太秦からの映画便り

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

映写室 NO.183「ワールド・オブ・ライズ」&「ラースと、その彼女」

映写室 NO.183「ワールド・オブ・ライズ」&「ラースと、その彼女」
   ―世界中を騙す嘘とたった一人を騙す嘘― 

 <年の瀬だというのに米国発の>未曾有の不況が世界中に影を落としています。色々な中心が米国だった時代は終わりを告げるのでしょうか。でもハリウッドの衰退を言われながら、米映画はまだまだ世界を凌駕している。そのハリウッドだって、威信をかけた大作で、CGやアクションだけでなく苦悩する主人公の心の内をじっくりと描くようになってきた。インディペンデント系の良作も出てくるし、こうなるとお金も人材もあるアメリカはやっぱり強い。
 <通常版は今年ラストになる>今週は、年末年始にご覧頂けるそんなアメリカ映画2本の紹介です。どちらも多くの人が嘘をつく。嘘だけれどそれで救われた人もいる。世界の陰謀を相手の大きな嘘と、非力な1人を守る為の小さな嘘、貴方の心をとらえるのはどちらの嘘か。対照的な2作品です。

world-m.jpg
(C) 2008 Warner Bros. Entertainment Inc.

1.《ワールド・オブ・ライズ》
 <そのまま直訳すると”嘘の世界“となるように>、この作品に登場する諜報機関の人たちは敵どころか味方にさえも嘘を付く。上官は部下に危険な任務をさせる為に、部下は最初は嘘をつかないけれど、現場を知らない上官に振り回された揚句の作戦上の嘘だった。グローバル化の今の時代らしく、物語は中東のイラクで始まって世界各国10カ所以上で展開する。その何処へでも出向き、工作し指令する国はアメリカだった。

 <『グラディエーター』等大作の多いリドリー・スコット>が、ハリウッドの2代スターを迎えて送るサスペンス・アクションで、ノートパソコンに集った情報で、安全な場所から電話1本で指示を送る、血も涙も無いCIAのエリート局員ホフマンにラッセル・クロウ、彼の指令で抗うことも知らず世界中の危険な現場に飛び込む、優秀だけれど情を捨てきれない工作員フェリスにレオナルド・ディカプリオが扮する。敵味方無く騙し騙されの複雑な話なので、凄まじい戦闘に身をすくめていると解らなくなるが、それは現場で戦っているフェリスも一緒。混沌の中から真実を焙り出すのは培った勘だけだ。物語だけれど世界情勢にリンクしてもいるので、筋を追うだけでなく、自分の知識でも補足すれば解り良い。

world-s.jpg
(C) 2008 Warner Bros. Entertainment Inc.

<荒筋> 
 テロ組織のリーダーを捕まえる為イラク潜伏中のフェリスに、自爆テロを命じられた男が組織の情報と交換に保護を求めてきた。ホフマンは却下し、泳がして仲間を見つけろという。アジトでの銃撃戦でこちらの情報を守る為にやむなく男を殺し、フェリスも瀕死に。気が付くと体中に現地助手の骨が刺さっていた。遺族に補償をと頼んでもホフマンは聞かない。次の任務地ヨルダンでは、親しくなった情報局の男との信頼をホフマンの画策で台無しにされる。こうなったら組織を焙り出すには、味方も騙して究極の嘘をつくしかないと・・・。


 <でっぷりと太って自分の出世しか考えない>嫌な役だけに、上手く演じれば演じるほどラッセル・クロウに素敵さは見えない。国の為に個を殺して行動してるようで、実はそれが自分の利益になるからだけでしかない男は多い。だからこそ非情な作戦が取れるわけで、ホフマンにアメリカの醜さを象徴させているようにも見える。
 <一方ディカプリオの方は気が付いたら>いつもアクションと心情表現の両方を要求される役。今回も自分の人間性でさらに苦境に陥る工作員を、ハラハラさせながら演じる。
イラクに来たものは皆狂うというほど過酷な任務の中、裏切りに次ぐ裏切り、民衆から支持されるテロリストと、まだ出口の見えない中東情勢が浮かび上がる。兵士でなくても、中東の混沌に飲み込まれていったアメリカの若者は多いのだろう。

     お正月に向け全国で上映中

2、《ラースと、その彼女》

ra-su-m.jpg
(C) 2007 KIMMEL DISTRIBUTION,LLC All Rights Reserved.

 <脚本の面白さに感動して映画化を思い立ったという>クレイグ・ギレスビー監督が、企画が潰れそうになっても諦めず努力を重ねて製作にかかれたのは最初から4年後だった。物語は人と付き合うのが苦手な青年が、通販で手に入れたリアル・ドールに恋する話で、それに巻き込まれていく周りの人々の温かさが心に染みる。CM出身の監督は商業界で鍛えたバランス感覚を発揮し、物語が奇想天外なだけに、映像にはリアリティが必要だと考え98パーセントをロケで撮影。物語の季節に合わせて撮影の開始を半年ずらし、冬の空気感を映すとかの拘りも示している。

 <そんな熱意の賜物と脚本の独創性で>、アカデミー賞のオリジナル脚本賞にノミネートされた。善意の人々の住むこの町はユートピアだけれど、それはラースを気遣って皆の中に生れたもの。労わる人がいれば労った方にも生れる物があるという真実を示して、のんびりとした田舎町の普段着の風情に癒された。
 最後に示される「何時大人になったって感じるの?」という命題が深い。質問したラースは衝撃的な方法で自ら答えを出すが、私のそれは何時だったろうとぼんやり考える。

ra-su-s.jpg
(C) 2007 KIMMEL DISTRIBUTION,LLC All Rights Reserved.

<荒筋>
 ラース(ライアン・ゴズリング)は兄夫婦の隣でガレージを改造して1人で暮らしている。人付き合いが苦手で兄嫁が食事に呼んでくれるのも本当は辛い。そんなラースが「紹介したい人がいる」と言って連れてきたのはリアル・ドール。ビアンカと呼びもっともらしい彼女の生い立ちまで話し出す。兄達は困惑するが、ラースの妄想に合わせるのが治療の糸口と、町の人たちにも協力を仰ぐ。ビアンカは徐々に町の人気者になるが、今度はラースがビアンカが病気になったと騒ぎ出す。実はラースは同僚に心が動いていた。


 <最初はラースの行動を好奇の目で見ていた>人々が、いつも間にか彼の妄想に合わせていくのは、この町の元々の長閑さもあるし、彼の純粋さに心打たれたのと同時にリアル・ドールのもつ不思議な力に魅せられたのもあるのだろう。ビアンカは時に愛らしく時に寂しそうな表情を見せる。皆のつき始めた嘘は、共犯者意識と共に不思議な連帯を芽生えさせた。真ん中にいるのはビアンカでもそれはラースがもたらした物で、妄想に逃げるラースの弱さを労わる事で、老人達ですら自分の存在意義を確認していく。
 <幼い時の出来事から、優しい故に大人の女性が怖いラース>、瞳に幼さを宿したライアン・ゴズリングの名演で、この不思議な青年が魅力的に浮かび上がる。兄がいたたまれずに自分の過去を悔いるように、こんな純粋な魂を見ると、常識の枠で生きられる自分の俗っぽさを恥じてしまう。傷つく事を恐れて人はどこかで繊細さを捨てる。それを抱えながら大人になったラースの生きにくさ、彼を見守る事で優しさの連鎖が生れた。

 <ビアンカが来日し評判になったが>、映画の中や撮影中と同じく、ずっと主演女優としての扱いを受けたらしい。この美しくてリアルな人形は、撮影の間に皆の心を掴んだのだろう。2体で大役を努めたが、今はそれぞれ、監督とライアン・ゴズリングに引きとられている。健やかな余生を。(犬塚芳美)

 この作品は、シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマで上映中
スポンサーサイト

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。