太秦からの映画便り

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

映写室 NO.199 子供の情景

映写室 NO.199 子供の情景
  ―学校へ行きたい、バーミヤンの少女―

 タリバンの本拠地アフガニスタンが注目されたのは、2001年9月11日。同時テロのあったあの日を境に世界は大きく変わったけれど、それ以前だってここはいつも戦火の中だった。強国の侵攻や内戦に巻き込まれ、平和を知らない若者が大勢いる。戦禍は子供たちに何を残したか、19歳の少女監督、ハナ・マフマルバフが、瑞々しい感性で寓話的な世界に纏めました。学校へ行きたいと切望する少女に希望を見ながら、大人の罪深さに心が痛む作品です。

kodomo_main.jpg

<荒筋>
 6歳の少女バクタイは隣家の少年のように自分も学校に行きたい。「鉛筆とノートがないと学校に行けない」と聞き、卵を売って買おうと4つ持って出かける。ちっとも売れず、落として割ったりもして、買えたのはノートだけ。鉛筆の代わりに母親の口紅を借りて学校に行く途中、崩れたバーミヤンの仏像の前で戦争ごっこの腕白坊主に捕まる。ノートは破かれて米軍の爆撃機になり、目と口に穴のある仮面を被せられた。


 <描かれるのは子供の目に映る寓話的な情景>だけれど、背景から浮かび上がるアフガニスタンの現状が痛ましい。ここは今もって危険な、時には渡航禁止にもなる地。私たちのもとに映像が届くのは、テロや拉致という極端な事件の後ばかり。住んでいる人の事はほとんど知らない。でもここにも日常はある。軍靴に踏み荒らされて、人々はどんな風に暮らしているのか。物語の狭間に、ブブカを被った女たちの姿、男女別の教育システム、タリバン政権の残したものや仕組み等、男尊女卑の風潮の強いこの地の暮らしが垣間見える。

kodomo_sub01.jpg

 <バーミヤンは標高2500メートルもの高地で>、夏は40度、冬は零下40度と寒暖差が激しく、しかも冬が5ヶ月も続く厳しい気候だ。それでも春には緑に覆われる美しいところだけれど、そんな自然の中に戦車の残骸等が放置され子供の遊び場になっている。
 <バクタイの家はがらんとした洞窟> 母の言いつけで兄弟の子守をしていると、隣家の少年の本を読む声がする。自分も学校に行ってあんなふうに本を読みたい、物語の続きが知りたいと思う。でも探したけれどいなかった母親だって、この暮らしでは彼女の希望通り本や鉛筆を買うお金をくれたかどうか解らないし、学校に行って子守をしないのを怒るかもしれない。ここでは子供も重要な働き手、学校に行けるのは恵まれた境遇らしいのだ。だから余計に、学びたいと言うバクタイの思いが胸に迫る。

 <バクタイに扮するのは実際にバーミヤンに住む>ニクバクト。時折り浮かべる大人びた表情は、過酷な運命を生きるこの地の少女の複雑さのまま。スカーフを被った姿が何とも可愛く、瞳には強さも感じ、この物語の希望とリアリティになっている。小さな手でぎこちなく卵を持って、「卵はいかが?」と売り歩く姿をハラハラしながら見た。
 <一方町を歩くと昼間から手持ちぶたさな男たち>が何をするでもなくたむろしている。アフガニスタンは1979年のソ連の侵攻に始まり、内戦、タリバンと反タリバンの戦い、米軍の攻撃から2001年12月のタリバンの崩壊と、20年を越える長い間戦渦にまみれて荒廃し尽くし、ろくに仕事もなさそうだ。
 <学校に行き未来を積極的につかもうとする>少女には希望が見えるが、大人にはそれが見えない。現世を諦めて、ジハードと来世に望みをかけたい下地は充分で、又もやタリバンが復活したとも伝えられる。

 <それにしても、貧しい暮らしの中で、鮮やかな口紅を隠し持つ>女性もたいしたものではないか。「女性は守られるべきもの」という伝統的な家父長制度のもと、就学、就労を禁止され、髪や肌を覆うことを強要されても、密かにお洒落を楽しむ強かさ。そんな物を買う余裕があるのなら鉛筆を買ってあげてよと、思わず抗議したくなったのは、私がここの暮らしを知らないから。口紅は、この地の女に明日も生きる力をくれる唯一のものなのかもしれない。
 <貴重な口紅を鉛筆代わりに>惜しげもなく使うバクタイ、彼女にとっては学校へ行く事が明日への希望なのだ。教室でバクタイの口紅でお化粧しあうおませな少女たちには、勉学とお洒落の両方の機会を手に入れて欲しい。

kodomo_sub02.jpg

 <悲しいのは、タリバンの真似とアメリカ軍による空爆ごっこ>と言う少年たちの遊びだ。捕虜になった外国人が被されてよく映像に流れた、あの不気味な覆面を少女に被せたのにはドキッとする。死んだふりをして難を逃れろと言う隣家の少年の知恵にも驚く。これこそが戦禍の爪跡で、大人たちの罪は深い。
 <でも彼らにも再生の力があると思えるのは>、無邪気さを残しているから。乱暴にバクタイから取り上げたノートに憧れがあるのは隠せない。子供たち皆が机に座りノートに文字を書ける日が、この国の再生の時だろう。学校の力、学ぶ事の威力は侮れない。さりげなく国際社会のすべき事を示された気がする。

 <もちろんそんな現状はアフガニスタンだけではない> 舞台をバーミヤンにしたのだって、イランに住んでいてもイランでの映画製作は簡単ではないらしいのだ。思想的、政治的、社会的な抑圧に耐える日々で、ここに映っているのはイランとアフガニスタンに共通する苦しみだと監督は告白する。(犬塚芳美)

 この作品は、4月25日(土)より第七芸術劇場、5月9日(土)から京都シネマ、
         7月以降神戸アートビレッジセンター にて公開


《ちょっとディープに》
 テヘラン生まれのハナ・マフマルバフ監督は、8歳から、父親でイランを代表する名監督のムフセン・マフマルバフの設立したフィルム・スクールで学ぶ。父から受けた影響は計り知れず、この作品も彼女の心に残った父の言葉が核になっている。

 <ノートを効果的に使っているが>、それは父の「多くの国がアフガニスタンに爆弾を落としてこの国を救おうとした。もしその時、爆弾ではなくノートが落とされていたら、この国の文化はずっと豊かになっていただろう」と言う言葉が忘れられないからだと言う。
 <原題は邦訳すると「ブッダは恥辱のあまり崩れ落ちた」>となるが、これは父ムフセンが、2001年の同時多発テロ以降に世界各地で出版した本から取ったもの。ムフセンは「国際社会は、タリバンの仏像破壊については声高に抗議するのに、長期にわたる戦争と干ばつで起こった飢餓のために、100万もの人々が死に瀕している事には声を上げない。仏像は誰が破壊したのでもなく、アフガニスタンの人々に対し世界の人々がここまで無関心であることを恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けた」と書いている。
スポンサーサイト

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。