太秦からの映画便り

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映写室 「夢のまにまに」長門裕之さんインタビュー(後編)

映写室 「夢のまにまに」長門裕之さんインタビュー(後編)    
  ―ドキュメンタリーで綴る南田洋子さんとの日々―

<昨日の続き>
―大女優の南田さんのこんな姿を世間に見せるのは勇気が必要だったと思いますが。
長門:そうなんですが。その決断をするのが僕しかいないから、迷いました。一番大事だと考えたのは洋子の人権です。だから隠しカメラの位置も言い、洋子に「ここにあるけど映しても良いか?」聞いて撮り始めた。でも「うん」と言っても意味が解ってるのかどうか…。「うん」は映すことへの承諾ではなく僕への承諾なんです。この映画の撮影中はあんなじゃあなかったのに1年でここまで急激に進行しましたからね。朝の洋子はもう夕方にはいませんから。それ位変化のスピードが速い。

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(C)2008パル企画/ポニーキャニオン/トルネードフィルム

―でもさすがに女優さんでスッピンでもあんなにお綺麗なのに感動しました。
長門:そうでしょう?綺麗だし可愛いでしょう? 僕もそれを見てこれだったら見てもらってもいいかなあと思ったんです。元々洋子が女優開眼したのはスッピンで出てからですしね。ただ洋子が自分があんな姿で出てるのを見たらどう思うだろうかと、放映の日は緊張していました。で洋子に、「今から洋子が映るから見る?」って聞いたら見るというんですよ。でも始まる頃にトイレに行くとかなんか言って立って、そのまま「もう寝る」と言ってベッドに行ったんで現実には見ていないんです。わざと避けたのか如何だか解りません。ほっとしたような、見たらどう思うか、起こっている事が解かるかどうか反応を見たかったような、複雑な心境でした。

―南田さんは長門さんだけが頼りなんですね。
長門:自分が女優だったことや芸名は忘れているんだけれど、僕の名前は忘れていないでしょう。ちゃんと言えるんですよ。それが嬉しくてね。それを忘れる時も来るのかなあと思うとそれが辛くてね。映像に映しておきたかった。幸い僕はこの年まで役者としていい仕事をさせていただき続け、京都の撮影とかで留守にすることもあるんですが、離れている時も洋子のことが頭を離れません。若い頃から色々洋子に苦労をかけましたからね。女でしょう、お金でしょう、今罪滅ぼしをしてるようなもんです。出来るだけ側にいて慰めてやりたいし、今日もこの後帰ります。洋子が待っていますからね、帰らないといけない。二人で話しているとだんだんベランメエ調になって、怒って僕を抓るんだけど手加減してるんだねえ、痛くない。ベッドに洋子を連れて行く時に窓から少しだけ夜景を見せると、穏やかな顔をしているんですよ。そんなときは寛ぎますね。あの時の放映は終わったけれど、そんな暮らしは続いています。今もカメラは回り続けていて、あのドキュメンタリーの続編がそのうちにあるでしょう。これをきっかけに同じ立場の人たちが慰め合えれば良いなと思います。それと研究のスピードですね、もっと速く研究してどうすれば良いのか手段を教えて欲しいですよ。

―映画のお話を伺おうと思いながら、ついつい奥様のお話になってしまって。木村さんは美術監督らしく、言葉からよりもイメージで映画を組み立てられるのでしょうか。この作品は現実と回想や妄想が渾然一体となって、何処からがどうで何処からがどうなのか曖昧なのが魅力でした。瘤になった木の銅版画も印象的でしたが。
長門:この作品は最初は「瘤広場」と言う題名だったんです。木の瘤と言うのは、伸びて邪魔にならないように人間が剪定したところが、木のほうにとっては傷口で、それをふさいで生き延びるために樹液で瘤を作って塞いでいく。瘤は木にとって生きた証であったり痛みと再生の後なんですね。最初そのイメージで作品が出来るのかと思っていましたが、木村さんはもう少し曖昧に広げていかれた。ストーリーよりもビジュアルから観客が自由に広げるイメージが大切なのかもしれません。ただ妻のエミ子がピアノを弾くシーンで、どうしても思い出せなかった曲の最後のフレーズを、夫に昔の恋人に似た画家が現れたことで思い出します。女性の究極のエネルギーは嫉妬だと言ってらして印象に残っていますね。

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(C)2008パル企画/ポニーキャニオン/トルネードフィルム

―「夢のまにまに」と言うのは、そのまま90歳を越えられた木村さんの今の心境なのかもしれませんね。現実と過去や未来を分けて考えるけれど、そのあたりは曖昧模糊と繋がっているのかもしれない、私たちは実は漂いながら生きているのかもしれないと、こうしてお話を伺って気が付きました。洋子さんも今そんな状態なのかもしれませんね。
長門:そうかもしれません。僕はこの仕事を始めて来年で70年ですが、洋子のことも含めいい時期にこの年だからこそ出来るいい作品に巡りあえたと思っています。この作品は今の若者の世界とは少し違うかもしれない。でも木村さんの今の若者に伝えたい思いが詰まっています。文化振興基金から助成金も出ていますが、この助成金は映画にとって肝心の企画や脚本には出ないでしょう? 本当は其処も支援して欲しいんですよ。去年邦画は400本作られましたが、どこも大変です。こんな風に映画を支援し元気付ける仕組みを強力にやって欲しいですね。特に京都は映画発祥の地ですから、その火を絶やさないように皆で力を合わせて守り立てたいです。この映画ぜひ御覧ください。(聞き手:犬塚芳美)

この作品は、11月29日(土)より第七芸術劇場 
        1月10日(土)より神戸アートビレッジセンターで上映
        1月京都シネマにて上映予定


<作品の感想とインタビュー後記:犬塚>
 90歳と言っても監督の木村さんはエネルギッシュ。美術監督としての作品は途切れませんし、この後にも曾孫ほどの教えている造形大の学生たちと一緒に別の監督作品を撮り上げておられます。さすがにビジュアルの分野の方で言葉よりもビジュアルイメージが先に湧いてくるのではと、長門さんのお話を伺って感じました。その長門さんは撮影所でも別格扱いの映画界の重鎮なのに、とても気さくで丁寧に答えて下さり大感激。最初緊張していたのにだんだんと厚かましい質問までを重ねる始末です。映画のお話がすぐに奥様のお話になるのは、夕暮れ時でもあり、東京に残してきた洋子さんが気掛かりだったのでしょう。実際の長門さんはお元気ですが、映画の中ではもう少しお年を召したように演じておられます。慈愛を込めた瞳で人生を見つめる名優のしっとりとした存在感を味わってください。
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