太秦からの映画便り

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映写室 「おと・な・り」シネマエッセイ

映写室 「おと・な・り」シネマエッセイ  
   ―恋の始まりは隣の部屋の物音―

 「美しい人が出てくる、きれいでせつない映画はな~い?」と友人に聞かれて、すぐにこの作品を思い浮かべた。物語のかすかな浮遊感、相手の気持ちが解らなくてもたもたする恋、明日への希望と戸惑いと、私はこの手の作品に弱い。たくさんのお花にレトロな建物やこだわりのインテリアと映像も美しく、まるで心象風景。真夏でもない春でもない青葉の頃に、大人と青春の狭間で疼いた年頃を思い出す。

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(C) 2009 J Storm Inc.

 <カメラマンの聡と生花店でバイトしながら>フラワーデザイナーを目指す七緒は、アパートの隣の部屋同士。でも顔は知らない。不本意な仕事で鬱々とする聡、夢に向かってまっしぐらでも利己的な男に傷つく七緒。薄い壁だから、鍵をかける音開ける音、毎晩レッスンしているフランス語や鼻歌、くしゃみの音やコーヒー豆を挽く音までが聞こえてくる。一人ぼっちの夜、二人は自分を励ますように隣の気配に耳を澄ます。ある日、聡は隣が空っぽなのに気づき…。

 <と、壁越しの物語が>、まるで二人の気配をうかがう様に広がっていく。音だけで想像する相手は遠いようで近い。隣人だからこそ知り得るプライベートな音。その音が好もしかったら、ほのかな思いだって生まれる。それでも、それ以上は立ち入らない二人の性格と都会暮らし。壁を隔ててたゆとうお互いの想い、好意はだんだん恋に変わっていくのだけれど、本人たちにもまだ自覚は無い。恋の過程でも一番甘やかな始まりの時がじっくり描かれるのを見ているうちに、同じ頃の自分に連れ戻されてしまった。

 <そんな手法や映像の透明感>、日常を描きながらの浮遊感、もしやと思ったら、やっぱり監督は熊澤尚人だ。実は先の友人とは、この監督の『虹の女神』を一緒に観てお互いに目を腫らした事がある。この時のキャッチフレーズは、確か「岩井俊二の助監督を勤めた熊澤尚人の監督作品」だったけれど、もちろん、もうそんなコピーは付いていない。先輩を乗りこえて、今やもう熊澤作品自体が、繊細な心理描写でせまる若者映画のブランドになっている。大人になり切れずにその手前でもたもたする物語に弱いのは、私自身がそんな時代の尾っぽを残しているのだと思う。

 <本当言うと、この物語が気になるのは>、昔私が二人のアパートとよく似た下宿で暮らしたせいもある。同じ年頃で、広い画室を2つの部屋に仕切った壁はこの物語と同じ様に薄く、隣の物音が手に取るように響いたのも一緒だ。どうってない事に悩み、上手くいかない恋愛に苦しみ、将来が見えず鬱々とする夜。隣の部屋の気配は、少なくとも自分は一人ではないと思えて慰めだった。あの頃の皆はどうしているだろう。忘れていたそんな時間を、厚かましくも素敵な二人に感情移入して思い出したという訳だ。青春の尾っぽが久しぶりに疼く。

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(C) 2009 J Storm Inc.

 <恋愛なんて興味ないとでも言いたげな>、仕事一筋の七緒役の麻生久美子のキュートさ。昔「きれいなお姉さんは好きですか?」と問いかけるコマーシャルがあったけれど、麻生久美子を思うと私はいつもこのフレーズが浮かんでくる。綺麗で儚く、隣に立つといい匂いがしそう。これってまるで、彼女が駐在さんの美人妻に扮した『僕たちと駐在さんの100日戦争』で、美貌に涎を垂らさんばかりにデレデレになった悪ガキの憧れそのものだけれど、麻生久美子の佇まいには、等身大と言うよりどこか別の次元、手の届かない大人の匂いがする。このところ毒のある捻った役が多いけれど、確かに負の何かを付け加えたくなる美貌だと、監督達の野心を納得した。

 <まだ綺麗な花を平気でバサバサ捨てる傲慢さ>は、前しか見ない生真面目さと紙一重。でもそれ位じゃないとこの年代の女は流されてしまう。結婚、安定と平凡な幸せへの誘惑が口を広げて待っているんだもの。もう少し自分に賭けてみたければ、肩肘張るのも仕方がない。仕事一筋、隣人にも過剰な想いは持たない。いや心の奥底は違うけれど、自分のそんな思いに気付くまでに時間がかかってしまうのだ。

 <売れっ子でも、本当に写したい物を撮っていない>と仕事の方向転換を考える聡。なまじ実績があるだけに昨日までを捨てるのは難しい。このまま流されれば、成功の裏側でいつかこんな風に悩んだ事も忘れるだろう。でも今ならまだ夢に向って行ける。
 結婚したり子供が出来たりと平凡な日常に落ち着いていく同級生たちを尻目に、諦めきれない夢の途中の二人。どちらが良いとも幸せとも言えない。それでもこんな仲間がいるからこそ、仲間たちが幸せだからこそ、自分は新しい挑戦が出来るのだ。同級生という存在の安らぎ、このあたりの微妙な思いもリアルに伝わってきた。

 <これってまるで、夢に向かって挑戦を続ける熊澤監督>の思いそのもののよう。だからこそ、最後には素敵な偶然が待っている。ちょっと甘いけれど、それも嬉しい。迷っている今も長い人生の一通過点、極上のラブストーリーに背中を押されて、夢を諦めずに生きてみようと思えた。二人を見守るマスター世代なのに、最後まで七緒や聡に成り切る私。こんな年代に返ってみたい方にお勧めしたい。(犬塚芳美)

 この作品は梅田ガーデンシネマ、シネ・リーブル神戸で上映中。
   5月30日(土)より、なんばパークスシネマ、MOVIX京都他にて上映。


<お知らせ>
 今まで主に作品紹介と評論の中間の形を取ってきましたが、今後はシネマエッセイの形に落ち着きそうです。そして来週から、今までどおりの水曜アップに戻します。ただし、今、公開作品が沢山あります。週末に今週の映画ニュースの形で情報もアップ予定。どうぞよろしく!
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コメント


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似ていますね!

写真驚きました。今はもう壊されてしまったあの下宿に本当に似ていますね。

kawa | URL | 2009年05月22日(Fri)23:12 [EDIT]


Re: 似ていますね!

> 写真驚きました。今はもう壊されてしまったあの下宿に本当に似ていますね。

ね、似ているでしょう?ある年代にモダンに建てた建物の流行だったのかもしれませんね。もっとも私が住んでいたのは女子専用の下宿で、お隣へのこんな思いは無いけれど・・・。
先月クラス会があって、此の下宿の話題が出ました。近くのコーヒーショップの話も。みんなどうしているだろうと懐かしく思い出します。

犬塚 | URL | 2009年05月23日(Sat)09:23 [EDIT]


 

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