太秦からの映画便り

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映写室 「春、一番最初に降る雨」上映案内

映写室「春、一番最初に降る雨」上映案内  
  ―カザフスタンに生きる家族の物語―

中央アジアの国、カザフスタンを舞台にした映画が公開になる。

0906ジェルゲリ涙
©2011 STUDIO-D JAPAN, Inc.

<何処までも続く>草木の生えない土地(多分、これがステップと呼ばれる土地)、低い土だけの山並み、水道もガスも無い不便な土地にぽつねんと建った一軒の家。ここに暮すのは両親と二人の子供で、もう一人の住人はお祖母ちゃんかと思いきや、そうではないらしい。彼女が天に召されるあたりから物語が転がり始める。カザフスタンの方が見ても自然なように、この地の神秘的な風習が盛り込まれて、映っているもの全てが珍しい。

<作ったのは元カザフスタンの日本大使館員佐野伸寿さん>で、自ら脚本を書き、共同監督として現地の映画人エルラン・ヌルムハンベトフさんとタッグを組んだ。佐野監督以外は、すべて現地のスタッフ。エルランさんとは2008年の佐野監督の「ウイグルから来た少年」でもタッグを組んでいて、今回は心優しい父親役でも登場する。
<ソビエトの映画技術を受け継ぐ>カザフスタンは映画技術が高いそうで、力強いカメラワークも見所だ。雪解け水でうねりながら流れる川面、見渡す限り何もない大地。圧倒的な自然の前に、ちっぽけな存在でしかない人間。一家はそんな自然を傷つけることなく、自然と共生して暮している。だからこそ、この一家が待ちわびるのは、「春、一番最初に降る雨」なのだろう。これこそが命の元、土色の大地も、その雨で緑の大地へと変貌を遂げるのだろうか。

2127アイグリとアリシェル
5303ミルクを注ぐ
©2011 STUDIO-D JAPAN, Inc.

<劇映画なのだけれど>、其処に流れているのは限りなくドキュメンタリー的匂い。突発的な出来事もストーリーに組み入れながら撮影したそうで、味わいも自然だと思ったら、プロの俳優さんは金髪の美少女一人だけなのだと言う。
カザフスタンと言っても、まだまだ私たちには馴染みが薄い。でも親日国だそうだ。ソビエト連邦の崩壊で誕生した国だけに、未だにソ連に抑留された日本人が住み、彼らの作ったインフラ等の技術の素晴らしさで、今もって信頼を得ているという。
<地区的にはアジアだけれど>、中東でもなく、ヨーロッパ的というか、そんな丁度中間地点の国だ。そんな神秘の国の、人情味溢れる人々の暮らしはまるで家族の原点のよう。砂漠やステップと言う日本人にはなじみの無い内陸型気候で、雄大な地球、母なる大地を感じさせられる力強い映像に旅情をそそられる。こんな作品を見ると、映画には色々な役目があるなあと思う。
佐野監督の愛してやまない国、カザフスタンの心を教えてくれる物語です。

この作品は、シアターセブンで上映
     4月28日(土)~5月4日(金)12:45~
     制作秘話等のトーク有り。日程は劇場まで(06-4862-7733)
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映写室「鬼に訊け 宮大工西岡常一の遺言」山崎佑次監督インタビュー(後編)

映写室「鬼に訊け 宮大工西岡常一の遺言」山崎佑次監督インタビュー(後編)   
 ―木は鉄を凌駕する―

<昨日の続き>
―重要文化財に関わるような、これほどの仕事をしながら、なんていうか…。非情ですね。ところで、薬師寺の西塔を再建するに当っては、東塔を調査されたんですよね? 見ただけで内部の骨組みまで解かるもんなんでしょうか?
山崎:いや、建物を外から見るだけで、解体できないから大変です。しかも長年のこと、修復が繰り返されている。それを一つ一つ、残っている資料や木を見て、何時何処でどんな修復をしているか等を推測して、びっしりノートに付けていくんです。そのノートが凄くて、西岡建築論の真髄だと言われています。塔は柱が上まで繋がっていない。各階で独立しているんです。そういう構造だから、地震が来てもゆらゆら動き、揺れを吸収して倒れないと言うのが西岡さんの理論です。芯柱だけは貫いているけど、30m以上あるわけで、なかなかそんな高さの木はないし第一運べない。貫いているといっても、一本ではなく、複雑な木組みで何本かを繋いでいるんです。しかも木組みだけで釘は使ってない。固定と言う意味だけでなく、大きな建造物だと釘は逆効果になる。釘は腐りますからね。そこを替えないといけなくなる。木は千年持っても、釘は百年ですから。

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©『鬼に訊け』製作委員会

―そういうのは、体で覚えないと理解できないんじゃあないでしょうか? それのない学者さんが、鉄骨で補強したがるのも、解からなくはありません。薬師寺でいうと、西岡さんは調査に2年を費やしました。そういう贅沢な時間の使い方をこれからも出来るのだろうかと、考えてしまいます。
山崎:出来ないでしょうね。西岡さんだからこそ出来たし、許されたことでもあった。西岡さんが「うん」と言うまで、作業にかかれませんからね。今回は、木で建てた金堂の中に、コンクリートの建物を作って、その中に国宝の仏像を入れました。国宝どころか、あそこの仏像は世界的な文化遺産だけに、火災から守らないといけない。建屋が焼けても、このコンクリートの中は焼けないという考え方ですよ。もちろん西岡さんは大反対でした。この建物は1500年持つのに、コンクリートは100年しか持たない。100年経ったら解体して、コンクリートを打ち直さないといけない。そんな馬鹿なことがあるかと言うんです。もっともです。ここまで大きな柱だと、外側は燃えても、中まで燃える事はないんですよ。それに、建てる時も、真ん中のコンクリートをよけてでは、木に無理もさせますからね。西岡さんの理論には大きく反します。これは文化庁から出た考え方で、大切なのはあくまで中の仏像。建物はそれを保護する入れ物でしかないわけです。建てる方にしたら、やってられない意見ですが、考え方としては一理あるかもしれません。

―う~ん。屈辱的ですね。ここまでのものだと、外の建物自体も大切な文化遺産だと思いますが。それに、西岡さんのいない100年後に、この複雑な木組みを解体して、元のように戻せる技術があるでしょうか?
山崎: 1000年経ったら建物も重要文化財ですよ。そうなるように作ってある。ただし、100年、200年という自分のいない将来の為に、西岡さんは完璧な模型を作っています。その模型を解体していけば、継ぎ手のやり方とかは解かるというわけです。模型は近鉄がお金を出して作ったもので、近鉄の何処かの博物館が保存していて、近鉄の物ではあるんだけれど、薬師寺の物でもあって、いざと言うときには、それを解体して、大工さんが勉強できるようにはなっているんです。
―取れる対策は取っているわけですね。見事というか…凄いです。撮影はどれ位の期間でしたか?
山崎:3年半です。企画書を持って言った後、西岡さんが体調を壊されて、6ヵ月ほど待たされましたから。90年から94年まで撮影しました。一番の思い出は、西岡さんの男っぷりですね。あの人の理詰めの仕事の仕方が素晴らしい。図面は学者が作るんだけど、その設計図面を、実際に建てる大工として西岡さんがチェックする。古代建築を研究している学者グループの基本設計図に対して、西岡さんが実施設計図を書いていくんです。薬師寺は東塔が残っていますので、それを研究するんですが、もう1000年以上経っているんで、屋根とか弛んで幾らか形が変わっている。西岡さんはそういう事も調べるんです。それで、これは本来の形じゃあないなあと、1000年の歪みを正していく。修理の時のほんの僅かな狂いも見逃しません。使った木を見て、これは少し短かかった様だとか、実に細かいんです。そういうのが長年の間の狂いにつながりますからね。あの時の西岡さんはまだ体力があり、体力を補う経験もあった。徹底的にやりました。やっぱりあの人は頭が良い。おじいさんから教えられたことを一字一句漏らさず覚えていますからね。勉強したこともぜんぶ頭に入っている。数字に対する記憶力は物凄いです。それだけ真剣に宮大工の仕事をされてきたと言うことでしょうが。

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©『鬼に訊け』製作委員会

―そういうお仕事振りに密着して撮影されたと?
山崎:晩年はかなり密着しましたね。大変だったけれど、僕は西岡さんに惚れていたんで苦にならない。西岡さんも遺言状を書くようなような覚悟で、僕に撮らせてくれました。僕は50近くだったので出来たけれど、もっと若かったら怖くて無理だったでしょうね。西岡さんも82歳でしたから、丸みが出て来た頃だった。若い頃は物凄く怖かったようです。入門したいと大工が来ても、道具を見て「お前こんなんで仕事をしとったんか」と言うたまま、物凄い目で睨んで、相手は縮み上がったらしいですよ。

―映画の中では、お爺ちゃんが孫に話すような感じですが。このお年になると、鬼と言ってもお弟子さんに対する言葉も優しいですね。自分が身につけた時は、苦労して先輩の技術を盗むようにしただろうに、惜しげもなくご自分の知識を与える様に頭が下がります。まるで孫に教えるような風情でした。西岡さんの知識や技術は、もはや個人のものではなく、日本の文化遺産ですものね。伝えられるものは伝えておきたかったのでしょう。
山崎:道具を使わなくなってから優しくなったと聞きます。65歳位で西岡さんが道具を使えなくなるんです。老眼になって、眼鏡をかけると色々な不都合が出始めた。で道具を使うのを止めたらしいけれど、その頃から優しくなったらしいですね。
―伝承者になったんでしょうねえ。
山崎:そうそう。それまでは自分が先頭に立って行くと言うやり方だから、そりゃあ怖かったらしい。道具を置き、孫も出来、がらっと替わったらしいです。昔を知らない若いお弟子さんは、そんな話を先輩から聞かされるらしい。副棟梁の上原さんは、凄く優しい人で、ずっと西岡さんと一緒なので色々西岡さんの技術や思いを受け継いでいる。西岡さんの言わない事も替わって言い、若い人に教えているようです。西岡さんをさりげなくサポートするわけで、上原さんも西岡さんに惚れ込んでますよ。

―薬師寺の前館長も西岡さんに惚れ込んでいる感じでしたね?
山崎:うん、そうだね。あの人が工事の時の責任者だったんです。西岡さんと色々やりあい、一緒に乗り切ってますからね。あの人も昔は怖かったよ。きっと睨んでね。怖い人、鬼がいないと大事業は出来ません。
―その頃は監督も怖かったんじゃあないですか?
山崎:う~ん、らしいねえ。
―その頃に撮られたものが今こうして劇場公開になったと?
山崎:撮影はそうだけれど、編集はずいぶんやり直しています。最初の技術の伝承の為のビデオから、今度は人物を追及していくという方向に変えましたし。20年前は、西岡さんの建築論を完璧な形で残すことに意義を感じたんですが、あれがあるから、今度は自分が惚れ込んだ西岡さんの人となりを伝えたいと思いました。前作は専門家向けに作りましたが、今度は色々な人に見ていただきたいというわけです。僕の人生で西岡さんに出会ったことは大きいですよ。あれがなかったら、生意気なおっさんのままだったでしょう。

―でも人生も狂いましたね。
山崎:ははは…、西岡さんに入れ込み過ぎてね。でも金銭的には、資金援助してくれるゼネコンもあって、恵まれていたんです。ゼネコンが4社で2千万用意してくれ、岩波も出してくれ、自己資金とで何とかなりました。
―ゼネコンも良い所があるんですね。
山崎:ええ、ゼネコンにも西岡さんの技術を残さなくてはという思いがありました。竹中工務店にしても清水建設にしても、大きくなっているけれど、元は宮大工の棟梁ですから。社寺建設は儲からないから、自分たちはコンクリートの建物で儲けているけれど、宮大工の技術を残さなくてはいけないと思っているんでしょう。自分たちのところで社寺建設をやろうにも、そういう技術を持っている人が社内にはいない。日本の伝統的な宮大工の技術の大切さをよく解かっているんですよ。西岡さんの凄さをよく解かっているわけです。それに、当時はまだのんびりしていて、景気が良いところは、文化事業にお金を出す風潮があったんです。完成したビデオを届けてくれれば良いと鷹揚でしたね。ビデオを社員教育に使うと言っていました。
―模型にお金を出した近鉄といい、他の所で儲けて文化的なことにお金を出して下さるのは有り難いです。東京でもヒット中ですが、西岡さんの地元関西でもヒット間違いなし。最初からロングランの予定ですね。こう好評では次の構想も沸いてくるのでは?
山崎:最近の僕は著述業が中心です。もうこれで映画作りはいいと思ったけれど、やりたいものが出てきました。今ひそかに戦略を練っているところです。まだ先ですが、実現できたら面白いものになるはず。それにも期待して下さい。(聞き手:犬塚芳美)

<作品の感想とインタビュー後記:犬塚>
 山崎監督が惚れ込んだという西岡さんの凄さは、ぜひ劇場で御覧下さい。思った事にまっしぐらの、山崎監督も素敵ですよ。男気一杯で、酒と女が大好きな(?)典型的映画人です。最近は著述業がお忙しそう。「宮大工西岡常一の遺言」、「李朝白磁のふるさとを歩く」、「還暦過ぎて始めた骨董露天商という生き方」の著書があります。骨董にも造詣が深く、それは又次の機会に!

この作品は、第七藝術劇場にて4月14日(土)~5月18日(金)上映
時間等は、劇場まで(06-6302-2073)
その後、 6月16日からシネ・リーブル神戸、
順次京都シネマ にて公開


監督:山崎佑次
ナレーター:石橋蓮司

出演:西岡常一・西岡太郎・石井浩司・速水浩・安田暎胤(薬師寺長老)
企画:小林三四郎/プロデューサー:植草信和・朴 炳陽
聞き手:青山茂(帝塚山短大名誉教授)・中山章(建築家)・山崎佑次
音楽:佐原一哉/撮影:多田修平/編集:今岡裕之/録音:平口聡/タイトル:上浦智宏
製作:?『鬼に訊け』製作委員会/助成   文化芸術振興費補助金
後援:奈良テレビ放送株式会社 奈良新聞社/協力:彰国社

【2011/日本/HD/カラー/88分】

配給:太秦

映写室「鬼に訊け 宮大工西岡常一の遺言」山崎佑次監督インタビュー(前編)

映写室「鬼に訊け 宮大工西岡常一の遺言」山崎佑次監督インタビュー(前編) 
   ―木は鉄を凌駕する―

 かって鬼と畏れられた宮大工がいた。法隆寺の昭和大修理に関わった西岡常一だ。「木は自然が育てた命です。千年も千五百年も山で生き続けてきた、その命を建物に生かす。それが私ら宮大工の務めです」と言いきる。西岡が伝えたかった真髄は何なのか。西岡ブームに先駆け、西岡を撮ろうと東京から大阪に拠点を移し、最晩年の日々を綴った山崎佑次監督にお話を伺います。

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<その前に、西岡常一とは>
 明治41年奈良県生まれ。戦争による幾度かの応召を拒み、法輪寺三重塔、薬師寺金堂・西塔の再建を棟梁として手がけた。飛鳥時代からの寺院建築の技術を後世に伝え、「最後の宮大工」と言われる。平成7年没。「木は鉄を凌駕する」と言い、建築のみならず、安きに流れる日本文化や思想に反論し続けた。


<山崎佑次監督インタビュー>
―静謐な世界でした。西岡さんの指導の元、お弟子さんたちが鉋をかける様などまるで手品のようで、見惚れます。木の面が鏡のように平らになるんですね。監督が西岡さんを撮ろうと思われたきっかけを教えてください。
山崎佑次監督インタビュー(以下敬称略):東京で岩波映画や大島プロダクションにいたんですが、西岡さんのドキュメンタリーを撮ろうと決めていたので、大阪に帰って来たんです。で、サンクラフトという製作会社を作り、テレビ等の仕事をしながらチャンスを待っていました。1989年に西岡さんに企画書を持って行き、撮らして下さいとお願いしたわけです。
―その頃から、西岡さんは有名だったんですか? お恥ずかしい事に私は知らなかったんですが、今回西岡さんの話をすると、私の周りは皆知っていました。
山崎:いや、この頃はまだそれほど有名ではなかった。その後で西岡本が出たりして、有名になっていくんです。丁度その頃、僕の撮ったビデオが出て、おかげさまでよく売れました。「宮大工西岡常一の仕事」と「西岡常一・寺社建築講座」というビデオは、今回の人間西岡常一を伝えるものとは違い、西岡さんの仕事を中心に編集したもの。宮大工の技法や極意を映像で詳しく紹介しています。全国の大工さんたちが、メモを片手に繰り返し、教科書のように見てくれました。

―監督が西岡さんを撮ろうと思った真意はどちらだったんでしょう?
山崎:どちらもです。先に技術の作品を作ったわけですが、人も撮りたいけれど、技術も映像に残しておく必要があると思いました。法隆寺の昭和の大修理の後で、法輪寺の三重塔を新築再建するんですが、その時に鉄骨補強を巡って学者と大論争になるんです。西岡さんらしいなあと思いました。木に対する信頼の厚い人ですから、新築するのに鉄骨を使うなんてとんでもないと言うわけです。鉄骨補強は、木に穴を開けてやるんですが、木に傷をつけるような事は許せないと。法隆寺の時は鉄骨で補強したんです。それは木が古くなってるからで、もうすでに建ってから1500年程経っていますから、西岡さんもさすがに仕方がないと認めたわけです。でも今度は違う。新しい木だし、鉄骨で補強すればするほど、重くなって負荷がかかりますからね。木だけでそれより良い物が出来るのに何故だと。

―木に対する信頼が本当に強いんですね。
山崎:凄いですよ。ただ皆が誤解してるんだけど、1000年の檜を使えば建物は1000年持つというんじゃあなくて、西岡さんが言うのは、「1000年の檜をその木のくせを生かして上手く使えば、建物が1000年の命を持つ」という意味なんです。世間の人は誤解して、「そうかそんな古い木を使えばそれだけ持つのか」と、短絡的に考えてしまう。これは大きな違いなんですよ。
―そういう木の癖を、西岡さんはどこで感じるのでしょうか?
山崎:山に入って、木が生えている状態を見て、判断するわけです。日本にはもうそういう大木はないから、薬師寺の木を調達する為に、西岡さんは台湾の山に4回入っています。製材してからでは解からないらしいですね。山で木を見て、生えていた場所も見て、これは柱に、これは桁にと決めて伐採していく。

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©『鬼に訊け』製作委員会

―そんな古い木があるのは原生林ですか?
山崎:原生林です。凄いですよ。で、古い檜を伐採した後に新しい檜を植えて、今度はそれが1000年、2000年後に使えるわけです。古い木と新しい木、山が更新していってるんです。
―でも、そんな先まで地球があるかどうか解からない。複雑です。国有林の物だそうですが、膨大な時間をかけて育った木を日本に持ち出すことに、台湾は文句を言わないんですか?  話がそれますが、そういう木は物凄い国の財産ではと、心配になります。
山崎:そうなんです。実はもう伐採が禁止されました。今は、以前に伐採されたものしか買えません。これから困るでしょうねえ。値段がどんどん上がっていますからね。薬師寺も東塔の建築に入るんですが、木をどうするのかなあ。カナダとか、北米とかそっちの木を買うことになるんじゃあないかなあと。
―でも、日本と極端に気候の違うところで育った木で建てて、西岡さんの言うような1000年の命を持てるんでしょうか? 伊勢神宮が自前の森も持っているように、全国の神社仏閣が共同で組合を作って、国内に森を持つように出来ないんでしょうか?
山崎:ええ、そうなんです。実はすでにそういう動きがあります。

―そういう木を見る目も伝承されているんでしょうか?
山崎:ええ。法隆寺の大工さんに代々口伝されている大事なものがあって、西岡さんはおじいさんから教えられたようですが、西岡さんの著書にも書かれています。その中に、「堂塔建立の用材は木を買わずに山を買え」とか、「木は生育の方位のまま使え、東西南北はその方位のままに」、「堂塔の木組みは、寸法で組まず木の癖で組め」とか「木の癖組みは工人たちの心組み」とか、深くて大事な言葉が一杯あります。
―具体的には息子さんとか、お孫さんとかが?
山崎:いや、息子さんは継いでいません。小さい頃に西岡さんの貧しさを見て育っているんで、嫌になったんでしょう。大工にはならないといって別の仕事についています。宮大工というのは儲からなくて、仕事があるときだけの日当ですから、西岡さんほどの人でも、生活が安定したのは薬師寺に行ってからですよ。それでも給料を半分にしてくれと言うんですからね。講演料も、自分は給料を貰っているんだから、これは再建費に回してくれと、寺に渡している。本当に凄い人です。信念が違う。
<続きは明日>

この作品は、第七藝術劇場にて4月14日(土)~5月18日(金)上映
時間等は、劇場まで(06-6302-2073)
その後、 6月16日からシネ・リーブル神戸、
順次京都シネマ にて公開

映写室 「KOTOKO」塚本晋也監督インタビュー:(後編)

映写室 「KOTOKO」塚本晋也監督インタビュー:(後編)    
―Coccoの魂とのコラボレート―

<昨日の続き>
―溢れる母性、親子の密接な距離感ゆえに追い詰められていくと。母性と言えば、沖縄に会いに行った時の、子供を喜ばせたくて、バッグから次々と出すおもちゃが素敵です。母親ならではの子供への思いを強く感じました。
塚本:おもちゃのシーンはCoccoさんの発案なんです。僕も素晴らしいと思いました。おもちゃもCoccoさんが自分のものを映画に使っています。

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© 2011 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

―だからリアリティがあるんですね。小道具さんが揃えたらああはいきません。そういう場面場面のリアリティが、架空でしかない極端な話に、妙な現実味を与えています。物語でしかないのに、ドキュメンタリーのように思いました。
塚本:ドキュメンタリーかと思ったというのは、よく言われますね。Coccoさんの存在感とカメラの接近の仕方が生々しいからだと思います。実際はCoccoさんに近づいて作ったあくまでフィクションです。
―Coccoさんと琴子が一体化していて、それもそう感じさせるのかもしれません。
塚本:Coccoさんはこれに自分の全てを注いで下さいました。僕にとってもこの作品はメモリアルな物ですが、Coccoさんも、自分の魂を注いだ特別な作品だと言ってくれています。
―そんな琴子の前に現れる、監督扮する小説家の田中。塚本監督も圧倒的な存在感で、田中の顔に少し止まったカメラワークだけで、この後の話を回す人物だと悟りました。田中の役は、最初からご自分でやろうと思ってらしたんですか?
塚本:いえ、違います。最初は僕がやるとはまったく考えていなかったですが、俳優さんに気を使うのはCoccoさんに集中したくて。それに「田中は重要な役だから、貴方がやれば」とCoccoさんに言われたのもあります。

―Coccoさんと塚本監督と言う、圧倒的な存在感の二人が引っ張っているせいか、いつの間にかその世界に取り込まれ、特別な物語が特別な話に見えないというか。最初からきちんと脚本が決まっていたと伺いましたが、即興性というか、現場の二人のコラボレートで、物語がどんどん転がっていったような感じを受けました。それほど二人の感情に無理が無く自然で。田中にも壮絶なシーンがありますが、役に違和感は無かったでしょうか?
塚本:ええ。ありません。ただ、最後だけは、ネタバレになりますので言えませんが、自分ならしないなあと思いましたが。
―田中というのはいろいろの、行動が唐突ですね。
塚本:そうですね。田中は色々唐突ですね。突然尋ねて行ったり、窓から入ってみたり、冷静に見たらギャグですよ。
―でも観客には救いでもあって。
塚本:そうなんです。よく、田中が出てきてほっとすると言われます。またあるところでは田中は琴子と観客を繋ぐ役でもありますよね。
―その田中の台詞も印象的です。
塚本:「貴方と一緒にいることが仕事だったらいいのに」というあれですね。実際は仕事をしないで生きることは出来ないわけで、そんな事は出来ないんだけれど、ああ言った一瞬は、そうしようと思ったんじゃあないでしょうか。小説を書くというのは片手間では出来ない。集中して全力投球しないと出来ない仕事のわけで、田中の側から映画を作っても、別の物語が描けると思います。

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© 2011 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

―過激なシーンは、琴子が心の傷を表に現しているのでしょうね。そんな辛い物語だけれど、琴子の暮らす部屋の、ポップで生活感のあるインテリアに救われました。この作品には折鶴がたくさん出てきましたが。
塚本:折り鶴は、Coccoさんの祈りの結晶です。震災のあと、Coccoさんは自宅で折り鶴を折り続けていました。Coccoさんの思いを受けて、スタッフも総出で折り鶴を折りました。ラストの子供が渡す折鶴には希望と祈りが込められています。琴子の部屋の飾りつけはCoccoさんが私物を持ってきてやってくれたんです。そういう意味でも、Coccoさんはこの作品にものすごくたくさんのものを注いで下さいました。メモリアルな作品だと思います。観客の反応もいいです。ベネチアの映画祭では20分以上も拍手がなりやまず、映画祭のスタッフが次の上映があるからと止めに入ったほどです。日本では皆言葉をなくして、すぐには感想を言ってくれない。でも少しして、もう一度見たいと言ってくれたりする。色々な反応がありますが、そういう見ていただいた方の反応を見れる時が、僕が映画を作る上での至福の時です。

―鳴り止まない拍手も、私のように我が身に引き寄せ衝撃で俯いてしまうのも、裏返しの作品への共感だと思います。痛かったけれど、私は激しく衝撃を受けました。未だに、色々な思いが尾を引いて、心を揺さぶられています。Coccoさんの歌の圧倒的な世界にも心地よく打ちのめされましたし。
塚本: Coccoさんの歌は本当に凄いですよね。圧倒されます。ぜひ劇場で御覧頂きたいと思います。(聞き手:犬塚芳美)

<作品の感想とインタビュー後記>
 キャンペーンでお疲れのところを、丁寧にお答え下さり有難うございました。琴子が沖縄に子供を訪ねてみると、大家族の中でころころと笑い、逞しく育っています。釣られて琴子まで明るい表情。子供はこんな所でこんな風に、育ててあげたいと思う情景でした。


この作品は、4月7日からシネ・リーブル梅田、
4月14日からシネ・リーブル神戸、
4月21日から京都シネマ にて公開

映写室 「KOTOKO」塚本晋也監督インタビュー(前編)

映写室 「KOTOKO」塚本晋也監督インタビュー:犬塚芳美(前編)    
―Coccoの魂とのコラボレート―

 「鉄男」、「六月の蛇」と鬼才ぶりを発揮する塚本晋也監督が、長年切望してきたシンガーソングライターのCoccoとコラボレートして、愛する息子をひとりで育てて守り、この生きにくい今を生き抜こうとあがく女性の精神世界を映像化しました。主人公のすさまじい生き様は、どこまでが現実で、どこからが幻想なのか解からない。でも一皮向くと、それは誰もの精神世界でもあると思わせる、不思議なリアリティに溢れてもいる。戦争、震災、閉鎖的な社会と、いたるところにある、今の世の危険と冷酷さ。一人でも大変なのに、誰かを守って生きるのは、なんと過酷なことだろう。塚本晋也監督に、ここに行き着くまでの、二人の創作過程を伺います。

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<その前に「KOTOKO」とはこんなお話>
 幼い息子をひとりで育てている琴子(Cocco)は、世界が二つに見える。どちらを信じればいいのか、この世は危険だらけだ。息子を守ろうと強迫観念に縛られ、妄想とも現実とも区別の付かない世界に紛れ込む。挙句に幼児虐待を疑われて、息子は遠く離れた地に。ある日、彼女の歌に惹かれたという男(塚本晋也)が近づいてくる。


<塚本晋也監督インタビュー>
―衝撃的な作品ですね。痛々しくて何度も目を塞いでしまいました。突き抜けた架空のお話なのに、必死で平穏を保っている今の私の内面世界にも近く、身に詰まされます。さすがに塚本監督とCoccoさん、容赦なく、とことん心を掘り下げていきますね。この作品が誕生するまでを教えてください。
塚本晋也監督(以下敬称略):Coccoさんとは「ヴィタール」の時に歌をいただいたのが直接的な関わりの始まりです。尊敬し、惹かれるアーティストなので、いつか映画を撮らせてと、言い続けていました。昨年、7年間介護をした母が亡くなったんですが、そんな時にCoccoさんが現れて、短編集「Inspired movies」に誘われ参加したんです。Coccoさんの映画を撮るのは長年の夢だったので、頑張って作りました。それが気に入っていただけたようで、「ライブツアーまでのある期間なら時間があるよ。映画を作れる」と言ってもらえたんです。この段階では企画等何も決まってなかったけれど、このチャンスは逃せない。とにかくやろうと、そこから二人でじっくり話して、テーマ等を探っていきました。

―この作品は、最初にCoccoさんありきだったわけですね。どうしてそこまでCoccoさんに惹かれるんですか?
塚本:(そんなの当然でしょう)と言おうとして、どう当然なのか言葉に詰まりました。解っているようで、言葉に表しにくい。この作品はそれを探る旅だったかも知れません。
―質問した私にしても、監督がCoccoさんに惹かれる当然さは、感覚として解かるし、作品を拝見してもそれは感じるのですが、監督がそれをどう言葉で表現されるのか、興味を持って質問したようなものです。
塚本:Coccoさんの歌は魂に響いてきます。上手い言葉が見つからないけれど。

―ええ。このテーマに行き着いたのは?
塚本:最初は、何も決まってなくて、とにかくCoccoさんの心の中を探ろうとしたんです。Coccoさんの言葉を浴びるように聞いたし、言葉だけでなく文章もたくさんもらいました。その中から、僕が映画にできそうなものをすくい取り、物語にまとめていきました。その時々にCoccoさんにチェックしてもらって、違和感のあるところを指摘してもらって直しを繰り返したので、完成した時には、Coccoさんと琴子の間にブレが無く、一本筋が通っていたと思います。

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© 2011 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

―そして、子供をひとりで守る女性の話になっていったと。
塚本:ええ。僕も子供がいますが、将来を考えると不安になる。何時戦争に巻き込まれるかも解からない、今の不安定な世の中で、子供を守ることの困難さを感じていたんです。それに、7年間介護した母を亡くしたところでもありました。その経験がなければこの作品は出来てなかったと思います。又、僕の場合は、母が悪くなっていく隣で、子供はぐんぐん育っていく。その対比を目の当たりにしていました。子供を守って育てていくのは大変だけれど、一方で子供は子供で、逞しく一人でも育っていき、親を助けてくれるところもある。そんなことが基本にありました。

―琴子の強迫観念の元凶は、物事が二つ見えるということですよね。極端に悪い状態が見え、その恐怖感から、子供を守ろうと必死になり、だんだん追い詰められていくわけですが。この物が二つ見えるというのは、Coccoさんの経験ですか?
塚本:はい。Coccoさんから最初に聞いたのは、「私は物が二つ見える」と言う話でした。二重という意味ではなく、物事が違って二つ見えると言っていました。どちらを追えば良いのか解からなくて、追っていった結果、悪いことが起こり、それが嘘だとわかるとほっとするし、本当だと大変なことになると言っていました。Coccoさんは最初から2つ見えたみたいだけれど、この映画では、その理由を作っています。よく見ていただくと解かるんですが、この物語は、琴子が過去に受けた暴力が原因でそうなったという風になっています。例えば戦争とか、そういう暴力を受けると、人は簡単にはそこから脱出できない。その後の人生に尾を引きます。そういう設定にしています。戦争の経験のある人に聞くと「戦争は絶対にやってはいけない」と言うけれど、経験がないと、時代の閉塞感を「戦争でもしないと変わらない」とか簡単に口に出す人が出てくる。そういうことにも危機感を持っていました。

―テーマも、一言では言えないというか。余裕の無い今の時代の生きにくさが根底にあるのでしょうか。一人でも大変なのに、息子を抱え、守ろうと必死になって、追い詰められていく様が、現実離れしているようで私にはとてもリアリティがありました。今の世の中、誰かを守って生きるのは過酷ですよね。出来るだろうかと重圧に押しつぶされそうにもなる。守る者と守られる者、母親と子供との距離感、琴子は特別な存在のようで、誰もの中のもう一人の存在でもある気がします。若い子育て世代の親子連れとか、公園で楽しそうにしているけれど、父親の方は、自分の奥さんがこんな追い詰められたところで、子育てをしているのを感じているのでしょうか?
塚本:仕事が忙しくて、表面的なところしか見ない人以外は、解かっていると思います。そういう平和な情景はテレビドラマの世界ですよね。優しいお母さんというのはお母さんの中に確かにあるし、お母さんもそれを理想にしています。でも反対に琴子が持っているような焦りや恐怖感がたくさんあるんじゃあないでしょうか。明るいだけではないもう一つの面が、子育てにはあるんです。震災後にしても、あっけらかんとしている人と、琴子のようにとても過敏になる人がいて、両極端なんだけれど、琴子はそんなに特殊な存在ではないと思います。(聞き手:犬塚芳美)
<明日に続く>

この作品は、4月7日からシネ・リーブル梅田、
4月14日からシネ・リーブル神戸、
4月21日から京都シネマ にて公開

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