太秦からの映画便り

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映写室 NO.187懺悔

映写室 NO.187懺悔
  ―ソ連邦崩壊前夜の伝説的映画が、遂に日本公開!―

 <見慣れないテイスト、重い色調や独特のリズム>、人々の体型や流れる空気感等に濃厚に旧共産圏を匂わすこの作品は、旧ソビエト連邦の厳格な検閲の下、1984年にグルジア共和国で作られたもの。架空の小都市の寓話的な物語ながら、独裁政治に喘ぐ人々の苦しみと不条理は、誰もに1937年のスターリンの大粛清を連想させて、あの時代を真正面から非難する映画だと注目を集めました。
 <グルジアだけでなく、ソビエト全土の公開でも記録的な動員をし>、この映画の及ぼした社会的な反響がソ連邦の崩壊に繋がったとまで言われています。いわばペレストロイカ(改革)やグラスノスチ(情報公開)の象徴のような作品ですが、完成から25年を経てやっと日本でも公開になりました。まるで玉手箱を開けたように、フィルムの隙間から、時を超えて創られた時代の空気や描かれている時代の空気がこぼれて来るのが見える。

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(C) Georgia-Film, 1984

<荒筋>
 教会をかたどったケーキを作る女性の傍らで、男が新聞を広げて「偉大な男が死んだ」と言う。長い間市長を務めたヴァルラムだった。ヴァルラムの葬儀が盛大に行われるが、翌朝、墓から掘り起こされた彼の遺体が見つかる。そんな事が何度か続いて、厳重な警備の中捕まった犯人は、ケーキを作っていた女性だった。法廷に堂々と現れた彼女は、自分の行為を認めつつも、掘り起こしたことは罪ではないと言う。そして自分が生きている限りヴァルラムを墓地では眠らせませんと、話し始めた思い出は…。


 <慣れた手つきのケーキ作りや、そのケーキの、繊細さとは程遠い>無骨な教会の形がちょっととぼけていて、最初物語がどちらに転がっていくのか解らなかった。それは悲劇を描きながら、ゆったりとした当時の時間を描いているからだと思う。重さと暗さと浮遊感、田舎町の素朴さが絶妙のバランスで共存する不思議な作品だ。それに独裁者とその時代を非難しても、其処に寓話性を忘れないのがこの作品の大きさ。愚かさを時を越えた全ての権力者に当てはまる普遍性まで広げている。

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(C) Georgia-Film, 1984

 <丸いほっぺとつぶらな瞳の少女が>、甘いケーキを作りながらも、これほどの復讐心を持ち続ける女性に育った過程を思うと痛ましい。と言っても、今の私たちから見ると、幼い頃の傷を癒し復習心を溶かすような幸せな出来事はその後なかったのだろうかと、其方のほうが痛ましくもある。其処の辺りが民族性の違いなのかもしれないし、より以上にこの作品が作られた時代性なのかもしれない。厳重な監視下で作られたと言うように、まだ時代は告発すべき権力者の横暴に満ちていたのだと思う。

 <幼い頃のケテヴァンは>、画家の父と美しい母の元幸せに暮らしていた。そんな日々に影が差したのは、文化遺産として教会の修復運動をしていた父が、市長選の演説中に演説を聞かずシャボン玉を飛ばしていた娘を睨みつける、ヴァルラムを避けるように窓を閉めたのが最初だった。あからさまに自分を無視する者がいると言う不快さ、独裁者は自分にひれ伏さない者を許さない。媚びる事を知らない気高い両親は、ますます独裁者の目の敵になる仕組みだ。まして彼の美しい妻を見れば、なおさらの事。横恋慕もあり、毅然とした姿勢を見るたびにさらに嫌がらせを重ねるのだから始末が悪い。それでも世間的には偉大な指導者で、市井の人々は長い物に巻かれるように彼の愚考に口を閉ざした。
 <こうして書いていると>、ケテヴァンの怒りは彼へはもちろんだけれど、彼の愚考を葬り去ろうとする民衆にむけられているように思う。たとえ死んだとしても、独裁者が何をしたか、彼のしたひれつな行為をいかに人々が忘れているかを知らせる為に、死体を墓に眠らせるわけには行かなかったのだ。

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(C) Georgia-Film, 1984

 <彼女の言葉に非難轟々の民衆の中>ぐさりと心に刺さった者もいる。それがこの作品の救いで、新しい時代の到来を予感させるのだ。後悔しなくても良い人だけが後悔するという、ある種の悲劇で幕を下ろす復讐劇の後、彼女の流す涙は映らない。

 <意味深な邦題は全編に漂う重さのままで>、誰が何を「懺悔」するのかと考えてしまう。この物語の登場人物だけでなく、国民全体の懺悔なのかもしれないし、誰かの懺悔を待っているようにも思える。観る者全ての心の片隅の「懺悔」を誘い出すトーンもあり、私たちにはちょっと解りにくい背景の宗教感が意味深でよけいに重い。
 独裁者に人生を狂わされた1人の女性の、執念のような復讐心を描きながら、最初と最後は甘いケーキで締めくくる洒脱さが、どこかユーモラスでこの作品の味付けになっている。(犬塚芳美)

この作品は、
   1月31日(土)より第七藝術劇場で上映
   3月7日(土)より京都シネマ、5月 神戸アートビレッジセンターにて上映予定


<ちょっとディープに> 
 公開できるかどうかわからないまま作った監督は、「結局は観客と出会うことになるだろうと確信していても、その前に絶望する事のないように、映画を自分自身のために作ろうと決めていました。たとえこの作品が映画スタジオから外へ出られなくても、作りたかった。このような映画を作ったという事実そのものが必要でした」と言っている。
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| | 2009年01月29日(Thu)10:08 [EDIT]


CINEMA,CINEMA<CINEMA 映画館に行こう!関西映画館情報

と言う1冊丸ごと映画館と映画賛歌の本が2月14日に創風社出版からでます。観客、映画館側の大勢の皆さんに助けていただきながら、昨夏から準備をしてして、やっとの完成。皆さんあと少しお待ちくださいね。
今本屋さんや映画館、ブックカフェ等置いていただく所を当たっているのですが、聞こえてくるのは本が売れないと言う声ばかり。
保存版の情報なので他の本とは違うと思いながら、負のエネルギーを吹き付けられると(向こうは悪気がなくて、現状を言っているだけなんだけど)せっかくの高揚感がクシュン。そんなところから帰ってきて、この映画の<ちょっとディープに>を読んで、せっかく前向きに創ったんだからこの監督の強さを持たなくてはと、勇気付けられました。ジュンク堂とかには必ずありますのでここを読んだ方は買ってくださ~い。

犬塚 | URL | 2009年01月31日(Sat)20:10 [EDIT]


Re: CINEMA,CINEMA<CINEMA 映画館に行こう!関西映画館情報

大丈夫!この本は売れますよ。発売を楽しみにしています。

T.T | URL | 2009年02月01日(Sun)07:41 [EDIT]


今晩は

この映画の解説の文章が、とても素晴らしくて、映画を実際に観ているような気持ちで読みました。
最後の監督の言葉は、ものを作る人にとって一番大切なことが語られていて、感心しました。
このブログを読むたびに毎回思うことですが、ゼロからものを創り上げようという人は、やっぱりすごい情熱と精神を持っていますね。
本、たくさん売れて、映画館に足を運ぶ人が増えるといいですね!

大空の亀 | URL | 2009年02月01日(Sun)20:23 [EDIT]


励ましの言葉を有難う!

T.Tさん、大空の亀さん、温かいお言葉有難うございます。私の場合も本を売ろうというより、本を作ること、そして売ることで「映画館に行こう!」というのを訴えたい、ムーブメントにしたいと思ってした事なので、めげずに頑張りたいと思います。
監督の言葉が印象的だったので、ここに書いたのですが、そのときから知らず知らずに監督の言葉に勇気付けられていたようです。何かをする時に本当に、当たり前だけれど大切な姿勢ですよね。

犬塚 | URL | 2009年02月01日(Sun)23:00 [EDIT]


 

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