太秦からの映画便り

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映写室 NO.177空想の森

映写室 NO.177空想の森   
 ―北海道新得町(しんとくちょう)の農ある暮らし―

 「空想の森」とはなんて詩的な言葉だろう。夢見がちな言葉のイメージの通りに、このドキュメンタリーの舞台はまるで神様が舞い降りそうな素敵な場所だ。そこに住んでいるのは神と共存するのに相応しい何かを乗り越えて達観した人々に見える。そんな皆にカメラを向けた田代陽子監督の気負いの無さにも和む。声高に何を言うでもなく、ただ魅せられたままに穏やかな人々と情景が映っている。北の国から届いた優しいビデオレターです。

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(c)森の映画社 映画「空想の森」上映委員会

 <サプライムローンの破綻から始まった>架空経済の揺らぎの後、豊かな暮らしって何だろう、本当の暮らしって何だろうと、誰もが自分の暮らしに疑いの目を向け始めている。もちろんそれは人の数ほどある正解だけれど、このドキュメンタリーに映っているのも一つの答えだと思う。
 <ここでは北海道の美しい自然とともに>、1970年代後半に食べ物をつくって暮らそうと、京都から新得町に入植した宮下さん夫妻と、20代半ばの自分探しの旅で、社会に馴染めない人や障害をもつ人たちと一緒に作る農場「新得共働学舎」に出会いそこで働いて、子育てをして、野菜を作ってと、逞しくしかも自然体で生きる大阪出身の山田聡美さんを主に映しています。

 <まだ歩くことも出来ない子供を背中に背負って>、時には土の上に置き、時には泣き止まない子供をひょいと小脇に抱えたままで農作業をする若いお母さん。手間ひまをかけても箱代ほどでしか売れなかったトマトの話、産地直送の野菜を待っている都会の大勢の人たち、苦労話とその中の喜びを語るこの人たちの穏やかさは何だろう。こんなところで暮らしていると、自然を相手にじたばたしたところで人間なんてたかが知れていると思い知らされたのだろうか。おいしそうに食べる季節の野菜、畑から引き抜いてその場で切って口に入れた瑞々しい大根を誰でも食べてみたいと思うだろうし、電子レンジにかけただけでバターと蜂蜜で食べるずっしりと詰まったかぼちゃを食べてみたいと思うだろう。

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(c)森の映画社 映画「空想の森」上映委員会

 <このドキュメンタリーのきっかけは>、1996年、札幌から釧路方面に汽車で約2時間半の距離、北海道のほぼ真ん中にある新得町で開かれた(SHINTOKU空想の森映画祭)という小さな映画祭だったという。田代監督は其処で初めてドキュメンタリー映画と出会い、同時にこの町で農業をして暮らす魅力的な人々にも出会った。ここを舞台に映画を作ろうと思い立って7年、資金が底をついて途中で頓挫したり、体を壊して半年ほども休んだりと、試行錯誤の後に完成したのは、土の上で働く人々の生き生きとした姿や、親子のふれあい、美味しそうな季節ごとの野菜を映したもの。この町の何気ない日常に、自然と共に暮らす生活の健全さや、土に触れる豊かさを思い出します。(犬塚芳美)

  この作品は11月22日(土)より第七藝術劇場で上映。
  監督の舞台挨拶もありますので、
  上映時間等は直接劇場(06-6302-2073)にお問い合わせください。


※<新得共働学舎とは>
 全国に6ヶ所ある共働学舎の一つで、1978年に宮嶋望さんが心や体に障害を持つ人たち、社会に馴染めない人たちと共に生きていける場所を作ろうと立ち上げた農場です。50人ほどが農場の内外でそれぞれが出来る仕事をしてともに暮らしていて、牛を飼い乳を搾りを理想的な環境で行い、今や本場ヨーロッパも認めるほどのナチュラルチーズを作ります。宮下さんは同じ年に入植した為、お互いに助け合って暮らしてきました。
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| | 2008年11月20日(Thu)18:17 [EDIT]


はじめまして

どうぞよろしく!

犬塚 | URL | 2008年11月22日(Sat)09:02 [EDIT]


 

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