太秦からの映画便り

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世界でも日本でも告発は命がけ!

映写室 「暗殺・リトビネンコ事件(ケース)」&「ハダカの城~西宮冷蔵・水谷洋一~」上映案内

 ―ドキュメンタリーで綴る告発の結末―

  ひと頃、産地偽装や賞味期限の改ざん等、内部告発で発覚した企業の不正が世間を騒がせた。反省して出直す側のニュースは頻繁に流れるが、告発者のその後はどうなのだろう。この2作品は彼らに寄り添い、厳しいその後を描いたものだ。
 国家の暗部を告発したリトビネンコ氏と、大企業の不正を告発した水谷洋一氏の2人は、頻繁にマスコミが取り上げたのでご存知と思う。両作品は、告発者をこんな目に遭わせた隠れし者を告発する。告発者や監督の、事件を風化させたくないという思いと理不尽な事への憤りが伝わってきた。ただ焦点は告発者で、事件の全容を描いているわけではなく、理解するには予備知識が必要な作品でもあります。

1.暗殺・リトビネンコ事件(ケース)
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(c)Dreamscanner Productions 2007

 <2006年11月後半にテレビ等で頻繁に流れた>、ベッドの上で空ろな目をこちらに向けるリトビネンコのこの映像で、当時の衝撃を思い出す方も多いだろう。この事件にFBS(ロシア連邦保安庁)やプーチン政権の関与が示唆されても、俄かには信じられず半信半疑だったけれど、彼の死後体内からポロニウム210と言う強力な放射性物質が検出されると、疑いは一気に現実味を帯びる。ロシアと言う国の不気味さに震えたものだ。
 <その後イギリス警察は>、防諜機関の情報局保安部も加えて捜査を進め、「動機、手段、機会の全てがFSBの関与を物語っている」とまで指摘する。そして2007年5月に、主犯としてKGBの元職員アンドレイ・ルゴボイ容疑者を告発し、ロシア政府に身柄の引渡しを求めたが拒否され、お互いの外交官を追放しあう事態を招いた。

 <ロシア側はいまだに関与を否定している> ルゴボイもモスクワのラジオで容疑を否定し、逆にリトビネンコが英国の情報機関の仕事をしていたと主張。ポロニウムの入手についても、ロンドン亡命中の富豪の関与を示唆したのだ。つまり双方の言い分が激しく隔たったまま、この事件の全容はいまだに明らかになっていない。

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 <このドキュメンタリーは>、爆破テロはFSBの工作だと主張しイギリスに亡命したリトビネンコが、この5年間にアンドレイ・ネクラーソフ監督と数百時間を共に過ごし、自分の反抗の原因やチェチェン戦争の裏側にあるプーチン大統領とFSBの暗躍、政権の腐敗等を話したものが元になっている。監督は彼の生前からすでにカメラを回していたのだ。
黒焦げの遺体が並ぶ痛ましいニュース映像も挿入され、リトビネンコより先に何者かに銃殺されるが、チェチェンの戦争犯罪を報道し続けた女流ジャーナリスト、A・ポリコフスカヤのインタビューでは、「劇場占拠事件の犯人の一人が、今プーチン政権で働いている」という衝撃的な証言もある。リトビネンコの父や妻という遺された家族の、「ポロニウムはどこから来たの?」という怒りを抑えた問いが痛ましい。
 <もちろん全ては闇の中なので>、ここまでの証言があっても陰謀の向こうは霞んでいる。そこが解りにくさでもあるが、ドキュメンタリーである以上仕方ないだろう。監督は元々創作の題材として彼を取材していたと聞く。何時かこれを元に、見えない部分に芸術的想像で切り込み、全容を見せる劇映画が出てくるかもしれない。
なお、この作品がロシアで公開される可能性は今のところないと言う。


     関西では2月16日(土)より第七芸術劇場
          順次  京都みなみ会館にて上映


2.ハダカの城~西宮冷蔵・水谷洋一~
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 <事の始まりは2002年>、朝日と毎日が1月23日の朝刊トップで報じた、「雪印食品・牛肉偽装詐欺事件」だ。新聞に「国産牛肉買い取り制度」を悪用した詰め替えがあったと雪印を告発したのが、その肉を保存していた倉庫会社「西宮冷蔵」の社長の水谷洋一だった。狂牛病騒動に便乗する大企業の、あまりに姑息なやり方に憤る水谷の姿は、当時よくテレビに流れたのでご記憶の方も多いだろう。
 <告発から3ヵ月後、「雪印食品」は>解体する。でも西宮冷蔵も、偽装詰め替え時に「在庫証明書が改ざんされていた」と言う解ったような解らないような理由で、国土交通省から営業停止処分を受けるのだ。その後は、今度は取引先が相次いで撤退し、2003年の5月25日には電気代の滞納で送電がストップ、倉庫の稼動が出来なくなる。このあたりも時々報道され、今度は一般の国民が、何処かからの圧力を思わせる国土交通省の処分や、一致団結した食肉業界の報復に憤ったものだけれど、憤っただけでは何の手助けにもなりはしなかった。水谷は告発の結末を一人で引き受け、大きく運命を狂わせていたのだ。
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 <監督の柴田誠が彼に出会った>のはこの後で、大阪駅前の曽根崎陸橋の上で本を売っている時だったらしい。この露天はわずかでも生活費を稼ぐのと、再建支援のカンパを募るのが目的だったが、今映像を見ると、苦境の自らを世間に晒し続ける事で、挫けそうな反屈の精神を奮い立たせる目的もあったのではと思う。事件を忘れずに世間も一緒に怒らなくては、個人は潰されてしまうのだ。
 後ろに「負けへんで!! 西宮冷蔵」と書いたのぼりを立てて、路上に本を並べて低い目線で黙々と支援者への礼状にペンを走らす毎日。柴田は愚直に筋を通す水谷の姿に惹かれ、以降1年半にわたり追うことになる。この作品は、そんな日々から再建、営業再開して一年後までを寄り添った記録だ。

 <真っ暗な中懐中電気で明かりを取る夕食>、だだっ広い事務所の寒々しさ、着膨れて寒さに耐えてもちっとも売れない日々、逆に思わぬ人の温かい言葉等が、まるでそばで見るように続く。本当言うとこっちは辛くなってもう頑張らないでと言いたいのだけれど、それでも髯ぼうぼうで野武士のようになった水谷は、ますます頑強に諦めない。男のプライドだとしても、もっと楽に生きてもいいのではとやっぱり私には辛い映像だった。
 <柴田はカメラを下げているものの>、監督と言うより友人のような視点でプライベートな姿を追っている。水谷にとって柴田のカメラが支えになった日もあった事だろう。もちろんこの作品は、柴田から水谷への何よりの応援歌でもあります。
ところで、この撮影時からもいくらか時間がたった。再開はしたものの今も業界からの圧力があり、まだ廃業の危機の中だと言う。あれ以来食肉業界との取引はないらしい。


 関西では2月23日(土)から第七芸術劇場で上映    
     2:23(土)-29(土) 18:50~20:45
     3:1(日)-7(金)  10:20~12:10
 なお初日(2/23)には水谷洋一社長・水谷甲太郎さん(長男)のゲスト予定
 2/23(土),24(日)、3/1(土),2(日)は柴田監督の舞台挨拶があります。
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