太秦からの映画便り

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映写室「長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語」の馮艶(フォン・イェン)監督インタビュー(後編)

映写室「長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語」の馮艶(フォン・イェン)監督インタビュー(後編)

―日本のベテラン音響マンとの出会い―

<昨日の続き>
―何だか可愛いですね。
馮艶:この作品、最初はダムの問題に興味があって撮り始めました。でもそうするうちに秉愛に魅せられる。三峡ダムに関して、経済問題や環境破壊等の社会的な視点から色々な作品が作られていますが、人間を描いた物はない。住んでいた人々はどうなのと思っていたんです。最初は格差のある色々な人のコントラストから社会問題を焙り出そうと思いましたが、一人の人間を深く描くことで、彼女の中の普遍性にたどり着けると気付いた。秉愛が身の上話を始めたときに思ったのは、彼女の背負っているのは個人史だけれど、この時代を生きたすべての人が背負ったもの、社会の歴史そのものでもあると言うことです。

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この作品の主人公は秉愛だけれど、同時に、同時代を生きた人全体の物語にもなっていると思います。アメリカで編集していた時、私の気分のアップダウンが激しくて、それを見たある人が、「馮艶はこれで自分を見ているんだよ」と言って、(あ、確かにそうだ。これは自分の物語なのだ)と気付きました。都会暮らしと農村と私たちの形態は違うけれど、私にとっても生きがいは彼女と同じように子供だったり家族だったり、親や仕事だったりする。私もやりたい事があるから頑張ってこれた。自分の大切な物を守ろうと一生懸命な彼女の姿に、共通な思いを見て感動したのだと思います。

―ラストシーンはその秉愛の移ったテントを映さず、字幕だけで処理していますが。
馮艶:それについては色々な方から質問されました。この作品について欲求不満になったと言われたところでもあります。でも一つの問題の初めと終わりを紹介すると、映画自体もそこで完結してしまう。最後のシーンは特にインパクトが強いので、それを入れると秉愛がこの問題の象徴のようになって、現実への怒りになってしまうと考え、敢えていれなかったのです。取っ掛かりは三峡ダムだけれど、描きたかったのはその中で生きている秉愛の事。ダムによって彼女の人生は翻弄されましたが、それも彼女の人生の一時でしかありません。これで終わらずまだまだ続いてきますから。ただ水位が上がって長江の風景は変わりました。以前は霧が尖った山々にたなびいて、下に行くと澄んだ河が流れて、伝統的な古い家々がありましたが、今はお水のせいでしょっちゅう下まで霧がかかり何にも見えない。しかもトイレのような白いタイルの家ばかりになりました。もっとも住む人たちはそのほうが住みやすいのかもしれませんが、政府が外観は古い形を奨励し中を近代的にするとか、景観の維持に力を注げばよかったのにと残念です。

―日本公開の前に、多くの映画音響を担当した菊池信之さんが参加していますが。
馮艶:山形の映画祭で上映された時、映像は良いけれど音がちょっときついと言われたんです。でも菊池さんは、私のような形の、沢山機材を持っていって撮るんじゃあないものにそれを求めると、逆に映画の世界を狭める。現場にある音、どんなことを伝えたいかによって音は違ってくる。綺麗な音だからと言って良い訳ではないと言って下さいました。私には音についての発想がなかったんですが、菊池さんは音を映像と独立したもう一つの物語だと考えるんです。で良かったらと、そこを担当してくださることになって、菊池さんの参加でこの作品が格段に良くなりました。特に最後のシーンは、羊の鳴き声や人の足音と、自然にとった水没した村の生活の音が被さって、字幕だけでは説明し切れなかったあのシーンが深くなりました。音で生活の匂いをつけることが出来たんです。

―この作品は、監督の手による訳書もある小川紳介さんの名前の付いた「小川紳介賞」を取りましたね。
馮艶:私が映画を撮り始めたのは、アジアプレスの人たちに山形映画祭に連れて行かれたのがきっかけです。その人は、日本に紹介されるアジアの映像は、地元の人の視点ではなく日本人の視点を通したものになっている。アジアの人を育てて、本当のアジアの声を日本で伝えたいと考えていました。だから私にも声をかけて下さったのですが、そこで小川伸介さんの劇映画のように楽しい作品に出会い、ドキュメンタリーの面白さに目覚めました。で、カメラの使い方を教わり、小川伸介さんの「映画を獲る―ドキュメンタリーの至福を求めて」を翻訳したりして、それはドキュメンタリーの撮り方ではなく、ドキュメンタリーを撮るのが如何に面白いかを主に描いているので、いっそうドキュメンタリーを撮ってみたくなった。これまで人間を撮ってきて、面白いのは被写体との緊張関係です。関係性を作りながら撮っていて、撮っている間にそれが変わっていくのが面白い。この作品で言うと、私は秉愛に寄り添っただけだった。彼女が大変な時私は何もして上げられなかったけれど、カメラを持った私が側にいた事で、孤立しがちな彼女をいくらか慰め、幹部からの強制撤去を阻止できたかもしれません。クールに現状を映すカメラにはそんな力もありますね。

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―ところで今監督は。
馮艶:別の作品になりますが、秉愛のその後も撮り続けていて、其処には彼女の娘も出てきます。娘は現代っ子のヤンキーで、彼女が又面白いんですよ。若いのに同棲したりして、一時は厳格な秉愛と険悪でした。娘は娘で、お母さんの生き方に批判的なの。お醤油も買えないほど貧乏で苦労したのは、母親が頑固なせいだと思っていて、自分はもっと良い人生を送りたい、楽しく暮らしたいと言っている。秉愛の家庭でも時代はゆっくりと回りつつありますね。

―お嬢さんの気持ちも解るような気がします。監督は秉愛についてどう思われますか。
馮艶:偉いなあと思います。
―私も偉いと思うのですが、偉いには自分にはできないと言うニュアンスもあります。
馮艶:そうなの、私にも出来ません。彼女はとにかく働きずめで、それも強制される訳でも無い自分で決めた畑仕事を、一時の休みもなく続ける。少し休んだらとか、もう少し楽をしてもいいのにとよく思いました。でもそれをしないのが彼女。山の上の貧しい村から嫁いできて、誇り高く生きてきた彼女の矜持なのです。頑固だからこそ貫けたのでしょう。

―監督は他の人の人生を描きながら、実はその人生に共鳴したご自分の人生を描いてらっしゃるのかもしれない。ドキュメンタリーと言う手法で他の誰かの人生を借りて、雄弁に自分を語り始めたとも言えますね。ところでドキュメンタリーの枠からはみ出した創作についてはどうでしょうか。
馮艶:初の長編作品「長江の夢」、本作、今編集中の「長江の女たち」と三峡ダムに絡んだドキュメンタリーを3本作りました。この後は自分の両親の話で撮りたい物があります。半分は死んでいる人の話なので、再現と言う形で劇映画が入るかもしれません。どちらにしても、誰かの人生を描く事になるのですが、そこにドキュメンタリーと劇映画の区別はないですね。幼い頃に興味を持ったのは小説の中の誰かの人生でした。そういう意味では、今も人間、誰かの人生に興味を持ち続けていることになります。(聞き手:犬塚芳美)

  この作品は、この作品は、3月28日(土)より第七藝術劇場で上映
       4月京都シネマで上映予定


<インタビュー後記:犬塚>
 日本に所縁の深い方で、馮艶さんが今翻訳中なのは、私にとってもバイブルのような、あの佐藤真さんの「ドキュメンタリーの地平」なのだとか。中国語への翻訳許可を貰った3日後に佐藤さんの訃報が届いたと顔を曇らせる馮艶さんと、佐藤さんの素晴らしさ、佐藤さんのドキュメンタリー論の深さを力説し合いました。映画制作で人生を追体験できるのが役得だと微笑んだ馮艶さんのように、こうしてお話を伺い刺激と共振の中に放り込まれるのが、インタビューアーの役得だと思える出会いです。はにかんだ笑顔が素敵でした。

馮艶(フォン・イェン)監督
 1962年天津生まれ。天津の大学で日本文学を学んだ後、1988年から13年間日本に滞在し、京都大学大学院博士課程で農業経済学を学ぶ。初長編作品は「長江の夢」(97)。2002年に帰国後は北京・天津を拠点に活躍し、日中ドキュメンタリー映画交流の要となっている。訳書に「映画を穫る―ドキュメンタリーの至福を求めて」(小川紳介)や「ゆきゆきて、神軍」(原一男)等。夫と娘の3人家族。

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映写室「長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語」の馮艶(フォン・イェン)監督インタビュー(前編)

映写室「長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語」の馮艶(フォン・イェン)監督インタビュー(前編)
  ―主人公に重ねる自分の姿― 

 この作品は、中国の三峡ダム建設に伴う国の移転計画に抵抗する一人の農村女性を主人公にしたドキュメンタリーです。村の人が次々と移転する中、秉愛だけはこの地に残ることを主張し、体の弱い夫を抱え働き尽くめで一家の暮らしを支える。時には少女のような笑顔で自分らしさを貫く主人公を、温かい視点で撮ったのは馮艶(フォン・イェン)監督。流暢な日本語で長江の山々や深い谷と伝統的な家々の美しさを語る監督に、お話を伺いました。

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(3月2日 大阪にて)

<馮艶(フォン・イェン)監督インタビュー>
―7年間もの間秉愛さんを追っていますが、彼女に魅せられた理由は何でしょう。
馮艶監督(以下敬称略):中国では知らない人を尊敬して、〇〇小父さんとか〇〇小母さんとか呼ぶ習慣があるのですが、農村の人たちはドキュメンタリーというのを理解できなくて、カメラを持っている私を記者だと思い、いくら違うと言っても馮記者と呼ぶ。でも秉愛だけは、特別扱いしないで最初から馮艶と呼んでくれました。親しくなったらそれが当然なのですが、最初のそれで親近感を持ったんです。又親しくなっていくと、彼女ほどはっきりと自分の事を自分の言葉で語れ、自分の将来を見据えている人はいないと言う事にも気付きました。例えば、農村の人は今まで見た事が無いから、目の前に大金を詰まれると目がくらんでしまうのですが、彼女はそうならない。周りに惑わされず、少女の頃からの体験、つまり自分で見てきたことを元に、現状を分析して判断出来る。生きてきた日々が体の中に残り、知恵になっているのが素晴らしいと思いました。

―お金に興味が無いのでしょうか。
馮艶:興味が無いのではなく、お金はいずれは消えてしまうものだと知っているのです。彼女が万頭に例えてよく言うのは、大きな万頭を貰っても、今日少し食べ、明日も少し食べればいずれは無くなる。でも今日大きな万頭が無くても、土地さえあれば、食べるものを作って生きていけると。貧しいのでお金は大切なのですが、大金を手にして他所に移った周りの人が、慣れない土地ですぐにそれを無くして路頭に迷ったり、困った挙句売春をしたりという話を見聞きして来たのもあるのでしょう。今までの彼女は、ただ言われるままに与えられた運命を受け入れてきました。文革で勉強したくても出来なかったし、好きな人がいても親の勧めどおりお見合いで結婚し、一人っ子政策の頃は堕胎もしている。そんな風に流され続けた人生の中で、土地だけは彼女の働きに応じて見返りをくれたんですね。必死に守ってきた彼女の生活が、三峡ダムの建設でもう一度翻弄されそうになった時、もう流されるのは嫌だ、自分の人生は自分で決めるという頑固さが生れる。言われた通りにしか動けなかった少女は、自分で人生を選べる逞しい大人に成長していた。自分は一人ではない、堕胎した命も背負って生きているんだと言う思いも強いと思います。

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―確かに堕胎は辛い記憶ですね。近代化の波に乗り遅れまいと、皆が自分をなくして右往左往する中、冷静でいられるのは凄い事です。
馮艶:あのあたりは、ダムの計画があって投資を抑制されていたので、中国の中でも特に貧しく取り残されていました。教育も行き渡らなかったし、情報面でも閉鎖されています。だから余計に目の前のお金に目がくらむ。大金と言っても都会では家も買えない額で、生活の手段を失うだけなのに、多くの人が政府の言いなりになりました。もっとも秉愛にしても、土地への執着だけで残ることを決めたのではないと思います。彼女の夫が積極的なタイプで町に行っても上手く生きれる人だったら、別の選択をしていたかもしれない。家族の事を含め全体的に考えて、自分はここに残って農業を続けるのが最良だと思ったのでしょう。彼女の年収は2,3千元で、外に移ると5,6万元貰えますが、彼女が受け取ったのは1万元。移転費と当座の生活費だけでした。

―自分たちはそれで良くても、子供たち、つまり次の世代のことを考えると、この機会に町へと考えてもおかしくはありませんが。
馮艶:子供たちは学校へさえ行ければ将来があると考えていました。学校に行かなくても今は自由に出稼ぎにいけるから、村には残らないだろう。自分たちが町に移って年をとって仕事も無くなれば、いずれは子供たちの迷惑になる。ここに残って農業をすれば食べるものはあるから、子供たちの迷惑にはならないとも考えるんですね。目先よりももっと遠くまでを見据えている。もちろん自分が何とか切り開いてきたように、子供たちも自分の人生は自分で何とかするだろうと言う信頼もあります。中国は都市と農村ではっきりと分かれた戸籍制度があって、都市に生まれると暮らしに困らないように全ての人に仕事や家が与えられ、社会保障もある。ところが農村では家も自分で建てないといけないし、色々な保障もありません。これが国内の凄まじい経済格差や生活格差の元で、だからこそ皆が都市の戸籍を欲しがるんです。

―でも秉愛はそうではないと。
馮艶:これの編集中、ちょうど農閑期だったこともあって、幹部との争いや初恋の事が映っているけれど、映った事で彼女の生活が脅かされないかどうかが心配で、北京に来て見て貰いました。秉愛が天安門広場で写真を撮りたいと言っていたので、ちょうど良かったのもあります。天安門では歩き回ってまるで少女に返ったように楽しそうだったけれど、乾燥を心配した私がしょっちゅう「お水を飲んで」と言うと、ミネラルウォーターを指して、「こんな不味いお水は飲めない。私の村の水の味を覚えているでしょう」と怒り出した。秉愛のところのお水は全て湧水だから、確かに美味しかったんです。それと車に酔うから何処へ行くにも歩くんだけど、今度は排気ガスで気分が悪くなる。「私の村の空気は綺麗なのにこれは何!」と怒っていました。こんな具合だから都会が良いとはちっとも思っていない。

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―中国では都会の人と農村の人の顔が極端に違っていて、驚きますが。
馮艶:そうですね。彼女が北京にやってきた時、駅で待っていても皆が降りてしまったのに出てこない。乗り遅れたんだろうかと心配し始めた頃に、冬だったので赤い花柄のコートを着て、両手に大きな段ボール箱に紐を通したものをぶら下げて、緊張で両足を踏ん張り、真っ赤なほっぺをして現れました。コーン・リーが演じた張芸謀(チャン・イーモウ)監督の「秋菊の物語」の秋菊そっくりで、もう可愛くて可笑しくて、手を振りながら笑い転げました。ただ、北京では自分は田舎者だと小さくなっていて、私が腕を組んでも振りほどいて少し離れた後ろから付いてくる。居心地が悪そうで、秉愛はあの自然の中でこそ彼女らしく堂々と出来るんだと気付きました。長江の顔をしてると言うか、長江で生まれて長江で培ったものでもあるんです。

―完成を見た秉愛の反応はどうでしたか。
馮艶:写真も無いような家ですから、ドキュメンタリーと言うのを理解していなかった。農作業を映していると「こんなつまらないことは映しても仕方ない」とか言って邪魔していたんです。でも出来上がったものを見て、こんなだったらもっと協力すればよかったと言っていました。夫や子供たちの幼い頃が動画で残った事に感動していましたし、自分の動きに合わせて音楽が入るので、女王様になったような気分だとも言っていましたね。(聞き手:犬塚芳美)
                                       <明日に続く>
 この作品は、3月28日(土)より第七藝術劇場で上映
       4月京都シネマで上映予定

映写室NO.195ワルキューレ

映写室NO.195ワルキューレ
  ―祖国に仕えるか、総裁に仕えるか?―

 これは第2次世界大戦末期に実際にあった、ナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラー暗殺未遂事件を題材にした政治サスペンスで、権力者に屈する者と不当な権力者から祖国を守ろうとする者のせめぎあいが、息もつかせぬ展開で続いていく。ヒトラーの暗殺計画は30回以上企てられたとも言われるが、この事件の後はもうない。早くからヒトラーの本性を見破り、祖国ドイツを守る為に危険な暗殺計画を首謀する名門貴族出身のドイツ軍将校を、トム・クルーズが貫禄で演じています。

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(C) 2008METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC. ALL RIGHTS RESERVED.

<荒筋>
 アフリカ戦線で片方の手と片目を無くしたシュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)は、ヒトラーの悪政に絶望し、無駄に命を落とす部下や国民の為にも、彼を暗殺するしかないと考えている。でも彼を暗殺するだけでは祖国は救えない。ナチス政権の転覆が必要だと、有事の際の作戦「ワルキューレ作戦」を逆手に取ることを目論む。参謀長の立場を利用し自らヒトラーのいる会議に爆弾を仕掛けると…。


<少ない出番で一気にこの作品に>リアリティを出すのが、デヴィット・バンバーの演じるヒトラーの存在感だ。最高機密会議だと言うのに、側近の中にさえ目配せし合って暗殺を企てる者がいるという極度の緊張の中で、独裁者はますます頑固に冷徹になっていくと言う構図。それでも彼の存在だけで一つの方向に物事が動いていくと言う当時のドイツの仕組みがよく解る。
 <彼の放つ圧倒的な負のオーラ>、誰もが恐れ跪いたのはこんな男だったはず。今まで作られたものの中には、独裁者の心の内を丁寧に描き、人間的過ぎると非難を浴びた作品もあったが、暗殺する側の視点から描いている今回は、私が観た作品の中で、一番私のイメージに近いヒトラーだった。背中を丸めた後姿からも独裁者の不気味さが伝わってくる。

 <そんな総統に怯まず、無駄に死んでいく>大勢の兵士と祖国を守る為に、大佐は堂々と大胆な行動に挑む。彼を突き動かしたのは小さい頃から培われた正義感や祖国愛。家族の事を心配しながらも止めるわけにはいかない。九死に一生を得た運命が突き動かした物もあるだろう。トム・クルーズの中に残る甘さがいかにもヒトラーとの違いで、演技的な限界だったのかどうか、結果として反乱者達の甘さを的確に示す事にもなっている。
 <トム・クルーズではなく、もっとヨーロッパ的な俳優が>演じていたらどうだったろうと思うが、そうしたらこの心理劇はもっと重苦しいものになっていたかもしれない。彼が演じた事で、たとえ失敗したとしても、この時期のドイツ軍の中から反乱を起こすことに意義があったという、ハリウッド的な救いが加わったのだろう。失敗して死んでいった大勢の者達の思いはどちらだったのだろうか。

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(C) 2008METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 <それにしても当時の軍の中に>、こんなにレジスタンスが広がっていたのかと驚く。敗戦の匂いが皆に気づかせた事は多い。日本でも同じだったはずなのに、今のところ映画的に検証されているのは、それでも祖国を守る為に進んで犠牲になっていった愛国心のほうだ。ドイツの動きを見ながら日本のことを考えた。
 <ヒトラーがこの暗殺劇で死なないのは>皆が知っている。だから解っている結末までの、作戦に加わる者、巻き込まれる者のそれぞれの葛藤を人間ドラマとして見せているのがこの作品で、人の強さと弱さがリアリティを持って多様に描かれているのが脚本と演出の巧みな所だ。家族を抱えた葛藤、独裁者への恐怖感、愛国心、それぞれの人々が独裁者の下でうごめいていた。

 <それでも事は翻らない> 翻りそうになりながら、ヒトラーの生存という一点で事態が逆戻りしていく、次々と将校が翻っていく最後のオセロゲームのような急変はなんとも悔しい。あれは何だったのだろうか。そんなヒトラーの存在の重さを思い知らされた作品でもあった。(犬塚芳美)

    この作品は全国で上映中

《ちょっとディープに》 
 <ワルキューレとは>、元々北欧神話に登場し、「戦死者を選ぶ者」と言う意味を持つ女神達の事で、ドイツの誇る作曲家ワグナーの書いた「ワルキューレ」は、その神話を基に作られている。ワグナーの熱狂的な愛好家だったヒトラーは、親衛隊による国内反乱軍の鎮圧計画を「ワルキューレ作戦」と名づけてシュミレートしていた。
 <1944年当時、連合軍によるノルマンディ上陸作戦>が成功して、ドイツの敗戦は日増しに色濃くなっていく。ミュンヘン大学の「白バラ」等反ヒトラーの地下運動は色々なところにあったが、それでもどれもが命がけだった。陸軍内部にあったという反ヒトラー派の「黒いオーケストラ」は、ドイツ壊滅を防ぐ為に一刻も早く英米と講和を結びたく、大胆な暗殺計画を決行する。
 <シュタウフェンベルク大佐を首謀者として>繰り広げられたのは、その「ワルキューレ作戦」を裏返すような作戦で、独裁者の暗殺すらも親衛隊の仕業にしようと言う大胆な物だった。でもヒトラーは悪運の強い人だったようだ。ヒトラーの恐怖政治が成立したのは、回りにプチヒトラーとも言うべき存在があったから。結局この作戦が失敗するのもプチヒトラーたちの存在だった。

映写室 「ポチの告白」高橋玄監督インタビュー(後編)

映写室 「ポチの告白」高橋玄監督インタビュー(後編)    
―若い人たち、戦う相手を間違わないで―

(昨日の続き)
―凄いシーンですが、ラストは最初からあんなふうに予定していたんですか。
高橋:最初は法廷の中でやろうと思っていました。でも法廷であんなふうにはっきりと言い切れる人間だったら、こんな事にはなっていないだろう。だったら負け犬の遠吠え的にするしかないと思って、独房の中で独り言を言うというあんな設定になりました。一人芝居が聞かせますが、菅田さんは外国のプロデューサーの受けが良くて、上手いだけでなく存在感がありますよね。ハリウッド作品にもよく出ているし、日本よりも向こうの監督が使いたがる国際派です。

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(C) 2008 GRAND CAFE PICTURES Corporation

―何処までが本気なのか解らないのが不気味で、大体包帯で首が吊れるとは思えませんから。
高橋:そんな風にも見えますが、実は包帯をほどいたのには別の意味もあって、そもそも喉を切ったのも嘘だったのではと。解いた後に傷が無いでしょう。おまけにご飯を下さいと言うわけで、こんなになっても権力の施しを受けて生き延びようとしている。そのあたりを菅田さんが、絶妙の、どちらにも取れる複雑さを見せて演じているんですよ。
―そこまでは想像出来ませんでした。ところでクライマックスのあのシーンを舞台にしても面白いでしょうね。
高橋:この作品は実は映画の企画になる前に、舞台の寸劇のコントにどうかと思っていたんです。派出所の前で警官たちがハチャメチャをするという設定でした。ラストの一人芝居も舞台になりますが、やっぱりそれまでの道のりがあって初めてあのシーンが生きると言うのもあります。

―監督の演出法はどんななんでしょう。
高橋:リハーサルが長いんで色々設定してるように思われますが、自分の思う方向に役者さんを動かす方法ではありません。むしろ、役者さんに自分の思いつかないことをやって欲しい。元々役者さんと言うのは彼らが自分で思っているほどは幅が無いものです。色々な役をやってもやっぱりその人でしかない。だけど全く同じでありながら、別のように見えると言うのが役者で、本人は代わらなくてもそれなりに別の世界を作ってくれれば良いんです。例えば幼稚園の先生が紙芝居を読む。声音を変えてもその先生には違いないけれど、一瞬紙芝居の世界に入り込めるでしょう。演技と言うのはあんな感じです。僕のリハーサルが長いのは、何かの型にはめる為ではなく、役者さんの構えていたものを剥ぎ取っていく仕事です。ベテランの俳優さんほど、演技とは着る事ではなく脱ぐ事だと言うのが解っている。その人の持っている素の部分までたどり着ければいいと。役者さんにすると手のひらで踊らされているようなものかもしれませんが、元々役に嵌る様に配役しているんですから。

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(C) 2008 GRAND CAFE PICTURES Corporation

―野村さんも素敵でした。出光さんの非情だけれど人情家でもあると言う複雑さも見ごたえがあります。
高橋:野村さんは優男に見えるけれど、精神的にタフでものすごく芯が強い。役柄が彼の人となりと重なります。出光さんは技巧派で、アドリブに見えて全て作りこんだものです。元々舞台俳優なので、客席を見回しその日の客席に合った演技をすると言うのが習慣になっている。逆に言うと、あの年代の役者さんはそういう風に育っているから、計算しないと出来ないんです。計算しつくし、練習しつくし、その挙句にアドリブのように見せるんです。今の若い俳優さんの素は、単に何も出来ないだけで、そこは全く違います。
―撮影で難しかったのは何処でしょうか。
高橋:法廷のシーンが大変でした。スタジオに大セットを組めれば良いがそんな予算は無い。あれは大学の模擬法廷を借りて撮影したんですが、機材の搬入から搬出まで8時間、実質6時間で撮りました。東京地裁には窓が無いんだけれど、教室だからあるんです。それが映らない様に、幾つかのシーンを人を大移動させながらの撮影で、綿密に絵コンテを描いて計算していくんですが、リアルさを出そうにもこの制約の中ではそれが難しかったですね。もっともこの話は警視庁だけれど、何処にでも当てはまるように、敢えて特定できる固有名詞は避けています。

―裁判があまりに短時間で驚きましたが、あれも事実に即しますか。
高橋:実際にあんなものです。裁判と言っても儀式として形式的に開いてるだけで、皆も芝居をしているんですよ。あそこに出てくる役名そのままの人も実際にいますが、寺澤さんが(その人はもっとこうだ)とか、実物に似せるように演技指導しました。でも本人を特定できるとしても、公務員の公務中のことなんで、肖像権の侵害にはならない。クレームをつけようにも法律的に成立しないんです。寺澤さんが法学部出身の人なので、そのあたりのせめぎ合いをよく解っている。文句のつけようが無い。
―知的な戦略が張りめぐられた作品なんですね。ただ「YASUKUNI 靖国」のように、クレームが付くのも、この作品の宣伝としては効果的かと思いますが。
高橋:宣伝のことは宣伝のほうに任せていますから、僕では解りません。この作品も「タブーに挑む」と言う切り口が解りやすいかもしれないけれど、そもそも僕がタブーだと思っていない。例えば近親相姦ならタブーだけれど、天皇にしても、警察にしても実際にあるんだから、現実にあるものを批判するのはタブーじゃあないと思っています。ポチという名前にもこめられていますが、ドーベルマンでもない犬を怖がるのはおかしい。何故警察官が犯罪をやっているのに文句を言わないのか。ピストルを持っているが彼らは公務員でしかない。逆に税金を払っているこちらに任命権があるようなもので、そんな当たり前のことを認識しようと言うことです。

―どんな人に観て欲しいでしょう。
高橋:これから社会人になる若い人たちに観て欲しいですね。例えば暴走族とかに、戦うべき相手をちゃんと見ろといいたいんです。暴力を行使する相手が弱い者と言うのはおかしい。若い警官が見たとして、個人で上の命令を聞かなかったら、単に上司の命令にそむくことになる。それではいけないんですよ。警察が悪いと言うのも善悪と言う意味ではなく、法律を守っていないと言うことで、それを守らせるのはこちら側の責任でもあると。僕は元々アウトローの知り合いが多い。こういう実態を映画にして、警察の事を皆に知ってほしいと思いました。(聞き手:犬塚芳美)

この作品は3月21日(土)より第七藝術劇場で上映
     4月中旬より、京都みなみ会館で上映予定


 *なお、22日(日)13:45の回上映前、
          野村宏伸さん、高橋玄監督、寺澤有さんの舞台挨拶あり
     上映後(17:10頃より)堂ビル4階新橋飯店オレンジルームにて、
          上記の御3方のトークショ-開催

映写室 「ポチの告白」高橋玄監督インタビュー(前編)

映写室 「ポチの告白」高橋玄監督インタビュー(前編)   
 ―逮捕権を持つ公務員に物言うことを恐れる私たち―

 警察官の帽子の紋章と目のアップにかぶさって「この国は、イヌだらけ」というコピーのチラシや、「ポチの告白」と言う題名からして挑発的な、警察権力の犯罪を問う作品が公開になる。原案協力者として警察ジャーナリストの寺澤有の名前もあり、寺澤が長年取材してきた警察不祥事の数々がベースにあると聞いては、興味は尽きない。高橋玄監督にお話を伺います。

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(2月10日 大阪にて)

<その前に「ポチの告白」はこんなお話>
 所轄者勤務の巡査・竹田(菅田俊)は実直な警官。刑事課の三枝(出光光)に認められ刑事に昇進し、妻にも待望の子供が出来る。だが実直ゆえに竹田は盲目的に三枝の命令に従い、後輩の山崎(野村宏伸)と共に、いつの間にか警察犯罪の主犯格となっていく。不祥事を嗅ぎ回る記者の抹殺を三枝から命令されたのに、警告しただけの竹田に物足りず、山崎が暴力団を使って痛めつける。5年後、仲間の警官が殺された。あの記者が帰ってきて、インターネットで警察犯罪についてゲリラ的な報道を始める。

<高橋玄監督インタビュー>
―3時間15分と長い作品ですが。
高橋玄監督(以下敬称略):この作品のエージェントは香港で、向こうでは大体1時間半位が普通ですから、短くしてと言われて、2時間位に縮めたものも作りました。でもそれは売れなかった。この映画の場合、地味に上司の命令を聞いていた男が、いつの間にか犯罪者になっていく話に説得力を出すには、ある程度の長さで淡々と日常を描く以外なかったんです。それともう一つは、この映画は低予算映画でロケーションの場所も限られていますから、時系列の省略は、次々と場面を変えたりと撮影テクニックが必要になり、予算的に無理でした。
―ラストの印象が強いので、終わってみると長さは気になりませんが、この長さでは上映回数が少なくなる。興行的に不利だろうにそれでもこの長さにしたのは、相当の覚悟がおありなのだろうと思いますが。
高橋:現実に起こっている事をしつこく繰り返し示す事で、観客が主人公と一緒に警察内部を旅したような気分になってもらいたかったんです。僕はプロデューサーも兼ねていますから、自分から売りにくくなる事はしません。そんな視点があっても、結果的にこの長さになったと言うことです。この長さだと1日3回の上映になりますが、そこそこの入りで何回転もするより、回転は少なくてもいいもので満杯にしたほうが結局良いんですよ。ただ残念なのは、日本は外国に比べて映画館に行く習慣が無い。最終上映の開始が6時とかでは、働く人を取り込むことは出来ません。映画が大人の娯楽になっていないんでしょう。こんな上映形態は問題ですよね。香港やタイだと夜中でも劇場が開いている。日本の劇場も、働いている層を取り込む工夫をして欲しいと思います。

―刺激的なタイトルですが、題名は最初から決まっていたんでしょうか。
高橋:そうです。ポチと言うと、犬でもドーベルマンじゃあない、飼い主の言うことを聞く大人しい弱い犬です。その弱い犬が何故強がっていられるか、そこのあたりをブラックユーモア的に捉えたいと思いました。警察ジャーナリストの寺澤とは長い付き合いで、会うといつもこんな映画を撮りたいと言い合っていたんです。で、この題名の映画を作ると言ったら、調べていた事件の資料を色々持って来てくれた。全て実際にあったことが下敷きになっています。
―完成から公開まで大分時間が掛かっていますが、警察側と何かあったんでしょうか。
高橋:何もありません。まあ売れなかったわけです。外国に先に回ったんで、日本には一生懸命売らなかったのもありますが。最初に放映されたのは、イランとタイのテレビです。ニュース番組だとヨーロッパのマードックで「スカイ・テレビ」というのが特番を組んで放映してくれました。

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(C) 2008 GRAND CAFE PICTURES Corporation

―外国での反響はいかがでしたか。
高橋:日本特有の変な現象だと、異文化学習のような感じで見ていましたね。外国は公権力を信用していませんから、警察の腐敗についてもこんなもんだと思っているのですが、これだけきっちり上の命令で動くと言うことに驚くようです。たとえばアメリカ映画とかでも、警官はお互いが対等でかつライバルなので、名前で呼び合ったりしますし、上を信用して組織が号令一つで動くと言うことが無い。それぞれが独立してると言うか、個人の権利意識が強いところではこんな形にはならないですね。警察権力の仕組みを見ることで、極めて日本的な土壌が見えてくる。これは、例えば企業犯罪とかでも成り立つ話ですから。

―なるほど。ところで配役ですが、菅田さんの迫力に驚きました。
高橋:上手いんですよね、菅田さん。菅田さんだけが当て書きで、後の方は3ヶ月間のオーディションで決めていきました。作品の準備には7,8ヶ月かかっていて、僕はいつも低予算の作品ですから、お金のかかる撮影期間を短くする為に、撮り始める前に準備をきっちりして、後は現場でカメラを回せばいいだけにするんです。この作品のインからアップも12月末から1月末と言うものでした。
―宮崎学さんが出ていて、インパクトのあるお顔で印象に残りました。
高橋:グリコ事件の時にあれだけマスコミに露出しましたからね。皆顔は覚えていますよ。友人なので出てもらいました。彼はスケジュールが空いていれば必ず協力してくれます。警察側から見てもっとも嫌な裁判官の役に彼を置くことで、ユーモアになるだろうと思ったんです。

―ご覧になった警察の方からの反応はいかがですか。
高橋:反応は無いです。現職の人も多分客席に紛れ込んでいると思うし、知っているはずなんですが反応は返ってこないですね。
―訴えられるとか、抗議とかも無いわけですね。
高橋:訴えられる要素がありません。自転車泥棒の引っ掛けなんて実際によくありますし、この映画の取材に来た人が、いくらなんでもあんなにぽんぽん札束を渡さないだろうと言いましたが、映画なので映像的に解りやすくはしていますが、同じようなことをやっています。
―そんな警察官はどれほどいるんでしょうか。
高橋:実行犯で言うと割合は少ないと思います。でも皆解ってやっていることなんですよ。例えば架空領収書を作るシーンで、沢山の名前の印鑑がありましたが、あれは移動する人が残していったもので、残したほうも何に使うかを知っているはずです。ある人が言っていましたが、新人の頃はこれを写せと言われて、意味も解らないまま写していた。で、自分が命令する立場になって初めて、(ああ、新人の頃自分がやっていたのはこういうことだったのか)と、自分が犯罪の実行犯だった事に気付いたと。知らない間に犯罪に加担せられていて、気が付いたときにはもう遅いんですよ。告発も出来ない。

―脚本はどれほどの案件を組み合わせて作ったんでしょう。
高橋:ノルマ達成の為のやらせ、収賄、性犯罪と、膨大な数から累計的なパターンに分けていきました。具体的な事件は少なくても、その後ろには同じような多くの事実があると言うことです。(聞き手:犬塚芳美)
                         (明日に続く) 

この作品は3月21日(土)より第七藝術劇場で上映
     4月中旬より、京都みなみ会館で上映予定


 *なお、22日(日)13:45の回上映前、
          野村宏伸さん、高橋玄監督、寺澤有さんの舞台挨拶あり
     上映後(17:10頃より)堂ビル4階新橋飯店オレンジルームにて、
          上記の御3方のトークショ-開催

映写室NO.194イエスマン“YES”は人生のパスワード

映写室NO.194 イエスマン“YES”は人生のパスワード
   ― もしも、すべてに“YES”と答えたら―

 <人生もパソコンも>、前に進む時の選択肢は “YES”か“NO”。二つに一つしかない。人生や演習の複雑な結論も、結局は単純なこの選択の繰り返しでたどり着いて行く。それも、右利き、左利きの癖があるように、人の選択には癖がある。そんなつもりは無くてもたいてい同じ選択をしてしまうものだ。
 <面倒な事が嫌いで、いつも“NO”と言っていた男>が、ある日を境に全てに“YES”と言うルールを自分にかせる。現代の喜劇王ジム・キャリーが、ハチャメチャな中にも味わい深く“イエスマン”を演じています。後ろ向きの人生はつまらない。 “イエスマン”になって新しい世界に踏み出したいと、これを見ると思うだろう。と言っても、日本人の得意な嫌々ながらの“YES”は駄目。明るい肯定的な“YES”でないと、未来は変らない。

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(C) 2008 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. - U.S., CANADA, BAHAMAS & BERMUDA. (C) 2008 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED - ALL OTHER TERRITORIES.

<荒筋> 
 カール(ジム・キャリー)は、面倒くさい電話には出ず、友だちからの誘いも口実を見つけては断る。仕事先の銀行でも融資の申し込みを却下してばかり。ある日悪夢にうなされ、友人の薦めるセミナーに行くと、何にでも“YES”と答える事を約束させられる。帰り道に早速“YES”と答えてとんだ災難に。でも思わぬ出会いも…。


 <奇想天外な話だけれど>、こんな無謀なルールを自分にかして実践した人がいる。ダニー・ウォレスという、TVのパーソナリティも務めるイギリスのユーモア作家がその人だ。 この作品は彼の回顧録を基にしていて、原作はベストセラーにもなっている。7ヶ月間あらゆることに“YES”といい続けたら、何が起ったか?
 <実は私は、こんな実験をしたというウォレス>の心境に、「何故?」と興味を抱いたのだけれど、映画同様きっかけは失恋だったらしい。まるで人生を捨てたように全てにネガティブになった彼に、誰かが何気なく言った「もっと“YES”と言わなきゃ」の一言がガツンと響いて、“YES”の大暴走が始まっていく。確かに「もっと“YES”と言わなきゃ」の一言、私も色々な人に言いたい。“YES”は未来への扉を開けるが、“NO”は扉の向こうを想像する事もないのだ。

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(C) 2008 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. - U.S., CANADA, BAHAMAS & BERMUDA. (C) 2008 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED - ALL OTHER TERRITORIES.


 <幾通りもの笑顔を持つジム・キャリーが>、重くなり過ぎず、軽くなり過ぎず、カールの素敵さとかっこ悪さを、絶妙のバランスで体現していく。彼は、ハンサムな顔をこれでもかと言うほど歪め、ハチャメチャに崩すのが大好きな、体も心も天性のコメディアンなのだ。少し年を感じさせる憂いが、若い頃にはなかった陰影で、テンポの良い笑いの中に人生の深さを忍び込ませる。彼ほどの天才でも、年と言う味方が必要な本物のコメディアンは、これからなのだ。コメディって人生のペーソスがあってこそだと、改めて思う。

 <さあ、カールの日常が変り始めた> 一番大きな変化の予感は、今まで知らないタイプの女性アリソン(ゾーイ・デシャネル)に出会ったことだろう。多分彼女は、カールが“YES”といい続けて到着した新しい世界の元々の住人、“YES”“NO”に縛られず、自由に自分らしさを築ける女性だと思う。カールがライブハウスで舞台に立つアリソンを見付けた時の胸の高鳴りが聞こえるようではないか。
 <そうなのだ、人生が大きく変るのは>、この人に受け入れてもらいたい、自分に“YES”と言って欲しいと言う、人生のパートナーに出会った時。この映画そんな恋のときめきもリアルに伝えてくれる。最初はルールに従っただけでも、この頃からの彼は“YES”の効力に目が覚めていく。見ている私もいつの間にか“YES”信者になっていたけれど。

 <尋ねる前から答えのわかるような>、何にでも“NO”という人は確かにいる。逆に、たいていの事には“YES”と言ってくれる人もいるものだ。人として賢明なのは両方を上手く判断する人だろうけれど、“YES”と“NO”の間の本人の事情には、実はあまり違いがないことも多い。無理をすれば“YES”と言えなくもないし、自分の都合を優先すればたいていの事は“NO”になってしまうものだ。“イエスマン”とは、とりあえず回りに合わせると言う事だろう。いや、合わせると言うのは違うかもしれない。目の前の事を肯定的に受け入れると考えてもいい。それでも自分は保てるのか、自分の人生はあるのか、喜劇の中に深い命題を含んだ作品だと思う。(犬塚芳美)


この作品は、3月20日(金)より、
     梅田ピカデリー、なんばパークスシネマ、
     ワーナー・マイカル・シネマズ茨木、MOVIX京都等で上映


《ちょっと横道に》 
 <ジム・キャリーが作中でカールになりきり>、“YES”と言って巻き込まれる、あらゆるシチュエーションに対応するため、色々な事に挑戦している。圧巻は、最悪の事態に備え会社から最終日の撮影でやっとオーケーが出た、橋の上からのバンジ―ジャンプ。こうしてみると彼自身が究極のイエスマンなんだと思える。
 <“YES”と“NO”で進んでいく占い等で>、もしその一つに違う選択をしたらどうなるのだろう? と思って、時々やってみるが、其処に思考が入ると、たいていは途中で同じ経路に返って行く。一つくらい違う選択をしても性格までは変わらない。結局同じ結論にたどり着くのは占いの組み立てかたがが正しいとも言えるのだ。本気で人生や性格をかえようと思ったら、この物語のように、機械的に“YES”あるいは“NO“と言わないといけないのだろう。

映写室NO.193アンダーワールドビギンズ

映写室NO.193アンダーワールドビギンズ
    ―女性戦士の活躍するシリーズの、起源にして最新作―

 映画の楽しみの一つは、スクリーンの中だけに存在する架空の世界を、まるで実在するかのように見れる事だ。ヴァンパイア族と狼男族の争いを描いたこの作品なんて、まさにその典型だけれど、奇抜さに以上に魅せられたのはその中の恋物語。身分や種族を超えた美男美女の悲恋が、大人版「ロミオとジュリエット」のようで切ない。今回はシリーズとなったタフな女性処刑人の誕生秘話で、シリーズのファンには種明かし的な側面もあるが、これ1作でも充分に楽しめる。夜と闇が交差する未知の世界で、クリエーターたちの自由自在な発想と工夫を凝らした映像を堪能したい。

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TM and (C) 2009 LAKESHORE ENTERTAINMENT GROUP LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

<荒筋>
 1000年以上も前、不老不死の祖からヴァンパイア族と狼男族が誕生する。知力や政治力のあるヴァンパイア族は凶暴な狼男族を支配しつつ、彼らの力を恐れてもいた。数百年後、狼男族から、人間から獣、獣から人間へと変化する新しい種族ライカンとして、知的なルシアンが誕生すると、ヴァンパイア族の長老は彼の血液からライカンをたくさん創り、奴隷として過酷な働きをさせる。しかし長老の娘ソーニャはルシアンと恋に落ちた。二人の関係に気付いた長老は…。


 <物語のおどろおどろしさ、映像の湿気感と重厚さ>が目立つが、同時に舞台を見ているような雰囲気もあって、それもそのはず主要な俳優はイギリスの舞台出身者で占めている。まず主演のルシアンには前作に続いてマイケル・シーン。逞しい肉体なのに、野生よりも知性を感じさせるのは、くっきりとした白目が際立つから。奴隷と言う屈辱的な立場にこれほど憤慨するのは、ソーニャとの恋もある。もっとも彼の知性は並外れていて、しかも端整なマイケル・シーンの顔には奴隷服よりも貴族の服が似合うけれど。人間性で言うと彼こそが貴族、指導者なのだ。その彼が怒りのあまり変身する狼男の映像の凄さも見所の一つ。目力の強い人で、瞳ばかりを思い出す。

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 <ソーニャの父の長老には、イギリスの名脇役ビル・ナイ> この人が映っただけでおどろおどろしくなるのは見事というしかない。どんな時も怒りを含んだ瞳はこの役そのもの。まさに闇の世界の住人だ。もちろん複雑な心情表現も巧みで、娘を愛しながら、一族の長として非情な決断をする男の抑えた悲しみが、じんわりと伝わってくる。

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 <勇敢な姫君ソーニャには、ローナ・ミトラ> とにかく逞しいのだ。端整な顔立ちでも古典的になり過ぎず意志の強さが目立って、この不思議な世界観にぴったり。でも未来の女処刑人の原型は、まだまだ未熟だった。父親の力を恐れつつ、恋人の恋しさに身を任せ、見るものをハラハラさせてばかり。古代の姫君は野性味もたっぷり、ドレス以上に戦闘服が似合うのだ。キワモノになりそうな設定でも、それ以上に大人の恋の物語になっているのは、この3人の演技の深さと渋さのせいだと思う。
 <そんなほとんどの物語の原案を書いたのが>、ルシアンの右腕役で俳優としても出ているケヴィン・グレイヴォー。遺伝子工学を学んだ、元微生物学者という科学的な視点を加えて、ヴァンパイアと狼男と言う半ば神話的な古典の世界が、ウイルスによる突然変異と言う話に変わり、現代的に瑞々しく甦っている。画期的なのは異なる種族間の愛で、ここでも「ロミオとジュリエット」の世界を軽く超えていく。これって禁断の愛かも、長老の怒りももっともかもと、グレイヴォーの自由さに脱帽。さあ、クリエーター達と一緒に、魂を遊ばそう!(犬塚芳美)

 この作品は3月14日(土)より敷島シネポップスにて公開

<ちょっとディープに>
 原案者で前2作の監督レン・ワイズマンは、本作では製作に回っている。余談なプライベート話だけれど、主演のマイケル・シーンが、子供まで成した女優のケイト・ベッキンセールを、この1作目で監督のレン・ワイズマンに奪われている。それもワイズマンが監督から製作に回った理由か?
 本作が初監督作品のパトリック・タトポロスは、元々美術畑出身で、今まで多くのヒット作で美術監督とクリーチャーエフェクツの、クリエーターとして活躍して来た。この分野の草分け的な存在。

映写室 NO.192シリアの花嫁

映写室 NO.192シリアの花嫁 
 ―2度と戻れない軍事境界線を越えて嫁ぐ― 

 <舞台はゴラン高原北部にある>イスラエル占領下のマジュダルシャムス村。軍事的な緊張で一段と厳しくなっている中東情勢だが、境界線でシリアとイスラエルに分断されたこの地には、家族が離れ離れになるこんな悲劇があると言うお話が、風土や風習の珍しさと共に始まる。
 <脚本も書いたエラン・リクリス監督>は、1954年のエルサレム生まれで、この地を舞台に幾つかの作品を作ってきた。今回は自身の旅の経験を元に、境界線を超えて嫁ぐ花嫁モナや家族と村の人々との1日の出来事を通して、時にユーモラスに、時に切なくこの地の複雑さを見せていく。心を打つのは何処の地でも変わらない親子の葛藤や女心。社会的な側面だけでなく、異文化の中での人間ドラマが胸を打つ。最後のモナの行動は、しなやかな現状への挑戦状だ。するすると境界を越えていく花嫁の勇気で、未来への扉が開けばいいのだけれど。

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<荒筋>
 今日は村の娘モナの結婚式。相手はお互いに写真でしか知らない、シリアに住む親戚の俳優だ。村人を招いた祝宴を前に、姉のアマルと共に支度をするが、今日を限りに家族とも会えなくなると思うと、心が晴れない。そんなモナとのお別れとお祝いに、ロシア人と結婚して勘当された長男も帰って来るし、次男もイタリアから帰って来た。父親のハメッドは、こんな日にもシリアの新大統領支持のデモに参加する。一方、アマルに届いた大学の入学許可証を見つけて、夫は愕然。村人を招いた盛大な宴の後、モナを花婿の待つ境界線に送っていくと…。


 <これほどの事情が無くても>、元々結婚式とは旅立ちで、家族や生まれた家との別れの日。花嫁にとっても家族にとっても、喜びと共に複雑な思いが去来するものだ。まして複雑な国同士の問題で、もう二度と会えないとなると、モナや家族の切なさは察するに余りある。この作品では結婚式の晴れやかさ以上に、寂しい影が一家に付きまとう。
 <それでも明日の自分の為に>、この家を後にする勇気と送り出す勇気。私たちから見ると、どうして其処までして困難な縁組をと思うが、同じ宗教内の親族同士の結婚は、結束と言う意味でも大切な事。この地の人々が遭えて無国籍を選ぶのと同じ様に、必然だった。右往左往する国際情勢に流されない確たるものがあるのだ。人々が、逆境の中でも負けないで、ここの土地を愛し、誇り高く自身のアイデンティティを持ち続ける姿が清々しい。

 <背景の社会情勢はもちろんだけれど>、この家族それぞれのキャラクターの濃さ。彫りの深い顔立ちそのままに個性が際立っているのも興味深い。一番ユニークなのはやはり父親だろうか。この村の指導陣、あるいは家長らしい頑固さで政治思想を持ち続け、イスラエル警察から睨まれて、家族をハラハラさせる。大人しく政府の思うようになる人物ではない。勘当した長男が帰って来ても、村の長老の手前簡単に許すことは出来ない等、昔の日本にもいた義理を重んじる頑固親父だ。知的な成功者なのだろう、この村を愛しながら家族を外部に羽ばたかせる強さがあって、三男を境界線の向こうのシリアの大学に通わせ、今度は次女に同じ様に境界線を越えて嫁がせようとしている。

 <そんな父親に育てられたんだから>、アマルも進取の器質。女ならば誰でも決断しないといけない結婚の日の朝、辛い結婚になったとしてももう帰っては来れない妹を案じながら、自分の夢を託すように、開かれた世界へと背中を押す。多分長女としてこの地に残る事を主眼に結ばれたんだろう凡庸な夫を愚痴るよりも、もう一度自分の人生を取り戻そうと、大学での勉強を目指すのだ。イスラエル生まれの国際的な女優ヒアム・アッサムが情感たっぷりに演じ、花嫁以上に姉が主役になっている。たおやかな美しさの中に悲しみや疲労感、知性が覗いて、彼女の佇まいだけで物語が広がる。この地を体現している女優だと思う。
 <多分一家の期待の星だっただろう弁護士の長男>、異文化の中で自分の出所が解らず控えめに振舞いながらも夫を助ける医師のその妻、女には目の無い軽い商売人の次男、夫と子供たちを温かく包む母親と、久しぶりの再会でぎこちなさから家族の絆が戻っていく過程が丁寧にリアリティを持って描かれる。

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 <キャラクターの濃さは家族以外も同様で>、シリアで待つ花婿、村の長老達、境界線でうだうだと難癖をつける双方の係官、意地と面子を張り合う両者の間を行ったり来たりする国際赤十字の女性と、誰もがこの地の空気感を持って立ち上がってくる。まるで自分がゴラン高原のこの村に降り立ったような気分だ。

 <日暮れは近づく。境界線に阻まれて>、モナはどうなるのだろうと思ったところに示されたのが、未来への指針だった。もちろんこれは映画的な結末で、現実がこれで解決するとは思えない。こんな事をしたら二つの国の狭間でモナは銃殺されるかもしれないし、多分捕らえられるだろう。それでも観客は、モナの選択に目を見開かされる。花嫁は自分の意志で未来への扉を潜ったのだ。この先何があっても彼女なら乗り越えていくだろうし、どんな境界線の向こうにもモナらしい幸せがあるに違いない。複雑な中東問題を斬新な切り口で見せ付けるエラン・リクリス監督に感服した。(犬塚芳美)

この作品は、3月7日(土)より梅田ガーデンシネマ、京都シネマで上映
        5月 神戸アートビレッジセンターで上映予定


《ちょっとディープに》
 <ゴラン高原のマジュダルシャムス村>は元々シリア領だったが、1967年の第3次中東戦争でイスラエルに占領される。しかしイスラエルでは少数派の敬虔なドゥルーズ派の村人たちは、シリアへの帰属意識が強く、多くが“無国籍者”となることを選び、 “境界線”の向こうの親族との行き来さえも出来なくなった。唯一の交流の場は「叫びの丘」で、拡声器で向こう側の親族とお互いに近況報告をし合う光景が見られる。
 <この作品は社会的な問題を斬新な切り口>で描いた手法と、巧みな脚本の構成、演出力で、世界中の観客から圧倒的な支持を得て、04年のモントリオール世界映画祭で、グランプリ、観客賞、国際批評家連盟賞、エキュメニカル賞と4冠を獲得した。それ以外にも世界各地で多くの賞に輝いている。

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