―「こども」を題材に5人の監督が紡ぐオムニバス映画―
長編は物語を紡ぎ、短編は言いたい事を伝えるというお手本のような作品が届いた。大勢のスタッフを率いる映画監督はバランス感覚として限りなく大人だけれど、表現したいと言う欲望など際限を知らず、見方を変えれば限りなく子供だと思う。そんな大人子供の監督たちに「こども」という題材が与えられたらどんな物語が生まれるだろう。日本を代表する5人の映画監督が、オリジナル脚本で5つの珠玉の物語を綴ります。どの短編にも思いが凝縮されていて、伝えたい事って実はこれくらいのほうが伝わりやすいのかもと思う。それぞれにらしさが溢れ、かって子供だった5人の心の中に巣食うロマンを覗いたような気がする。今の社会への警告も読み取れるのは社会派を集めた所以でしょう。
《展望台:阪本順治監督》

(C)2008朝日放送
<閉店後の通天閣に中年の男(佐藤浩市)と>一人の少年が取り残される。少年の背中には「この子をよろしく」と張り紙があり、男は自殺しようとしていた。親に見捨てられた子供と人生に見捨てられた男は、大阪の町を見下ろす夜の通天閣で次第に心を通わせていく。
<大阪生れらしく通天閣を舞台に>物語を紡ぐ阪本監督にとって、ここは高校時代のちょっと閉じていた時に訪れほっとした場所らしい。この不確かな時代、実際に死なないまでも、死にたいとか死んでもいいやと思うことなら誰にだってあるだろう。それでも、無邪気な少年に何をしてるのと声を掛けられると、飛び降りようとした仕種をごまかして世間話に逃げるほどの大人の分別はある。
<展望台に取り残された二人は>、双眼鏡で覗く地上の小さな幸せからは遠いところにいた。でも不幸な同士の一夜で奇妙な連帯感が生まれて、何とかなるようにも思えるものだ。子供って気付かないふりをしながら実は大人のことがよく解っている。小父ちゃんが生きててくれるだけで嬉しいと言われれば、心の中に灯が点ったようなもの。主人公の世代の監督が、ほんわかとした結末に些細な触れ合いの温かさを込め、人生こんなこともあるよと元気つけているようにも見える。
《TO THE FUTURE:井筒和幸監督》

(C)2008朝日放送
<とある小学校の5年生のクラス>、ブラジャーをつけ始めるのは本人にとっても他の少女にとっても大事件だし、男子にとっても妙にくすぐったい出来事だ。それを囃したりからかったり傷ついたりの子供たちの繊細さなどお構いなしに、今日もモンスター先生(光石研)は訳の解らない事を喚いて一人暴れまくる。
<先生は子供たちにとっての社会の入り口>のはずなのに、この所きゅうきゅうした社会で肝心の先生方がバランスを崩している。この教師も自分の歪んだ価値観を押し付けたりとめちゃくちゃで、子供から大人への扉を開ける大切な時期に、夢を持って未来に導く水先案内人がいないのだ。でもそんな大人にあっけにとられながらも、子供たちは何とか育って行くというのが井筒監督の視点。大人に頼らず、未来は君たちが掴み取れって訳で、この物語は現実への諦めと究極の子供への信頼だと思う。しなやかな子供のほうがある意味大人というのも、今的なのだ。
《イエスタデイワンスモア:大森一樹監督》

(C)2008朝日放送
<女手一つで育ててくれる母親(高岡早紀)>を助けたくて、玉手箱を持った男(岸部一徳)に10歳の少年から一気に大人にしてもらった将太(佐藤隆太)は、別人に成りすまして母親の飯屋を手伝う。事情を知らない母親は青年の姿の将太に心を動かし始め、このまま大人でいたほうがいいのか、元に戻ったほうがいいのかと、…。
<本格的な時代劇の設定で、不思議な世界が>展開する。しかも短編という設定を生かしたテンポのよさで、省略された部分が余韻を引く。昔ならば10歳の子供のいる母親は、もはや母親でしかなかったけれど、今の母親たちはまだ充分に身も心も若いのだ。男は「人は誰も一度生きた年齢をもう一度生きようとは思わない」と言うが、子供に返りたい大人は多い。この作品は大人目線で見た子供の話だけれど、いや案外子供はこんな風に老成しているのかもしれないと思ったりもする。母親の感情と言いちょっとほろ苦い味わいの小品です。
《タガタメ:李相日監督》

(C)2008朝日放送
<余命3ケ月と宣告を受けた初老の男(藤竜也)>は、キャンプ場に車を停め、練炭を焚く準備を始める。隣には39歳になる知恵遅れの息子(川屋せっちん)がいて、彼を一人残して死ぬわけには行かないと、思いつめた挙句の無理心中だった。そこに現れたのが死神(宮藤官九郎)で、止めながら「人は死に方は選べない」と言う。
<何とも切ない物語だ> 親にとって気掛かりなのはいつも子供で、なかでもいつまでたっても子供のままの息子は、一人残していくのが不憫で道連れにしたくなるのだろう。二人の演技で親子の情愛をリアルに感じて胸が痛い。重く沈んでしまう話が奇想天外な話に広がり、死神役の宮藤官九郎の跳躍で攪拌されるのが良かった。この息子だって彼らしいやり方で一人で生きていけるかもしれないのだと、これを見ていたときは思えた。でも時間がたった今は、心配する父親の気持ちが痛いほど解る。障害を持つ子供をもつ親が見たらたまらない話だと思うが、社会正義を押し付けてこないのが良かった。
《ダイコン:崔洋一監督》

(C)2008朝日放送
<「ご飯よ」と家族を起こしながら、母親(樹木希林)>はダイニングテーブルを整える。かって学生運動に没頭した父親(細野晴臣)も今は定年でぶらぶら、娘(小泉今日子)は夫に浮気され息子は勝手に留学して実家に出戻っていた。それぞれの一日が終わり、又夕食に3人が集る。
<一見ばらばらのような家族だけれど>、かみ合わない会話の行きかうダイニングテーブルを軸に、緩やかにつながりこの一家の一日は回っていく。娘は母親の子供でもあり、息子の母親でもある。すれ違いながらもどこかでお互いを理解していた。そんな普遍的な親子のつながりが緩やかに描かれる。
<短編というのは、スケッチのような物だ> 全ては描かず日常の断片から観客の想像で全容を浮かび上がらせる手法を5編のどれもが取っている。どれも凝縮された監督の思いが明確で、魅力的なオムニバス作品です。
この作品は2008年7月の朝日放送新社屋記念事業で作られたもので、当初は新社屋でのイベント上映だけの予定でしたが、好評につき一般劇場公開に漕ぎ着けました。(犬塚芳美)
11月26日(土)より、
新設のTOHOシネマズ西宮OSにてオープニング先行ロードショー!
’09年1月10日(土)より、梅田ガーデンシネマで上映
'09年1月、京都シネマにて上映予定


