太秦からの映画便り

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映写室 映画ニュース 寺島しのぶさんに渡されたトロフィー

映写室 映画ニュース 寺島しのぶさんに渡されたトロフィー    
 ―若松作品で、ベルリン映画祭最優秀女優賞―

 <日本映画界に届いたビッグニュース>、第60回ベルリン映画祭で「キャタピラー」(若松孝二監督)の演技により最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞した寺島しのぶさんに、お預けだったトロフィーが届いた。舞台の移動日を利用して弾丸で映画祭には参加したものの、結果も見ないで帰ってきたのだという。寺島さんのかわりにベルリンでトロフィーを受け取ったのは若松監督、日本まで運んだのは共演者の大西信満さんだった。
 <そんな二人が東京から駆けつけ>、大阪の舞台の終了後、壇上で手渡した。「血は立ったまま眠っている」を観た1000人の観客からも満場の拍手で祝福され、寺島さんは高々と上げたトロフィーにキスしながら「こんな素敵なシチュエーションはないなと、感激しています」と晴れやかな笑顔をみせる。

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(2月27日 大阪 シアターBRABAロビーにて)

 <受賞の感想を聞かれて>、「重いです。色々な重みが詰まっているなと、改めて感じています。このトロフィーは『キャタピラー』のチーム全員で貰ったもの。皆で一生懸命作った作品を、こんな風に評価していただき、本当に嬉しいです。私にとっては一生の宝物になりました。これをきっかけに、一人でも多くの方に観て頂きたいと思います。東京に帰ったらまず家族に見せたいですね。父(尾上菊五郎さん、母親は俳優の富司純子さん)からはまだ何も言って貰ってないけれど、これを見せたら、よかったね位は、言ってくれるんじゃあないかと思います」

 <監督は>「諦めていたので賞を取れた時は嬉しかったですよ。本当はもっと大きなトロフィー(金熊賞)が欲しかったが、これも嬉しい。いやあ、トロフィーは思ったより重かったね」と。
大西さんは「やっぱりずしりと重いですね。ベルリンから運ぶのも責任が重くて緊張しました。空港のセキュリティーを通る時、普通だったら厳しいのに、トロフィーと気づくとフリーパスで、皆がブラボーと祝ってくれる。凄いことなんだなあと、この賞の大きさを実感しました。僕は心ある肉の塊として現場にいただけ。声にならない思いを伝える役が寺島さんで、だからこの作品に最優秀女優賞というのは当然だと思います」

 <大変だった事について>、「監督は早撮りで14日間の予定が12日で撮ったほど。雰囲気作りで追い込んで行き、私たちを絶対緩めさせない。緊張の連続で大変だったが、テンションの高い役だから休みがなかったのがよかったかもしれません。卵をぶつけるシーンなど、役に入り込んでるから本気でやって、大西さんが痛いって思わず言ってしまうほどでした。2人ともそれほど入っていて、生傷が絶えなかったですね。この映画は監督の作りたいと言う一途な思いで実現した、低予算の小さな作品です。監督の情熱が伝わるから、スタッフは過酷な状況でも文句を言わない。他の現場と違い1人の人が色々な役目をこなしていて感動しました。映画は色々な作り方があるけれど、こんな風な現場が好きです。国が援助してそんな監督にもっと一杯映画を撮らせて上げて欲しい。私もそういう映画に出たい。又、そんな風にして出来た映画を、これを機会に多くの方が知ってくださり、大勢の方に見ていただけたらと思います」

 <監督は>「大変な事と言っても、僕は作る方で、不条理な事を押し付けるのが仕事。無理難題を言われて、皆さん若松が憎いと思ったんじゃあないかなあ。それでも必死になって作った作品なんですよ。戦争の悲惨さを知って欲しいと思って作りました。本当は終戦記念日を初日にしたかったが、劇場のスケジュール上8月14日から公開です。一人でも多くの人に観て欲しくて、入場料は1人1000円でとお願いしている。日本の映画料金は高すぎますからね。低迷中の映画業界はこのままじゃあ大変な事になる。これできっかけが出来れば良いなと」

 <ベルリン国際映画祭は>、カンヌ、ヴェネチアと並ぶ世界的な映画祭で、社会派の作品が集まる事が多い。今年は第60回目にあたるが、日本人が銀熊賞を取ったのは、左幸子さんと田中絹代さんに続いて3人目だ。寺島さんは、丁度バンクーバーで銀メダルを取った浅田真央ちゃんに絡んで問われると、「真央ちゃんなんて気安く呼べないほどの偉業をされた方で、潔く負けを認める姿が凄いと思った。そこから又新たに出発していけるわけですから。私は傷口に塩を塗るようにして生きるところがあって、全てが劣等感です。今までも色々な人に色々な事を言われたけれど、「なにくそ、何時か金メダルを取るぞ」と言う思いが原動力になってここまで来れました」

 <「キャタピラー」は>、太平洋戦争も末期、顔面は焼けただれ四肢を無くした姿で帰 ってきた夫と世話をするその妻の物語。「生ける軍神さま」と村の人に祀り上げられ、戸惑いながらも夫を支える妻だけれど時には憤りが。彼女もまた、なにくそと言う思いがなくては乗り切れない人生なのだ。物語はほとんど二人で進んでいく。それも、言葉も発せず、四肢を無くした夫は性欲といらだちを妻にぶつけるだけ。寺島しのぶさんの一人芝居の様でもある。特異な環境だけれど、夫の行動にも妻の行動にも身につまされるリアリテイがあった。じっくりと戦争の悲惨さと極限の夫婦を描いて、若松孝二監督渾身の反戦映画です。(犬塚芳美)
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映写室 新NO.40フローズン・リバー

映写室 新NO.40フローズン・リバー
  ―凍った川を渡って国境を越える―

 <暖冬に泣くバンクーバーに対して>、北米大陸でも東部の方は例年にない寒波に見舞われている。この作品の舞台、カナダとアメリカの国境辺りの湖も川も、ぶ厚い氷で覆われているはずだ。極寒の暮らしは厳しい。貧しければなおさらだ。皆が貧しいよりも、繁栄の隣で一人貧乏くじを引いたような困窮はことさら辛い。
 <この物語はそんな人々の暮らしを>ドキュメンタリータッチで描く。白人とインディアンというシングルマザー2人を主人公に、大国アメリカの陰を描いて、極限で生きる人々の母性に寄り添う作品です。北米事情がさりげなく織り込まれ、今回も映画が生きた社会科の授業になった。

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 <カナダと国境を接するニューヨーク州最北部の町で>、1ドルショップで働き15歳と5歳の息子を育てる白人女性のレイ。新しいトレーラーハウスの為に貯めたお金を、ギャンブル狂の夫が持って逃げる。夫の車を見つけるが、運転していたのはモホーク族の女性ライラだった。バス停にキーをつけたまま捨ててあったと言う。ライラにも子供がいてお金を貯めて引き取るのが夢だ。
 <最初はいがみ合っていた2人だけれど>、お互いに抜き差しならない状況だと解かると、一緒に不法な仕事を始める。それは、治外法権になっている町外れのモホーク族の保留地を通り、検問所のない凍った川の上を車で走り、カナダとアメリカの国境を越えてアジアの移民を密入国させる仕事だった。高報酬でも死や逮捕という危険と隣りあわせだ。

 <水が低いほうに流れるように>少しでも経済力のあるほうに人は流れていく。同じようなことが今北朝鮮と中国の国境でも起こっているだろうと、この作品を観ながらアジアの悲劇を思い出した。こちらは朝鮮族で、2つの国の間に国籍の曖昧な民族が住んでいるのも一緒だ。
 
 <冒頭から、この作品は荒んだ貧しさが支配する> アメリカと言う大国のこの貧しさに驚いた。まず主人公のレイ。ボロボロのトレーラーに住んで、痩身でばさばさの髪、節くれだった手、皺の深い荒れた肌と、日本に来る旅行者にはいない、ある種の階層の白人の貧しさを体現している。若い頃は荒んでもいたのだろう、体のあちこちに残るタトゥと赤いマニキュア、疲れた表情で手放さないタバコ。メリッサ・レオの疲れ切った表情がリアルで、ジーンをこんなに貧しそうにはく女優を始めて見た。

 <現状を映すだけで説明はないが、レイの貧しさには>マイケル・ムーアが「キャピタリズム~マネーは踊る~」で訴える、レーガン大統領以降の行き過ぎたアメリカ資本主義の影響が見て取れる。彼女の雇用も不安定だし、多分失踪した夫も正規の仕事にあぶれた口。荒れてギャンブルに逃げ、近くの保留地のカジノに通って、依存症になり生活を破綻させたんだと想像出来る。
 <レーガン時代に、州都の中では禁止されている>カジノを、補助金や援助を打ち切る代わりに許された保留地が沢山あるという。それしか生きる方法がない保留地はいきおい力を入れて、ラスベガスのようにそこに行ける富裕層からお金を巻き上げるのならともかく、弱者同士の争いというか、マイノリティが白人の貧しい層からお金を吸い上げるようになったのだ。

 <差別に苦しむモホーク族>の窮状も見える。白人だと検問で止められることはないし、レイは警官にライラをベビーシッターだと紹介するが、貧しい住まいを見ても彼はそれを疑う事もないのだ。こんな仕打ちを受けたら、何をやってでもお金を巻き上げたくなるじゃあないか。終盤、今度は白人のレイが、保留地の中で弱者になって震える様が映るが、自由の国アメリカの隠された人種問題は根深い。

 <そんな、本来交じり合わないはずの2人>を結びつけたのは、貧しさ以上に母性だった。お互いが相手の中の母としての思いの深さに、自分の分身を見るのだ。それも身の程をわきまえない過剰な母性。だからこそ危険な仕事をし、生と死の境を飛び越えるような奇跡も呼び、衝撃的な結末に辿り着くのだけれど、全ては、いわば母親同士の連帯だと思う。母性とは盲目的なもの、以前紹介した「ワカラナイ」の父性との違いが甚だしい。

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 <無力なくせにレイは>子供を守ろうとする。「ちゃんと食事したの?」と言いながらテーブルにあるのはコーラとポップコーン、レンタルテレビの代金も払えず取り上げられそうになるし、なけなしのコインを数え、子供2人の昼食代を工面して渡す有様。でも、子供を邪魔にはしない。逆に言えば、この貧しさの中でレイを支えているのは、自分の母性だけだった。子供より誰より、自身にとっての生きる力が母性なのだ。
 <ライラにしても>、こんな状態では義母の家で不自由なく暮した方が子供の為だとも思うけれど、子供と暮らしたいという母性だけが生きる力になっている。表情に乏しく投げやりにも見えるミスティ・アップハムの瞳は、自分で納得しない限り何を言っても動かない風情。レイに感情移入して苛立ちながらも、迫害の歴史が身につけさせたものだろうかとも思う。決して知的ではない2人だけれど、それでも社会との折り合いはレイのほうがリードしていくしかないと納得させられる。

 <力のない母親が空元気を出す様は>子供には辛い。でもそんな環境は子供を育てもする。母の困窮を近くで見る長男は、子供の自分が歯がゆい。学校を辞めて働くと言っても勉強しろと怒る母。表にあるメリーゴーランドを弟の為に治すのが彼に出来る精一杯の事だ。母性を頼りに暴走する親の横で、彼は誰よりも速く大人になっていくのだろう。負の連鎖が続きそうな環境で、子供と大人の狭間の彼の健全さが救いだった。

 <脚本と監督はこれが初長編となる>女流のコートニー・ハント。色調と言い、空気感といいアメリカ映画らしからぬ重さだけれど、これこそが今のアメリカの現実。社会から見逃された人々に目をむけ、彼らの物語を語ることが自分の仕事だと定めているのだ。
 <ラスト、自分しか信じられず人に委ねる事の出来なかったレイ>が、母性を超えて、ある種父性のような領域の決断をする。ライラも又、他人から頼られるのは始めての事。カナダとアメリカの警察を相手に、割れそうな氷の隙間を通ってのカーチェイス、得体の知れない密入国ブローカーとやりあいと言う、冬の間のアドベンチャーが、貧しさがもたらすあらゆるトラブルを一人で抱え、凝り固まっていた2人の視野を広げたのだ。女2人が暴走する怒涛の展開、ハントの提言をたぐりながら観て欲しい。

 <時代のせいか>、豪華なハリウッド映画が空々しい。布施さんが言うように、両手にあまる幸せより、小さな幸せが大切に思える今日この頃だ。作品の多面性と共に、そんな世界観が世界各地の映画祭で絶賛されています。(犬塚芳美)

この作品は、2月27日からシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、
      3月6日から京都シネマ にて公開

映写室  藤田まことさん:シネマエッセイ

映写室  藤田まことさん:シネマエッセイ 
  ―劇場よりもお茶の間の人―

 <藤田まことさんの追悼番組が>続いている。先夜は「はぐれ刑事純情派 最終回スペシャル」の再放送だった。70も半ばを過ぎて、現役の刑事と言うのもおかしな話だけれど、不思議と納得させられる。長いシリーズ物らしく、岡屋龍一監督や共演者との兼ね合いも自然だ。誰もが役と自分を一体化し、しみじみと人生を語ってほろりとさせられた。こんな境地は時間をかけてこそのもの。そんな意味でも藤田さんは、単発の映画よりも、シリーズ化されやすいテレビの据わりがいい方だと改めて思う。

 <ところで、これの撮影時期が気になった> 一緒に見た家族は、この1,2年の体力的に辛そうな現場を知っているだけに、5.6年前のまだお元気な頃だろうと言うのだ。でも調べると、収録は去年の春頃と予想できる。相当しんどかったはずなのになあと、役者魂に感嘆していた。
 <現場では周りがハラハラするほどの>状態でも、カメラの前では懇親の力を振り絞っておられたのだろう。なにしろ藤田さんが出なくては始まらない。視聴率を大きく支配するし、1時間か2時間の何処かに、あの飄々とした顔が映るだけで、出ていない時間帯の空気までを支配する。かけがえがなかった。

 <出演作の中で私が特に好きなのは>「件客商売」だ。小林綾子さんとの年の離れた夫婦役が似合って、おっとりした顔の裏に悲しみを秘めた非情な匂いもする。時代劇なのに、時代劇と言う以上に人間の物語になっていた。
 <ご本人もお気に入りかと思ったら>、幾らかやり難そうな感じも受けたと言う。「ぴったりくるのは必殺の主水役じゃあないかなあ。サービス精神があるから、何処かに笑いが入ってた方が落ち着く人なんだ」と分析する。そんなところが関西人好みだ。出身地と言うのもあるが、視聴率もより関西で高かった。

 <どんな時もサービス精神を忘れない方で> 地方ロケに行くと、タイアップで大勢のスタッフが泊まるホテルに気を使い、他の泊り客を集めて歌とかのショーをしたという。もちろん無料だからホテルもお客も大喜び。人気も出るし、制作もタイアップが取りやすかったはずだ。
 <主演作に長寿番組が多い理由を聞かれて>、「視聴率がとれるように頑張るんです。自分の肩に共演者やスタッフ、その家族の生活がかかっている。数字が取れれば又続きますから」と答えている。主役でありながらプロデューサー的に作品全体を眺め、放映の数字まで心配し、番組の全てを肩に背負っていた。その重みで背中を丸めていたのだと、今頃気が付く。皆が愛したのはあの丸めた背中ではなく、背中に現れたそんな責任感だったのかもしれない。
  
 <この1,2年は>立っていられない事もある程で、それでも撮影は続くから、実は後ろ姿がそっくりな、遠景や後姿の代役を勤める影武者がいたという。[細やん]の愛称で呼ばれる役者さんだが、本当の名前は皆覚えていない。苦労人の藤田さん、今頃天国で、[細やん]からまだまだ続くはずだった影武者の仕事を奪った事を、謝っているのではないだろうか。片手を頭に当てて少し首を傾けて、口調までが浮かんでくる。そんな藤田さんの優しさを誰より知っているのも彼だ。何しろ背中に同じ重荷を背負っていたのだから。名優の代役を務めたことを誇りに、誰よりも藤田さんを偲んで、今度は顔を晒した自分に賭けていくと思う。(犬塚芳美)

映写室 「海角七号/君想う、国境の南」&「台北に舞う雪」シネマエッセイ

映写室「海角七号/君想う、国境の南」&「台北に舞う雪」シネマエッセイ   
 ―近くて未知の国、台湾を知りたくて!―
 
<酒井充子監督の「台湾人生」以来>、台湾が気になる。かって日本の統治を受けながら、この国の人々が恨み言を言わないのも心苦しい。オリンピック期間中の今は、特に気にかかる。中国本土との兼ね合いで、国連やオリンピックという国際的な舞台では、複雑な対応を取らざるを得ないからだ。近隣諸国の中でも格段に親日的な国なのに、複雑さの一因を作りながら、日本は国際的に手を差し伸べないまま。今回はどうだったのかと思っても、開会式も見なかった私ではよく解からない。ネットサーフしても情報は集まらなかった。

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(C)2008 ARS Film Production. All Rights Reserved.

<世界情勢も刻々と変わる今>、台湾のそれも変化しているはず。大陸の方の中国の変化はもっと激しいから、なおさら現状が解からない。そんな時は台湾発の映画を見ると、少しだけ事情が垣間見れる。これはそんな点からも見逃せない、台湾を舞台にした2本だ。
<最初の作品は台湾の南の端>、恒春(ヘンチュン)が舞台で、後者は台北の近くの菁桐(チントン)が舞台になる。どちらの町も風情が懐かしい。日本人の私にすら故郷のような思いを抱かせるのが台湾の土地柄なんだと思う。

  <「海角七号/君想う、国境の南」は>現代の物語に、日本統治時代の末期、第2次世界大戦が絡んでくる。統治下で恋に落ちた日本の青年教師と台湾の女学生、でも日本の敗戦で青年は引き上げる事に。時は変わって現代、青年が恋人への切ない思いを綴った手紙を見つけた家族が、統治時代の住所「海角七号」と書いて送ってくる。夢に敗れ、故郷で郵便配達をする青年が、皆の助けを借りてそれを宛名の女性に渡すというお話だ。

 <間近に迫る町おこしのコンサートには>日本からの歌手、日本人のコーディネーターと、物語の過去にも現在にも、台湾と日本との愛に絡む濃密な関係が描かれる。日本統治時代を知っている人々、今も日本人と関係のある人等を描きながら、優しいトーンで日本への思いが語られていくのだ。まるで、私たちは今でもこんなに日本が好きですよという、ラブレターのように思った。台湾では口コミから大ヒットになり、世界中の注目を集めたという。

 <「台北に舞う雪」の方は>、日本の作家による原案や脚本を、大陸出身の「山の郵便配達」や「故郷の香り」のフォ・ジェンチイ監督が台湾で撮ったものだ。話も大陸と絡め、両者の違いを際立たせながら、台湾のウエットで繊細な感じや癒しの部分を際立たせる。

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(c)2009 北京博納影視文化交流有限公司、“台北に舞う雪”製作委員会、博納影視娯樂有限公司

 <モウはこの町の人々に助けられ孤児として育った> 今は恩返しのつもりで、町中の雑用を引き受けて暮している。そんなところへメイという若い女性が現れる。大陸から来た売出し中の歌手だが、声が出なくなって逃げてきたのだ。親しくなる2人、モウたちの開いた野外コンサートでメイは美しい歌声を響かせ、旧正月に一緒に天灯を飛ばす約束の前にメイは帰っていく。

 <…と、台湾の物語は>、まるで御伽噺のような幻想性に支配されている。だからなのかラブストーリーが良く似合う。打算のない恋心を真っ直ぐに描いても、この国の空気感や風景が納得させるのだ。
<舞台になる菁桐はまるで絵本>のように美しい。一番の名所は日本植民地時代の面影を残す木造の駅舎で、その駅を中心に昔ながらの小さな商店や民家が、時を止めたように軒を並べる。だからここで繰り広げられる物語も、タイムトリップしたよう。監督の思いを風景に語らせて、何処か懐かしくほのぼのと温かい。

 <こんな作品を見ると>心が浄化される。民族性、体形、食べ物等から考えても、台湾は一番日本に近い国ではないかと思う。でも解らない所も多々。誰か詳しい方がいたら教えて欲しいのだけれど、とりあえずは、そんな事情もさりげなく描かれた映画から、この国への知識を広げたい。旅情を誘われるし、主人公たちを訪ねて行ってみたくなる事請け合いだ。舞台になる2つの町を訪ねたいなら、南北に走る鉄道の旅がいいかもしれない。

 <余談だけれど>、同じテイストのラブストーリー「きみに微笑む雨」も公開中だ。こちらは大陸中国、四川大地震で苦しんだ成都が舞台で、アメリカ留学中に知り合った韓国人のカップルが再会するというお話。「8月のクリスマス」の韓国ホ・ジノ監督が撮っている。
 <大陸中国だとか、台湾だとか>、韓国だとか日本だとか、区別して書いたけれど、優しい雰囲気は3本とも一緒。他の地域から見たら、人にも風景にも同じ匂いを嗅ぐだろう。 全ては同じ東アジアだと思える。こんなざっくりとした感覚で、台湾と大陸との融合が起こればいいのだけれど。映画で台湾を語りながら、最後には何処の国が主役でもない、緩やかな連帯のアジア圏を思った。(犬塚芳美)

  「海角七号/君想う、国境の南」は、京都シネマで上映中、
                春、神戸アートビレッジセンター にて公開
  「台北に舞う雪」は、2月20日(土)より、梅田ガーデンシネマほかにて全国ロードショー!
                【近日】京都シネマ
  「きみに微笑む雨」は、MOVIX京都で上映中


<台湾と日本との歴史>
 〈1895~1945年の51年間>、日本の統治下に置かれたが、欧米への対抗心もあり、日本政府はインフラ整備や治安維持、教育の普及に力を注いだ。また同和政策により、台湾での学校教育が日本語で行われた為、この時代に学校教育を受けた世代は親日的で日本語が話せる。いわゆる「日本語世代」と呼ばれる人々で、第2次大戦を日本人として生き、戦況が厳しくなると米軍の空爆をうけ、日本兵として従軍した人もいる。
 〈敗戦後日本が撤退すると〉、今度は大陸から来た蒋介石の中国国民党が統治。激しい台湾人弾圧が行われた。台湾語、日本語の使用が禁じられた為、「日本語世代」は長い間口を閉ざさざるをえなくなる。1952年、「サンフランシスコ講和条約」締結で、日本は台湾における一切の権利を放棄するが、その帰属は明記されなかった。1971年には国際連盟で「中国」の代表権を喪失し、脱退。1972年の日中友好条約で日台の国交は断絶したが、民間レベルの交流は今なお強固に続いている。それを支えているのが「日本語世代」だ。

映写室 新NO.39 COACHコーチ「40歳のフィギアスケーター」

映写室 新NO.39 COACHコーチ「40歳のフィギアスケーター」   
 ―夢を諦めない!―

 <冬季オリンピックの真っ最中に> それに協賛するような映画が公開になる。主演は若手のコーチをしながらアイスショー等で活躍する、プロ・フィギアスケーター西田美和さん。日本の現役最高齢選手でもあり、トリノ五輪代表だった安藤美姫選手のサポートコーチを勤めた人だ。その縁で安藤美姫選手も出演するし、もはや懐かしくなった荒川静香さんや伊藤みどりさんの秘蔵映像も流れる。でも主題はあくまで、夢を諦めないこと。題材はフィギアだけれど、40歳という年齢の微妙さや、一人の女として、いや人間としての果敢な生き方を描いています。

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 <アイスショーとかで活躍する美和は40歳で独身> 傍目には華やかでも、若返りをしたいと暗に首を示唆されたり、色々考える年頃だ。ある日昔の恋人が娘にスケートを教えてとやってと送り込んできたまま亡くなる。暫く娘を預かることになるが「オリンピックには出ないの?」と聞かれて昔を思い出す。…こうして美和は代表の座を目指すのだけれど、長いブランクで簡単なジャンプも飛べない。悪戦苦闘する様、必死の訓練等が描かれていく。

 <色々な競技があるけれど>、華やかさから言ってもフィギアスケートへの関心は別格だ。その中でも一番の花はやっぱり女子のそれだと思う。凄いテクニックの男子も楽しみだし、ペアの華麗でアクロバット的な滑りにも驚愕するけれど、若い女性が一人で全てを引き受け、氷上で舞う姿の緊迫感には及ばない。失敗と成功の狭間の最高の到達点を探って瀬戸際を歩きながら、彼女たちがスケート靴に全てをかけるように、観客の心臓も時には鋭いエッジで氷上に立たされる。見ているだけで心臓が止まりそうなのに、あんな華奢な少女たちがこのプレッシャーに堪えているかと思うと痛ましいほどだ。逃げ出したくはないのだろうかと思うけれど、そんな重圧すらも細いエッジの上に如何に乗せて見せるか、その心意気が問われる競技でもある。

 <もっともフィギアは>、技だけでなく表現力という容姿やコスチュームを含めたビジュアル面も競うのだから、スポーツだけれど藝術という微妙な競技だ。この作品に実の妹が出演している村主章枝さんが氷上の女優と言われたように、指の先までの演技力があればなお良い。どれを養うのも並大抵の事ではないはずだ。水面を優雅に進む白鳥が、水面下で必死に水を掻いている例えは良く使われるが、フィギアなどその典型ではないか。晴れ舞台の影で日頃過酷な訓練をしているのは想像できる。

 <この作品は氷上だけでなくそんな舞台裏を写す> 体力の問題が大きいのだろう、今世界のトップは、真央ちゃんやキム・ヨナ等10代や20代の選手だけど、この作品はそんな競技に40歳のベテランが挑むというお話だ。
 <どうしてそうするかと言ったら>、昔代表の座を約束されながら土壇場で逃げたから。世界に挑む代わりに女としての幸せをとると、代表戦をエスケープして恋人とのデートの場所に向かったのだ。もちろんそれは恋に名を借りたプレッシャーからの逃避なんだけれど、そんな事をされた恋人も堪らない。彼女から去っていくし、彼女のコーチも責任を問われて、スケート連盟から追放された。そんな責め苦もあったのだろう。安らぎを求めたはずのその後の人生は、外見には華やかでも不消化のまま続いて、年齢的に難しくなる40歳を迎えたというわけだ。

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 <誰もが何がしか>、逃げたままの問題を抱えているもの。それを精算しようにも、たいていの人は清算の前に諦めという泉に落ち、やがて穏やかな老後になる。諦める時って何時だろう? 身体条件を求められる競技だからだけれど、試写で一緒だった女性が、「私40だけど、この映画、もう40、もう40って連呼するけど、40歳ってそんなに瀬戸際なんですか?」と憮然と言うと、たちまち同じ年齢の数人が同調し、話はやり残した事から反れて40歳問題に終始した。こんな会話こそが40歳なのかもしれない。焦りを煽られたのだろう。
 <でも焦りは可能性なのだと>、私の年齢なら思える。年とともに、可能性をなくして心安らかな日々に突入するか、可能性の尾っぽを捕まえて、年齢とかけっこで焦りと苛立ちの日々を生きるかに分かれていく。どちらが良いとも言えないけれど、諦めも安らぎも自分で手繰り寄せるしかないのだ。自分で手繰り寄せるにはどうしたら良いか、美和はもう一度頑張る事、諦めないで自分の限界まで挑んでみる事だと思ったのだ。

 <結果はどうであれ>、頑張り切った人の表情が晴れやかで美しいのは、オリンピックが教えてくれる。悔し涙を流す人は、まだ可能性を残していると言う事だ。晴れやかな表情になれるまで、彼らはきっと再挑戦を続ける。考えてみるとオリンピックと言う桧舞台に立てるのは、決して夢を諦めなかったつわものばかり。この作品はそんな彼らを讃えて、頑張る事の素敵さを描いている。そういう意味でもこの作品はオリンピックへの協賛だ。
 <スケーターや無名の俳優が多い中>、謎のコーチに平泉成さんが扮し、別の次元の、圧倒的な存在感を見せ付ける。平泉さんも又、俳優として欲張りに陰の努力を重ねた方なのだと思う。競技シーンは本当の試合では不可能な角度にカメラが入り、フィギアの魅力を華麗に伝えます。(犬塚芳美)

 この作品は、東京で上映中
       2月20日(土)よりシネ・リーブル梅田で上映
       3月6日(土)よりホクテン座、布施ラインシネマで上映

映写室 「今度は愛妻家」シネマエッセイ

映写室 「今度は愛妻家」シネマエッセイ
  ―私のアイドルたち!―

 <作家でも俳優さんでも>、誰かを好きになると徹底的に追いかけるほうだ。と言っても、目が早い訳でもなく、きらきら輝いている人に自然に目がいくだけだから、当然世間も見逃さない。たちまち人気者になって、「貴女ってミーハーね」と呆れられながらも、皆と一緒に追いかけている。ただのミーハーとの違い(?)は私の熱が簡単に引かない事だ。世間はとっくに次のアイドルに移っているのに、ひそかに何時までも追い続ける。
 <言い訳をするなら>、輝いた日々以上に彼らがその輝きをどう変えていくかから目が離せないのだ。年を重ね新たな魅力で輝く彼らを見るほど嬉しいことはない。他者からは滑稽だろうけれど、私にとってのアイドルは、彼らに夢中になったその時代の自分の代弁者なんだと思う。

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(C) 2010 映画「今度は愛妻家」製作委員会

 <…と、前置きが長くなったが>、「今度は愛妻家」は、そんな私のアイドルが結集している。まず主演の薬師丸ひろ子さんと豊川悦司さん、そして「GO」や「きょうのできごと」でファンになった行定勲さんだ。俳優の2人はともかく、「世界の中心で、愛をさけぶ」の後、行定監督は厳しかった。興行的にも作品的にも成功したこの作品で、世間や自分に枷が出来たのか持ち味が出せず、本人だけでなくファンもいらいらしていたと思う。でも今年は行定監督の当たり年、そんな鬱積を吹き飛ばす良作が続く。

 <今公開中の「今度は愛妻家」はこんな話だ> トヨエツ扮する売れっ子カメラマンと薬師丸扮する専業主婦は、子供のいない倦怠期の夫婦。芸術家肌の夫はついつい妻をないがしろにし、それでも明るく振舞う妻が、試すように「だったら離婚しよう」と言ってもそれが現実になるとは想像もしない。悲劇はそんな時の旅先で起こった。最後に写真を撮ってと言い、夫がしぶしぶ構えたカメラに向かうと結婚指輪がないのに気付く妻。そんな事どうでもいい夫に対し指輪にこだわる妻は、ホテルに取りに戻ろうとして事故にあう。
 <こんな具合に、連れ合いにこんなシチュエーションで>亡くなられたら、そりゃあたまらないだろうという話が、時間軸を交差させて進む。妻も登場するのだけれど、生前のシーンだけでなく、それが夫の幻想なのは徐々に解かっていく仕組みだ。

 <この2人が夫婦役というと>「きらきらひかる」を思い出す人も多いだろう。2人はあのカップルの10年後のようだ。そう言えばあの作品でも妻は家出をした。投げやりな言葉にも平気な顔をしてるから、妻が傷ついているのに気付かない夫。その投げやりさも夫にしたら甘えやある種の愛情表現の訳で、傷つきながらも許している妻と阿吽の呼吸だけれど、この2人にはそんな大人の甘やかな関係がよく似合う。夫婦の間の微妙な空気を軽妙なやり取りと優しいトーンで映して、ほろりとさせる最後まで運んでいく。「きらきら…」のように2人にゲイが絡むのも一緒で、余談だけれど、トヨエツの隣にゲイの男は座りがいい。

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(C) 2010 映画「今度は愛妻家」製作委員会

 <おじさんどころかすっかり関西のおっさん化した>トヨエツと、変わらず可愛い薬師丸の織り成す、友達以上夫婦未満の情景。お父さんやお母さんの役が多くなったけれど、若い俳優では足元にも及ばない大人の情感だ。年を重ねて、かっこ悪いという新しい素敵さを発揮するのが嬉しくて、私の流した涙の半分はそれへのものだった。2人にそんなハーモニーを導いた行定監督もまた、生意気だけれど、肩の力が抜けて大人の監督(?)になったと思う。不本意な時代を経て、その不本意さすら、そんな時もあるよと受け止められる領域に達したのではないか。私のアイドルたちは誰もが新境地で魅了している。
 <こういうのは嬉しい> 彼らが輝き、そんな彼らに夢中になって共に生きたという意味で、私の過去やこれからの可能性までを肯定された気がする。見終えると、物語への感動だけでなく、そんな身内意識の晴れがましい思いにも満たされた。私のアイドルたち、元気を有難う。これからも応援するね!

 <同じく行定監督の手による「パレード」が>もうすぐ公開になる。こっちのほうは「きょうのできごと」に続く作風だそうだ。実はまだ見ていない。試写会が一杯で入れなかったのだ。私だけでなく相当の人数が溢れ、何時までも未練たらしく満席の会場を覗き込んでいた。珍しく映画を見ないうちからプレスを読んだが、サスペンス仕立てで期待は高まるばかり。初日に見ようと思っている(犬塚芳美)

今度は愛妻家」は上映中
「パレード」は2月20日(土)より梅田ブルク7、難波パークスシネマ、
               MOVIX京都、シネ・リーブル神戸で上映

映写室 新NO.38手のひらの幸せ

映写室 新NO.38手のひらの幸せ 
   ―原作は歌手の布施明さんの童話―

 今週は思いっきり泣いていただこう。涙は心を浄化する。感動の涙なら余計に良い。ピア満足度1位の作品だ。舞台は昭和30~40年代の新潟。皆同じ様に貧しかった戦後も遠く、日本は未曾有の上げ潮基調にあった。でもそんな流れに取り残された人々もいる。この物語はそんな人々の命を繋いだ小さな幸せに光を当てていく。誰もが善人なのに運命は容赦がない。それでも挫けない主人公たち。何があっても生きるというこの時代の人々の人生への真摯な姿は、今の私たちに大切な何かを教えてくれます。

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(C) ドリームワンフィルム/ドロップオブスター/ランテル・メディエール/シージェイネットワークス/T―artist

 <両親のいない兄弟は>、育ててくれた祖父も死に養護施設に預けられる。ほどなく弟は印刷業を営む夫婦の養子になるが、兄は父の帰りを待って施設で育つ。東京に出て大工になった兄は、夏祭りに故郷に帰って弟に会うのが楽しみだった。弟を大学にやりたいという養父母に感謝し、前祝だとフルートを贈る兄。ところが入試の日に兄が事故にあう。

 <どうして不幸は不幸な人の上により降りかかる>のだろう。でも現代人なら(もう生きるのは嫌だ)とポキッと折れそうな状況でも、皆弱音を吐かない。助け合い明日を信じて生きるという、この時代の人々の、人間としての健全さに心を打たれる。
 <荒筋から想像できるように>、この兄弟は極貧だった。ぼろぼろの服を着て壊れそうな家に住み、粗末な物を食べ、それでも父は帰ってくると信じ祖父と一緒なら幸せだった兄弟。幼い二人を残して逝った祖父はどれほど無念だったろうと、描かれない思いを想像して涙が溢れる。次々と襲う不幸に助けてやりたい近所の人も手が及ばない。施設で優しい先生方に出会っても、兄弟は祖父と暮した家が忘れられないし、父親が帰ってくるとしたらあの家なのだ。父さんが僕らを捨てるわけがないと、何時までも信頼し待ち続ける兄弟。兄が養子に行かないのは、父が帰ってこれるよう苗字を守る為で、幼いながらに一家の主だった。親ですら親でなくなった現代、この健気さにも涙をそそられる。

 <兄は立場をわきまえ弟の家に上がる事もない> 養父母は二人の絆を解かっているが、その矜持と自尊心を尊重するしかないのだ。甘えん坊で兄が精神的な拠り所の弟も、自分が幸せだからこそ一人ぼっちの兄を気遣う。弟が進学を地元の大学に絞るのは、自分が故郷を出たら兄の帰る場所がなくなるから。彼らの原点はこの町だし、一人ぼっちの辛さは身に染みているのだ。どんな時も弟を守ろうとする兄、そんな兄を信頼し時には甘えながらだんだん大人になって兄を気遣う事も知る弟。こんな兄弟がいるだろうかと思うけれど、この時代ならいたのかもしれないと牧歌的な情景に思い直す。

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(C) ドリームワンフィルム/ドロップオブスター/ランテル・メディエール/シージェイネットワークス/T―artist

 <そんな二人を見守る大人たちも温かい> 高度成長期で前へ前へと進んではいても、時代に乗り遅れたものが生きれないほど世の中は厳しくなかった。特に兄の遺骨を抱く息子を駅まで迎えた養父母の、背中を丸めて息子の悲しみに寄り添う風情は温かく、本当の親子とは違うけれどかけがえのない家族の情景になっている。少し前に書いた「ワカラナイ」との違いが際立つが、過度な進歩の陰で私たちは大切な物を手放してしまったらしい。まだ隣人を気遣う余裕も、見知らぬ兄弟にそっと情けをかける余裕もあったのだ。ちなみに「手のひらの幸せ」とは、施設を抜け出し祖父と暮した家へ行く途中で、大きな柿の木の家の主から、柿とおむすびをそれぞれの手のひらに持たせてもらい、両手が塞がって涙が拭けない事、兄の服を掴めない事、程々の幸せで良いと、過分な幸せを感謝する言葉だった。

 <過酷な状況の中でも誰も悪い人のいないこんな物語を納得させる>のが、この作品のもう1つの主役、時をまき戻したような田舎の映像だ。藁葺きのお堂や昔ながらの大屋根の家、長閑な田園や包み込むような里山、誰もが思い描く故郷を映像化した様だ。これが初作品になるカメラマン出身の加藤雄大監督が、まるでおとぎの国から抜け出したような美しい情景を、詩情豊かに切り取っていく。風景が人間を作るのかもしれない、こんな風景があったからこそ、人間も生物としての強さを持ち、健気に生きれたのかも知れないと郷愁に誘われた。
 幼い頃の兄弟を演じる子役の2人も、あの頃の匂いを放って愛くるしい。全てが美しく、まるでユートピアに迷い込んで、美しい絵本を眺めた気分になる。

 <ところで驚いたのが>、原作が布施明さんの童話ということだ。自分のコンサートで朗読して会場のむせび泣きが止まらなかった作品だと言う。「シクラメンのかほり」で一世を風靡し、「ロミオとジュリエット」で世界的な女優だったオリビア・ハッセーさんとの結婚で日本中のドキモを抜いたハンサムな彼が、全く別の分野でこんな創作をしていたなんてと、多才さに驚く。華やかな世界に生きる人の思う小さな幸せが、兄弟愛、お互いを労わりあう心と言うのも嬉しい。布施さん自身があの頃を原風景に持つ世代、殺伐とした今、生きる力の希薄になった今、あの頃を思い出そうよと言う事かもしれない。これこそが自然の力だし人間力だと思う。人として正しい当たり前の事を並べて、奇跡の領域に連れ込む感動作です。(犬塚芳美)

この作品は、2月13日(土)よりシネ・リーブル梅田で上映
      2月下旬より京都みなみ会館で上映予定

映写室 「ユキとニナ」諏訪敦彦監督インタビュー(後編)

映写室 「ユキとニナ」諏訪敦彦監督インタビュー(後編)    
 ―日仏二つの個性をぶつけて―

<昨日の続き>
―森のシーンがそんな風に変わったから、冒頭の小さな森のシーンが出来たのですか? 画家のおじいさんとの会話とか、哲学的ですが。
諏訪:あれは最初からです。森ってピクニックに行くようなイメージもあれば、もっと深くて怖いイメージもある。多面的ですから。それを表現したいと思っていました。イポリットはあのシーンから始めたかったみたいですね。あの老人はイポリットのお父さんで、建築家で、隣は彼のお母さんです。実は僕は別の所であれを使いたかったんだけど、イポリットがどうしても冒頭に拘って、駄目だった。そっちは譲るからこっちは譲れよみたいな、バーター的でしたね。

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(C)Yoshi OMORI

―うっそうとして迷いそうだし、時々は木漏れ日もあってと素敵な森でしたが。
諏訪:日本の森と言うと山になってしまうけれど、フランスの森は平地の中にあるので、フラットに広がっているんです。ただ目印がないから確かに道には迷いますね。ロケハンで見つけた所を撮影時に見つけられなくなったり、困りました。実はロケハンで決めていた所が台風で木が倒れて立ち入り禁止になったんです。パニックになってどうしようかと思っていたら、いつもは立ち入り禁止の所に撮影許可が下りて、羊歯が一杯あるシーンの撮影場所ですが、結果的には良かったなと。森って明るく生命力に溢れたところと、暗くて飲み込まれそうな面を持っていますよね。多様で映すのは怖かったです。何かきっかけを探すけれど、なかなか見つからなくて。森って何だろう?と考え、それをどう映すか、最後まで怖いと思いました。

―話が元に戻りますが、ノエちゃんの演技に不安を持ちながら、ユキにキャスティングしたのはどうしてですか?
諏訪:キャスティングと言うのは常に不安ですよ。やってみないと解からないし、賭けのようなもんです。それでも一般的な俳優だったら演技で何とかなるだろうけど、ノエちゃんはその経験がないし、彼女の表現は解かり難いですから、どうなるかなあと。それなのに彼女に決めたのは、映像に撮ってみたら、凄く視点を引き付けられた。彼女自身が複雑なんだろうけれど、表情が複雑で、彼女が黙っていてもこっちの気持ちが動いちゃうんですよ。これって映画的ですよね。何かを与えてくれる演技ではないけれど、こっちの思いを引き出すと言うか。あの顔は人を惹きつける。それは間違いないと思ったんです。
―「不完全な2人」でお話を伺った時、僕が映画を作るのは知っているからではなく、知らない事を知りたいからだと仰って、印象に残っていますが。
諏訪:こんな事が知りたいと言うのではないけれど、自分が知っている事として描きたくないという事ですよね。僕も父親ですが、子供って、自分の子供でさえ理解しているつもりでも何か違っているだろうし、そういうものをちゃんと見えるようにしたいなという事です。複雑に存在している子供を、複雑なままに見えるようにしたいという事で。

―諏訪監督の台本は、基本的に台詞が書かれてなくて、即興で俳優と一緒に作ると伺っていますが。
諏訪:そうです。今回は特にイポリットと一緒に作ったんですが、考える事ってお互いにそれぞれ違うんですよ。ノエちゃんにしても物を考えていて、それが何なのかは解からないけれど、お互いに解からなくても良いんだと言う関係性で物事を進めていきました。
―そんなスタイルで映画を作られるのはどうしてですか?
諏訪:監督の中には自分の考えだけで作りたいと言う人もいます。自分の生まれ育った環境とかが、そうさせるんでしょうが、僕が作りたのはそういうものではなくて、それぞれが色々な考えを持っているという形という事です。カメラと言うのは押せば映る。その中にあるのはすでにあるもので、映画と言うのはすでにある世界に対する、自分の見方を提示するものだと思うんです。この方法が面白いのは、別の世界を見れる事で、その世界が又謎に満ちているんですよね。この場合の世界は他者と同意語なんですけど、子供も他者で、彼女の世界が映るのが面白く、それは僕の想像した物ではないという事です。

―大人でしかも男性の監督にとって、少女を描くのは難しかったのでは?
諏訪:最初にイポリットと話した時は、お父さんと息子の話でやろうと。イポリットがお父さんを演じるのだけれど、僕も父親だしね、父親って何だろうと考える所から始めたんだけれど、途中からだんだん子供の視点になり、男か女かと言ったら女になって行きました。この時は不安だったんです。僕らは男で女の子の気持ちが解からないし、イポリットはいるけど僕には娘がいないし。でも逆に考えたら、男の子だと自分の少年時代とか投影してしまいそうで、むしろ女の子だと解からないから、演者と対等になれる。これって良いかもという事です。手紙を書くアイデアも、脚本を書いている時、同世代の少女何人かに聞いた事なんです。「2人が愛し合っていた頃を思い出させたい。愛と言うのは復活する」と言うんですよ。女の子ってロマンティックだなあと驚きましたね。もう少し上だとファンタジーではなくもっと現実的な事を言うし、もっと下だと出来ないですしね。こんな事をするのもこの年代だからです。もっともノエちゃんは「私は絶対やらない。だってばれるもん」と言っていましたが。

―こんな子供たちの思いをぶつけられて、父親として何か感じるところは?
諏訪:もちろんこんな経験は無いんですが、ラスト日本に行って新しい友達がいるじゃあないですか。あのシーンを撮りたくて、ユキにとってニナと別れる前半は世界が終わると言うか失われる、暗い出来事な訳ですけれど、最後に、(でも大丈夫、又新しい世界が出来る。子供って大丈夫だよ)と言うのを示したかったです。そうは言っても、一方で消せない傷を背負う訳で、(生きるって幸せと不幸の両面。それが大人なんだ)と、彼女に取って最初に解る出来事だったと思うんです。子供が傷つくとは言っても、離婚に至るにはそれなりの事がある訳で、子供の為に離婚はいけないと言うつもりもない。大人には大人の事情があるけれど、それでも又良い事もあるよと示したい。
―ラストは楽しい事で終わらせようと思っていたのですか?
諏訪:そうですね。ユキの設定もそうだし、イポリットと僕が監督するという、成り立ちからして日本とフランスの混血のような映画ですから、日本のシーンを撮って、又新しい事が始まるというのは見せたかったですね。最後にユキが日本の生活を映すシーンは、彼女にビデオを持たせて好きなように回させています。時間がなかったのもありますが。

―その辺りを少女の二人はどこら辺りまで理解しているのでしょうか?
諏訪:彼女たちなりによく理解しています。もちろん理解はその人によって違うけれど、脚本をよく読んできていました。
―そういう風にして役に重なった彼女たちから出てくる台詞は監督の思いを超えていましたか?
諏訪:台詞は書いてないんですから、何が出てもある意味で思いを超えているし想定外。でも全体から見ると想定内。こんな風に普通に喋っている時も、同じ事をしてる訳です。気持ちをそういう状況に持っていけば良い訳ですから、かえって普通に脚本の台詞から入ることに慣れたプロの俳優さんだと戸惑うようですが、子供だとすんなり行くようですね。

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(C)Yoshi OMORI

―この映画にはそんな自然さが一杯ありますよね。日仏折衷のユキの家も素敵でした。
諏訪:「フトン」と言う言葉がフランスでも通用し、フロアーに直接布団を敷く人もいるように、日本文化が一部には浸透しています。だから日本人とフランス人の夫婦が暮せばあんな風になるのかなあと。あれは美術スタッフだけではなく、イポリットとお母さん役のツユさんが自分たちの思うように飾っていったんです。それを見て今度はスタッフが食器を揃えるとか、誰か1人のアイデアではなく、役者が複合的に作っていってあの部屋ができました。ツユさんは日本人と言うよりコスモポリタンですね。あの部屋には有名な写真家の作品がかかっているんだけど、彼女がどうしても飾りたいと、直接交渉して許可を貰ってきました。
―最後になりますが、撮影していて楽しかったシーンを教えて下さい
諏訪:2人が手紙を書くシーンですね。テントを立てるシーンも楽しかったなあ。子供にそのままやらせていれば良いんで、楽しかったですね。(聞き手:犬塚芳美)

《作品の感想とインタビュー後記:犬塚》
 <監督のお話しにもあるように>、ユキに扮するノエちゃんの曖昧な表情が素晴らしい。魅せられました。何を考えているのだろうと、心の中を覗きたくなります。彼女に照準を合わせると、他の人の過剰さが気になりますが、でもそんな周りがあるからこそ、ノエちゃんの不確かな演技が光るのかもしれません。
 <ところで諏訪監督のインタビューは>2回目です。少し長いのですが、作風とか、それへの思いとか丁寧にお答え下さいました。学長職とのバランス等も伺いたかったのですが、映画の話に終始し時間切れ。もうフランスでは公開されたそうで、プロ受けが良いそうです。そんな意図はないそうですが、2人の監督の文化を反映してか、日仏両方のエキゾティズムを感じる作品でした。


   この作品は、梅田ガーデンシネマ2月6日から、
            京都シネマ2月13日から 公開

映写室 「ユキとニナ」諏訪敦彦監督インタビュー(前編)

映写室 「ユキとニナ」諏訪敦彦監督インタビュー(前編)    
 ―日仏二つの個性をぶつけて―

 シチュエーションは設定するものの、多くの台詞を俳優に任せると言う独特の手法で知られる諏訪敦彦監督の新作です。今回は、フランスの俳優イポリット・ジラルドとの共同監督作で、日仏混血の少女を主役に据え、撮影も仏日両方にまたがりました。現在は東京造形大学の学長でもある監督に、カンヌでも絶賛された本作について、撮影秘話等を伺います。

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(1月16日 大阪にて)

<その前に「ユキとニナ」とはこんなお話> 
 ユキはフランス人の父と日本人の母を持ちパリで暮す9歳の少女。ある日、母が父と別れてユキと日本で暮すと言い出し、ショックを受ける。親友のニナに打ち明けると、手紙を書いて二人が愛し合っていた頃を思い出して貰おうと言う。彼女も両親が離婚して母との二人暮しだ。そのニナが母と喧嘩して家出し、ユキもついて行く。


<諏訪敦彦監督インタビュー>
―イポリットさんとの共同作業はいかがでしたか?
諏訪敦彦監督(以下敬称略):色々難しい事もあったけれど、終わってみると楽しかったなと思えます。宣伝でイポリットが来日したので、2人でインタビューを受けながら、この映画について話し合っていると、2人で最後まで完成させたんだなあと言う実感が湧いて来ました。今回は、違う考え方の2人の人間が、1つのものを作れるかと言うのが、もう一つの大きなテーマだったので、完成してよかったなあと思いますね。
―撮影や編集段階で考え方の違いが際立ってきたと伺いますが。
諏訪:そうですね。シナリオ作りには2.3年かかっていて、色々やり取りしながら進めたんですが、その時は「ああ、そうだね」とか、「僕も子供の頃はこんな風に思っていたよ」とか「親って何だろうね」、「こんな事をしてたね」とか、共感する事が多く違いは際立たなかったんです。でも撮影が始まり、何処で撮るか、どうやって撮るかの、物を作る過程に入ると、いきなりお互いに譲れない所が出てきて、それをどう纏めるかが課題でした。それでも撮影中は一緒にいるので、僕らは毎日他のスタッフより1時間以上早く現場に入って、前の日の反省や、今日はどう撮るかと監督同士のディスカッションをやったから、まだ調整出来る訳です。ところが編集になると、僕は日本に帰って家内が編集するし、イポリットの方もフランスで向うのプロとチームを組んで編集する。お互いにデータをメールで送りながらの作業ですが、やっぱりエゴが出てきます。どっちがどっちを打ち負かすかではなく、エゴを持った人間同士が一緒にやると言うのが今回のテーマですから、そういう意味で譲り合いは仕方なかったですね。

―そんな共同作業の結果として、いつもの諏訪作品より間口が広がったと?
諏訪:自分一人だったらやらなかっただろうなあと言う事は、沢山ありますね。編集も自分一人でやってるわけじゃあないし、自分が思う通りに自分一人でやっていたら、もっと解りにくいものになっていたかもしれません。僕が撮るとどうしても長くなっちゃうんですよね。短く切れず、まだ色々映ってるんじゃあないかと思ってしまって。僕を知ってくれたのは「パリ・ジューテーム」での人が多いんだけど、あんな作風を期待してこれを観ると驚くんじゃあないかなあ。
―もっとカメラを回したかったと?
諏訪:回したいと言うのはないんですが。芝居はイポリット担当で僕は現場では殆ど見てただけです。

―そのせいなのか、いつもの諏訪監督より特にフランス語のシーンが過剰だった気も。
諏訪:でもユキちゃん役のノエは違うでしょう?
―ええ、とっても繊細な思慮深い演技でした。だから余計に他の方が目立って。
諏訪:ノエは結構不安でした。彼女は実際にパリで生まれた日仏の混血ですが、演技の経験がないので、制作に入った時はこの子で大丈夫だろうかと心配したんです。ニナ役の子は俳優だから感情を良く表情に現すんだけど、ノエはあまり表情に現れないというか、誰が見ても解るという表情ではない。でも彼女なりに考えて演技してるんですよ。希望的な演技じゃあないけれど、でもそれが良かったなあと後になって思えました。演技の経験がないと言うのは、誰からもある状況の表現方法を強制された事がないわけで、思いもよらないような彼女の内からのものが出てくるんです。演技の経験があると、例えば悲しい場面では、誰が見ても悲しんだと解かる演技をしてしまう。ノエの場合は、悲しくは見えないんだけれど、凄く個人的なその人独特の悲しみの表現が出てくる。そういうユニークなものの方がより普遍的だと僕は思うんですね。一般的には意味が通じ難いから、演技指導を受けたりすると、解りやすい表現を教え込まれるんですが、彼女はそんな回路を持っていないから、例え解りにくいとしても、私は実際に悲しくてそんな演技をするんだから良いと思えるんですよ。

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(C)Yoshi OMORI

―お母さんが泣いているシーンとか特にそう思いましたが。
諏訪:あそこなんて笑ってますからね。(笑)実はあれはレンズを見て笑っているんですよ。撮影に入る前に、彼女にはカメラだけは見ないようにと言ったんですが、これって難しい事で、彼女はまだプロではないんで、ついつい見てしまうんですね。さもカメラがないかのごとく出来るのがプロなんだけれど、お母さん役の俳優がそれをやってるのが彼女には不自然なんですよ。で、笑ってしまったんだけど、現場では感情が途切れてしまった、NGだと思ったけれど、ラッシュを見て、こういう事もあるのかもしれないと思いました。あのシーンのノエは凄く失望しているんです。僕たちがNGだと思ったのは、そんな時にお母さんが泣いているんだから笑うはずがないと言う大人の考え方で、そんな状況でさえ彼女の中では色々な考え方がくるくる替わっている。今回は僕たちが簡単には理解できない存在のとしての子供を描こうとしているんだから、子供に大人の感情を投影してはいけないと。あの時のノエのリアクションは正直解らない。でもあのシーンを入れた事で、子供は判らない存在だと言うのを改めて確認しました。

―森に入っていくシーンも大胆ですが。
諏訪:あれを撮る時は僕たちにとっても賭けだったんです。最初のシナリオでは、ニナが転んで動けなくなって、ユキが誰か助けを呼んでくると言う展開だったんです。それで道に迷って、淋しくて泣いて動けないと言う設定だったんですが、そんな風にやってと言っても、ノエちゃんが「私泣かないから」と言うんですよ。一生懸命演技をするけれど、その気分にならないから泣けないと、何度も言うんですね。こっちとしてもここが肝心だから「泣いてよ」と説得するんだけれど、できないと言う。理由は解からないけれど、そこまで言うんだから、これは違うんだなあと思い直し、別の方向を考えました。1人で森の中に入っていくと、倒れるとかしないので歩くしかない。それでああなりました。撮影中も、歩くシーンしか撮ってないけど大丈夫なのとスタッフは不安がっていましたね。で、あんなふうに繋がるんですが、実際にも森を抜けると超現実になります。見てる時は現実でも、それは夢の中の現実だという訳で、彼女が一人で歩き出した瞬間に、観客もユキと一緒に森と言う非日常的な空間をさ迷うと。ユキが一人で森の中に入っていくのは無意識の自殺ですよね。妖精が食事を運んでくれると言うけど、そんな事あるはずがない。彼女が生と死の間をさ迷い何に出会うだろうと考えると、その空間をふっと超えてしまっても良いんじゃあないかと思ったんです。あれは観念的な森であって、フランスのそこから日本の森に繋がる。元々森って幻想的なそんなもんでしょう? この映画では全て現実を描くけれど、結果として、描かれているのは非現実と言うのでも良いのではないかと考えた訳です。この空間のねじれ方が極めて映画的だなあと思いました。(聞き手:犬塚芳美)
<明日に続く> 
 
 この作品は、梅田ガーデンシネマ2月6日から、
       京都シネマ2月13日から 公開

映写室 NO.37インビクタス/負けざる者たち

映写室 NO.37インビクタス/負けざる者たち 
    ―ラグビーにかけたアパルトヘイト後の南アフリカ―

 <もうすぐ>サッカーのワールドカップが開かれるが、これはサッカーとは似て非なる球技ラグビーの、1995年のワールドカップのお話。開催地は同じく南アフリカだった。
 <ワールドカップと言っても、ラグビーの場合は>サッカーのようには騒がれないし、最終戦の死闘を覚えているラグビーファンでも、アパルトヘイト政策を取り続けた南アフリカという国の、歴史的側面からは眺めていないと思う。そんな斬新な視点で綴ったワールドカップとネルソン・マンデラのノン・フィクションを、クリント・イーストウッド監督が高潔な光の部分を重点に置いて描きます。迫力のスクラムやタックルを捕らえるカメラワークも見所で、サッカー熱に押されて寂しがっているラグビーファンも必見。

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 ©2009 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC

 <南アフリカに初の黒人大統領ネルソン・マンデラ>が誕生したのは1994年の事。熱狂する黒人と怒る白人に囲まれたマンデラの急務は、肌の色で分断された国を一つにすることだった。自分の護衛官に白人も起用し、もうすぐ開かれるラグビーのワールドカップに目をつける。でも黒人から見るとラグビー自体が白人のスポーツで、このチームのジャージはアパルトヘイトの象徴だった。…と凄まじいアパルトヘイトの後遺症が描かれるが、一方でここから、双方の思いが極端に違う、火種になりそうなラグビーを核にして、融合を目指そうと言うマンデラの無謀な試みが始まるのだけれど、もちろん簡単には行かない。黒人は貧しいし、白人は黒人の報復を恐れている。社会は一発触発なのだ。

 <マンデラに扮するのは>、モーガン・フリーマン、彼の夢を助けるラグビーチームの主将には、髪を金髪に染めていつもより肌が白く感じるマット・デイモンが扮する。モーガン・フリーマンのマンデラは背中を丸めて、スタイリッシュに決めれば決めるほど27年の厳しい牢獄暮らしが滲む。一方ピナールは、逞しい体以上に繊細さが浮き上がり、黒人社会の中で白人性が強調されるのだ。それでも2人はお互いの思いを理解し合い、国の再生をワールドカップに託していく。

 <実際にもそうだったのだろうけれど>、この2人のリーダーが高潔過ぎて、物語としては少し物足りなさもある。過去を語らず自分を殺そうとした側を許すマンデラ、そんな新大統領に心酔するスポーツマンらしい若者と彼を誇りに思う家族、破綻がなくてアメリカ映画好みのヒーローなのだ。現地で撮影しながら流れている空気感がアメリカ的に明るいのも、クリント・イーストウッドをもってしても仕方ないんだろう。アフリカの地はそれだけ遠いと言う事だ。
 <もちろんマンデラが理想主義だけの訳がなく>、現状を冷静に見つめる限りないリアリストだったからこそ実現した事だけれど、この物語はそこまでは踏み込まない。リーダーはそんな非情な思想を隠し、民衆を酔わせるカリスマ性が必要なところまでを描く。

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©2009 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC

 <国民は単純だ> 食うや食わずでバラックに住んでいても、昨日までの敵も、オリンピックやワールドカップのような国家を背負った行事では、一瞬で支配階級や恵まれた階層とも一体化できる。スポーツと言う祭典の素晴らしさだけれど、それは良いことでもあり、何かに誤魔化されたナショナリズムでもありと、少し複雑な思いで見た。興奮が冷めた後には又多くの困難が押し寄せたに違いない。それでも皆で一緒に盛り上がったこんな瞬間があった事実は、両者の融合の一歩になったはず。これはそんな事を熟知した黒人大統領の手で、新しい南アフリカに向けて動き出した日を、誇らしく描いた作品なのだ。

 <南アフリカは今、成人の5分の1が>エイズに感染している。それが経済を圧迫しているし、20パーセントを超える失業率で白人の中にも貧困層が現れ、有色人種間では少ない仕事を奪い合って隣国からの不法侵入者との小競り合いが耐えないという。一方では黒人の中にも富裕層が現れ格差社会が出現した。歓喜の時から15年、南アフリカは未だ混迷の中で、治安も悪化しているのだ。
 <90歳を過ぎたマンデラは>もはや国政を握ってはいないけれど、皆の記憶の中で95年の戦いは輝いているはずだし、現大統領も覚えているに違いない。あの時と違って今度の祭典は黒人も対等に参加できるサッカーだ。さあ、この好機を現大統領が利用し切れるかどうか。6月に南アフリカはどんな顔を見せてくれるのだろうと楽しみが増えた。

 <ちなみに「インビクタス」とは>、マンデラの長い獄中暮らしを支えたウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩の題名で、不屈という意味になる。本作で「インビクタス」な者とは誰なのか。もちろんマンデラと主将の二人だけれど、同じ黒人としてマンデラを映画化しようと試行錯誤していた主演のモーガン・フリーマンもそうだし、良作を作り続けるクリント・イーストウッド自身に、まず送られるべき言葉かもしれない。
 <そしてそのイーストウッドが>今一番この言葉を送りたいのは、未だに困窮の中にいる南アフリカの人々へだと思う。不屈の精神でもう一度再生を目指して欲しい、マンデラたちの苦しみを無駄にしないでとの思いを込めて。あえて影の部分を排除した監督の意図をそう読みたい。(犬塚芳美)

  この作品は、2月6日(土)より全国でロードショー

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