太秦からの映画便り

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映写室 「未来の食卓」シネマエッセイ

映写室 「未来の食卓」シネマエッセイ  
   ―美しいフランスの田舎の風景―

 <フランスの魅力は何かと>聞かれたら、迷わずに田舎の風景だと答えたい。この前シャネルの映画3本を紹介したように、フランスというと高級ブランドやパリジェンヌに代表されるお洒落な街を思い浮かべるけれど、それはフランスのほんの一面。実際は農業国で、何処までも広がる田園風景にこそ、この国の豊かさを感じたりもするものだ。緩やかな起伏に沿う大地、そこをゆったりと流れる並々と水を湛える川、いいなあ。そんな情景は、旅行者の目を奪うだけでなく同じ国の都市部の人々も魅了するらしい。フランス人の夢は、リタイア後に田舎に移り葡萄園を経営してワイナリーになることなんだそうだ。

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 <ところが遠くから見ると美しい大地も>、広大さゆえに大掛かりな農薬散布で土壌が汚染されているらしい。フランスでは過去25年間で男性の癌の羅患率が93パーセント増加し、その70パーセントが環境と食料に関係すると言われる。突き詰めれば元凶は農薬と言う訳で、見かけの美しさと相反する農村地区の不健全さ。これって由々しき問題っていうんだろうなあ。

 <と思ったら、すぐに行動を起こした人がいる> フランスの南部にある、世界遺産の水道橋、ポン・デュ・ガールの近くのバルジャック村の村長で、地元産の有機野菜や、自分たちが作った野菜を食べて、体の安全性とともに本来の味覚を取り戻そうという挑戦だ。きっかけは地元で小児癌の子供が増えたことだった。子供たちの未来を守らなくてはと、村が担当する学校給食と高齢者への宅配給食を、全てオーガニックにするという画期的な試みを始める。このドキュメンタリーはそんな給食風景とそれを支える村の人々、環境汚染阻止に取り組む人々を追ったものだ。
 <息子を亡くした母親の証言>、農家の人の農薬からの自衛策、有機野菜に取り組む農家、割高な有機野菜をどうやって普及させていくか等々、方向転換への試みが丁寧に紹介される。

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 <そんな試みの素敵さはもちろんだけど、>このドキュメンタリーで魅了されるのが、理論整然と再生へ突き進むフランス人の知性や生真面目さと、最初も言ったような美しい田舎の風景だ。これぞフランスの底力というか、何か豊かなのだ。作中にあるように、村人は63パーセントが所得税を免除される低所得層らしいが、皆小粋で、日本人の私には貧しさが見えない。時には庭にテーブルを出してとる給食も、豊かな内容だけでなく食器やセッティングがお洒落で、こんな日常の積み重ねがフランス人の美意識を育てるのだと羨ましくなる。

 <日本のドキュメンタリーだと>、たいてい拭い難い日常性、俗に言うなら「しみったれ感」が滲んでしまい、逆にそれが臨場感という売りになるけれど、この作品は劇映画以上の端正さ。答えの解っている環境汚染問題以上に、美意識に貫かれたそんな姿勢が気になった。「日常がこんな風に洗練されてるの? それとも製作者の視点?」と留学が長く向こうに詳しい友人に聞くと、「映し方というか、製作者の美意識だと思う。田舎っぽいところも多いよ」と言う。

 <監督である、ジャン=ポール・ジョーの美意識>、あるいは都会生活者の視点で切り取った田舎の美点って事だろうか。パリだと移民が多く、雑多な人種が暮らしているが、田舎に行くといわゆるフランス人だけ。パリであんなに多い黒人はこの村では一人も見かけなかった。ここに住んでいるのは豊かではないといっても、最低限自分の土地を持っている人々。移民では住めないのだ。不況の今、日本でも地方に行くと、荒廃した都市部に比べ、本当の田舎の、土地を持っている農家の方の底力を感じるけれど、私が見たのはそんな豊かさのようにも思う。
 <いけない、どうも脇道にそれてしまう> それ位美しさにやられた。実りの秋は一段と綺麗だろうなあ、子供たちははしゃいで収穫をしてるのだろうかと、旅心もそそられる。「フランスに旅行するなら、パリより田舎だよ」と言う友人の言葉も紹介しておこう。本題だけでなく、ふんだんに散りばめられるフランスの美意識を堪能したい。(犬塚芳美)

この作品は、第七藝術劇場で上映中、
       10月10日(土)から京都シネマ、
       12月から 神戸アートビレッジセンター にて公開
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