太秦からの映画便り

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映写室NO.195ワルキューレ

映写室NO.195ワルキューレ
  ―祖国に仕えるか、総裁に仕えるか?―

 これは第2次世界大戦末期に実際にあった、ナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラー暗殺未遂事件を題材にした政治サスペンスで、権力者に屈する者と不当な権力者から祖国を守ろうとする者のせめぎあいが、息もつかせぬ展開で続いていく。ヒトラーの暗殺計画は30回以上企てられたとも言われるが、この事件の後はもうない。早くからヒトラーの本性を見破り、祖国ドイツを守る為に危険な暗殺計画を首謀する名門貴族出身のドイツ軍将校を、トム・クルーズが貫禄で演じています。

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(C) 2008METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC. ALL RIGHTS RESERVED.

<荒筋>
 アフリカ戦線で片方の手と片目を無くしたシュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)は、ヒトラーの悪政に絶望し、無駄に命を落とす部下や国民の為にも、彼を暗殺するしかないと考えている。でも彼を暗殺するだけでは祖国は救えない。ナチス政権の転覆が必要だと、有事の際の作戦「ワルキューレ作戦」を逆手に取ることを目論む。参謀長の立場を利用し自らヒトラーのいる会議に爆弾を仕掛けると…。


<少ない出番で一気にこの作品に>リアリティを出すのが、デヴィット・バンバーの演じるヒトラーの存在感だ。最高機密会議だと言うのに、側近の中にさえ目配せし合って暗殺を企てる者がいるという極度の緊張の中で、独裁者はますます頑固に冷徹になっていくと言う構図。それでも彼の存在だけで一つの方向に物事が動いていくと言う当時のドイツの仕組みがよく解る。
 <彼の放つ圧倒的な負のオーラ>、誰もが恐れ跪いたのはこんな男だったはず。今まで作られたものの中には、独裁者の心の内を丁寧に描き、人間的過ぎると非難を浴びた作品もあったが、暗殺する側の視点から描いている今回は、私が観た作品の中で、一番私のイメージに近いヒトラーだった。背中を丸めた後姿からも独裁者の不気味さが伝わってくる。

 <そんな総統に怯まず、無駄に死んでいく>大勢の兵士と祖国を守る為に、大佐は堂々と大胆な行動に挑む。彼を突き動かしたのは小さい頃から培われた正義感や祖国愛。家族の事を心配しながらも止めるわけにはいかない。九死に一生を得た運命が突き動かした物もあるだろう。トム・クルーズの中に残る甘さがいかにもヒトラーとの違いで、演技的な限界だったのかどうか、結果として反乱者達の甘さを的確に示す事にもなっている。
 <トム・クルーズではなく、もっとヨーロッパ的な俳優が>演じていたらどうだったろうと思うが、そうしたらこの心理劇はもっと重苦しいものになっていたかもしれない。彼が演じた事で、たとえ失敗したとしても、この時期のドイツ軍の中から反乱を起こすことに意義があったという、ハリウッド的な救いが加わったのだろう。失敗して死んでいった大勢の者達の思いはどちらだったのだろうか。

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(C) 2008METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 <それにしても当時の軍の中に>、こんなにレジスタンスが広がっていたのかと驚く。敗戦の匂いが皆に気づかせた事は多い。日本でも同じだったはずなのに、今のところ映画的に検証されているのは、それでも祖国を守る為に進んで犠牲になっていった愛国心のほうだ。ドイツの動きを見ながら日本のことを考えた。
 <ヒトラーがこの暗殺劇で死なないのは>皆が知っている。だから解っている結末までの、作戦に加わる者、巻き込まれる者のそれぞれの葛藤を人間ドラマとして見せているのがこの作品で、人の強さと弱さがリアリティを持って多様に描かれているのが脚本と演出の巧みな所だ。家族を抱えた葛藤、独裁者への恐怖感、愛国心、それぞれの人々が独裁者の下でうごめいていた。

 <それでも事は翻らない> 翻りそうになりながら、ヒトラーの生存という一点で事態が逆戻りしていく、次々と将校が翻っていく最後のオセロゲームのような急変はなんとも悔しい。あれは何だったのだろうか。そんなヒトラーの存在の重さを思い知らされた作品でもあった。(犬塚芳美)

    この作品は全国で上映中

《ちょっとディープに》 
 <ワルキューレとは>、元々北欧神話に登場し、「戦死者を選ぶ者」と言う意味を持つ女神達の事で、ドイツの誇る作曲家ワグナーの書いた「ワルキューレ」は、その神話を基に作られている。ワグナーの熱狂的な愛好家だったヒトラーは、親衛隊による国内反乱軍の鎮圧計画を「ワルキューレ作戦」と名づけてシュミレートしていた。
 <1944年当時、連合軍によるノルマンディ上陸作戦>が成功して、ドイツの敗戦は日増しに色濃くなっていく。ミュンヘン大学の「白バラ」等反ヒトラーの地下運動は色々なところにあったが、それでもどれもが命がけだった。陸軍内部にあったという反ヒトラー派の「黒いオーケストラ」は、ドイツ壊滅を防ぐ為に一刻も早く英米と講和を結びたく、大胆な暗殺計画を決行する。
 <シュタウフェンベルク大佐を首謀者として>繰り広げられたのは、その「ワルキューレ作戦」を裏返すような作戦で、独裁者の暗殺すらも親衛隊の仕業にしようと言う大胆な物だった。でもヒトラーは悪運の強い人だったようだ。ヒトラーの恐怖政治が成立したのは、回りにプチヒトラーとも言うべき存在があったから。結局この作戦が失敗するのもプチヒトラーたちの存在だった。
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| | 2013年02月11日(Mon)18:41 [EDIT]


 

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映写室NO.195ワルキューレ:犬塚芳美

  ―祖国に仕えるか、総裁に仕えるか?― (C) 2008METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC. ALL RIGH...
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journalist-net | 2009年03月25日(Wed) 07:58


 
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