太秦からの映画便り

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映写室「長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語」の馮艶(フォン・イェン)監督インタビュー(前編)

映写室「長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語」の馮艶(フォン・イェン)監督インタビュー(前編)
  ―主人公に重ねる自分の姿― 

 この作品は、中国の三峡ダム建設に伴う国の移転計画に抵抗する一人の農村女性を主人公にしたドキュメンタリーです。村の人が次々と移転する中、秉愛だけはこの地に残ることを主張し、体の弱い夫を抱え働き尽くめで一家の暮らしを支える。時には少女のような笑顔で自分らしさを貫く主人公を、温かい視点で撮ったのは馮艶(フォン・イェン)監督。流暢な日本語で長江の山々や深い谷と伝統的な家々の美しさを語る監督に、お話を伺いました。

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(3月2日 大阪にて)

<馮艶(フォン・イェン)監督インタビュー>
―7年間もの間秉愛さんを追っていますが、彼女に魅せられた理由は何でしょう。
馮艶監督(以下敬称略):中国では知らない人を尊敬して、〇〇小父さんとか〇〇小母さんとか呼ぶ習慣があるのですが、農村の人たちはドキュメンタリーというのを理解できなくて、カメラを持っている私を記者だと思い、いくら違うと言っても馮記者と呼ぶ。でも秉愛だけは、特別扱いしないで最初から馮艶と呼んでくれました。親しくなったらそれが当然なのですが、最初のそれで親近感を持ったんです。又親しくなっていくと、彼女ほどはっきりと自分の事を自分の言葉で語れ、自分の将来を見据えている人はいないと言う事にも気付きました。例えば、農村の人は今まで見た事が無いから、目の前に大金を詰まれると目がくらんでしまうのですが、彼女はそうならない。周りに惑わされず、少女の頃からの体験、つまり自分で見てきたことを元に、現状を分析して判断出来る。生きてきた日々が体の中に残り、知恵になっているのが素晴らしいと思いました。

―お金に興味が無いのでしょうか。
馮艶:興味が無いのではなく、お金はいずれは消えてしまうものだと知っているのです。彼女が万頭に例えてよく言うのは、大きな万頭を貰っても、今日少し食べ、明日も少し食べればいずれは無くなる。でも今日大きな万頭が無くても、土地さえあれば、食べるものを作って生きていけると。貧しいのでお金は大切なのですが、大金を手にして他所に移った周りの人が、慣れない土地ですぐにそれを無くして路頭に迷ったり、困った挙句売春をしたりという話を見聞きして来たのもあるのでしょう。今までの彼女は、ただ言われるままに与えられた運命を受け入れてきました。文革で勉強したくても出来なかったし、好きな人がいても親の勧めどおりお見合いで結婚し、一人っ子政策の頃は堕胎もしている。そんな風に流され続けた人生の中で、土地だけは彼女の働きに応じて見返りをくれたんですね。必死に守ってきた彼女の生活が、三峡ダムの建設でもう一度翻弄されそうになった時、もう流されるのは嫌だ、自分の人生は自分で決めるという頑固さが生れる。言われた通りにしか動けなかった少女は、自分で人生を選べる逞しい大人に成長していた。自分は一人ではない、堕胎した命も背負って生きているんだと言う思いも強いと思います。

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―確かに堕胎は辛い記憶ですね。近代化の波に乗り遅れまいと、皆が自分をなくして右往左往する中、冷静でいられるのは凄い事です。
馮艶:あのあたりは、ダムの計画があって投資を抑制されていたので、中国の中でも特に貧しく取り残されていました。教育も行き渡らなかったし、情報面でも閉鎖されています。だから余計に目の前のお金に目がくらむ。大金と言っても都会では家も買えない額で、生活の手段を失うだけなのに、多くの人が政府の言いなりになりました。もっとも秉愛にしても、土地への執着だけで残ることを決めたのではないと思います。彼女の夫が積極的なタイプで町に行っても上手く生きれる人だったら、別の選択をしていたかもしれない。家族の事を含め全体的に考えて、自分はここに残って農業を続けるのが最良だと思ったのでしょう。彼女の年収は2,3千元で、外に移ると5,6万元貰えますが、彼女が受け取ったのは1万元。移転費と当座の生活費だけでした。

―自分たちはそれで良くても、子供たち、つまり次の世代のことを考えると、この機会に町へと考えてもおかしくはありませんが。
馮艶:子供たちは学校へさえ行ければ将来があると考えていました。学校に行かなくても今は自由に出稼ぎにいけるから、村には残らないだろう。自分たちが町に移って年をとって仕事も無くなれば、いずれは子供たちの迷惑になる。ここに残って農業をすれば食べるものはあるから、子供たちの迷惑にはならないとも考えるんですね。目先よりももっと遠くまでを見据えている。もちろん自分が何とか切り開いてきたように、子供たちも自分の人生は自分で何とかするだろうと言う信頼もあります。中国は都市と農村ではっきりと分かれた戸籍制度があって、都市に生まれると暮らしに困らないように全ての人に仕事や家が与えられ、社会保障もある。ところが農村では家も自分で建てないといけないし、色々な保障もありません。これが国内の凄まじい経済格差や生活格差の元で、だからこそ皆が都市の戸籍を欲しがるんです。

―でも秉愛はそうではないと。
馮艶:これの編集中、ちょうど農閑期だったこともあって、幹部との争いや初恋の事が映っているけれど、映った事で彼女の生活が脅かされないかどうかが心配で、北京に来て見て貰いました。秉愛が天安門広場で写真を撮りたいと言っていたので、ちょうど良かったのもあります。天安門では歩き回ってまるで少女に返ったように楽しそうだったけれど、乾燥を心配した私がしょっちゅう「お水を飲んで」と言うと、ミネラルウォーターを指して、「こんな不味いお水は飲めない。私の村の水の味を覚えているでしょう」と怒り出した。秉愛のところのお水は全て湧水だから、確かに美味しかったんです。それと車に酔うから何処へ行くにも歩くんだけど、今度は排気ガスで気分が悪くなる。「私の村の空気は綺麗なのにこれは何!」と怒っていました。こんな具合だから都会が良いとはちっとも思っていない。

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―中国では都会の人と農村の人の顔が極端に違っていて、驚きますが。
馮艶:そうですね。彼女が北京にやってきた時、駅で待っていても皆が降りてしまったのに出てこない。乗り遅れたんだろうかと心配し始めた頃に、冬だったので赤い花柄のコートを着て、両手に大きな段ボール箱に紐を通したものをぶら下げて、緊張で両足を踏ん張り、真っ赤なほっぺをして現れました。コーン・リーが演じた張芸謀(チャン・イーモウ)監督の「秋菊の物語」の秋菊そっくりで、もう可愛くて可笑しくて、手を振りながら笑い転げました。ただ、北京では自分は田舎者だと小さくなっていて、私が腕を組んでも振りほどいて少し離れた後ろから付いてくる。居心地が悪そうで、秉愛はあの自然の中でこそ彼女らしく堂々と出来るんだと気付きました。長江の顔をしてると言うか、長江で生まれて長江で培ったものでもあるんです。

―完成を見た秉愛の反応はどうでしたか。
馮艶:写真も無いような家ですから、ドキュメンタリーと言うのを理解していなかった。農作業を映していると「こんなつまらないことは映しても仕方ない」とか言って邪魔していたんです。でも出来上がったものを見て、こんなだったらもっと協力すればよかったと言っていました。夫や子供たちの幼い頃が動画で残った事に感動していましたし、自分の動きに合わせて音楽が入るので、女王様になったような気分だとも言っていましたね。(聞き手:犬塚芳美)
                                       <明日に続く>
 この作品は、3月28日(土)より第七藝術劇場で上映
       4月京都シネマで上映予定
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映写室「長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語」の馮艶(フォン・イェン)監督インタビュー(前編):犬塚芳美

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journalist-net | 2009年03月26日(Thu) 09:49


 
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