太秦からの映画便り

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映写室 新NO.13 ポー川のひかり

映写室 新NO.13 ポー川のひかり 
  ―エルマンノ・オルミ監督最後の劇映画―

 この満ち足りた思いは何なんだろう? 試写室を出る誰もが目を泳がせて、誰とも視線を合わせないのは、映画の余情の中で現実に戻りたくないのだ。この作品の何に感動したのか、言葉に出来る自信はない。監督のメッセージをきちんと受け取れたのかどうかも解らない。でも、映画が優れた文藝の世界だと言うことだけは実感させられた。スクリーンの中に広がる神秘、映画の世界感を少しでも深く受け止めたいなら、1人で静かに観ることをお勧めしたい。

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(C)COPYRIGHT 2006 cinema11undici-Rai Cinema

 <物語は全編寓話的だ> イタリアの名門大学の資料室で、大量の貴重な古文書が太い釘で打ち抜かれる。誰が何の為にこんな事を?と嘆く老司教。容疑者として浮かび上がったのは、若手の実力派哲学教授だった。その彼は大学を後にあてもなく車を走らせるが、途中で車や所持品のほとんどをポー川に投げ捨て自殺を装う。やがて川のほとりの朽ちた小屋に住み始めると、パン屋の女、川沿いを不法占拠して住む老人達は、男の風貌からキリストさんと呼び緩やかに関わっていく。でも港の計画でその平穏も揺らぎ・・・。

 <それにしても観客を引き込む冒頭部の上手さ> 歴史を感じさせる建物の中、古めかしい鍵を持った守衛が薄暗く狭い階段を上る間にも、緊張した彼のわずかな瞳の動きで、観客も緊張しつつ何かを予感する。そして開けた扉の向こうに驚愕する守衛。あまりの驚きように殺人事件に違いないと身構えると、やがて明らかになる、机や床を埋め尽くす釘で打ち付けられた分厚い古文書。緊張と肩透かし意外性と、アップダウンの激しい冒頭部で、守衛に導かれてこの作品の特異な世界に入っていた。

 <さあ、ここからは寓話的だけれど、>収集にかけた人生そのものを否定されたように嘆き悲しむ老司教の横で、捜査官が思わず漏らしたように、犯行現場ではあってもそれはあまりにも美しく、まるで前衛芸術家の作品の様でもある。一面に繰り広げられる書物の処刑だ。日本版なら、かって寺山修治が「書を捨てて街に出よう」と若者に呼びかけた世界だろうか。反体制的でもあり、雁字搦めの古い価値観からの脱却がその研究者の手で提案されると言うことになる。

 <しかも舞台は世界最古の大学で>、知識を象徴するようなボローニァ大学。バチカン市国を内蔵するイタリアの話でもあり、キリスト教が色濃く漂ってくるのだ。古文書はまるで貼り付けにされたようで、ここら当たりで十字架の上のキリストの贖罪を思い浮かべたりもする。知識、既存の宗教観、権威主義、貼り付けにされたのはそんな全てだ。

 <主人公の心の内が>登場する誰にとっても最後まで解らないように、観客にとっても彼の思い、つまりは監督の思いは最後まで謎に包まれている。主人公が人間を超えるところでもあると思う。解らないし謎に包まれてはいるけれど、背後に豊かな物語性を感じさせるから、誰もが自分の思いを重ねて想像を膨らませるしかない。結局観た人の数だけ物語がある事になる。無限に広がる観客の想像が作品の最後の仕上げと言う手法、それがこの作品の文学性だと思う。

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(C)COPYRIGHT 2006 cinema11undici-Rai Cinema


 <研究室の中ではなく>、か弱い民衆の中に戻ったキリスト、あるいはキリストになったキリストさん、解釈は色々だ。
 <それにしてもポー川は美しい> 豊かな水量、沿岸の緑、川風の爽やかさ、全てを飲み込み優しく抱いてくれるような気がする。こんな所で、それも気のあった集団で、人生の終盤を過ごせる幸せ。人生の終え方としてこれ以上のものがあるだろうか。身元がばれるのを覚悟で教授が守った彼らの暮らし、これこそが神の与えた恵みかもしれない。

 <キリストさんは去ったけれど>、ポー川は今もひかりを湛え傍らを流れている。母なる川、ポー川。誰かを癒し、誰かを育んでくれるのは、大いなる自然なのだ。辿り着くべきは、神の創りたもうた世界。自然に身を委ね、観念を捨てて感性のままに生きる時代がきたと静かに示すエルマンノ・オルミ監督。老境だからこそ辿り着いた監督の境地だと思う。
 こんな作品に出会うと、映画の無限の可能性を感じる。映画が心を揺さぶる瞬間を体感したいのなら、この作品を観れば良い。(犬塚芳美)

この作品は、梅田ガーデンシネマ8/22(土)から、京都シネマ8/29(土)から上映、
        シネ・リーブル神戸9/19(土)から上映予定
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