太秦からの映画便り

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映写室「テレビに挑戦した男牛山純一」上映案内

映写室「テレビに挑戦した男牛山純一」上映案内  
―草創期のテレビを舞台に、2400本のドキュメンタリーを制作した男―

<テレビ関係者の間に>伝説のように語り継がれる男、牛山純一。民法ドキュメンタリーの草分けと言われる「ノンフィクション劇場」のプロデューサーで、映画人と積極的に交流した男だ。ベトナム戦争を取材し、放送中止事件を起こした男でもある。そういう男、牛山純一の仕事ぶりが、彼と交流のあった関係者22人の証言で浮かび上がった。それは牛山純一の記憶であるばかりでなく、草創期のテレビが切り取った時代の検証でもある。

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(C)2011 NPO法人映画美学校+牛山純一研究会

<誰もの懐かしそうなまなざし>、牛山を語りながら、良くも悪くも生き生きと蠢いていた時代の記憶、その中を動き回った自分たちの記憶でもあった。ベトナム戦争や、今の天皇、当時は皇太子の御成婚報道と、あの頃は特別に時代が蠢いていたのだろうか。いや、今だって時代は動いている。経済だけ見ても、崩壊しそうなヨーロッパ経済、バブルの様相で崩壊の危機をはらみつつ巨大化するアジアマーケット、その狭間で右往左往し方向を見失っている日本経済。それはそのままエネルギー政策にも見て取れる。誰もが大きな時代の変貌を感じながら、私たちの時代、今のテレビ人や報道陣に、牛山のような切り口を見つけられるものがおらず、大きなうねりを見落としているようにも思う。いや、皆、大きな変貌は口にする。しかし、それを鮮やかに見せつける、何かをつかみきれていない。

<新聞記者を志しながら>叶わず、53年に第1期生として日本テレビに入社した牛山純一。テレビの可能性に挑み、多くの仲間を巻き込み、新しい世界を作った男。
この作品は、もともと故佐藤真さんが企画したものだ。佐藤さんの死で一度は頓挫しかけたが、かっての教え子たちの地道な努力で、10年近い歳月をかけ、完成にこぎつけた。佐藤さんは牛山純一を検証して、何を見出したかったのだろう。映画美学校の教え子たちだけでなく、物を作り人たちへの喚起の呼びかけのようにも思う。牛山のいない今、この蠢く今が、後世にどう伝わるのかと、ふと考えたりもする。

<佐藤真さんは>「テレビもいずれインターネットなど、ニューメディアに凌駕され、旧態をさらす日が来るだろう。その時、テレビは再び、作家性を前面に出し、実験的で野心的な作品を受容できるだろうか。草創期の優れたテレビ作品に学ぶ意味がそこにあると思う」と言う。勿論それは、ニューメディアに向けられた言葉でもあるのだ。メディアの如何ではなく、私たちは一番大切な、時代を読み解く切り口を見失っている気がする。(犬塚芳美)

この作品は、十三、シアターセブンにて上映
6/30(土)~7/6(金)連日12:40~
6/30(土)北小路隆志氏、7/1(日)隅井孝雄氏をゲストに、
畠山容平監督のトークショーがあります。

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映写室「季節、めぐり それぞれの居場所」上映案内

映写室「季節、めぐり それぞれの居場所」上映案内  
 ―大宮浩一監督に伺う―

「ただいま それぞれの居場所」の大宮浩一監督が、その後の介護施設を訪ねて、こんな作品を届けてくれました。題名の通り、「ただいま!」と自分の居場所に帰ったあの時から、月日が流れ、季節はめぐった。それぞれの居場所はどう変わったのだろう。

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©大宮映像製作所

 <相変わらずここには>、緩やかな独特の時間が流れている。高齢の入所者に合わせて、誰もがゆったり。あくせくしない。誰かが介護とは待つ事だと言ったが、ここのスタッフは待つという意識すらしてないかのように、自然に入所者に寄り添う。そして、場所も自宅の続きのような、民家を改造した、施設らしくない施設。スタッフと入所者が一緒に歌う、愉快な内容の「ストトン節」が響く「井戸端げんき」は、宅老所という言葉がぴったり来る、どこかのお茶の間のような空間。「ただいま それぞれの居場所」にも登場した施設だ。離職率の高い介護職だけれど、「ここではほとんどのスタッフがそのままだった。そのことが嬉しかった」と大宮監督は言う。ここは、誰もの居場所であり続けたようだ。

<働くスタッフの経歴もさまざまで>、自身が引きこもりだったと言う若いスタッフは、自分を必要とされるここに居場所を見つけたのだろうか。生き生きとした瞳で表情は明るい。元ヤクザの男性は、2年半前に脳梗塞で倒れ、直後は自分で死ねるようになろうと、死ぬ為にリハビリに励んだと言う。しかし、自分の手を握って泣いてくれるヘルパーさんと出会い、今は生きる為にもリハビリとここの仕事を頑張っていると話す。入所者以上に、ここでは働くスタッフが、ここに自分の居場所を見つけたのだろう。
勿論入所者の表情も穏やか。温もりを持って介護され、ここが自分の居場所と寛いでいる。

<残念ながら亡くなった方もいた。>自宅に飾られた遺影が過ぎた月日を教えてくれる。それでも家族は、「元気な亀さん」で、父は幸せな時間を過ごせたと、ここでの思い出を話す。
あるスタッフは、人の生死に関わる仕事は避けたかったと言いながら、だんだん衰弱していく入所者を、本当の最期は家族と一緒に看取り、大事なものを教えてもらったと言う。人の死により添うことで見えたもの。少し前の家族制度なら、自宅で出来たことが、今は自宅で出来ない。ここはそんな事を家族と一緒にしてくれる場所だ。

<でもそんな穏やかさに>、疑問も感じる。老人は良くても、介護職の若者は、この若さで、人生一番の活動期を、世間から取り残されたような時間の中で、こんな風に過ごすばかりでいいのだろうかと、少し疑問も持つのだ。他の生き方だってある。競争し、がむしゃらになって傷つくことが必要な時期があるのではと、そんな疑問をぶつけると、監督は「若いからといって、誰もが競争社会に適応出来るわけじゃあない。今の過当競争の社会から、スポイルされる若者もいるというのを、我々も認識しないといけない。それ位今の社会は過酷なんです。彼らにとっては自分を必要としてくれる人のいる、介護の現場は、彼ら自身の見つけた居場所で、安らぎでもある。でも、そうかと言って、ずっとここにいなくても良い。人生の一時期をここで休んで、元気を取り戻したら、又競争社会で生きれば良い。それでも、何かの折に、ここでこんな風に過ごしたことは彼らの支えになると思う」と話す。

kisetsu_sub1.jpg©大宮映像製作所

<この作品の世界を>全肯定ではないらしい。又、家族同然に、手厚く介護されて過ごす老後の現場を撮りながら、大宮監督はまったく逆に、「自分が望むのであれば、動物として自分の力で生きれなくなった時、死ぬという選択肢が悪いわけではない。例えば、孤独死はたいてい餓死だけれど、それだって本人が望んだことなら尊重すべきだし、僕自身はそんな風に人生を終えたいと思っている。過剰に人の手を煩わすのが嫌な人もいるから。たとえ、世間がどう思おうと、その人が望むような終末期を送れるのが幸せということだと思う」と、映画から離れて、素顔も覗かせて下さる。こんな風に、映画の外に切り捨てた思いを沢山お持ちなのだと驚いた。穏やかな作風の裏側の強い意志。次には、そんな切り口の辛口作品も見てみたい。(犬塚芳美)

この作品は第七芸術劇場(06-6302-2073) にて公開
        6月9日(土)~15日(金)12:20~より
             その後の上映については劇場まで

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