太秦からの映画便り

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映写室 NO.174 その土曜日、7時58分

映写室 NO.174 その土曜日、7時58分
     ―犯行はまず近親者を疑え!―

 <世相を反映してか凶悪な犯罪が多い> しかも、祖母や夫が殺され、息子が殺されて、「犯人を捕まえて!」と涙ながらに訴える家族を痛ましく見ていたら、数日後には号泣していたその人が加害者だと解るケースがよくある。おかげで素人の私すら、事件が起こるとまず家族を疑う習慣が付いてしまったが、殺すほどの憎しみの裏側にはたいてい愛があるし、殺しても手に入れたいほどの貴重な物の存在を知っているのもたいていは近親者だ。
 <そんな意味では、この作品も、今や現実に先を越される程の>物語だけれど、犯人の緊張に合わせるように画面に緊張感が漂い、焦る心情をリアルに体感させるのが見事だった。実力派たちの卓越した演技のハーモニーと、「十二人の怒れる男」、「狼たちの午後」等数々の傑作をものにしてきた社会派ドラマの巨匠、84歳のシドニー・ルメット監督のじっくりと人物を浮かび上がらせる演出手腕を楽しみたい。犯行は1週間分のお金が集っている、開店直前の「その土曜日、7時58分」に行われた。兄弟で大金を山分けする計画が狂ったのは、その日が父の誕生日なのを二人の息子が忘れていたのが発端という、家族の繋がりを問う側面も持っている作品です。

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(C) 2007 CAPITAL FILMS LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.

《荒筋》 
 誰もが羨む成功者のアンディは、離婚して娘の養育費も滞りがちの弟ハンクに、両親の経営する宝石店に押し入る計画を持ちかける。被害は保険で賄われるから誰にも実害はないし、店番は老眼の店員だから脅すのもオモチャの銃でいいと言う。実行を命じられたハンクは、心細くて荒くれた男を仲間に加え自分は運転役になる。ところが外で待つハンクの耳に響く数発の銃声、どさっと吹き飛ばされてきた血だらけの男。二人の企みは思わぬ結末を招いた。


 <時間軸を時々交差させてくるから>、集中力がいる。こんな事態になったわけを観客に説明するように、それぞれの人物を中心に時を蒔き戻して見せるのだ。それは各人の抱える事情でもあり、複雑な兄や弟のそれも、両親の事情も他の人は知らない。家族のこの疎遠さからも悲劇の芽は育っていたのだ。もっともこの兄弟でなくても、大人になった兄弟どうしならば全てを打ち明けたりはしないもの。この兄弟が特殊なのは、疎遠でありながら実は大事な根っこで依存しあっている幼児性だった。
 <こうしてみると実際の犯行の前に>、すでにこうなる流れが決まっていたようなもの。困難な事態は性格のまねいた結果だし、この性格の兄弟が不確かな時代の波に飲み込まれたらこうなるのは目に見えている。誤算と不運の連続のような物語を貫く、3人の関係性がこんな事件を生み出したという骨格はゆるがない。
 <「カポーティ」で太目すぎると揶揄されながらも>、伝説の作家役を存在感たっぷりに演じて、アカデミー賞をはじめ主演男優賞を独占したフィリップ・シーモア・ホフマンが、ふてぶてしさを装いながら、がけっぷちに追い詰められて何処にも逃げ場のない男の焦燥感をリアルに演じる。この男はどんな落とし前をつけるのかと、今後の展開を全く予想させないのが見事だった。完全な悪役なのに、焦燥感を哀れに思わせる振幅のある演技で、ライブドア事件のホリエモンを彷彿させるのは、体型だけではなく、エゴイストさの中に愛嬌と孤独の影を引きづっているからだろう。昨日までの栄光は明日も続くとは限らないし、栄光ゆえのストレスの大きさも昔とは比較にならない。其処がこの物語の今日的なリアルさで、この男の姿にひやりとするエリートも多いのではと思う。

 <その弟で、愛する娘に「ライオン・キング」にも>行かせてやれない父親を、情けなさたっぷりに演じるのが、このところクリエーターとしても台頭著しいイーサン・ホーク。兄の妻とひそかに情事を重ねたり、震えながらも兄の計画のコマにされたりと、所詮は兄の影響下で生き、兄の指図でしか動けないその気弱さぶりが又リアルなのだ。娘にはいい父親だと思われたいから無理もする。幼くて背負いきれない父性に喘ぐ男が切ない。

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(C) 2007 CAPITAL FILMS LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.

 <背中のこわばりに頑固さを見せながら、強靭だった男の老い>を演じるアルバート・フィニーの存在感も見事だった。ぎこちない歩き方、眼差しの一つ一つにリアリティがあって、この親子の今と昔の関係性を絵的に説得する。
 <どうもこの一家は、優しく気丈な母親を真ん中に>、仕事一筋で頑固な父とのバランスをとってきた家族らしい。この兄弟は、反発しながらも父を超えようと思いつめ逆にその影に縛られてきた兄と、可愛い顔で父親に可愛がられるままに育ち、未だに次男体質が抜けない弟という風に、少年期の葛藤を克服できないまま大人になった、ある意味アダルトチルドレンなのだ。

 <そんな3人の男は、人生の最悪の事態に直面して>、何とか抜け出そうともがき、辿り着くのはもっとおぞましい結末。本当の自分を認めるのを恐れ、坂を転がるように落ちていくさまが凄まじい。家庭の多くを妻に任せ実直に生きれた父親の世代と、実直さだけでは生きて行けない息子たちの世代、親子の葛藤を母親はどんな思いで見つめていたのだろう。
 <母親も息子たちの妻も、3人の女は>それぞれが困難な現状を自分の力で打開する。でも、若い妻たちは夫を支える気も力もないから、自分が夫の人生からフェードアウトするだけで、取り残された相手までを気遣う余裕はない。生きにくい複雑な世の中になっているのだ。

 <間違いからとはいえ、自分たちが母親を殺し>、しかも大金も手に入らなかった。もうこの二人に未来はないが、さすが父親、事態をクールに観察して些細な疑問を持つと、動いてくれない警察を尻目に自分が調べ始める。そして気付いた驚愕の真相、ラストに彼のとった行動は、愛だろうか、憎しみだろうか。昔人間らしい父親の、責任と言う匂いも嗅げるのが痛ましい。男性の視点から現代を生きる人間の脆さを描いて、卓越した作品です。この物語が絵空事ではない現実こそが問題なのだ。(犬塚芳美)

  この作品は11月1日(土)より梅田ガーデンシネマで、
         11月8日(土)よりシネリーブル神戸で上映、
         12月13日(土)より京都シネマで上映予定
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映写室 NO.174 その土曜日、7時58分:犬塚芳美

     ―犯行はまず近親者を疑え!―  <世相を反映してか凶悪な犯罪が多い> しかも、祖母や夫が殺され、息子が殺されて、「犯人を捕まえて!...
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journalist-net | 2008年10月31日(Fri) 20:22


 
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