太秦からの映画便り

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

映写室「ビルマVJ 消された革命」インタビュー(後編)

映写室「ビルマVJ 消された革命」インタビュー(後編)  
―原案・脚本のヤン・クログスガードさんを迎えて―

<昨日の続き>
―そんな状況下でも、この脚本を書くにあたり色々な方にインタビューされたと思いますが、どんな方に可能でしたか?
ヤン:前の自分の作品を作っている時に何百人という人にインタビューしました。沢山いるVJの中から、誰を使うかを決めないといけなかったんですが、勇敢な彼らにしても、個人的には話してくれても、録音し始めると話をやめるのです。国内では無理なのでインタビューは国外でしました。国外なら話してくれます。

―ところでヤンさんは、紛争そのものより、紛争が人々に与える影響に興味があると言われましたが、それはどうしてですか?
ヤン:個人的なことですが、私の父は第2次大戦下のドイツで育っています。彼が12歳の時に、酷い経験をして心に傷を受けるのですが、彼はその傷が癒えないまま大人になりました。それが私にも影響して来たのです。子供の私を守ってくれるはずの父親が、そういう風に出来ない状態でした。私は小さい頃から大人でいなければいけなかったのです。子供なのに、無邪気ではなく大人のように振舞わないといけなかった。それは辛い事で、凄く私に影響しました。権力とか欲望の為に、他の人を傷つけるのが凄く嫌なのです。それがきっかけとなって、ベトナム戦争がアジアの人々にどう影響を与えたのか、戦争で傷を受けた人々がどういう風にしてその傷を癒そうとしているかに興味を持ちました。


revolution_main.jpg
©2008 Magic Hour Films

―ええ。
ヤン:「ビルマVJ」を別の視点から見てみると、VJたちというのは、人間としての尊厳を保つために戦っている人々だと言えると思います。今の混沌とした社会で生きる私たちにとって、これは国境を越えた普遍的なテーマなのではないでしょうか。2007年9月のデモの時に、VJたちは個人で大変なリスクを冒して、デモの様子を撮影し、海外に送信しました。それがNHKなどを通して、私たちの目に入ってきたのです。こういう風に、撮影し、発信することによって、軍政の凄まじい弾圧を世界に見せ、それを通じて、実はVJたちは、ビルマの国民を守っていると言えると思います。と言うのも、もし撮影していなければ、2008年に同じように民主化のデモがあった時に、同じように弾圧されたかもしれません。1998年のデモの時には、ひどい弾圧で3000人もの人が亡くなっているのですから。前年の件で、デモの様子が世界に流れているのが解かっているから、抑止力になったと思うのです。そういう意味でも、VJたちのしたことは大変重要だったと思います。

―ええ、確かに。
ヤン:西洋医学は病気の患者を治しますが、東洋医学、漢方の考え方では、病気になる前、人が健康を維持する為に気をつけます。VJたちはその漢方の役目を果たしている。人々が悪い状況に落ちないように活動しているのです。そうではなくて、起きた事をそのまま報道するジャーナリストもいますが、彼らは違う。人として一番大事な事は、世の中で、人が癒されなければいけない状態に陥らないよう、そういう状況を避けるにはどうしたら良いかを考えることではないでしょうか。私は、暴力がない状態で生きるにはどうしたらいいか、常に考えています。

―アジアの問題が北欧を拠点に中継され、デンマークのヤンさんがこうして映画にしてくださるという事に、感謝と興味と共に、東洋人として情けなさも感じます。
ヤン:VJたちは、撮影するだけではなく、撮影したものについてコメントしてくれる人を探し、そのコメントを取らないといけない。デモとかの特別な事ではない、たとえば教養とかの日本だったら普通に話せる事も、ビルまでは言えないので、危険を冒してコメントを取り、映像も撮るわけです。で、通常は撮影したのとは別の人が、陸路で、ジャングルを抜け、川を渡って、越境しタイに入る。タイで仮の編集をして、そこからインターネット等でオスロの本部に送られ、そこで映像を完成させ、そこからロンドンに送られ、そこから衛星を使ってビルマに戻っていくわけです。これは通常の場合で、ビルマではインターネットが使えないから、なかなか難しいのですが、緊急の場合は衛星モデムを使って、ビルマ国内から直接オスロに送ることもあります。ただしこれは高いので、本当に緊急の場合だけ。長井さんが亡くなった時の映像はこれでした。

―あの映像は衝撃でした。ニュースで見ただけでしたが、今回細部にわたり詳しく映っていて、驚きました。
ヤン:長井さんのいたデモを数人のVJたちが撮影していたのです。あの9月27日には、長井さんの他にも沢山のビルマ人が亡くなりました。ただ、亡くなった所、撃たれた瞬間が映っていたのが、長井さんだけだったのです。軍政の際限のない暴力が、外国人にさえも及んでいると知らせる為に、あのシーンを映画に使いました。映像は沢山あったのですが、ぜんぜん整理されてなくて、何処で撮ったものか解からない。編集は何処の映像かを確認するところから始まりました。構成を考える上で、デモがどういう風に動いてとか必要ですから、グーグルアースを使い、撮影場所の確認に使っています。

―そういう風に実際にその場で撮った映像と共に、それらを繋ぐ再現映像が使われているそうですが? 今まで聞いた事のない新しい手法です。
ヤン:確かに新しいやり方でした。ただ、再現したのは実際に起こった事だけで。実際に起きたんだけれど、たまたまカメラが回っていなかった。そういう状況を映すために作りました。実際に起こったままに再現するように、細心の注意を払っています。再現映像はなくてはならなかったと思います。と言うのも、もしなかったら、ここまで人の心に訴える映画にならなかったと思うからです。ビルマにとって歴史的な出来事だったデモの様子を、世界中のなるべく多くの人に見て貰うには、必要な映像でした。

―もちろん、その撮影はビルマ国内ではないですよね?
ヤン:もちろんです。ビルマでそんな事をするのは不可能です。タイで再現映像を作りました。その中には150人のエキストラを使うような大規模なものがあり、秘密裏に撮影するのは無理だったのですが、タイの警察は凄く協力的でした。ロケをしたのは、デモから6,7ヵ月後ですが、タイ政府は普段ビルマ政府と友好的なんだけれど、さすがにこのデモの時に、お坊さんたちが殴る蹴るの暴力を受けるのを見て、(ひど過ぎる。これは受け入れられない)と思ったようで、協力してくれたのだそうです。
―そのタイが、大変な状態になっています。今ならどうでしょう?
ヤン:そうですね。その時だったからかも知れません。

revolution_sub3.jpg
©2008 Magic Hour Films

―デンマーク人のヤンさんがアジアに惹きつけられる訳は?
ヤン:偶然の産物だったと思います。子供の頃ベトナム戦争の様子を白黒テレビで見ました。母親が子供を守りながら爆撃から逃げようとしていたり、川を渡ろうとするシーンを見て、凄く衝撃を受けました。それがきっかけとなってベトナムを調べようと思い、アジア、それも東南アジアに関心が向いたのです。今はアジアのことに関心がありますが、それが何時まで続くかとかは解かりません。
―ビルマの軍事政権はまだまだ続くと思いますか?
ヤン:何時まで続くかは解かりません。1989年にベルリンの壁が崩れるのを誰も予想しなかった。もしかしたらそういう事があるかもしれません。ただ、軍政はすごく強い存在で、人々は恐れています。それでもVJたちは、一般の市民ではあるけれど、軍政が築き上げた壁にひびを入れている。そのうち、そのひびが大きくなって崩れるかもしれません。

―主人公のジョシュアは、何人かのVJから作ったものですか?
ヤン:いいえ、一人です。実際のVJで、映っているのも本当のジョシュアです。この映画のストーリーを組み立てていったり、再現映像を事実にあった状態で作れるように確認したりの作業を、ジョシュアと一緒に1ヶ月かけて行いました。今朝も電話で話したのです。もちろん、今ビルマにはいません。
―ジョシュアとはどのように出会ったのですか?
ヤン:VJたちは、VJになる前に、ビルマの国外で行われる、プロの経験者による、撮影の仕方とかを教える講座を受けないといけないのですが、その講座に行った時に、生徒の一人としていました。この映画を作るにはビルマの人を中心に持ってくるのが不可欠ですから、ジョシュアに会ってすぐ、彼と一緒に仕事をするべきだと気付きました。彼は魅力的で、面白くて、権力にも怯まない。話も上手いし、私と一緒でブラックユーモアのセンスもある。それ以上に大事な事は、我々がどういうものを作ろうとしているかを、すぐに理解してくれた事でした。共同製作者のようなものです。ジョシュアと一緒に仕事が出来て本当によかったと思います。

―最後になりますが、あまり知られていないビルマの日常について教えて下さい。
ヤン:生計を立てるのが大変な人が多いです。だからこそ、デモのきっかけは軍政が燃料の値段を急に上げたことでした。ビルマは停電が多いので皆家に発電機を持っていて、その燃料にガソリンを使っていたんだけれど、高くなったから、米を買うべきかガソリンを買うべきかと選択を迫られたんです。で、電気が使えなくなった。燃料が上がったので、バスの運賃も上がって、通勤が出来ないとかの問題も出てきました。収入も凄く低くて、月に20ドルあれば良い方なのです。そこら中に軍のスパイがいるから、うかうか言いたいことが言えない。言論の自由がないので、人々は本当の自分ではなく、魂の無い自分自身の影の様な存在になっていて、どうしたらこの状況を打開できるか考える余裕がありません。軍は国家予算の多くを軍事費や防衛費に使い、教育や医療にはほんの少ししか使わない。学校に行く人も少なく、病院とかの設備も劣悪なのです。

―まるで、伝え聞くところの北朝鮮みたいですね。
ヤン:ええ。でも北朝鮮はもっと悪いですよ。軍政は今年総選挙を行うのですが、アウンサンスーチーさんや、元政治犯のような、1回有罪判決を受けた人は選挙に出れないのです。今ビルマには2200人ほどの政治犯がいますが、彼らも参加できません。その中にはVJたちも含まれていて、皆、軍政の抑圧に抵抗した人々です。軍政は形だけの民主化を示し、自分たちに都合のいい選挙をやろうとしています。
―僧侶たちがこれからも引っ張っていくのでしょうか?
ヤン:僧侶たちも民主化活動家と協力して動いています。2007年のデモも協力して行いました。ただ、その時かなり打撃を受け、例えば映画にも出ていますが、VJに民主化についてインタビューされた僧侶は、みんな逮捕されてしまいました。今も収容されています。そのインタビューをしたVJは、自分がインタビューしたことで僧侶たちが捕まってしまったと凄いジレンマを抱えてしまった。いい仕事をしたい。でもいい仕事をすると、捕まるとかの被害を受ける人がいる。VJたちは何処まで尽くし、何処まで被害を受け入れるべきか、そこにジレンマを感じている状態です。

―ぜひビルマの方たちにも見せてあげたいですね。
映画宣伝担当者:この映画を見て心を動かされたら、ぜひVJたちを支援する活動をして欲しいのです。デンマーク政府はこの映画に助成金を出したりと、ビルマの民主化を支援している。日本政府はビルマの一番の援助国ではあるけれど、民主化運動とは逆の、軍事政府への支援なのです。ジャイカも入っているけれど、軍政のやりたいプロジェクトにお金を出している状態。デンマークやノルウェー、スウェーデン等の北欧諸国は、お金が本当に困っているところに届くよう、きちんと見極めて援助している。日本はそのあたりがルーズなような気がします。私たちはビルマについてあまりにも知らない。この映画を入り口として、日本とゆかりの深いビルマの民主化に、理解と協力をお願いしたいのです。(聞き手:犬塚芳美)

《作品の感想とインタビュー後記:犬塚》
 <あの時、長井さんが銃弾に倒れる映像>に驚いたものの、日々に流されて、記憶は薄れていく。アウンサンスーチーさんの事も知ってはいるけれど、ビルマと言うと反射的に、そんなすべてを忘れて、「ビルマの竪琴」とかの、僧侶の優しい姿を思い浮かべてしまうのです。軍政の横暴には驚きました。親日的な国だと勝手に親近感を持ちながら、本当に知らないことだらけ。少ない情報で解かった気になっている自分が恥ずかしくなります。
 <ヤン・クログスガードさんは>穏やかな方。インタビューでも繰り返し話されたように、暴力を嫌い、静かに平和的に抵抗し、人としての尊厳を大切にする方だと実感しました。衝撃的な映画ですが、根底にはそんな優しい思いが流れています。映画宣伝の方の、「この映画を見て心を動かされたら、ぜひVJたちを支援する活動をして欲しい」と言う言葉が耳に残りました


この作品は、6月5日から第七芸術劇場、
      順次京都シネマ、神戸アートビレッジセンター にて公開
スポンサーサイト

映写室「ビルマVJ 消された革命」インタビュー(前編)

映写室「ビルマVJ 消された革命」インタビュー(前編) 
 ―原案・脚本のヤン・クログスガードさんを迎えて―

 2007年9月、ビルマ(ミャンマー)から世界中に衝撃的な映像が届いた。大規模な反政府デモを取材していた、日本人ジャーナリストの長井健司さんが、銃弾に倒れる瞬間の映像だった。この国で何が起こっているのかと、驚愕したものだ。長井さんが死の瞬間まで回していたカメラとその映像は、未だに返されていない。民主化を求めて集まった数十万人の人々は、ビルマはあの後どうなったのだろう? そもそもあの映像はどうして映っていたのか? 喉元を過ぎて何時しか忘れがちなビルマの現状が、ドキュメンタリー映画になって届きました。アジアを拠点に取材を続ける、デンマーク人のヤン・クログスガードさんに、この作品とビルマの現状について伺います。

biruma-yan.jpg
(4月23日 大阪にて)

<その前に「ビルマVJ 消された革命」はこんな作品> 
 軍事政権によって外国人ジャーナリストの入国が制限される中、拷問や投獄のリスクを負いながら、情報を発信し続ける人々がいる。ビルマ民主の声のVJ(ビデオジャーナリスト)たちで、ジョシュアもその一人だ。小型ハンディカメラでこっそり撮影された映像は、密かに国外に持ち出され、無償で国際メディアに配信される。自宅軟禁中のアウンサンスーチーさんを訪ねるデモ隊、長井健司さんが撃たれて倒れる瞬間の映像もそうして世界に届いた。身の危険を感じて国外に逃れ、そこから仲間たちに指示を出すジョシュア…。


<ヤン・クログスガードさんインタビュー> 
通訳:秋元由紀さん(ビルマ情報ネットワーク)
―拝見して、大変衝撃を受けました。同じアジアにいながら何も知らないんだなあと、自分に呆れてもいます。ヤンさんはアジアでもう15年も取材をされているそうですが?
ヤン・クログスガードさん(以下敬称略):最近の5年間は確かにアジアに拠点を置いていますが、その前までは行ったり来たりでした。元々はベトナム戦争に興味があったんです。あの戦争が東南アジアの人々にどういう影響を与えてきたのかを調べたくて、アジアに来ました。「ビルマVJ」に出てくる問題は、ビルマの軍政のように、大変残虐な権力が振舞われた結果、人々が人間としての尊厳をどうやって維持していくかの問題だと思っています。私はそのことに大変興味があるのです。大変に屈辱的な状況にある中で、ある日人々がそれに気付いて、何とかしないといけないと考える。この作品にはそこからの行動が映っています。

―危険に身を晒し、知る権利を行使するのですから、確かに勇敢な行動です。カメラがぶれる度にハラハラしました。
ヤン:国民を抑圧するには色々な方法があります。メディアを統制することもその中の一つで、軍政は国民にわざと現状を知らせないという方法を使っていて、VJたちはそれに反抗して、国民に色々なことを知らせようとする活動をしています。抑圧に立ち向かうという意味で、彼らの行動はとても重要です。
―元々これの元になるような作品を、ご自身で作ろうとされたのですよね?
ヤン:ええ、「ビルマVJ」の前に「Burma Manipulated」と言う映画を作りたかったのですが、ある意味で失敗したので、あまり話したくないのです。ビルマについて、新しい語り方をすることが出来なかった。この映画を作る時、編集者にアプローチしても、「アウンサンスーチーさんが何か新しい事を言ったのでなければ、関わりたくない」と言われました。つまり、その時の私の企画には、誰も興味を持ってくれなかったんです。この失敗で、ビルマの映画を作るには、何か新しい角度から描くことが必要だと気付きました。そうした時に、ビルマ民主の声がBBCでテレビ放送を始めました。それまではラジオだったけれど、映像も流し始めたんです。BBCのテレビ放送を通じて、ビルマ国民が始めて、国の検閲を受けない、言いたい事を言い、伝えたい事を伝える映像を、国内で見ることが出来るようになりました。初めて国営テレビ以外のテレビ放送を見ることが出来たわけです。これの意義は大きくて、VJたちは、ビルマ国民に対して、現実を見る新しい窓を作ったと思っています。

revolution_sub1.jpg
©2008 Magic Hour Films

―2005年に始めて放映された時、政府はどのように対応したのでしょうか?
ヤン:開始当時から禁止されています。BBCの放送を見るのは違法なのです。見ているのが見つかると逮捕されます。ただ、衛星経由なので、軍政がそれを遮断することは出来ません。だから対抗策として、国営放送にもう1つチャンネルを増やし、中国や韓国のテレビドラマを、24時間放映し始めました。どうしても見てしまいますから、その間はBBC放送を見られないという訳です。(笑)
―ビルマ政府のやっていることがここまで酷いと思わなかったので、これを見て驚きました。映画では表現できないような、この映像以上の事も起こっているのでしょうか?
ヤン:もちろん映画に出てこない大変な事は一杯あります。情報統制がひどいと話しましたが、ビルマでは、会社とか組織ならいいのですが、個人でインターネットにアクセスする事は出来ません。インターネットカフェに行けば、使えることは使えるけれど、そこでも自由に閲覧することは出来ません。たまにインターネットカフェに、抜き打ちで捜査が入り、使っている人は止めないといけないし、何が映っているか、それまで何を閲覧していたかの履歴をチェックされます。政府に批判的な記事を見ていたり、ブログで書いていた場合は、大変なことになります。ひどいときには40~50年の禁固刑を受けたりします。「母」と言う意味のビルマ語「アウンサン」という言葉も、詩とかで使ってはいけない。と言うのも、「アウンサンスーチーさん」を連想するからです。赤ちゃんが初めて発する言葉かもしれない単語を使ってはいけないのです。それから、VJに所属する若い女性記者がお坊さんにインタビューするところを見つかって、逮捕され27年の禁固刑を受けました。

―酷いですね。もっと抗議すればいいのに、それにもかかわらず、軍政が続くのは情報統治のせいが大きいのでしょうか?
ヤン:確かに情報統治は軍政が続く理由の一つだと思います。もう一つが際限のない暴力です。国民に知らせない事が沢山ある。国民は嘘と知りながら、他に入ってくる情報がないので流されてしまうのです。国営メディアが嘘ばかりだというのは国民も知っている。じゃあ何が本当かと言えば、それも知らないのです。ビルマには、今、軍以外のエリートがいない。知識階級がほとんどいないので、変革を起こそうにも、まず知らないと始まらない。 

―知識がない状態だから続くと? 知識階級を作らないために、情報を与えないと? ビルマには大学はないのですか?
ヤン:大学はあります。でも大学に行き着くまでに、3年おきくらいに物凄く難しい試験があって、それを通らないと進級できない。それを落ちて再度受けるにも、3回までしか受けれないのです。何処かで3年のリミットを越えると、そこで学校が続けられなくなる。上に行けないよう、振り落とすシステムになっているのです。又大学も、あるにはあるけれどよく閉鎖される。抵抗勢力が出てくると、1学期丸ごととか閉鎖されてしまいます。閉鎖されなくても教育のレベルはとても低い。1学期に1冊しか本を読まないとか、その1冊も凄く古かったりです。もっともこれは一般人の大学の話で、軍の関係者には彼らだけが行く大学があるのです。だから軍関係者は知識もあるし武力も持っている。大学だけでなく、彼ら専用の病院もあるしお店もある。高官になると、病気になったらシンガポールの病院に入ったりも出来るのです。そういう風にして、軍人が国家の中の骨格を作っています。

―軍に入ることって凄いエリートですか?
ヤン:軍に入ることがエリートなのではなく、軍そのものがエリートなのです。ビルマには実業家もいますが、軍と親しくて政商のようなもの。中流階級はほとんどいません。少しはいるのですが、VJたちはたいていそこの出身です。ほん一握りの中に属し、一定の教育を受けたもので、視野の広い人たちがVJになるのです。
―国内に外国人はいますか? 取材しようにも東洋人の中でヤンさんは目立つのではと?
ヤン:多くはいませんがいることはいます。ほとんどが中国人で、中国はビルマの地下資源を狙っていて、政府をサポートしているから、その関係もあるのでしょう。私がビルマに入るときは観光客としてです。でもこの映画が出来た後は、目を付けられてもう無理ですが。

―観光客がカメラを回すのは大丈夫なのですか?
ヤン:普通の人が持っているようなカメラなら大丈夫ですが、プロが持っているような大きなものは駄目です。ただ、ものによっては撮ってはいけない。軍人とかは駄目だし、橋とかの戦略的に重要なものは駄目です。それと基本的には撮れるんですが、空港でチェックされ取り上げられる可能性もあります。撮影の他に、人と話すことも難しいのです。インタビューに答えてくれる人はなかなかいません。質問しても皆凄く怖がります。BBC以外にも、ビルマ国内向けにラジオ放送しているところは沢山ありますが、放送用に誰かにコメントを求め、答えているのが見つかって処罰されるということがありました。(聞き手:犬塚芳美)
<続きは明日>

この作品は、6月5日から第七芸術劇場、
      順次京都シネマ、神戸アートビレッジセンター にて公開

映写室 新NO.54マイ・ブラザー

映写室 新NO.54マイ・ブラザー
  ―地獄を見て帰還した海兵隊員―

 <先週の「ONE SHOT ONE KILL―兵士になること―」に>続いて、今週も兵士が主人公です。デンマークの女流監督スザンネ・ビアの「ある愛の風景」をリメイクしたもので、ハリウッド版は、叙情豊かな男女の愛の物語から、戦争とは何かに比重を移し、銃後の家族と帰還後の兵士が描かれる。男女の愛だけでなく複雑な家族の愛を問う形になりました。
 <戦場に行けば何が起こるか?> 決して口外したくない、戦争の非人間性と壮絶さが描かれるが、一方で安否を気遣う家族の苦悩も計り知れない。兵士は沖縄にも大勢いる海兵隊員で、その父親も元海兵隊員。しかもベトナムからの帰還兵と言うのが、アメリカ社会の苦悩だ。これこそがハリウッドが描くべき現実、表に出ない悲劇を映像化しています。

mybrother-m.jpg
(C) 2009 Brothers Production, LLC. All Rights Reserved.

 <海兵隊員のサムは>、妻と2人の娘に囲まれ順調な人生だ。銀行強盗の罪で服役中の弟トミーは、サムとは対照的に皆から疎まれる厄介者。でもサムだけは弟を見捨てない。弟が出所したのと入れ替わりに兄が戦場にいく。そして届いた訃報、絶望する皆を慰めるのは弟だった。そんな時、死んだはずの兄が別人のようになって帰ってくる。
 <妻と弟の仲を疑うサム>、陰気な父親に娘たちは「お父さんは死ねばよかった」とまで言う。戦場で何があったのか。おぞましい実態を少しずつ明らかにしながら、彼を支える家族の対応が描かれていく仕組みだ。


 <先週の《アメリカ軍に絡んだ豆知識》の中の>、帰還後の兵士を襲う苦悩について書いた箇所を思い出して欲しい。サムはまさしくこの通りに、精神を病んでしまう。家族がいなければ、ホームレスになるところだ。戦場とは殺さなければ自分が殺される場所。極限状態で生き延びるためにあらゆる試練をくぐるが、そのことが兵士の心を蝕む。戦場で行った行為は、帰還して日常生活に戻ると、自分ですら許せない非人道的なことだった。
 <「ONE SHOT ONE KILL」を美学とする>戦場と、人を傷つけてはいけない日常生活とのスイッチがそう簡単に入れ替われるはずもない。帰還後に自ら志願して又戦場に向う兵士が多いのも、怪物になった自分にはもうそこにしか居場所がないからだと思う。兵士の孤独の深さ、自分を憎悪しながら、苦しみを抱え込むしかない。その悲しみが痛ましいほどに伝わってくる。

 <退役軍人の父にも、ベトナムからの帰還後>、感情をコントロールできなくて家族に辛く当った過去がある。トミーの人生はそんな父親に歪められたものかもしれない。ベトナムから始まって未だに世界の紛争にかかわり続けるアメリカ、戦争の傷跡が2世代にわたり始めているのだ。プロデューサーや監督の、この作品に込める思いの深さがうかがわれる。

mybrother-ss.jpg
(C) 2009 Brothers Production, LLC. All Rights Reserved.

 <ところで、この作品の元になる「ある愛の風景」>が忘れられない。俳優には、人は心を隠すものと言う現実のまま、感情を押さえてさりげなく乾いた演技をさせ、複雑な心情は映像の工夫で観客に汲み取らせる大人的手法だ。フィルムが劣化したような粗い粒子の赤みがかった画像、突然挿入される、顔のディテールの一部を大きく映す独特のカメラワーク、スザンネ・ビア監督の特徴に圧倒された。俳優達の抑えても抑え切れない瞳の深さ、お互いの探るような眼差しが、彼らの戸惑いと思いを伝える。
 <そんな作品をハリウッドがリメイクしたらどうなるか> こちらは映像的には正統派だ。華と力のある出演者が、揺れる心やぶつかる感情をじっくりと演じて、ハリウッドは俳優の宝庫なのだと思い知らされた。配役の隅々まで、子役までもが侮れない。

 <まず凄いのが>、サムに扮するトビー・マグワイア。「スパイダーマン」シリーズの彼がシリアスになって登場だ。撮影にあわせて相当の減量をしたのだろう、出兵前と帰還後では外見からして別人、瞳に宿す光までを変えてくる。一家の中心で太陽のように輝き、頼もしかった男は、焦点の合わない、狂ったような目に変化。心に触れられるのを避けるように、周りにバリアーを張っている。過酷だった戦場が想像できるが、だからこそ、腫れ物に触るように気遣い、容易には聞き出せない家族。
 <前半はサムの視点で弟や家族を包み込むように映し>、後半からはトミーの視点になって、その兄に戸惑い、息を詰めて探るように気遣う様を映りだす。妻や子供たちの反発すら、トミーは一歩引いて兄への思いにつなげようとする。つくづくと、アメリカは父性の国なのだと思う。

 <トミーに扮するのは>、ジェイク・ギレンホール。繊細な役の多い彼が、鍛えて筋肉をつけた腕にタトゥをいれ、無精ひげと共に野趣味たっぷり。瞳のせいなのか逞しいのに気弱さや子供っぽさも伺え、役の複雑さのままで痛々しい。やっぱり兄がいてこその弟なのだ。家族を支える姿勢も兄の帰還後は影からそっとになる。
 <ナタリー・ポートマンの演じる兄の妻に>次第に惹かれる様、二人の戸惑い、子供たちのなつく様。サムが生きていると解かるまでのこの一家の再生は、少しずつでも確かだった。このままだったらそれなりに幸せな第2の家族が出来ただろう。娘が言った「お父さんは死ねばよかった」は、もしかしたら、いや間違いなく、誰もの頭を掠めた思いでもあったはずだ。そんな空気を感じ、疎外感の中で生きていくしかないサム。死にたくなるのも解かる。兵士にとって、戦場の日々よりその後の人生の方がずっと長い。忘れられない戦場の記憶、一歩戦場に入ったら、そこを離れたとしても戦争は続く。

 <この家族が壊れないのは>、出兵前の素晴らしいサムの記憶があるから。今の彼に怯えながら、夫はこんな人ではない、兄はこんな男ではないと、目の前のサムを横に置いて、それぞれが以前の彼を思い浮かべる。サムがかっての自分を取り戻せると良いのだけれど、其れが容易でないのは観客にも想像がつく。
 <それでも夫の罪を聞いたからには>、妻はもう逃げられない。彼の側であてどない再生を待つ人生が始まった。それが家族の形、サムを労わる事が家族を続けさせる。そうするのが本当にいいのかどうか、弟はどうなるのか、妻と弟との思いは・・・。等々考えてはいけない。家庭が崩壊する。帰還兵士とその家族にはまだまだ戦場が続く。重い現実だけど、父の死も乗り越えようとした無邪気な子供たちがいる。時間と娘2人が救世主になるかもしれないと、わずかな希望を持った。(犬塚芳美)

   この作品は、6月5日(土)より全国でロードショー

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。