いた監督の世代にとっては>、こんな具合に妻に本音を言うのは(監督達が標準より幾分柔らかいとしても)それほど特別でもないはず。男の威厳とかに拘らず、妻と友達みたいな関係で暮らしているから、心に夫としての鎧がない分自然なのだ。
でも上の世代はそうはいかない。こんな風に妻に本音を言うことなんて無いんだろう。だけど言わなくてもそんな事は伝わっているはず。そんな本音が漏れているなんて、夫たちは気が付かないのかもしれないと、この作品を絶賛する男性たちを見て思った。いや、態度で表すのと言葉にする違いに驚いているのかもしれないけれど、どちらにしても伝わってはいるのだ。

 <日本とアメリカのカップルの事情>、同じ文化圏だから微妙なニュアンスが伝わってくる邦画と、まず向こうの文化に注目する華やかなハリウッド作品。どちらも本音の周辺で、誤解したり嗅ぎ取ったりしながら暮している。描きたいものが一緒でも印象がまるで違うのが面白い。(犬塚芳美)

    「近距離恋愛」は、7月12日(土)より全国ロードショー

映写室 NO.158水の中のつぼみ

映写室 NO.158水の中のつぼみ
    ―シンクロナイズド・スイミングの少女たち― 
 少女たちの憧れは、時に異性以上に大人びた同性に向かうもの。異性への思いよりも熱い事さえあり、恋に似ている。でも相手に未来の自分を重ねてこうなりたいと憧れる訳だから、本物の恋とはちょっと違うのだ。そんな惑いの季節を経て、大人への扉を潜るのだと思う。本作は少女に恋する少女、大人びたふりをしながら実は臆病に大人の手前で足踏みする少女、片思いの切なさに悩む少女と、思春期の3人の疼くような夏を、瑞々しい感性で描いていく。憧れの人を追いかける少女の瞳は、あまりに無防備で切ない。本年度のセザール賞にノミネートされています。

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(C) Les Productions Balthazar 2007

 <スレンダーでまだ子供のようなマリーは>、オデブな同級生アンヌのシンクロの応援でプールサイドに座っていた。アンヌたちの演技が終わると上級生の演技が始まり、マリーの目は華やかなフロリアーヌに釘付けになる。一方アンヌは、はずみで男子にヌードを見られて彼に恋してしまう。ある夜、アンヌはその男子とフロリアーヌがキスしているのを目撃。マリーはフロリアーヌに近づきたくて、シンクロ・クラブに入ろうとするが…。

 <こうして少女たちの夏は甘く切なく絡んでいくのだけど>、主な3人の少女は、それぞれに個性的だ。もうこの年で魔性すら漂わせて男子の心を騒がせるから、女性からはやっかみと戸惑いで敬遠される、特別な存在のフロリアーヌ。除け者にされ揶揄されても平然と孤高を保ち女王のように振舞うが、そんな彼女の心の奥の秘密を覘いたのはマリーだった。派手な行動から誰もがとっくに異性を経験済みと思っているフロリアーヌだけれど、成熟した肉体とは裏腹に、心にはまだ少女の戸惑いを残している。こんなアンバランスさを誰が想像するだろう。早熟な美少女にとってもこの年代は辛い。

 <一方マリーは、まるで姉に憧れる様にフロリアーヌに付き纏い>、邪険にされても利用されても付いて行ってしまう。これが後の同性愛に繋がる恋なのか、それともこの時期特有の物なのかは、今はまだ解らない。皆がやっかみに変える感情を、素直な憧憬に表しただけかもしれないのだ。マリーを見ていると、相手が異性であれ同性であれ、こんな風に好きな相手に視線を絡みつかせるものかと、胸が詰まる。隠すことを知らない無垢さが痛々しいのだ。可愛い顔にペタンコの胸とひょろ長い手足のマリーは、この後女らしくなるのだろうか、中性的なままで同性愛的志向が続くのだろうかと、気にかかる。

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(C) Les Productions Balthazar 2007

 <もう一人の、子供っぽいようで時には>中年女のような図太さも見せるアンヌは、こうしてみると一番現実的で、生きるのが上手なのかもしれない。欲しい者に自分から向かって行き、どうしても駄目となったら自分で引き返す強さもある。たとえ涙を流す時があるとしても、少女と大人の間を逞しく通り過ぎることができそうだ。もちろんそんな少女は主役にはならない。痛みや神秘をなりふり構わず自分で乗り越えた時、女は大人と言うより中年期になるのだろうか。それはそれでちょっと切ない話だ。
 ところでこの物語、男子も大人も単なる脇役。あまり登場しない。少女たちの心的世界は、実は少女たちの間だけで成立してるのだという、監督の思いでもあるのだろう。

 <この作品は、少女と言う常識的には甘やかな存在の>、神秘のベールを上げて奇麗事ではない体の内側まで入って、等身大に描いている。3人の揺れる心模様は、男性が見たら意外で戸惑うかもしれない。あまりに赤裸々で辛いシーンもあった。こんな事があっても、いつの間にか記憶は封印と美化をされ、思い出の少女時代はたいていふわふわと甘やかなものになる。それは少女を描くのが、記憶を封じ込めた大人だったり、実態を知らず憧れの目線で追う男性だから。母親だって自分の娘の疼きを直視はしないものだ。この作品のすべては、まだ思春期の痛みの記憶が残る、製作時27歳という若い女性監督、セリーヌ・シアマだからこそだと思う。オリジナル脚本も彼女で、少女の心をこんなにリアルに描けるのは、この監督にとってこの年代が心の中の永遠なのかもしれない。

 <それを裏付けるように>、この物語が今のようにも少し昔のようにも見える。いったい何時の時代なのか、解らないのだ。つまり少女たちは時を越える存在で、セリーヌ・シアマ監督の中の永遠、少女と言う自らの時代を生きていると言うことだろうか。そう言えば場所だって、特定できるような象徴的なものは無い。何処かの町の郊外の中産階層、ここでもあり何処でもない場所だ。リアルな心を描きながら、現実からの不思議な浮遊感が素晴らしい。

 <ところでこの物語の主役は>3人の少女だけでなく、シンクロナイズド・スイミングでもある。ぴったりとした水着を着た伸びやかな少女たちは、健康的で美しい。でもこの競技は不思議なことに、見える世界と見えない世界が正反対なのだ。美しさを競って水の上ではにこやかに微笑みながら、水面下を映すと手足をまるで蛸のように絶え間なくぬらぬらと動かし、目をしっかりと見開いて仲間の動きに合わせ、鼻を器具でつまみ、思いっきり吸い込んだ空気でまるで蛸のようになったほっペから、少しずつ息を吐き出していく奇妙さ。美とは程遠い。水中カメラで丁寧に映す様は、まるで少女と言う存在そのものが、このシンクロのように、見えないところで絶え間ない努力を続けて大人へと脱皮しようとしているとさえ見える。
 <監督は言語感覚も抜群で>、この作品の原題は「蛸の誕生」だったのだ。確かにそんな顔や手足の動きは蛸に似ている。カンヌ出品前の英題「WATER LILIES」を経て、邦題は「水の中のつぼみ」とより情緒的に変化した。

 <肌が触れ合う事など何とも思わず>、腕を組み合って歩き、笑い転げたのは幾つ位までだろう。素肌が触れ合うことに戸惑いを覚え始める頃が、思春期かもしれない。そんな少女の季節を、少女の目線で瑞々しく描いた時を超える秀作です。(犬塚芳美)

   この作品は、7月19日(土)より、梅田ガーデンシネマ
           8月9日(土)より、シネカノン神戸、
           晩夏に京都みなみ会館で上映予定

映写室 「花はどこへいった」坂田雅子監督合同会見(後編)

映写室 「花はどこへいった」坂田雅子監督合同会見(後編)     
 ―ベトナム戦争で使われた枯葉剤―

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(C)2007 SAKATA Masako / 映画『花はどこへいった』より

<昨日の続き>
―重い障害の子供を、家族がよく面倒を見、優しく接しているのが救いでした。
坂田:取材は通訳と二人だけです。同じ東洋人の女が一人で行ったのも、親しみやすくて良かったのかもしれません。ためらわずに色々な姿を見せてくれた。脚が無かったり、頭が二つあったりと障害の重さに最初はドキッとしますが、それを越えると本質が見えてきて可愛い。素直だし本当に可愛かった。でもそんな事が言えるのも、私が日本に帰れば居心地のいい生活が待っているからで、ずっとその場所にいると大変だとは思います。日常の全てを世話しないといけない障害者も多い。それでもだんだん大きくなりますし、親のほうは年をとっても来る。頭が二つある少年はどうしているだろうと思って又行ってみたんですが、彼の姉がちょっと複雑な表情に変わっていた。通訳の人が、彼女はおそらく結婚できないだろうと言うけれど、知的障害のある妹もいます。両親が老いて行くと二人の面倒を見るのは彼女しかいないわけで、そんな事とかを考える年頃になった。自分の肩に重みを感じているのでしょう。施設に入れないのは、入れられないのと手放したくないのと二通りあるようです。

―撮影に行かれた地方はベトナムの南北に渡っていますが。
坂田:枯葉剤が撒かれたのは南ベトナムですが、其処に北のベトコンがいわゆるホーチミン・ルートでゲリラ作戦に入ったんですね。ベトコンの隠れる草木をなくするのが目的で枯葉剤が撒かれたので、その影響を強く受けているのが北の兵士なのです。南へ行った北の兵士の子供に、行かなかった方と比べて極端に多く障害児が生れている事からも、枯葉剤の影響は証明されると思うのですが、アメリカは認めない。一番ひどい村では、5000人の内重い障害を持つ方が158人もいる。村単独では障害者を支える事が困難になってきて、社会問題にもなっています。

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(C)2007 SAKATA Masako / 映画『花はどこへいった』より

―このドキュメンタリーを観て、何故ベトナム帰還兵のグレッグさんがカメラマンになり、ベトナムを伝えていこうと思ったかが解ります。
坂田:ありがとう御座います。ベトナムは、夫にとって大事な国だった。それまで普通の青年に過ぎなかった彼の目を覚まさせられたと言う意味でも、特別です。撮影は彼の喪失感から始めた事だけれど、それと同じ事が私に起こった。ベトナムが新しい1歩を踏み出すきっかけになりました。夫がスチール写真でした事を、私がビデオカメラで継いでいけたらいいなと思います。
―完成していかがですか。
坂田:ベトナム戦争を知る世代だけでなく、若い人たちが興味を持って見てくれるのが嬉しいです。40年前に私は自分のことにかまけ、枯葉剤の問題が起こっていることに気がつかなかった。社会を引き継いでいくのは若い人たちなので、目を見開いて今何が起こっているのかをちゃんと見て欲しい。今起こっていることも変えることは出来るのだから、しっかり目を見開いて見て欲しい。その為にもメディアとの関わり方が大切で、事件の奥に何があるのか、注意深く知ろうとする態度が要請されます。この作品には二つの思いがある。一つは夫を亡くしたと言う個人的な思い、もう一つがベトナムの人々の困窮を伝えたいと言う思いです。その二つを独りよがりにならずどうやって皆さんに観ていただくかが、私の課題でした。最後に雪が降るシーンがありますが、一滴の水がやがて集まって波紋を広げるように、世界は繋がっているという事実に、枯葉剤の問題を広げられたのが良かったと思います。ダイオキシンを含むのは枯葉剤だけではない。ゴミや産業廃棄物の焼却でも出ます。今は何とも無くても、40年後に大きな問題になるかもしれない事に、疑問を持って気付いて欲しい。

―次に作るとしたら何でしょう。
坂田:色々企画はありますが、又ベトナムに行きたいですね。自分の撮った障害者がその後どうなったか会ってみたい。それと、この作品は自分の悲しみが前面に出たけれど、撮ったことでそれを横に置けた。次は別の視点で撮ってみたいと思います。グレッグは本当に優しくて良い人でした。でも反権力者で、正しくないと思うことにはとことん反発する。他にも、友人が主催する会に皇太子夫妻が来られるというのに、彼はジーパンで出かけた事があります。「そんな人はただ一人だ。恐ろしいことだと思わないか」と友人が言っていました。これを作りながらも、グレッグだったらなんて言うだろうと考えました。大体応えは解かっているので、彼の導いてくれる方向に向かって行きたいと思います。(犬塚芳美)

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(6月17日大阪にて)

<会見後記:犬塚> 
 障害を持つ子供たちの姿はあまりに凄まじく、息を呑みます。世代を超えて、ここまでかっての過ちの被害が続いているのに、驚きました。枯葉剤を作った薬品会社の方が見たら、罪悪感に苦しみ悪夢に魘されるのではないでしょうか。可愛いとはいえ、大きな障害を持つ子供たちを育てるのは大変な事。それが出来るのは、穏やかな国民性や、豊かな自然が溢れ、まだ殺伐としていないベトナムの国力でもあると思います。それを壊してはいけない、そんな余裕が貴重な時代です。最初と最後に「雨を汚したのは誰」(ジョーン・バエズ)、「花はどこへ行った」(ピーター、ポール&マリー)という、ベトナム反戦歌でもあった懐かしいフォークソングが流れます。お楽しみに。ところで、監督が質問に同じ目線で丁寧に応えて下さったのが印象に残りました。監督は何だか懐かしく、同じ匂いがすると思ったら、時期は違うけれど、吉田山の山頂にあったラディカルな自由人の集まるお店に同じように通っていたようです。

  この作品は7月5日(土)より、第七藝術劇所で上映
         8月23日(土)より、神戸アートビレッジセンター
         8月下旬、京都シネマ上映予定


*この作品の上映に合わせて、村山康文氏の写真展「ベトナム・枯葉剤が残した真実」が劇場ロビーにて開催中。
  
*7月6日(日)14:10の回上映後(15:45~)、同ビル4F新橋飯店オレンジルームにて坂田監督と村山康文氏のトークショーがあります。

*7月7日(月)、立命館大学衣笠キャンパス以学館2号ホールでこの作品の上映会があります。お問い合わせ(075-465-8151)
    上映時間  1. 13:00   2. 16:30
          15:00~16:00 坂田雅子監督、安齋郁郎氏、鶴見俊輔氏の対談


<村山康文氏は>1968年生まれのフォト・ジャーナリストで、主にベトナムの社会問題をカメラとペンで追いかけ、過去10年で24回の渡越。ベトナム教育文化省から表彰を受けている。
<坂田監督のご主人グレッグ・デイビス氏は> 1948年ロサンゼルス生れのフォト・ジャーナリストで、ベトナム戦争から帰還後に独学で写真を学び、アジア各地を撮影。「ライフ」誌、「タイム」誌等世界の主要誌に掲載された。2003年4月19日、不調を訴えて入院するが5月14日には肝臓癌により逝去。

映写室 「花はどこへいった」坂田雅子監督合同会見(前編)

映写室 「花はどこへいった」坂田雅子監督合同会見(前編)     
 ―ベトナム戦争で使われた枯葉剤―

 報道はなくても、今も世界のあちらこちらで不毛な争いが絶えません。しかも信じられないような非人道的な兵器が、次々と開発されて密かに使われています。現在ならクラスター爆弾や劣化ウラン弾という、主にイラク戦争で米国が使った兵器を思い出しますが、その前には、やはり米国があのベトナム戦争で使った枯葉剤がありました。
 坂田雅子監督が始めて撮った本作は、戦後30年も経つというのに、今もって世代を超えて、あの枯葉剤に苦しめられているベトナムの人々を映しています。この作品の出来たいきさつや、枯葉剤に絡む米国やベトナムの事情、撮影秘話等を伺いました。 

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(6月17日大阪にて)

<坂田雅子監督合同会見>
―この作品を撮られたきっかけは。
坂田雅子監督(以下敬称略):夫のグレッグ(注 米国人フォト・ジャーナリストのグレッグ・デイビス氏)が2003年にあっけなく肝臓癌で死にました。訳が解らず呆然としていたら、知人が「グレッグは枯葉剤のせいで死んだんじゃあないか」と言うんです。そう言えば出会った頃に、彼が「自分は枯葉剤を浴びているので子供は出来ないだろう」と言っていました。当時はそれが大変な事だとは解らなかったし、その後も元気だから枯葉剤の事は忘れていたんです。でも私は忘れていてもグレッグはそうではなかった。ベトナムを30年取材している中村さんに、枯葉剤を浴びた不安を口にしていたと聞きました。突然彼を亡くしたので、喪失感がひどくて何も出来ません。枯葉剤について調べる事で、夫の思い出を取り戻したくてベトナムに行ったのが始まりです。

―監督は68年に京大に入ってらっしゃいますね。学生運動や反戦運動が盛んな頃ですが。
坂田:そうなんですが、当時はそんな運動とはまったく無関係です。学生運動が何を目指し、何処へ行こうとしているのかも解らなくて、ちょっと距離があった。枯葉剤のことも一部で噂されていましたが、よく解らなかった。グレッグは実際に戦場を経験しているので、心底反戦家ではありますが、日本の反戦運動はちょっと違うというか、当時は運動とかはしなかったですね。二人ともグループを作るのが苦手だったのもあります。彼はベトナム戦争が激しかった67年から70年に、米軍兵士として南ベトナムに駐留し、サイゴン、ダナン等ベトナム各地に送られています。それまでは普通のアメリカの中流階級の青年だったのに、この戦争で総てが変った。一度アメリカに帰るけれど、嫌になって飛び出しアジアに来て京都に住むんですね。色々噂されていたので、グレッグも戦争の頃から枯葉剤がどんなものかは知っていました。それでも避けれない。彼は直接浴びていないけれど、アメリカの兵士たちの中にもジャングルの中でたくさん浴びた人がいます。枯葉剤に強い問題意識を持って、1986年にアメリカ人がベトナムに入れるようになってからは、何度も撮影に行きました。ただ、このドキュメンタリの中で「ダイオキシンの問題を研究するにはベトナムは良い舞台だけれど、ベトナムは躊躇するしアメリカは隠そうとして、なかなか思うように進まない」と言ってるような複雑な問題がありました。

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(C)2007 SAKATA Masako / 映画『花はどこへいった』より

―両国はどうしてそのような対応なのでしょう。
坂田:ベトナムでは色々な思惑がありました。戦後アメリカの経済制裁があり、それが取れた頃は、アメリカから援助を引き出さないといけず、声高に糾弾が出来なくなる。最初は隠そうとすらしました。それに海老等を輸出していますし、他所の国から観光にも来て貰わないといけない。枯葉剤の事を大っぴらにして、風評被害を受けたくないというのもあったのでしょう。
―複雑ですね。
坂田:枯葉剤がクローズアップされる時期は波がありました。 80年代半ばから、アメリカで帰還兵の補償問題に絡み問題になってきます。90年代半ばには又クローズアップされ、グレッグも取材に行ったりしました。ベトナムはとにかくお金がないので、アメリカからの援助を待っている。今は救済が始まったばかりで、重い障害者も多く、汚染した土壌とかも取り去らないといけない。ベトナムだけでは出来ませんから、援助の為にも窮状を知って欲しいと言う感じです。

―エージェント・オレンジ(枯葉剤)は何処の会社が作ったのですか。
坂田:1社ではなく、政府からの依頼で10数社が作りました。損害賠償を求めた裁判で、薬品会社は「国からの命令で国の為に作ったんだから、訴えられる謂れは無い」と言い、国を訴えると、今度は国が「主権国家が他国から民事裁判で訴えられる謂れは無い」と言い出して、争っています。今ベトナム政府は、帰還兵士から生まれた重い障害者を枯葉剤の影響だと認めていますが、アメリカ政府は断言できないと言う理由から、認めていません。ただそうはいっても、自分の国の帰還兵士については保障を続けて来た。その資金が底をつきそうで、問題になっています。

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(C)2007 SAKATA Masako / 映画『花はどこへいった』より

―撮影はどれ位の期間ですか。
坂田:最初は映画を作ろうと思って行ったわけではありません。自分で撮って繋いだものを友人に見せたら、良いから他にも見せれるようにしたらと言われて、次の段階になりました。ベトナムには2回行っていて、最初に行ったのは2004年の夏です。その後アメリカの化学者等のインタビューをしたりと、述べ100時間回しました。
―撮影は大変だったのでは。
坂田:最初は障害を持った人がそんなに簡単に見つかると思わなかったのに、本当に大勢いるんです。ベトナムの外務省から次々と紹介され、撮影も拒否された事はありません。期待した以上に事が進展して、自分の未熟なカメラで追いかけるのが大変でした。この中でも「戦争だったんだからしょうがない」と言う父親がいますが、今まで「先祖が悪いことをした崇りでは」等、子供の障害を自分たちに起因させて表に出さなかった。でも今は、誰もが因果関係を知っている。どの家族も見て見てという感じで、積極的にアピールして支援を集める方向に変っています。(犬塚芳美)  
                                   <続きは明日> 

   この作品は7月5日(土)より、第七藝術劇所で上映
           8月23日(土)より、神戸アートビレッジセンター
           8月下旬、京都シネマ上映予定

映写室 NO.157  クライマーズ・ハイ

映写室 NO.157  クライマーズ・ハイ    
 ―1985年8月12日、日航機墜落事故発生― 

 テレビに「羽田発大阪行きの日航機がレーダーから消えた」と、速報のテロップが流れて戸惑っていたら、程なく未曾有の事態に日本中が大騒ぎになったあの夜。早いもので、520名もの命が一瞬で消えたあの日から、もう23年が経つ。事故を知らない世代も増えた今、地元の地方新聞社を舞台に、取材の模様や報道合戦を再現した映画が完成した。原作は、地元紙の記者として事故の取材に当たった横山秀夫(半落ち、出口のない海等)が、自らの経験を元に書いた同名ベストセラー。主役に堤真一を置き、地方紙と全国紙のせめぎ合いや、スクープと報道の良心に揺れる全権デスクの苦悩を描く。暑い夏の悪夢がリアルに甦るが、事故の原因は今も謎を残している。

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(C) 2008「クライマーズ・ハイ」フィルム・パートナーズ

 <北関東新聞の遊軍記者、悠木(堤真一)が>、友人と登山に出かけようとしたその時、通信社の「東京発大阪行き日航123便が、横田基地の北西数十キロの地点でレーダーから姿を消した。長野、群馬の県境に墜落した模様。乗員、乗客は524名。繰り返します…」と言う速報が流れ、編集局は騒然となった。悠木は全権デスクを命じられ、この日から昼夜の無い熾烈な取材合戦が始まる。一方友人は、販売局の激務のせいか、待ち合わせ場所に行く途中でクモ膜下に倒れ、生死の境をさ迷っていた。

 <私のようなテレビを見ていただけの者ですら>、あの事故の衝撃をリアルに思い出すのだから、悠木の様にテレビや新聞等メディアで報道の現場にいた人や、当事者の周辺の人々、あるいはこの前後に飛行機に乗った人等は、この映画の世界がもっと身につまされると思う。現に、試写会にはいつもは来ないような一般紙の記者がたくさん来て、帰り道でこの映画の裏側のあの日の自社の様子を細かく語っていた。
 <85年はバブルの頃>、忙しいエリートサラリーマンが、新幹線ではなく飛行機を使って、東京大阪間の出張を日帰りで始めた頃だ。だから被害者には、お盆前の一仕事を終えて大阪の会社や自宅へ戻る、地位も名誉もある働き盛りの男性が多かった記憶がある。又この飛行機には、「上を向いて歩こう」の国民的歌手、坂本九さんも乗っていて、人の命の儚さに日本中が涙したものだ。

 <映画は、情報を求めて新聞を読み漁った私たちの裏側で>、情報を出した方が、何を目指し何を伝えたくて記事を書いていたかを描いていく。新聞社という特殊な世界の内側が見えて興味深いが、彼らを突き動かすのも一般人と同じ感情で。
 <セクハラ事件の後始末を>悠木の友人にさせたワンマン社長、名物記者、スクープを狙う社会部の面々、日ごろの地元密着性から思わぬ情報を集める地域版の担当者、前もってお金を貰っているからどんな事件があろうと広告をはずせない広告局、時間と戦い時には社内も騙す整理部、時間通りに販売店に新聞を届けるのが何より大事な販売局と、同じ社内なのに立場が違えば大切なものはこんなにも違うと言う見本のような面々が、それぞれの部署の立場を主張して一歩も譲らないのだ。もちろん記者同士の個人的な競争がここに加わるから、社内は混沌としている。記者と言うのは、書く材料を見つけるとこんなにも興奮するものかと、報道への使命感とだけでは言えない習性が可笑しかった。
 <悠木に名誉欲は無いけれど>、それでも地元で起きた大事故を全国紙に抜かれるわけにはいかない。日頃違いを見せ付けられているだけに、意地がある。皆が記者魂に火をつけ騙し騙されの取材合戦、まさに「クライマーズ・ハイ」を味わった瞬間だった。

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(C) 2008「クライマーズ・ハイ」フィルム・パートナーズ

 <現場は山の中、辿り着くのさえ容易ではない> しかも、今の様に携帯電話の無かった頃、通信手段を求めて山を転がるように降りたり、他社の一瞬の隙に無線を借りたりと、時代にはアナログ感もある。裏をかき、出し抜き、締め切りの時間を計りながらスクープを目指す様子が、臨場感一杯に描かれていく。このあたりを、画面を躍動させながらまるでオーケストラの指揮者のように纏め上げる、原田眞人監督の大胆で緻密な演出が頼もしい。監督の大らかさが、作品を広げているのだ。
 <何しろ520名が一度に死んだのだ>、死体の散らばる壮絶な事故現場の取材で、あまりに多くのものを見て精神を狂わせる記者まで出るしまつ。どこまで報道するかと言うプライバシー問題や、他紙より一歩でも抜きん出たいと言う思い、デスクの悩みは尽きない。仕事に夢中で家庭が崩壊寸前の記者たち、それでも事件を追う姿と、この映画はまるで報道記者賛歌のようでもあるのだ。

 <堤真一が頼りがいのある全権デスクを>、この頃ますます増した存在感で、時には熱く、肩の力を抜いてまるで若い記者達の兄貴分の様に演じている。このところタッグの続く、原田監督との信頼関係だろうか、確かな演技力で全体を引っ張っていく様は、演じる悠木に重なり頼もしい。山崎勉、堺雅人、尾野真千子、でんでん等、新聞社の面々の人間模様が、この悲惨な物語に娯楽性を加える。ちょっと過剰でも収まりがいいのは、さすがの実力と言うもの。
 <でもこの映画の主題は>、部下が拾ってきた特ダネを、最後に差し換えようと整理部まで巻き込んで準備していたのに、最後の一点の不明瞭さでとうとう載せれない姿勢だった。周りを取り囲む皆がゴーサインを待つ中で、「チェック、チェック、ダブルチェック」と繰り返し自問して、とうとう記載を見合わせる悠木。同じ内容が翌朝毎日新聞に載り、日本中がセンセーションの渦となる。

 <皆からお前に根性が無いから抜かれたと>、喧嘩腰で責められるけれど、それは単に出し抜かれたと言うだけでなく、二人の部下の地方紙から全国紙に引き抜かれるチャンスを潰した事にもなるのだった。このあたりの報道のあり方、少しでも不明瞭な点があれば書かない姿勢は、ネットで情報を発信する私たちにも求められるものだ。偏った思いや不確かな情報のまま報道して、誰かの名誉を傷つけたり、不利益を被らせたりしては取り返しがつかない。悠木の躊躇は、報道する怖さを知り尽くした者の謙虚さで、報道陣に求められる当然の姿勢でもあるのだ。そのまま原作者横山の思いなのだろう。

 <悠木の躊躇の通り>、墜落の原因はいまだに揺れていて、「特定されていない」と言う意味のテロップで映画は終わった。一説には当時このあたりを自衛隊機が飛んでいて、日航機にその塗料がついていたとも言われ、もちろんそれも不確かさを残している。あまりに壮絶なだけに、回収し切れなかったものもあり、今も特定は出来ないようだ。そのあたりがこの物語のミステリー性で、長年ベストセラーを出し続ける横山秀夫の、上手いストーリー運びでもある。そんな謎を頭に入れつつ、映画らしい大作を、時代感と共に楽しんで欲しい。(犬塚芳美)

   この作品は、7月5日(土)より梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、
                     MOVIX京都、三宮シネフェニックス等で上映

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