太秦からの映画便り

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映写室 「USB」奥秀太郎監督インタビュー(後編)

映写室 「USB」奥秀太郎監督インタビュー(後編)   
 ―「愛の進化論。」とは?―

<昨日の続き>

―お二人ともお出になるだけで映像に物語を感じるというか、独特の存在感がありますものね。どんな役もこなす桃井さんは今回普通の母親、日常性との繋ぎ役でした。
奥:普段奇抜な役をやることの多い方なんで、逆に母親をやったら面白いかなと。
―その母親は息子の事をどこまで解っているのでしょう。監督の設定では?
奥:僕の中では、ある程度のことまでは解かっていて許している設定です。ただ、母親が思っている以上のことを息子はやっていますよね。母親はさすがに人を殺しているとまでは思わないけれど、色々な事をやっているんだろうなあと感じながら、気がつかない振りをしていると。母と子ってそんなところがあるじゃあないですか。感じてはいるんだけれど、口に出せない。子供として庇護し、心配しながら見逃しているというか…。

USB1.jpg
©2009 NEGA Co. All rights reserved.

―それにしては26歳。庇護が長過ぎる。
奥:そう、26歳! 長過ぎるんです。それが今っぽいんじゃあないかと。今、ニートとかフリーターとか言って、学生でも会社員でもなく、しかも何時までも実家暮らしの人が多いですよね。一世代前の人の若い頃70年代なら、工場で働いて30万円貰う事に誰も疑問を持たなかった。でも今は、コンビニでバイトして15万円貰える時代で、会社員でなくてもバイトで良いじゃあないかと皆が思い始めている。今の若者は工場で働かなくても良いと気付いた世代です。これを作った一昨年から去年の頃は特に、こんなに不況でもなかったので、普通に暮らせば餓死するのが難しい社会だった。実家にいたりしたら、それだけで楽勝です。大人からは何やってると思われるけど、それも平気で、ちゃんとした仕事をしたいと思わないし、しなくても暮らしていける彼らには、する理由がない。社会人になり切れず、ならない人をテーマにした映画を作りたいと思ったんです。そんな事が可能な時代だと思うんですよ。ただ、それでも鬱積していると。全部ではないけれど、主人公の心情に僕自身が重なる所もあります。医学部の受験とか司法試験とか、落ちても落ちても長い間挑戦する人もいますよね。まあ、そんな風にして結局受かる人もいるから、なんとも言えませんが。

―ええ。ただこの主人公の場合には勉強していないし、受かろうという意志は感じません。
奥:まあ感じられませんね。
―若い人が何を考えているのか解からないとよく言われますが、これってそんな感じですか? 絶望感に支配されているとか?
奥:絶望感といっても、親の世代の絶望感とは違います。
―ええ、感覚としては解ります。主人公と同年代の鈴木さんはどう思われますか?
鈴木雄大さん(以下敬称略:同席していた出演者兼製作):若者は若者で大人は解かってくれないとも言うけれど、祐一郎に限っては解ってくれないという悩みはないのではと思います。解ってもらおうと思ってないというか。意志がなさそうである人だなあと思いました。僕個人としては共感できる人ではありませんが。

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奥:明確な意志はある人ですよ。彼の事について桃井さんと少し話をしたんです。桃井さんは祐一郎の感じが解かる、今っぽい子ねと言われて、だから母親役の私は普通に演技すれば良いのよねと言っていました。そのとおりに演じて下さったと思います。
―確かに桃井さんのあの母親にならこんな息子がいそうですね。
鈴木:ええ。桃井さんが今までやった親子の中で、渡辺さんの祐一郎が一番息子っぽいと言っていました。
―桃井さんをはじめ実力派の個性的な方々が揃いましたが、ベテランを指揮するご苦労はなかったですか?
奥:皆さんに対してやりにくいとかそんなことは全くなかったです。逆に色々助けて下さり、相談にのって下さいました。本当の意味で素晴らしかったのは桃井さん、野田さんです。撮影はのべ20日間ですが、お忙しい方々のオフを狙って撮影スケジュールを組むので、撮り終わるまで半年ほどかかりました。
鈴木:渡辺さんは最後のほうでグロッキーというか、かなり参っていました。主人公でその間ずっとですから、あの役を引きずると精神的にきついですよね。
奥:少なくとも爽快感のある役ではありませんから。

―そばで撮影をご覧になって奥監督の仕事振りはいかがでしたか?
鈴木:この作品のオーディションで初めて奥さんと出会いましたが、ずっと近くで見続け、肝心な時に頼れる人だなあと思いました。状況も不安定な中での撮影、自分のやりたい事がちゃんと解っていないと出来ません。それをやり遂げたのは凄いと思います。貴重な経験が出来ました。
奥:僕は舞台の映像をよく撮るけれど、其方は当然ながら舞台の監督の意向に合わせます。仕事だからそれは仕方が無い。自分の言いたい事は映画で表現しています。だから映画作りは止められません。

―ええ。ところで「USB」という個性的な題名は、何時考えられたんですか。
奥:最初は「桜の木の下に」と思っていたんですが、現代的なメディアのイメージに近づけたくて、その頭文字と次に考えたUSBメモリーをかけたんです。USBメモリーは映像でも出てきますし、中に何が入っているのか解らない。でも大切な何かがはいっているかも解らないというところがイメージ的に合うなと。
―USBメモリーを首にかけたレントゲン室のシーンは衝撃的ですよね。それに続いて、今度は恋人も一緒のレントゲン室のシーン、彼女の肩を抱いた祐一郎の指の意志的な事。軽く置いたはずの渡辺さんの繊細な指にゆるぎないものを感じて、今もって残像になっています。それまで投げやりだった彼に始めて強い意志を見ました。「もう1枚!」、「もう1枚!」と続く途中で息苦しくなり、「解ったからもう止めて!」と叫びたい位で。あのシーンは最初から決めていたんですか?
奥:ええ。あそこへ持っていくために途中を作ったようなものです。最初と最後があってその間を埋めていくのがストーリー作りですから。

―ところで、あの衝撃的なラストがどうして「愛の進化論。」なのでしょう?
奥:テロ的にああいう行為をとることで、障害のある子供が生まれる可能性は高まるわけです。それでも自分は引き受けると言う祐一郎の意志ですよね。今の時代を生き抜いていくある種の覚悟と取ってもらってもいいかなあと。ニートだったり派遣だったりと自分の事で精一杯で、カップルは生きにくい世の中になっています。しかも環境汚染が進んでどんな障害を持った子供が生まれるのか解からない。そんな事が原因で壊れる夫婦関係も多いわけです。今はそんな事を乗り越える力を要求される時代だと思っています。内容的には愛は進化してないけれど、カップルの新しい絆を提案したかった。逆に言うと、「気安く愛を語るなよ!」という意味でもあります。

―祐一郎は彼女を愛しているんでしょうか? 彼女への冷たさが骨身に応えました。彼と彼女の心のすれ違い、誰かの体験談をそのまま映したようです。
奥:皆で相談しながら作っていったので、誰かのそういうアドバイスが反映されたかもしれません。ただ、祐一郎に彼女への愛が無いわけではない。口では山のように愛していると言い、実際に愛しているように見せながら、致命的な局面、肝心な時には愛していない事が露見する人もいます。祐一郎は日常的に優しくは無いけれど、子供が出来たと言われたら、堕せとは言わない。開き直りの行為ではあるけれど、障害を持った子供が生まれる可能性まで引き受けるという覚悟、彼が義務感としてそれを持っていることを見せたかったんです。こういうスタートを取ったことが、彼の愛の進化論かなと思います。
―うーん、義務感かあ。彼の愛はあまりにテロ的です。彼女の健気さが痛々しくて。
奥:確かに、だったらもっと普通に優しくしろよとなりますが。

―ゆっくりお話を伺って少し解明できましたが、奥監督の作品は一般的に難しいと言われます。その点はどうでしょう?
奥:どうなんでしょうねえ。難しいと言いたがる人がいるんですよ。この作品はそんなに難しいわけではない。
―ええ、確かに。若い監督が時々、答えを与え過ぎずに、考えさせる事で観客を映画の世界に取り込みたいと言われますが、そんなところもありますか?
奥:僕は考えて欲しいと思うほうではありません。言いたいことはより解かりやすく伝えたいとは思っています。ただ同時に、扱うテーマとして、ものすごく解かりやすい解決策、人と同じ結末を取りたくないとも思います。言いたい事は明確に言いたいけれど、導くのは言葉に出来るありきたりの結論ではないと。それを解かりたくなくて、シャットダウンする人もいる。まあ、しょうがないですね。

―最後になりますが、監督からこの映画のここを観て欲しいというメッセージをお願いいたします。
奥:環境汚染が人類に及ぼす影響への危機感はずっと持っていました。この作品はそんな点とそんな時代を生き抜く愛がテーマになっています。これを観て、その人が何かしら自分でもやりたいなあと思ってもらえたら、僕にとってはそれが一番嬉しい。もやもやした気分になるだろうけれど、たまにはそんな映画もいいでしょう。そのもやもやが何なのかを、皆で考えて欲しいと思います。(聞き手:犬塚芳美)

<作品の感想とインタビュー後記:犬塚>  
 <ちょっとひりひりした空気観>、可能性と共に若い危うさの漂う作品です。作品全体のトーン、出演者、暴力的な物語等々から、クリエイティブな刺激を受けました。それが何より嬉しい。もうお気付きのように、私は舞台で言ったら小劇場系のこの手の作品から触発されることが多く、好きと言うか妙に気になる。表現しにくい微妙なところを、言葉を探りながら丁寧に応えて下さった監督に感激しました。
 <先行した東京上映では>、奥監督の今までの作品以上に若い観客が多かったそうです。桃井世代としては、若い人だけでなく大人世代にも、あの頃の自分たちに繋がる今の若者の鬱積した思いを、この作品で体感して欲しいと思いました。
 <物語の後半部分>、川崎の和光での撮影は、化学臭のする工場群の中でむせながら、撮影が終わると逃げるようにロケバスに入るという苦行だったとか。日本人はほとんどいないという現場作業、イチゴのような甘い香りというのはベンゼン化合物に間違いなく、その薬品が何に使われるのかというと、たいていは防腐剤だったり着色剤だったりの食品添加物なのですが…。テロ的に示された現代は決して架空ではなく、私たちに見えている社会のサブストーリーなのかもしれません。
 

  この作品は10月10日(土)より第七藝術劇場で上映
         公開初日(14:30)に奥秀太郎監督の舞台挨拶があります
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