太秦からの映画便り

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映写室 新NO.53  ONE SHOT ONE KILL-兵士になるということー

映写室 新NO.53  ONE SHOT ONE KILL-兵士になるということー 
 -「グリーン・ゾーン」と共に沖縄や米軍のことを考える―

 <約束の5月末が近づいたが>、沖縄の基地問題に決着がつかない。国外どころか、抑止力に気が付いた等、鳩山総理は今更何をと言う言葉を吐いて迷走を続けている。そこでよく聞く言葉が海兵隊だ。辺野古のキャンプ・シュワブ、普天間基地等と沖縄には海兵隊の訓練施設があちらこちらにある。沖縄を考える上で欠かせない、海兵隊員とは何者なのか? 何の為にここにいるのか? そんな事が少し解かる、海兵隊のブートキャンプ(新兵訓練所)の12週間を追ったドキュメンタリーです。

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(C)森の映画社

<うかつにも海兵隊を海軍の事かと>思っていたら、とんだ間違いだった。海兵隊は作戦の中でももっとも危険な、戦争が始まった時の殴りこみ部隊で、米軍には陸軍・海軍・空軍・海兵隊・湾岸警備隊とあるのだという。危険が少ないエリートコースは入隊も厳しい。志願制度の今、不況による就職難や、免除されると言う大学の奨学金の事もあり、海兵隊にはそういう事情を抱える、移民やマイノリティと言った貧困層が多いという。隊員は任務以前に、自分に関わるアメリカ社会の問題も抱えているわけだ。

<ブートキャンプとは>、兵士になった若者たちが最初に訓練を受ける場所。陸軍・海軍等それぞれにあるが、海兵隊のブートキャンプが12週間と一番長い。海兵隊のブートキャンプは2ヶ所あって、ミシシッピ川から東の出身者と女性は、パリスアイランドで訓練を受ける。1915年に開設以来、100年近く新兵訓練を請負って来た地だ。毎週500人から700人の新兵がやってきて、平均で男子の90パーセント、女子の85パーセントが卒業する。金曜日ごとに卒業式があり、08年10月から09年9月までの1年間で、164000人が新兵としてアメリカ軍に入ったが、そのうちの約20000人がここから巣立った。

<ここを出た彼らは>、早ければ半年ほどでアフガニスタンやイラクという戦闘の最前線に送り込まれる。12週間で兵士になったのかどうかと言えば、これを見る限り、兵士と言うより本格的な兵士訓練に耐える精神と体を作っただけのように見えた。まだあどけない顔で無邪気に夢や希望を語る若者たち、このまま戦場に行けるわけがない。この後でも、沖縄やアメリカの別の場所で、海兵隊としての訓練が続く。

<ただ、そうは言っても軍隊の訓練は若者を凛々しくする> 最初はばらばらで小さかった掛け声が、訓練と共に大きくなった。整列した彼らにかける教官の言葉は、常に大きな声を出せだ。全編をBGMのように、「イエッサー」と言う揃った大きな力強い声が支配する。終盤になるほどそれが敏捷になってきた。何も考えず、上官の命令には即座に返すその声で自らを鼓舞し、仲間と一体化する様。訓練の主体は、絶対服従の徹底と円滑な集団行動を身につけることに見える。そうして彼らは戦争の入り口に立つ。後に控える本格的な訓練、兵士になるとはどんなことなのだろう?

<インタビューに答える新兵達の真摯さ>誰もが、入隊は自分の可能性を試したかったからと言い、ここの訓練で自分を成長させて、未来の職業選択肢を広げ、大学にも行きたいと答えるのだ。でもその前に、彼らには4年間の兵役が待っている。アメリカが中東紛争に絡んでいる今、過酷な戦地へ送られる可能性が高い。命の保障はないのだ。なのにそれを尋ねられても、任務を遂行するだけと穏やかに答える彼ら。事態が解かっているのかと心配したいような顔もあれば、答えられない面倒なことを上手に避けて返す知性派もいた。家族が自分を誇りにしていると答える彼らが、自分や家族の不安を口にすることはない。

<戦場と平和な町の倫理観は>180度違う。兵士の最高の美学は、題名の通り「ONE SHOT ONE KILL」だ。でも人は人を殺せるようには出来ていない。人を傷つけてはいけないと言う倫理の枷を、戦場で迅速にはずせるようになるのが、兵士になるということだろうか。訓練で精悍になった彼らの顔が、実際の戦闘でどのように変わるのか、見るのも想像するのも怖い。

<丁度今、マット・デイモン主演の>「グリーン・ゾーン」がヒット中だ。こちらはイラクで大量破壊兵器の捜索に当る陸軍の上級准尉を主役に、アメリカとイラクの陰謀を描いたもの。銃弾の中で真相を探る兵士と、兵士を操る軍と政府上層部の物語になっている。米軍も1枚板ではない。命を危険にさらし正義感に燃える現場と、部下の危険など顧みず安全な場所でもっと大きな野望に蠢く上層部。ドキュメンタリー出身のポール・グリーングラス監督は、ノンフィクション作品もあるジャーナリストだけに、映画にも真実を求める。イラク攻撃の大義名分だった、大量破壊兵器の保持に関する情報は、現実でも、虚偽だとか上層部に近い色々な所の関与が噂された。CIAすら偽情報に踊らされ、一流ジャーナリストまでが偽情報を掴まされていやおうなく陰謀に一役買うなど、滅茶苦茶。でもこんなことがあったのかもと想像させる。

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(C) 2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

<「ハート・ロッカー」で手持ちカメラの>ブレを利用し臨場感を出した、バリー・アクロイドを撮影監督に向かえ、有名俳優がいなければドキュメンタリーと間違うような、迫真の展開。米国でもヒットしたこんな映画を見ながら、それでも兵士に志願する若者たち。彼らを駆り立てるものは何なのだろう。対照的な2本から、アメリカとアメリカ軍の現実が浮かび上がります。(犬塚芳美)

    「ONE SHOT ONE KILL-兵士になるということー」は
        5月29日(土)から第七藝術劇場(06-6302-2073)で上映
      * 29日、30日、監督とプロデューサーの舞台挨拶があります。詳細は劇場まで。

        「グリーン・ゾーン」は全国で上映中


《アメリカ軍に絡んだ豆知識》
・アメリカの人口は約3億1500万人。アメリカ軍の兵士は2009年末で約150万人。このほかに州兵46万人、予備役が120万人いる。
元兵士の数は2000年の国勢調査で約2650万人。18歳以上の成人人口の約13パーセントに当る。このうちベトナム戦争時代の兵士は840万人。
・アメリカで1年間にホームレスを経験する人は約350万人。(2007年推計)元兵士の比率は推計25~40パーセント。退役軍人省の推計では3人に1人となっている。
2001年~2009年10月までに、イラクやアフガニスタンに派遣された兵士は200万人以上。複数回派遣された兵士は約79万人。戦死者が5347人で、負傷者は36571人に上る。2002年~2007年の退役軍人病院を受診した人の3分の1が精神疾患。5人に1人がPTSD。イラク・アフガン帰還兵のホームレスは、3700人以上だ。

< 凄まじい数字が並ぶが>、同じ藤本幸久監督に、そこの辺りを掘り下げた「アメリカー戦争する国の人びと―」という8時間14分に渡る超大作がある。戦争に参加させられた人びとや家族にとって、一生戦争は終わらない。「ONE SHOT ONE KILL-兵士になるということー」が戦争と軍隊への入り口を描いているとしたら、「アメリカー戦争する国の人びと―」はその出口を描いている。「行きはよいよい帰りは怖い」と言う歌がある。生き延びれたとしても彼らには戦争の傷跡と過酷な社会が待っているのだ。
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映写室「トロッコ」川口浩史監督インタビュー(後編)

映写室「トロッコ」川口浩史監督インタビュー(後編)
 -芥川龍之介の世界から台湾に舞台を移して-

<昨日の続き>
―距離が近いというなら、子供たち同士が馴染んでいくシーンとか、誰々さん宅の子だねと言うシーンとか、そうですよね。脚本は13稿とか14稿とかあったと、伺いますが。
川口:そうなんです。書き直すのが大変でした。古い建物も残っているし、最初は原作の「トロッコ」のままの、大正時代を描こうと思っていたけれど、亜熱帯だから植物が違う。これは無理だなあと思い出すんだけど、線路を見つけた時に、それを作ったのが日本人だと言うのを知りました。しかもそれを教えてくれたのが、地元の、日本語を話すおじいちゃん、おばあちゃんだったりするんですよ。「何なんだ、これは?」と面白くなって、原作からはなれて現代の物語にしようと頭を切り替えました。でもおじいちゃん、おばあちゃんの物語がおもしろいもので、色々調べたりして、どうしてもそっちへ行ってしまう。(本来やりたかったのは少年の成長物語なわけでしょう)と言うところで、何度も軌道修正しながらでした。でもそれがあまりに長くて、途中で、「若い世代はおじいちゃんのように親日的ではない。あまりにも日本人の側から書かれている」と向こうのスタッフに言われるんです。どうしてそうなるかと言ったら、「監督が日本人だからじゃあないの」と。僕としては「親日」を事実として見ているつもりで、その辺りの意識はないんだけれど、違和感を与えては失敗する。台湾の人にも普通に感情移入して見てもらえる作品にしたい。途中から日本人の方向からだけ書いていても駄目だと気付き、台湾の脚本家に入ってもらいました。台湾の今や、家族のあり方がどうなのかを聞き、弟夫婦が出てくることになるんです。若い世代はめざましい繁栄を見聞きするものだから、日本より大陸への憧れが強く、これからどうすればいいのかを模索していますから。おじいちゃん、おばあちゃんは彼らを包み込む存在であるという位置に止め、そのバランスをとるのが難しかった。

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©2009 TOROCCO LLP

―どうしても自分の国の視点になってしまうのは解かる気がします。考えてみると、長男が日本人と結婚したというのは、両親に複雑な思いも残しているのでしょうし。
川口:日本の人と結婚することに抵抗はないんですよ。でも、その長男の嫁が、長男の遺骨を持ってくるというのに罪がある。現代の日本は、どちらかと言うと女系家族になっていて、子育てを助けてもらおうと、女性の実家の近くに住む。男性の親と一緒に住むケースは少なくなりました。でも向こうの長男は親と一緒に住むのが当然。まだまだ家族主義だから、長男の嫁は外で働いたりせず、家にいなくてはと言う思いも強い。そこのところがちょっと違うんですよ。そんな向こうの事情を、台湾の脚本家のアドバイスで入れていきました。果してくれた役割は大きかったです。

―物語が台湾に育てられたと?
川口:そうですね。まさに育てられた感じです。色々な人の意見を聞き、どんどん話が膨らんで行き、生き物として映画が出来て行ったと。
―そんな人間模様も、リアルで温かくて素敵ですが、この作品の一方の主役、台湾の素晴らしい自然、溢れるような緑にも圧倒されました。
川口:緑は本当にきれいです。森に入っていくと、晴れているのに、肌がしっとりしてくるというか。森全体が溢れるばかりの瑞々しさなんです。それに、映画にも映っていますが、すぐにスーッと霧が出てくるんですよ。そこら中霞んできて、幻想的で、オーッと思いました。気温の差でこうなるんでしょうが、日本にはなかなかない情景です。

―目にしみるような緑と対照的な、おじいちゃんの家の温かい白熱灯が素敵でした。他の台湾映画でも白熱灯の灯りが印象に残っているんですが、ライティングでしょうか?
川口:いや、意識的なものではありません。あれは台湾で日常的に使っている電灯なんじゃあないかなあ。予算の関係から、今回はジェネレーターもない。すべて家の電気で撮っているんですよ。撮影のリー・ビンビンは、元々ほとんどライトをたかない。出来るだけ自然に撮りたい人なんで、そこにある光だけをそのまま撮っているんです。夜にしても、薄暮という、日が沈む瞬間を狙って、夜の青さを出したりしている。結果としてそれが反映されたのではないでしょうか。あまり灯りがあるわけではないんだけれど、家の夜のシーン、子供たちが帰ってくるシーンとか、灯りが外の青と対照的に浮かび上がり、象徴的になりました。

―台湾の情景は少し前の日本のよう。郷愁をそそられます。
川口:そうなんですよ。初めてなのに、日本から行くと懐かしい感じを受ける。それは良さとして映像の中に生かしたいなあと思いました。現代をやるんだけれど、懐かしい感じというのは出したかったんです。
―古い家とか、線路とか、よくあんなところが残っていましたね。
川口:もちろん台湾でも少なくなっています。おじいちゃん達と同じ様に建物もなくなってきました。特に西側は、新幹線が通っているのでもうかなり開発されて、こんな所は探し出せない。これは台湾の真ん中辺りの東側です。あまり観光客が行かない所なので、これをきっかけになるべく行って欲しいなと思います。

―これもですが、このごろ良い台湾映画が多く、台湾をもっと知りたいと行ってみたくなります。
川口:僕が思ったのは、そういう時に、僕の撮ったものが入り口になれば良いなあということです。若い人だと、台湾が何処にあるかも知らない。香港と台湾の違いも解らないんです。かって日本統治を受けながら、中国や韓国とは違う、頭ごなしに日本が悪いとは言わない人々。こんな台湾があり日本と繋がりがあるのはどうしてなのかと、疑問を持ってもらう入り口になって欲しい。日本の統治とか、日本語教育とか、国内の民族争い等が加わり、彼らのアイデンティティが生れるわけですが、全ては入っていません。1本の映画で描くには長すぎますからね。そこの部分は自分で学んで欲しいのです。出来るだけ少年の成長に絞って、最初「トロッコ」でやろうと思った事に帰結しました。ただし、現代の物語だけれど、懐かしいというのはやりたいと思いましたね。
―それは台湾の持っているものでもあると?
川口:その通りです。初めて行ったのに、日本人の僕には懐かしい感じを受けたところが沢山ありました。それはよさとして映像の中に生かしたいと思ったんです。

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©2009 TOROCCO LLP

―どうして「トロッコ」が好きなんですか?
川口:あの少年が僕自身なんですよ。
―なるほど。脚本の書き直しを続けながら、これでいけると思ったのは何時でしたか?
川口:2008年の4月に、世界中からのオファーでとても忙しいリー・ビンビンが、「8月なら空いているよ」と連絡をくれたんです。そこで決めました。キャスティング、脚本と、全てがここに向かって一気に進んでいくわけです。そんな意味でもこの作品は、リー・ビンビンが強力な吸引力になってくれました。
―今まで組んできた監督たちは、これを見て何とおっしゃいましたか?
川口:篠田さんは見に来てくださって、よかったよと言ってくださったし、奥田映二さんは試写室から出て来る時、「○だぞーっ」て(声音も真似て、手のジェスチャー付で)言ってました。五十嵐さんは、ご自分でも結構東南アジアのドキュメンタリーを撮っているので、「地元の人たちと一体になっている感じが出ている」と言って下さいました。皆さん共通するのは、僕を知って下さっているので、人柄が出てるなあという言い方をしていました。後、「良い所で撮っているなあ、台湾にこういう場所があるのかあ」と言う驚きですね。皆さん東側は知らないんですよ。

―川井郁子さんのバイオリンが印象的ですが。
川口:ええ。川井さんのバイオリンは情感が深くて特徴的で、すぐにそれと解かりますよね。彼女のアジア的なスケールで、バイオリンが胡弓に聞こえる時もあります。もともと川井さんには、日本の童謡を弾いた凄くいいアルバムがあって、僕も日本の童謡を残したいと思っていたので、シンパシーを感じていたんです。ロケハンの間も川井さんのそのアルバムを常に聞きながら、イメージを広げていきました。脚本を渡してお願いしたのですが、最初イメージしたのが、(子供が森の中を彷徨っている時、森と言う母親が包んでいる感じにして欲しいなあ)ということです。
―最初の頃の新幹線のシーンで、バイオリンから入るじゃあないですか。あの瞬間にやられました。その後は、とても心地よく、映像と一体化して包まれるようにバイオリンを聴きました。台詞だけでなく、そういう音楽や映像、間が雄弁な作品ですね。
川口:最初はもっと台詞が沢山あったんです。でも現場で役者さんが台詞を言うと、(あ、これはいらない)と気が付いて、削っていきました。特に台湾のスタッフには、日本語で言っても解らない。そうすると、「台詞で言っても感情がこもっていない。それよりは、立ち止まってむくれてるだけの方が、ずっと表現として豊かだ」とか言われる。尾野さんとも、そういうディスカッションをいっぱいしました。台湾のスタッフの判断はありがたかったですね。

―ところで、長男の名前が敦、次男が凱ですが、これは日本の名前と台湾の名前をつけ分けたとか?
川口:いや、単純に自分の子供たちの名前です。男の子3人なもので。3番目がケイと言うんですが、今小1だけれど、丁度第1稿を書きはじめた時、凱の年齢でした。身近な子供たちを見て、色々参考にしたところはあります。ラッシュを見せたら恥ずかしがっていました。自分の名前を連呼されますからね。母親についても、妻を参考にしてるところがあるかもしれません。家族は一番想像しやすく感情移入もしやすいですから。
―芥川の「トロッコ」から随分広がりましたね。
川口:そうですね。イギリスから技術を導入して、鉄道が敷かれるわけですが、芥川は、そんな風に始まる日本の近代を、描きたかったんだと思うんです。近代の色々な技術を手にいれた時に、日本は台湾に鉄道を敷くわけですよ。で、そのレールが廃線になったところに、平成の日本の男の子が行くというのが、タイムスリップしたようで、芥川に対する思いになっているかなと。子供たちにゴム草履を履かしたり、髪を切らせたりしたのも、昭和の匂いをつけたかったから。芥川は日本の将来に悲観的だった。そんな悲観的な中でも希望を持たないといけないというのを描きたかったんだろうけれど、僕はもう少し積極的に映画で希望を描きたい。土門さんが撮った様な無垢な子供たちに、現代の子供をタイムスリップさせたかった。そんなイメージを持って、日本の近代の希望をどう描くかを、僕の中の目標にしていたんです。描き切れているかどうかは解かりませんが。(聞き手:犬塚芳美)

《作品の感想とインタビュー後記:犬塚》 
 <この作品には父親が出てきません> 冒頭すぐに、父親の遺骨を届ける算段をしています。では父性を感じないかと言ったら、親子を見守るようなカメラワークに感じる。手出しはしないけれど、妻の孤軍奮闘を心配しながら、支えてくれそうなおじいちゃんや弟に繋ぎ、子供たちの背後にも、未来へと背中を押すような父性を感じるのです。それはそのまま監督の眼差しなのかも知れません。この親子は何とか生きていける、大丈夫だと思えました。
 <そんな物語の背景を彩る>、台湾の情景が素晴らしい。昔馴染みのように親しみやすい人々、瑞々しい緑、温かい家の灯り、森の中を走るレール、又台湾ファンが増えそうです。14稿という作業でも解かるように、監督は丁寧に仕事を進めるタイプ。確かな思いを持って、粘り強く実現していくタイプだなあと、感服しました。奥田映二さんの物まねが抜群で、仲間内では評判のはずです。


この作品は、5月22日(土)から梅田ガーデンシネマ、
      7月京都シネマ、9月元町映画館 にて公開

映写室 「トロッコ」川口浩史監督インタビュー(前編)

映写室「トロッコ」川口浩史監督インタビュー(前編)
 -芥川龍之介の世界から台湾に舞台を移して-

 台湾の美しい自然を舞台に、少年の成長と家族の形、台湾と日本の関係とかを描いた、叙情性豊かな作品が公開になる。篠田正浩、行定勲等、名だたる監督の下で助監督を務めた、川口浩史さんの初監督作品だ。芥川龍之介の「トロッコ」を撮ろうと思ってから3年。入念なシナハンを繰り返すうちに、何時しか台湾に魅せられ、物語が独り歩きし始めたという。川井郁子さんの情感溢れるバイオリンに乗って流れる映像は、何処か懐かしくて優しい。古きよき時代を思い出す。失くした何かを探しに、台湾に行きたくなった。川口浩史監督に撮影秘話や作品への思い等を伺います。

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(4月20日 大阪にて)

<その前に「トロッコ」とはこんな映画>
 ある夏の日、敦と弟は台湾人の父の遺骨を届けに、初めて父の生まれた台湾の小さな村に行く。台北で暮す父の弟夫妻と、日本語を話すおじいちゃんに迎えられた。父から貰った古い写真を見せると、おじいちゃんは遠い目をする。素直に甘える弟に対して、敦は寂しさも甘えたい思いも胸の内に収めるが、母親はそれに気づかない。あるきっかけから、日本に帰ろうとトロッコに乗って森の奥に入る敦たち。家では母親が帰ってこない2人を心配していた。


<川口浩史監督インタビュー>

― 一生懸命子育てをしているお母さんの心情がよく伝わってきました。長男と次男の扱いの違いとか、リアルですよね。夫に遺された母親にとっては、頼れるのは長男だけ。まだ幼いのに、どうしても大人扱いして、子供として守ることを忘れてしまう。2人が森から帰ってきた時、次男を抱きしめながら、心配のあまり思わず怒ってしまう母親に、「僕、いないほうがいいの?」と尋ねる。いじらしくてほろりとしました。母親が抱きしめる思いは、そのまま観客の抱きしめたい思いに重なります。長男役の少年が又良いですよね。腫れぼったい目とか、内向的な長男そのもので。
川口浩史監督(以下敬称略):あの子はあのまんまの子です。いつも本を読んでいて、想像力が豊かなんですよ。間の取り方が上手かったですね。対照的な次男は、甘え上手で無邪気そのもの。お母さんと長男の関係って、だいたいこうなんではないでしょうか。弟を自分が守らなくてはと言う責任感や、甘えたいのに我慢している長男の寂しさを、彼が上手く表現してくれました。

―大人の何気ない言葉を子供流に解釈して、後先も考えずに森の奥に入って行ったり、勝手に子供だけで帰って来るところとか、ハラハラしながらも、(そうそう、男の子はこんな無茶をするもんだ)って思いました。
川口:少年が大人になるって、ああいうことだと思うんですよ。憧れによって自分の今までの行動範囲をどんどん超えていく。でも恐怖と不安を覚えて又戻ってくる。それの繰り返しで、自分の位置を確認しながらその範囲を広げて行くのだと思うんです。この作品の元になっている芥川龍之介の「トロッコ」では、たった1日の中で、そこのところを、とても上手く表現している。少年の成長物語として大好きなんです。主人公の少年は僕自身ですから。

―お母さん役の尾野真千子さんも、お綺麗で儚くて素敵でした。
川口:尾野さんは、最初会った時、「子供を育てた経験がないから不安です」と言ったんです。でも僕は「不安で良いんです」と返しました。何故かと言ったら、それが今の日本のお母さんだと思うからです。今、日本のお母さんたちは、子育てが凄く不安になっている。役をやる不安と、お母さんの持っている不安は同じだと思っていて、不安なままで撮影が始まり、尾野さんがどう母親をやれば良いかを戸惑う様子を、そのままドキュメンタリーで撮っていけば良いと思いました。最終的に子供を抱きしめるけれど、不安なお母さんだからこそ抱きしめる事にドラマを感じるんで、安定していて母性を感じる女優さんだったら、予定調和になってしまって、其処にドラマは生れない。だから「そのままやってください」と言いました。僕も子供がいるんで、子育ての大変さは解かる。一生懸命子供を育てているお母さんを何とか応援して上げたいんです。一生懸命でもなかなか上手く行かない所があって、新聞を見ると、この頃凄い事になっているじゃあないですか。どうすれば良いんだろうと思って、これに繋がりました。

―なるほど。ここでは良い形で、親子の間におじいちゃんとおばあちゃんが絡んできますね。このクッションが良かった。昔人間で頑固なおじいちゃんが良い味を出しています。
川口:あの方はさすがに上手いですよね。何気ない仕草にすら情感があると言うか。子育ては大変なんだけど、子供と母親の間に何かがあると、追い詰められない。母親の不安を、ここではおじいちゃんとおばあちゃんが、大きく包んでやんわりと受け止めますよね。しかも愛情を注いでも見返りを求めない。出て行く親子を、寂しくても引き止めず、そのまま送り出すことが出来る。おじいちゃん、おばあちゃんは、自分で自分の人生を、全うしているなあと、そこのところを弓子は感じとるわけです。「私、自分で選んできたのに、ちゃんとしてないんですよ」という台詞を言わせたんですが、2人の人生を見てると、ついそう思ってしまうのではないかと。実は僕も、地元のおじいさんやおばあさんに会った時に、そう思ったんです。ちゃんとやるということを定義するなら、このおじいちゃんたちが最後なのではないかなあと思いました。亡くなっても、3回忌位までは自分のお金で始末が出来るとか。以降の人はなかなか同じことは出来ないんじゃあないかなあ。

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©2009 TOROCCO LLP

―そうかも知れません。ところで、台湾の方は日本人によく似ていますね。顔形もありますが、持っている感情も日本人に近いというか。これを見て感じました。それって風土のせいでしょうか? それとも、昔の日本語教育のせいもあるのでしょうか?
川口:風土だと思います。台湾には日本と同じ様な風が吹いている感じがしました。食べ物もそうなんですよ。台湾料理って、味付けが薄いのに旨味はしっかり付いている。油っぽくなく、素材の自己主張が静かにしっかりされる。それが台湾の人と話している時の印象と同じなんです。

―なるほど。言われてみれば確かにそうです。台湾料理店は流行っていますしね。日本人にとっても、食べやすくて美味しい。味覚も近いのでしょう。日本人としての従軍経験のあるおじいちゃんが、軍人恩給を貰えないという不条理と、それへの怒りが出てきたりはしますが、それにしても全体のトーンは親日的です。日本の統治時代があるのに、中国や朝鮮半島とはずいぶん違いますね。温かくされるのは、やはり日本人としてホッとします。
川口:それも捉え方だと思うんですよ。台湾の人たちの気風は、確かに日本人に近いと思います。しっとりした感じを受けるのは、彼ら自身の持っている感情が、攻撃的でなくしっとりしているからでしょう。ただ、言い方が回りくどくて、本心が解かりにくいんです。遠まわしだから、言ってる事が本音かどうかはこちらが推し量る必要がある。このあたりも、日本人と似てるかもしれません。不幸な過去にもかかわらず、親日的なことを言ってくれる彼らが、日本に対して複雑な思いを持ってないかどうかは別なんです。おじいちゃんにしても、最初日本を褒めるけれど、自分の中には複雑な思いがある。その部分を僕としてはやっぱり汲み取りたい。すぐに言わないのは、本音を遠まわしに言うという彼らの特性でもあるんですよ。もちろん、彼らの紳士さであり優しさでもあるんだけれど、そういう風に見えて、実は別の思いもあると言うのが僕らの驚きでもある。遠くにいる外国の方が、日本語を喋るというのは不思議ですよね。僕はそれに驚き興味を持って色々なことが始まっていきました。

―ええ。日本との歴史が滲み出てきます。そんな事がありながら、それでも親日的でいてくれるのが台湾なんだなあと言うのも伝わってきました。もちろん、それに私たちは答えないといけないんですが。そんな具合に、この作品には台湾への愛が滲み出ていますが、元々台湾がお好きだったのでしょうか?
川口:いや。恥ずかしいですが、何も知らなかった。元々僕は、芥川龍之介の「トロッコ」が大好きで、それを撮りたかった。でも、日本には線路が残っていない。そんな事を「春の雪」を撮ってる時にボソッと言ったら、撮影監督のリー・ビンビンが「台湾には残っているよ」と教えてくれたんです。で、合計6回、延べで6ヶ月間、台湾各地にシナハンに行ったんですが、行く度に台湾が好きになりました。スパやグルメと、台湾を好きになるのは女性が多いんだけど、どうしてかなあと思ったら、人が親しみやすいんですね。日本人のような遠慮がないというか、電車で隣に坐っただけの知らない人でも、「このカバン良いね」とか気軽に声をかけてくれる。驚いたけど嬉しかった。人と人の距離感が近くて、それが凄く楽なんです。心地良い距離感だったので、それを表現したいなあと思いました。(聞き手:犬塚芳美)
<明日に続く>

この作品は、5月22日(土)から梅田ガーデンシネマ、
      7月京都シネマ、9月元町映画館 にて公開

映写室 新NO.52パーマネント野ばら

映写室 新NO.52パーマネント野ばら 
 ―原作者、西原理恵子のふるさとでのロケ―

<人は生きているだけで切ない> 切ないくせに、誰かを恋せずにはいれないから、もっと切ない。西原理恵子はそんな人間の本質を、これでもかと言うほどクールに見る作家だ。その痛みを自分に引き寄せて、時にはそれに塩を塗りこむような自虐性もある。なのに零れる人への愛しさ、愚かな存在へ乾いた目を向けようとする作者の、乾き切れないウエットな心が覗けて、複雑極まりないところが良い。
<もう何作目になるのだろう> 彼女の本が又映画化された。今回は大人の女たちの可愛さと愛しさが満載の、サイバラワールドの決定打だとも言われる、叙情性で一歩抜きん出ている作品だ。撮影は西原の出身地、高知の港町で行われた。この空気感で育ったからこそ、あのサイバラが誕生したのだと、少し解かった気がする。監督は、「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」の吉田大八。サイバラと共振している。龍馬だけじゃあない、南国の町の明るい光と空気感、土佐弁の温かさと人情を見て欲しい。

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(C) 2010「パーマネント野ばら」製作委員会

<海辺の町の小さな美容院「パーマネント野ばら」は>、離婚して一人娘を抱えて戻って来たなおこと、その母が切り盛りしている。今日も女たちが日常の憂さを晴らす。土地柄なのか明け透けな恋愛話が多く、小母ちゃんたちも女現役だ。でも皆男運が悪い。母の再婚相手は別の女の所へ行ったきり、友達のみっちゃんは浮気性の夫に貢いでばかり。ともちゃんはギャンブル狂の超駄目男に振り回されてきた。でもなおこは、高校教師のカシマと密かに付き合っている。

<サイバラの作品に優等生は出てこない> 過剰だったり欠けていたりと、皆どこかおかしい。でも無上の優しさも持つ。そんな不器用さや弱さを嫌いながら、どこかで愛している作者。痛切ないというのがぴったりのような、独特の世界観を持つサイバラワールド、今回もそんな登場人物で一杯だ。

<なおこに扮するのは菅野美穂>少し頼りなげで透明感のある存在が、濃~いこの物語の中で際立って、最初から少し浮いた存在だ。それこそが、なおこの立ち居地だった。何かがこの町に似合っていなくて、都会的な匂いも残るが誰もそれを咎めない。時が来たらこの町を出て行く予感もする。離婚までに何があったのだろうと想像した。柔らかな微笑、娘との穏やかな会話、心を傷つけて、それをリハビリするように、生まれた町で静かに暮しているのが伝わってくる。
<と言っても>、表立って母親は何も労わらない。強気を見せることで、か細い娘と孫を守るのがこの母のやり方のようだ。夏木マリが金髪に染めたパンチパーマで、原色のいかにもな服を着て、肝っ玉母さん振りを見せる。その圧倒的なインパクト、田舎に行くと確かにこんな、センスが良いのか悪いのか解からないような美容師さんがいると可笑しくなった。でも外観のやんちゃぶりに反して、この母は細やかだ。町にたった1軒の美容院だからと、ゴミ屋敷に住む老人も見捨てない。がに股の歩きぶり、ドーンと構えたところ、海辺の町で暮らし、全てを自分で引き受け、色々なものが自分から毀れて行くのを、それでも良いと肝を据えて乗り切った女の姿だ。夫が他所の女に走って寂しくても強気は崩さない。こんな母がいるからこそ、なおこはふんわりと生きていける。

<皆が都会に出て行く町で>、残っている女たちも半端じゃあない。誰もが何かの理由で残ることを選び、湧き上がる外への憧れを封印し、ガサツを装うことで乗り切ってきた女たちだ。あけすけなセックスの話や痛い男漁りが何だと言うのだろう。この土地に残り、生き抜くほうがもっと大事。過剰に剥き出した人間性は、何かに目を塞ぎ生きる為の方便だった。

<スリムになって>、こんなに横顔が美しかったのかと見とれさせるのは、友人のみっちゃん役の小池栄子。スナックを経営して、ひも状態の夫に自分の従業員に手を出されても追い出せない。殺傷沙汰を繰り返しながらも、又小遣いを渡してしまうのは、一人になるのが怖いから。自分から恋する思いが消えたら生きていけない。あの夫を追い出しても、この町の男たちは同じようなものなのだ。そんな夫を気遣う言葉が泣かせる。「今度は愛があるんじゃなかろうか?」愛がなければ浮気も何とか許せるのだ。だって又自分のところへ帰ってくるもの。気風よくなおこや母親に接するのは、未来の肝っ玉母さんの片鱗。一人で生きる時間がきっと彼女を、なおこの母親のように変えていくと思う。

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(C) 2010「パーマネント野ばら」製作委員会

<超ダメ男に引っかかってばかりの>池脇千鶴演じる、ともちゃん。何処かが壊れていて、何とも痛々しいけれど、痛々しいと言う言葉を跳ね除けるような確信性。こんな不思議な存在を納得させるのは、実力派池脇ならばこそだ。この町ならばお金のないどん底暮らしでも何とか生きて行ける。このゆるさが好きなのだろう。彼女はこのサイクルから抜け出る術を知らないし、抜け出す気もない。

<この町で埋没しそうな女ばかりの中で>、たった一人、なおこはカシマと幸せそうに見える。時期が来たら皆に祝福され、羨ましがられながら新しい生活を始めていくのだろう。娘の成長を待っているのか、離婚したなおこにまだ心の傷が消えないのか…、何て想像していたら、旅館で転寝した辺りから観客は戸惑いの中に放り込まれる。物語は意外な展開を始めるのだ。
<さあ、ここからが演技派>菅野美穂の本領発揮。全ての事象が別の側面を見せ始める。もちろん周りの演技派たちも負けてはいない。それでも生きていれば良い。生きているだけで幸せ、明日は明日で何とかなると、誰もが温かく包み込む気配。「パーマネント野ばら」は癒しの場所だった。

<女達が主役の物語に>、個性的な男優達がアクセントを付ける。いやいや、それは当然のこと、恋する女たちの相手は必ず男だ。高校教師のカシマに扮する江口洋介は、大きな体がなおこをそのまま包み込むよう。白衣が似合って無骨な風情もある。存在自体がこの物語の中の光なので、後半はなおさら切なさが増す。
<母の再婚相手に扮する宇崎竜堂は>まさにこの町の男だ。優しいのか無責任なのか解からないが、とりあえず目の前の女には優しい。彼が去っても意地を張り通す母は、誰より彼を理解しているようにも思う。不思議な重量感で物語を引き締める。後の男たちも凄まじい。スロットマシンのコインを残して餓死するともちゃんの男、チェーンソーを振り回す男、サイバラの毒はユーモアを加担しながら随所にちりばめられている。

<独特の毒気が効いてくるサイバラ作品に>、こんなにも惹かれるのは、私がすぐ隣の県で生まれて育ち、彼女が誇張する前の、この地の駄目さと温かさを熟知しているからかもしれない。それを露悪的に表現して世に出たサイバラ、そこに行き着くまでの思春期の彼女の頑張りと苦しみが解かる気がするのだ。駄目な故郷を嫌いながら、その嫌う思いが彼女を育てたという事実。「女の子ものがたり」も良かった。でも、土地に残り続けた女たちへの柔らかなエールは、なおさら心に染みる。いつか人生に疲れたら、「パーマネント野ばら」のあるような町に帰りたい。(犬塚芳美)

この作品は、5月22日(土)よりシネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、
                MOVIX京都、シネ・リーブル神戸で上映

映写室 「星の国から孫ふたり~「自閉症」児の贈りもの~」槙坪夛鶴子監督インタビュー(後編)

映写室 「星の国から孫ふたり~「自閉症」児の贈りもの~」槙坪夛鶴子監督インタビュー(後編)
 ―時代に要請されながら、「共に生きる」事を訴え続ける―

<昨日の続き>
―思いの深さですねえ。
槙坪:「若人よ」、「地球っ子」と、このシリーズで結局3作作ります。2作目は1作目の監修をしてもらった広島の産婦人科の先生の本を元に作ったんです。高校1年生が主人公で、広島を舞台に、妊娠、中絶、性行為感染症、HIVも入れました。大体私は時代の要請にあわせて映画を作る。3作目は、血友病の患者が、非加熱の血液製剤のせいでHIVに感染する話です。当事大騒ぎでした。偏見で血友病という言葉さえ使えなくなっているから、この問題について、子供たちからお年寄りまで解かる映画が欲しいと言われて、小2の子を主人公に作ったんです。

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©2009 星の国から孫ふたり製作委員会, 企画制作パオ(有)

―子供たちに向けた3部作の完成ですね。
槙坪:ええ。そうこうするうちに自分の体が悪くなってきて、「わたしがSuki」からは、車椅子で仕事をするようになりました。これは援助交際の話で、自分の事をもっと好きになって欲しいというのがメッセージです。先生たちが、「援助交際をやってるのが解かっても、覚せい剤をやってるのが解かっても、止めなさいとは言えない。自分の体なのに何が悪いと言われたら言い返せない」と言うんです。エンコーだけでなく、覚せい剤、レイプ、HIVの問題も出てくるけど、これらは全部繋がっているんですよ。私の作品で一貫しているのは、「共に生きる」という事です。自分の命を大切に、人の命も大切にして、どうやって生きていくかを考えて欲しいと。自分の体を大事にしたいなら、薬物にしても止めるしかないでしょう? 私は押し付けるのは嫌だから、自分は何がしたいのか、何が出来るのか、自分で考える映画にしたい。だから、大人がこんなに真剣に自分たちのことを考えてくれる映画は初めてだと、子供たちには大評判ですよ。

―ええ。そうしてテーマは介護問題になっていきますね。
槙坪:そうこうするうちに、大阪の母の認知症が始まり、私自身に介護問題が降りかかってきたのです。「老親ろうしん」を作ったのは、まだ介護保険なんて誰も知らない頃だから、制作発表は勉強会のようでした。完成した時に丁度介護保険が出来るんです。こんなものを公開しても、誰も見に来ないだろうと思っていたのに、岩波ホールで2ヶ月のロングヒット。こんなに親の介護に困っている人がいるのかと驚きました。それまで話題にもならなかったですしね。皆自分には関係ないと思っていたし。私は何でもやることが早過ぎるんですよ。で、その門野さんに自閉症のお孫さんが出来、彼女が体験を本にしたことから今回の映画が出来るんです。
―門野さんのお孫さんが自閉症でなかったら誕生しなかった映画ですね。
槙坪:そうですね。自分が病気を持っているので、難病ものは作りたくないんです。当事者でないと辛さは解からないし、一人一人症状が違う。そういうのを現すにはドキュメンタリーもある。自分は作りたくないと思っていました。でも門野さんが電話で色々言う。アメリカと行ったり来たりの子守で大変だと。危険だから24時間目が離せないし、拘りが強くて、コミュニケーションが取りにくい。言葉がなかなか出ない。だから、行って助けてやらざるを得ないと。見た目で解からないから、この障害の事をいくら説明しても理解されない。解ってもらうには映像が一番。自閉症を扱った映画を作ってと、言うんです。それにアメリカは支援体制が充実してるけど、日本は遅れている。それも知らせて欲しいと言ってましたね。原作者に背中を押されました。

―言葉は知っているけれど、状態については、たいていの人がおぼろげにしか知らないのでは。
槙坪:色々報道はされていますけどね。親子心中、虐待等の事件の背景には、発達障害とかがあるんじゃあないかとも言われます。でも、事件は報道されるけれど、障害に対する無理解から、障害ゆえに加害者になったり被害者になったりの、根本的な問題は取り上げられない。映画の中にもあるんですが、当事者にとって何が辛いって、世間の冷たい目だと。「親のしつけがなってないんじゃあないか」と責める様な視線が怖くて、外に連れて行けない。だから親が隠し、回りにいないから、余計に世間の人は知らない。実は隠されているけれど、発達障害の境界上の人は、映画で言っているよりも、もっとたくさんいます。
―保母をしている友人が、この頃驚くほど増えていると言っていました。
槙坪:原因はまだはっきりとは解からない。でも多い。今解かっているのは、生まれながらに脳の機能の発達にばらつきがあり、障害になっているという事です。事件があると、報道が一つの方向にばかり流れて、それを解明する切り口を見つけられない。原因があって結果があるのに、報道の人は勉強不足です。例えば、事件を起こした人がアスペルガーだと、報道でアスペルガーという言葉だけが独り歩きして、アスペルガーというだけで怖がられたりする。

―そうですね。でもこの作品の、可愛い人形劇や、心の思いを吹き出しで表現する手法で、ずいぶん解かりました。
槙坪:人形劇は木島知草さんで、彼女はエイズ問題をよく上演するから、エイズおばさんと言われている方です。私の作品に出てもらうのはこれで3本目で、彼女と相談して子供たちにどうすれば解かって貰えるか工夫しました。
―馬渕晴子さんの扮した、祖母にあたる作家や子供の両親が、前向きで明るく素敵ですねえ。大変なのに大らかで、こうありたいものだと憧れます。皆がほのぼのとしてユーモラスでもありました
槙坪:映画は常に希望を持てるように作りたいんです。当事者は色々な悩みを抱え、本当はもっと暗くて大変だとは思うけれど、こういう発想が出来れば良いなあと思えるような、光が見える映画にしたいのです。可哀想、気の毒という他人事で終わって欲しくない。障害を持っていても、共に生きることは出来ます。隔離された所ではなく、地域の中で、地域のネットワークで支えあって、その人らしく暮すことが出来るはず。それには自分は何が出来るか、これを見た人に感じて欲しい。何にもしなくても良いから、障害を知り、「大変だけど、親も子も頑張ってるね。私たちも応援してるよ」と温かい目で見守ってくれるだけでいいんです。温かい眼差しが、どれほど当事者達を元気付ける事か。そんな事を、この映画を見た人は、少なくとも一人には伝えて欲しいのです。

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©2009 星の国から孫ふたり製作委員会, 企画制作パオ(有)

―ええ。所で、パニックになる寸前のシーンのスローモーションや、吹き出しの言葉ですが、事実に即しているのでしょうか?
槙坪:多分そうだと思います。色々な資料を読んで、彼らはどうもこうであるらしいと知りました。当事者の言葉から知った事もあります。彼らにはどうも私たちの見てる世界とは違う物が見えるらしい。目や耳から、私たちより情報がたくさん入ってくるらしいんです。耳を塞ぐのも色々な音が入ってくるからだし、目を合わせられないのも、見ると光としてダーッと一度に色々な情報が入ってきて処理できないから。人が歩いているのが10倍位のスピードで見え、ぶつかりそうで怖いから地面だけを見て歩くという人もいます。色にしても淡色なのに色々な色になってパーッと飛び込んでくるという人もいますね。ぴょんぴょん飛び跳ねる人は、どうも体の感覚が解からないかららしくて、飛び跳ねて確かめているらしいんです。彼らは世間に対応できないから、恐怖心で暴れるんですよ。自閉症は文字通りの閉じこもりではなく、他人をシャットアウトするんだけれど、自分の出す音は平気なんです。海外の表現“オーティズム”というのは、自分本位という意味ですしね。

―体が触れ合うとか、コミュニケーションが苦手なんですよね。
槙坪:でもそれらも慣れると平気になっていく。苦手な、人とのコミュニケーションも、信頼関係を築き緩やかに慣れて行けば克服できるんです。治育と言うんですが、長い時間をかけて、触れあいながら学んで軽くすることが出来る。予想外の事が起こるとパニックを起こすけれど、パニックを起こすことが障害なんだなあと、ゆっくり待ってあげられるのが社会のゆとり。周りがパニックにどう対処すれば良いかを学び、見守ってあげるのが大事だと思います。

―そこのあたりは、これを見るとよく解かりますよね。所で監督は、時間と共に、映画の事を話されると共に、お元気になっていかれます。さっきと比べても全然違う。お顔の色まで良くなってきました。
槙坪:有難うございます。こうしてお会いする皆さんからエネルギーを頂いているんでしょう。先日も長野の上映会なのに高熱が出て、本来なら寝てないといけないところを、ひえぴたを張って出かけました。でも講演の頃には元気になったんです。上映会に行くと、色々な皆さんが来て下さるでしょう? 「実は娘の子供が自閉症で…」とかおっしゃる方がいたりと、当事者の方が実に真剣に見て下さる。苦しくても出かけていくと、皆さんからエネルギーを頂けます。これが「共に生きる」ですよね。ありがたいことです。ぜひ大勢の方に御覧頂き、自閉症の事を知っていただきたいと思います。(聞き手:犬塚芳美)

《作品の感想と、インタビュー後記:犬塚》
 <静かに丁寧に、「共に生きる」と言う>思いに行き着くまでの半生をお話下さったので、少し長いのですがそのまま載せる事にしました。女性の生き方としても先駆的な方だと感動です。それにしても、槙坪監督のパワーには驚く。隣の中平悠里助監督に「心配でしょう?」と尋ねると、「体調が悪くても上映会となると無理をして出かける。後押しすればいいものか、病院にお連れしたほうがいいものか、迷うこともあります。でも上映会の後はいつも元気になっているのですよ」と笑いながら答えて下さいました。制作現場もこんな風に乗り切られたのでしょう。
 <2人の自閉症の孫を>、星の国から来た王子様とお姫様と、新鮮な目で例える作家。そんな母の視線に励まされ、大らかに明るく2人を受け止める若い両親。全編をゆとりとユーモアが覆い、何とも温かい作品です。こんな風に生きたいなあと憧れました。
<やっと国民皆保険に進んでいくアメリカですが>、先日の「プレシャス」といい、この作品の自閉症児へのサポート体制といい、弱者への配慮は日本よりずっと進んでいます。弱肉強食の競争社会だけれど、そこからこぼれた人には手厚いサポートをする。どちらが良いかはともかく、日本は中途半端だなあと、社会の仕組みを考えました。


 この作品は、5月22日(土)より第七藝術劇場で上映
      5月22日~28日(金) 12:35~、16:35~
      *22日と23日には監督の舞台挨拶があります。
      その詳細や29日以降の上映スケジュールは劇場まで(06-6302-2073)


*「星の国から孫ふたり~「自閉症」児の贈りもの~」を自主上映しませんか?
  詳細はパオ(03-3327-3150)まで
 
   
  星の国から孫ふたりサイト: http://hoshinokuni-autism.com
  パオ公式サイト: http://www.pao-jp.com

映写室 「星の国から孫ふたり~「自閉症」児の贈りもの~」槙坪夛鶴子監督インタビュー(前編)

映写室 「星の国から孫ふたり~「自閉症」児の贈りもの~」槙坪夛鶴子監督インタビュー(前編) 
  ―時代に要請されながら、「共に生きる」事を訴え続ける―

 この作品は、門野晴子さんの『星の国から孫ふたり―バークレーで育つ「自閉症」児―』を原作として、自閉症児とその家族について描いたもの。「自閉症」という言葉は知っていても、実態は掴めず、言葉だけが独り歩きしている感もある。でも、当事者の心の声を、吹き出しにしたり、人形劇を使ったりして示されると、私たちとの違いが想像できます。これを見て、『親も大変、子も大変と知り、「でも私たちも応援しますよ」と言う、温かい眼差しを向けて欲しい』と言う、槙坪夛鶴子監督にお話を伺いました。

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(4月16日 大阪にて)

《その前に「星の国から孫ふたり」はこんな作品》 
 作家の弓子はバークレーから帰ってくる娘、陽子夫婦と3歳の孫を、大喜びで迎える。でも孫はまだオムツが取れず、「デュワイン、デュワイン…」と不思議な言葉を発するだけだ。自閉症と診断され、落ち込む陽子。育児を助けながら、弓子は孫の不思議な世界に関心を抱く。エリートサラリーマンだった陽子の兄も、会社を辞めて発達障害の勉強を始める。二人目の孫が生まれるが、又自閉症と診断され…。


《槙坪夛鶴子監督インタビュー》
―(車椅子の監督に)遠い所までお疲れ様です。
槙坪夛鶴子監督(以下敬称略):こんにちは、どうぞよろしく。ずっと高熱が続いて、おかゆしか食べれない状態だったので、今日ここに来れたのは奇跡のよう。久しぶりに生きている気持ちです。この頃あちこち体の具合が悪くて、いいところは気持ちだけですから。
―それでも冷めない映画への情熱が凄いですね。
槙坪:情熱と言うより、情と熱の間です。私はご覧の様に車椅子だし、いっぱい障害を抱えて、皆さんに助けられて生きています。そんな状態でも、今自分に出来る事、やりたい事は何かと考えたら映画しかない。この10年間、具合が悪くなればなるほど、伝えたいという思いが深くなるのです。私は7本映画を撮っていますが、5本は親の介護をしながら作りました。母が生きている間は死ねないと思っていたけれど、それもある意味で生かされてたわけでしょう? 母が亡くなった後は、今度は自分の体が輸血をしないと駄目になった。長い間入退院を繰り返し、薬を飲み続けたものだから、糖尿病や血液を作れない体になってしまったんです。この映画の撮影中は何とか2週間に1回でよかったけれど、去年の10月位から更に悪くなって、輸血が1週間に1度になった。実は昨日も輸血を受けたところです。つまり私の場合、大勢の方から命の元を貰って生かされていると。昨日も先生に1週間後にお会いできたら奇跡ですねと言ったくらいで、今は一瞬の命のその極点の中。だから、情熱と言うより、情と熱の間で生きていると。

―情熱を超えていますね。今までも、弱者の命や生きる事をテーマにしたものを作られていますが、そういう視点を持たれるのは、小さい頃から体がお弱かったとか?
槙坪:いいえ、小さい頃は強かったんです。疎開して、野山の中を駆け回って大きくなりましたから、とっても丈夫だった。そんな私がどうしてこうなったのか解からないけれど、両親の離婚騒ぎとかありましたからね。小4で大阪に引っ越してきて、高校は北野高校。大事な思春期は淀川の水で育ちました。駄目と言われたのに、淀川で泳いだりもしたんです。一人っ子だから一人遊びも好きだけれど、皆と一緒も好きでした。私がやることで皆が付いて来ると言うか。
―リーダータイプだったと?
槙坪:どうでしょうねえ。駄目といわれた事は何でもするんだけれど、見た目が良い子なんで、叱られたことはありません。映画も一人で行ってはいけない時代で、先生も親も全校生徒にそう言うんだけれど、私だけは「貴女は大丈夫」と言われる。大人びていたと言うか、大人が勝手に信頼していたのでしょう。だから逆に、信頼を裏切れなくて、それなりにきちんとしました。自分でコントロールしますよね。

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©2009 星の国から孫ふたり製作委員会, 企画制作パオ(有)

―勉強もお出来になって、大人が一目置いていたのでしょうね。
槙坪:私がやる事は仕方がないと見逃してもらえたようです。でも、一方で苛められっ子でもあったんです。都会から田舎に疎開してますからね。一人っ子だから、寂しいとかの自分の心の内を打ち明けられる人もいないし、孤独でした。両親の離婚騒ぎがあるとは誰も知らないでしょう? 親友にもそんな事を言って煩わしたくないしね。それを紛らわすように、小、中、高と演劇に打ち込みました。自分で主演し、演出をしたんです。中学校では演劇部を作ったし、高校も演劇部に入りました。

―演劇少女だったんですね。そのまま早稲田の演劇学科に進まれたと?
槙坪:本当は医者になりたかったんです。でも早く家を出てアルバイトで自活したくて、それには医学部は無理だなあと思ったんです。で進路に迷い、1年間位自殺願望を抱えて鬱々としていました。その後で、演劇を勉強できるところもあると知って早稲田に進みます。19歳で学生結婚をするんだけど、彼は商売をしている家の長男だったので、大家族に入って家業を手伝いながら、学生も続けた。学校に行くのはどうしても受けないといけない授業だけ。そんなことで無理をして、22歳の時にリュウマチで倒れるんです。治療をしながら学校へ行くの繰り返しで、又無理をしてたら、今度は相手に彼女が出来て別れる事になる。この間は働いたといっても自分の自由になるお金は皆無でした。米倉斉加年さんに相談したら、自立しなさいと映画の世界を紹介されたんです。

―演劇少女がとうとうこの世界に入ったと。
槙坪:ええ。でも映画の世界に入ってもまだ半人前。経済力もなくて、子供がいたんですが、どうしても渡してもらえなかったんです。この時期、ある意味で人生のどん底を味わいました。弱いというのはこんなにも弱いものかと思い知り、自分は人間以下だと情けなくなりましたね。でも気が付いた事もある。それまでは一生懸命に尽くせば解かってもらえると思っていたけれど、自分1人頑張っていれば良いと言うものではない。相手との関係の中で、嫌な事は嫌と言い、して欲しいことはして欲しいと伝え、相手と一緒に、どう生きていくかが大切だと気が付きました。「共に生きる」という事ですよね。一人っ子ですから、それまで争わなくても自分の言う事は何でも通ったし、仲が悪い両親の中にも「共に生きる」なんて思いはなかったんですよ。相手の言う事もちゃんと聞き、自分の事も伝えるという関係が大事なんだなあと、初めて知ったわけです。

―大きな挫折、転換期ですね。
槙坪:ええ、この頃の思いが後々の映画に生かされているかと思います。映画の世界に入っても、封建的ですから、色々差別的な事がありました。まだ女性はほとんどいない時代で、仕事といっても、男性が感じたものをどう表現するかのお手伝い。女性の視点との違いを感じて、おかしいんじゃあないかと思っても、なかなか言えません。いつか映画監督になったら、女として母親として感じた事を、映像で表現したいと思いました。2度目の結婚をして、子供が3年生の頃、少女歌手の飛び降り自殺がありました。これにものすごく衝撃を受けたんです。「自殺」というのは自分の中にずっとあった思いだけれど、(そんなに簡単に死ねるもんじゃあないよ)と思っていたから、本当にショックでした。しかも、全国で13人位が後追い自殺をするんですよね。

―そんなことがありましたね、思い出しました。私もショックを受けたものです。
槙坪:苛めによる自殺もありました。「このままだと生き地獄だよ」という遺書を残して死んだでしょう? 子供が死ぬ時代なのかと驚きましたね。丁度テレクラが始まった時代で、性教育をどうしようかと皆が迷っていた。母親として、息子に大人になって人を傷つける人になって欲しくないし、傷つけられて自死もして欲しくない。そんな思いを胸に、初めての映画の企画をあちこちで話していたら、性教育をどうやったら子供たちに上手く伝えられるか迷っていると、色々な人から言われたんですね。で、そんな映画を作ることに。少なくとも我が子には解かって欲しいという思いから、「子どもたちへ」という題名になったんです。これが凄い反響で、結局次々と作る事になりました。(聞き手:犬塚芳美)
<明日に続く>

この作品は、5月22日(土)より第七藝術劇場で上映
      5月22日~28日(金) 12:35~、16:35~
      *22日と23日は監督の舞台挨拶があります。
      その時間と29日以降の上映スケジュールは劇場まで(06-6302-2073)


*「星の国から孫ふたり~「自閉症」児の贈りもの~」を自主上映しませんか?
  詳細はパオ(03-3327-3150)まで
 
 
星の国から孫ふたりサイト: http://hoshinokuni-autism.com  
パオ公式サイト: http://www.pao-jp.com

映写室 新NO.51 9<ナイン>~9番目の奇妙な人形

映写室 新NO.51 9<ナイン>~9番目の奇妙な人形 
     ―ティム・バートンのもう1本―

 <「アリス・イン・ワンダーランド」が>大ヒット中のティム・バートン監督だけれど、プロデュース作品では、もっと不思議な世界が出現している。これが凄い。見逃せない。今まで見たことがないような、始めて体感する世界なのだ。
 <麻のずた袋で出来た>、なで肩の奇妙な9体の人形が繰り広げる物語は、人類滅亡後の未来社会。手作り感一杯の、古さと新しさが混合した映像は、どうやって作ったのかも解からない。ストップモーション・アニメの様でもあり、CGの様でもあり、まるで動く立体絵本だ。深夜に、部屋の片隅の人形達が繰り広げたパラレルワールドの様でもある。まずはスクリーンで、腰を落として短い足でよたよたと、時には敏捷に動く彼らに出会って欲しい。ただし物語は複雑だ。人形達が、自分たちが生まれた意味を探るという、文明も風刺したちょっと高尚なファンタジーは子供よりは大人向きかも。其れを横において、映像展開だけでも、遊び心一杯のクリエイティブな世界が堪能できる。地中だけでなく未来へも潜り込んで欲しい。

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(C) 2009 FOCUS FEATURES LLC.ALL RIGHTS RESERVED.

 <古びた研究室で奇妙な人形が目を覚ます> 麻袋を縫い合わせた体、お腹の大きなジッパー、背中には9の文字がある。廃墟を見回してきょとんとしていると、背中に2と書いたボロ人形が現れ、自分は仲間だと言って、9を喋れるようにしてくれた。でも襲い掛かってくる機械獣に、2は9を庇って連れ去られる。気を失っている間に、同じ様な仲間が次々と現れた。どうやら9体いるらしい。

 <元々はUCLAの学生だったシェーン・アッカーが>、卒業制作で作った11分の短編だったと言う。2005年のアカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされるや、ティムは造型の妙や物語の独創性に惹かれ、プロデューサーとして全面的にバックアップ。建築とアニメの修士号を持つアッカーは、豊かな発想と理系的センスを映像に忍び込ませて、5年をかけて新しいテイストの長編に仕立て上げた。物語の背景の、人形の生みの親になる博士、創造主がアッカーという訳だ。だからなのか、まだ学生気分も残り、趣味に走って労を厭わない。凝り性の理系器質が露見して、知的な匂いがプンプン。多分試行錯誤したアッカーの作業部屋自体が、最初のシーンの古びた研究室のようなのだろう。

 <この作品の魅力は、なんと言っても人形達の体を作る、麻の温かさだ> 体のラインにしなってユーモラスな事。考えてみると麻袋は大好きなアイテムだった。コーヒー豆の入っている荒い麻袋、通称ドンゴロスは特に味わい深くて、コーヒーの輸入ショップで皆が競って貰い受けたものだ。この作品はそんな温かさに包まれている。圧巻がとろんとした背中と肩の表情で、気が付くと奇妙な人形達に命を感じていた。

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(C) 2009 FOCUS FEATURES LLC.ALL RIGHTS RESERVED.

 <9体の人形はどれも大きな目をしている> 目と言うより、毒ガスマスクをそのままくっ付けたようで、その瞳の動きで心の内を感じさせられた。心細そうな動き、驚いた表情、探るような瞳、何処がどう違っていたのだろう。その時は納得していたのに、今となっては解からない。体だって、廃墟のそこら辺で拾い集めたもので出来ている。継ぎ接ぎだらけで、麻袋の皮膚の上に、真鍮や手の銅版細工と金属の種類も色々、手縫いの縫い目、ガラス玉、針金、全ての素材の温かさを感じる作品でもあるのだ。壊れたら何処かから部品を調達して、工夫して直してしまう。なんかそんな全てが温かい。

 <同じ様な材料なのに>、9体それぞれに宿る個性、その妙を楽しむのもみそだ。頑固なリーダー、お人よしの老人、好奇心旺盛な双子、小心者、風変わりな芸術家、勇敢な女性戦士、腕力自慢、博士の渾身の思いを込めて最後に作られた、我らが9は勇敢で直情型。ちょっと向こう見ずでも、他の8体に勇気と方向性をもたらすのが役目だろうか。まるで社会の縮図だけれど、時にはいがみ合い、友情も芽生えと、人形なのに人の心をもっている。う~ん、しかし人間の心って? 博士の思いで人間のしでかした後始末に送り込まれた人形達。…なんて理屈より、ともかく映像を楽しみたい。結末だって、映像のトーンだって決して明るくはないけれど、若々しい才気走った所が全てをカバーする。ティム・バートンだって、結局はこの煌めきにやられたんだと思う。ワンダーランドと言えばこれほどのワンダーランドはない。3D全盛の時代に、別の贅沢さと奥行きを見せてもらった。ヒットした自作の陰に隠れるプロデュース作品、ティムも複雑な心境だろう。映像が全てでレビューを書き難く、露出が少ないのも痛い。(犬塚芳美)

*声優はマーティン・ランドー、ジェニファー・コネリーやイライジャ・ウッドとハリウッドの看板スターを並べて豪華版。吹き替え版全盛の時代に、アニメながら字幕のみで攻めているのも好感度高し。

この作品は、シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、
      なんばパークスシネマ、MOVIX京都等で上映中

映写室「書道ガールズ!! 私たちの甲子園」舞台挨拶レポート

映写室「書道ガールズ!! 私たちの甲子園」舞台挨拶レポート    
―今をときめく若手女優陣の競演―

 四国の片隅の、紙の生産量日本一の町に住む女子高生たちが、書道で町おこしをする!?と言う、ダイナミックな実話が映画になった。女子高生たちに扮するのは、成海璃子、山下リオ、高畑充希、小島藤子、桜庭ななみ、と言う、今をときめく若手新進女優たち。一足早い試写会での舞台挨拶のレポートです。5人が揃った壇上は、ぱっと花が咲いたよう。ガールズパワーが炸裂しました。

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(4月19日 大阪にて)

―皆さん一言ずつお願いします。
成海璃子:本日はありがとうございます。大変だった書道シーンも、稽古して、吹き替えなしで、ぜんぶ自分たちでやりました!  墨をつけると筆が20キロくらいになるんです。最初は持ち上がらなかったけれど、撮影が始まると気合で持てましたね。筆は振り回すし、紙は広いし、普通に半紙に書くのとはぜんぜん違うので、大変です。全身を使うから、筋肉痛で大変でした。

山下リオ:書道は撮影が始まる1ヶ月前から練習したんです。最初は上手く書けなくて苦労しました。私も筋肉痛が凄かったです。
桜庭ななみ:書体が役によって違うので、先生がそれぞれにあわせて教えてくれました。でも皆、最初は一から始めたんです。段々字も複雑になり、紙も大きくなりでした。この頃携帯やパソコンを使うから、大体メールですよね。漢字とかほとんど書かない。でもこれに出て、手書きって味があると言うか、いいなと思いました。リオちゃんは撮影の前に気合を入れるので、面白くて真似してました。

山下リオ:私の役は感情でそのまま書く子なので、最後に筆が逃げる時も、グーで行ったんです(と、書く仕草をやってみる)。5人でいつも一緒にいたので、そういう現場はあまりないから新鮮でした。劇の中の彼女たちの、書道を通して何かに突き進んでいく姿がカッコいいと思いました。
小島藤子: 5人で書くと楽しくて、皆一緒でよかったなあと思いました。撮影中はいつも一緒で、俳優同士というより家族のようでした。何しても楽しいと言うか。

成海璃子:とにかくずっと一緒でした。撮影が終わっても、ご飯も一緒、寝るのも一緒で、こんなことって珍しいですよね。周りに何もないところなので、皆でしりとりとか卓球とかして遊んでましたね。小島さんが強いんですよ。
桜庭ななみ:それと、よく話しました。ガールズトークと言うか、お馬鹿な話ばかりしてました。男の子の話はなくて食べ物の話ばかり。それでも私たちって盛り上がれるんです。この映画で教えられたことと言うと、映画の中では皆で結束して事に当るんですが、普段も自分一人ではなく、皆に助けてもらって生活しているんだなあと感じました。結束力は凄いですよね?(と、成海さん)

成海璃子:……?(きょとんとして間が空き、笑いが)
高畑充希:私は仲がいいと思っていたんだけれど、この間は何だろう? 後で聞いてみたいと思います。(笑) 私は大阪出身で、15歳までこちらにいました。こうして家族や親戚とかに、仕事で会いに来れるのが嬉しいです。実は今日は両親が来ています。恥ずかしがるので何処にいるかは言えませんが。私が演じたのは凄いキャラの濃い子なんで、恥ずかしさを捨てることを覚え、度胸がつきました。

成海璃子:撮影の前から毎日一緒に稽古していたので、関係性はもうその頃から出来ていましたね。でも、毎日墨だらけになるんです。2つしかないシャワーを取合いっこしました。
山下リオ:汚れ方が半端じゃあないんです。爪の間にも入ったりする。こうしたら取れるよとか、秘伝を皆で伝授しあいました。

成海璃子:劇中の自分たち書道部も、自分と言うより、町の人たちの為に、皆の為にと言う思いがあるんだけれど、私たち俳優部としても、自分の為ではなく、この作品の為に頑張りました。見ていただく方には、そんな事とか、何かを感じてもらえればいいなあと思います。

…と、思い思いの衣装で華やかに挨拶。皆に元気を振りまいて、ガールズパワー全開でした。(レポート:犬塚)

<「書道ガールズ!! 私たちの甲子園」とはこんなお話>

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(C) NTV

 愛媛県にある紙の生産量が日本一の町。折からの不況で活気を失った町に元気を取り戻そうと、地元高校の書道部員たちが、大きな半紙に大きな筆で、音楽にあわせて流れるように字を書くと言う“書道パフォーマンス甲子園”を開くことを思いつく。でも部員同士の不協和音や大人たちの反対と、色々な困難が。それを跳ね除けて一生懸命に頑張る部員たち、大人もいつか巻き込まれて…。感動実話と躍動感溢れるパフォーマンスが楽しめる。

  この作品は5月15日(土)より全国でロードショー

映写室 新NO.50 17歳の肖像

映写室 新NO.50 17歳の肖像
 -私を変えた男-

 <少女は少しずつ大人になる>わけではない。何かをきっかけに突然大人の世界に足を踏み入れて行くものだ。そんな水先案内人を、ミステリアスな年上の男性が果たしてくれたらどれほどときめく事だろう。男性の側からすると、美しい少女にそんな役目を果たすのは、永遠の夢かもしれない。ここではそんな夢物語が展開する。
 <面白いのは、少女の両親までが>、少女以上にその夢物語に魅せられて、我が子の背中を押す所だ。少女と両親の高揚感と、外から見たその危なっかしさ。まるで「マイフェアレディ」のような華麗な展開も、少し醒めた目で見ると別の側面が見える。両方に感情移入しながら、60年代のイギリスの風物詩も楽しんだ。清楚な制服姿と60年代ファッションを着こなし分けて、その初々しさでオードリー・へプバーンの再来とまで言われる新星キャリー・マリガン、彼女の魅力を堪能する作品でもあります。

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<舞台は1961年のロンドン>
 高校生のジェニーは、雨宿りをしていて、「君のチェロが心配だ。チェロだけ載せるから車の横を歩いて」と、高級車に乗る男性、デイヴィッドから声をかけられる。彼の紳士的な態度とウエットに富んだ会話に魅せられ、気がつくとジェニーは助手席に坐っていた。数日後、町で偶然デイヴィッドを見かけるジェニー、声をかけると今度は音楽会と夕食に誘われる。問題は彼女のオックスフォード進学だけを夢見る堅物の両親だった。でもデイヴィッドの巧みな話術で両親は陥落、後には1泊旅行まで承諾する。


 <こんなシチュエーションで誘われて>、ときめかない少女がいるだろうか?あの雨の日に、ジェニーは魔法にかかってしまったのだ。フランスや大人の世界に憧れながらも、堅実で知的な高校生活を送っていたジェニーが、異次元に踏み込んでいく様が、彼女のときめきと一緒に描かれる。
 <楽しいのは>、少女ファッション一辺倒だったジェニーが、背伸びして、少しずつ大人のファッションを着こなしていく過程だ。しかもスタイリッシュな60年代のそれだから嬉しい。野暮ったい制服が何より素敵と思うのは大人世代の感覚で、少女にとっては大人のドレスは憧れの世界。着る物によって見えてくる世界まで違ってくる。そこは賢いジェニーのこと、知性を忍ばせて、階段を上がるように、一歩一歩その世界をものにしていく。高価な服で新しい世界に時めく少女、高揚感が手に取るように伝わってきた。

 <と言っても、ジェニーが得意そうな分だけ>、観客の方は何とも惜しい。もう取り返せないピュアな世界を、こんな中年男に汚されてとハラハラするのは老婆心と言うもの。少女の危うさ、大人の世界への憧れ、普通だったら戸惑いながら少しずつの所を、劇的に越えてしまう少女の物語だ。
 <ファニーフェイスを気にしていた>22歳のキャリー・マリガンが16歳の少女になって、両方のファッションを素敵に着こなし、繊細な心の内を表現する。16歳の初々しさに22歳の郷愁が加わっているのが、これほどジェニーを魅力的にしている由縁かも。

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 <こんな奇跡のようなことが>起こるのだと思っていたら、現代版「マイフェアレディ」はここからが凄い。悪い叔父さんは仮面をかぶってやって来る。ありえない現実をなし崩しに受け入れる主人公にハラハラしながら、観客の目が覚まされる。ジェニー駄目よ、戻ってきてと思っても、もう少女は毒薬に口をつけてしまった。
 <デイヴィッドを演じるのは>、瞳に曲者の影が消えない、ピーター・サースガード。何とも魅力的なはずのこの中年男に、最初から観客の警戒心が芽生えるのは、彼のせいだ。でもいつもは嫌いな彼に、今回だけは感情移入してしまう。平凡な家庭を持ちながら、いつも恋愛沙汰を起こす男。それでも妻が逃げ出さず、又新しい恋人も見つける男のだらしなさとその可愛さの両方が垣間見える。デイヴィッド自体が夢を生きる男。彼に夢を託したはずのジェニーだけれど、彼が夢を託したのはジェニーだったのだ。彼もまた人生の最初で躓き、現実ではなく、夢の中で再生を繰り替えした男だと思う

 <ところで、デイヴィッドとの出会いに一番浮かれたのは>、両親だったかもしれない。ビートルズ誕生前夜のロンドン郊外、保守的ではあっても、このまま進んでは何も変化のない生活に一番苛立っていたのは、もう子供にしか未来を託せない大人世代だった。まるで、娘のロストバージンの背中を押すような両親、自分たちが見れなかった世界をオックスフォード進学と言う形で娘に託し、今度は娘をさらおうとする異次元の男に託してしまう。ハラハラするけれど、現実だってこんなものかも。

 <この物語が素晴らしいのはこの後だ> ジェニーは泣き叫んだ後で、自ら立ち直っていく。この出会いを封印して人生をやり直せる賢さがあった。夢のような出会い、奈落のそこへ突き落とされた現実、両方を自分の成長物語ととらえるシニカルな視点が素晴らしいと思ったら、この作品は、イギリスで人気の辛口ジャーナリスト、リン・バーハーが雑誌に書いた回想録が基になっている。
 この出会いが彼女を生んだのか、彼女だからこの出会いを呼び込んだのか、私は後者に思えた。(犬塚芳美)

この作品は、5月8日(土)よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズ二条、
      後日シネ・リーブル神戸にて上映

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