太秦からの映画便り

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映写室 新NO.16キャデラック・レコード

映写室 新NO.16キャデラック・レコード    
 ―ポピュラー音楽の創成期―

 踊りださないまでも体でリズムを取りながら観てしまう。ロックが誕生する以前のカントリーやブルース、ジャズが流れ、音楽好きなら見逃せない作品だ。
 <舞台はちょっと古い> 1950年代から60年代、70年代にシカゴに存在した名門のレコード会社、チェス・レコードとその周辺のアーティストたちの光と影を、実話に基づいて描いていく。そう言うとまるで業界裏話だけれど、黒人と白人に象徴される人種問題も絡まり、音楽の向うに当時の社会背景も浮かび上がるのが優れた所だ。
 <時流に翻弄される流行業界のこと>、光が強ければ影も濃い。しかも、熱狂が大きければ大きいほど、舞台前の緊張感は計り知れない。押しつぶされまいとするそれぞれの苦悩、音楽を聴きながら人生を思う作品にもなっている。

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 <1941年、ポーランド移民のレナード・チェス>は、キャデラックを乗り回すことを夢見て、シカゴの黒人街にクラブを開いた。一方、ギター1本を抱えてシカゴにやってきたのが、南部の黒人マディ・ウォーターズだ。彼の音楽に惚れ込んだレナードは、チェス・レコードを立ち上げる。黒人差別が激しい時代に、二人が一緒にキャンペーンに行くと世間は奇異な目が向けるが、レナードは意に介さない。次々と加わるミュージシャンからは白人の父と慕われる。しかし、酒にドラッグ・女と、成功した彼らに誘惑が・・・。

 <ちなみに、キャデラック・レコードとは>、超高級車キャデラックがヒットの度にレナードからプレゼントされたことに由来する。ミュージシャンの処遇にも、キャデラックに象徴される自分の夢を重ねたレナード。成功は豪快に分け合い、なんとも豪快だけれど、自身も東欧系の血を引く「戦場のピアニスト」のエイドリアン・ブロディが演じると、青年器質がそのまま続いたように軽やかで、一緒に夢見る気分にさせられた。
 <ビジネスと言いながら>、レナードは営利以上に自分の時代感覚の良さを楽しんでいたのかもしれない。時代のキャッチ力は抜群。黒人たちとの2人3脚で時代を切り開いていく昂揚感が伝わってきた。大雑把さと優しさ、軽さと憂いが同居するエイドリアンの掴み所のなさは、彼の周りのミュージシャンが感じたものかも知れず後の伏線になっている。

 <底辺から一気に頂上に上り詰め>、そして巻き込まれる波乱の人生。何で成功し、なんで下り坂になるのかを冷静に見れるのはレナードだけだ。あせればあせるほど自分が見えない。身を滅ぼす理由に個人差はあっても、その辺りが解ってなかったことだけは共通している。
持て囃されて華やかではあっても、観るほうからは計り知れない孤独の中のアーティスト達。ステージ前の緊張感、新曲を作る為の追い詰められ方、酒や薬に溺れ転がり落ちていく様が辛い。音楽に人生をかけているだけに、ステージを降りた彼らは影にから娶られてしまう。アーティストが見たら又別の物語になりそうだ。

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 <ここシカゴは>、日本の政治までを変えたオバマ大統領が、政治家としてのキャリアをスタートさせた地。ポーランド移民が差別されるくらいだから、当然黒人差別は激しい。音楽は黒人がし上がれる唯一の手段だった。「ブラック・イズ・ビューティ」ではないけれど、白人では及びもつかない彼らの魂を込めたリズムや歌詞の凄さ。体全体が音楽のようで、熱狂的なステージが当時の空気感まで映しだす。

 <これ以外に登場するのが>、よく知る所では、カントリーからロックン・ロールを生み出したチャック・ベリー、黒人だけが聴いていたソウルを白人にも広げ、数え切れないほどのスタンダードナンバーを残す歌姫エタ・ジェイムズ等々だ。当時の熱狂を再現しながらめまぐるしく変っていくステージ風景、音楽に詳しい方ならここのあたりは違った視点でも見えるはず。
 <演奏されるのは黄金期のシカゴ・ブルース>で、これ等の影響で、後のエルヴィス・プレスリーのロックンロールが誕生するのだから、ポピュラー音楽の歴史を紐解くような作品になっている。ローリング・ストーンズや、ビーチ・ボーイズのエピソードも挿入され、ポピュラー音楽の流れや歴史が見えて興味深い。

 <エタには、彼女のナンバー「アップ・ライト」を>オバマ大統領の就任祝賀パーティで感動的に披露したビヨンセが扮している。さすがの歌唱力で存在感も抜群、唄い始めると隅々まで彼女に占領される。ビヨンセと言うよりエタが乗りうつったかのようで、当時の退廃的な時代感まで纏っていた。誰もがあの時代の匂いを持っているのは、演技力なのか、配役の妙なのか、それともやっぱり流れる音楽のせいなのだろうか?

 <時代背景の描写も見事で>、コスチューム、車、インテリアと、まるでセピアのその頃に引き戻されるよう。人生も社会も、全てが厳しく重苦しかった時代のようだ。そんなすべてをはねのけようと、皆が音楽に熱狂した時代でもあったみたい。
 ・・・と、時代描写、音楽の歴史、アーティストの苦悩を、たんたんとしたレナードの視点に合わせて描いている。盛りだくさんなだけに、彼のように淡々と流せない観客には少し散漫に感じられるのが惜しい。自分の視点を決めてみるのが良いかもしれない。(犬塚芳美)

この作品は、9月12日(土)より、梅田ガーデンシネマ、京都シネマ、
                シネリーブル神戸等で上映
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