太秦からの映画便り

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映写室 新NO.21「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」&「パンドラの匣」

映写室 新NO.21「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」&「パンドラの匣」      
 ―太宰治生誕100年に送る、映画化作品2本―

 2009年は、太宰治の生誕100年に当る。この後も「斜陽」、「人間失格」と太宰文学を原作とする映画の公開が控えているが、まずは対照的なこの2本だ。対照的といっても、ちょっと気取った言葉のやり取りと、そこから生れる間合いの美しさは共通している。太宰に重なる男の魅力と、女にもてたと言う作家の視点で描く女性たちのたおやかな美しさもそうだ。鮮やかな映像が私の中で時々セピアに揺らぐ。終戦前後の世相を濃密に描きながら、どちらの作品の人物像にも今を感じるのは、監督の工夫と共に太宰文学の普遍性だと思う。映画の魅力だけでなく、底流を流れる夭逝作家の魅力にも惹かれる。久しぶりに太宰を読みたくなった。この秋、文芸の世界にいざなう2本です。


《1.ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~》
―円熟期の監督と熟達のスタッフの手で、正統的日本映画に―


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(C) 2009 フジテレビジョン パパドゥ 新潮社 日本映画衛星放送

 <小説家の大谷は>、才能に恵まれながら酒に溺れ、借金、愛人と自堕落で、いつも死の誘惑にかられている。妻の左知は、そんな夫の帰りをあばら屋で坊やと共に待っていた。夫の借金の尻拭いに飲み屋で働き始めると、その美しさが皆の注目の的。若い工員や昔の恋人の弁護士が心を寄せる。生き生きと美しくなる妻に嫉妬する大谷…。

 <短編の「ヴィヨンの妻」に>幾つか他の短編のエピソードを加えて膨らませている。舞台は終戦直後。復興の兆しで、貧しい中にも町が活気付き始めた頃だ。天才と持て囃されながら人生や作品に鬱々とした思いを抱えて、自堕落に暮らす作家。悩むと酒に逃げ、極貧は深まるばかりだ。裏切られてもほっとかれても夫を支える妻は、何処に惹かれているのか、何故寄り添い続けられるのかを、色々なエピソードを重ねて問いかけていく。お互いに敬語を使い合うという、原作の世界観のままの台詞が不思議なテンポを宿して、この2人の静謐な精神世界を映すのがミソだ。貧しさが精神にまでは及ばない作家とその妻、だから余計に極貧が際立つのだけれど。

 <作者の太宰に重なる大谷には浅野忠信が>、左知には松たか子が扮して、男と女の部分を残した匂やかな夫婦の情感を見せていく。夫婦だけれど男と女、男と女だけれど結びつきは精神性というこの夫婦の特異さを、扮する二人が納得させる。しっくりと馴染み、精神性と日常性の両方を漂わせる二人の着物姿が素敵なのだ。主演作が続く浅野にとっても、滲む苦悩と男の甘え、色っぽさで、久しぶりに初期の頃の魅力を垣間見た。もてる妻に嫉妬して苦しむ風情など、生きる苦悩より深そうではないか。程のよい崩した着物姿が、何しろ魅力的なのだ。

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(C) 2009 フジテレビジョン パパドゥ 新潮社 日本映画衛星放送

 <意外な事にこれが大作初主演という松も>、あばら家に寝巻きで登場したシーンの存在感だけで、もう観客をこの物語に取り込んでいく。しどけない襦袢姿にすら気品を残し、左知という不思議な存在を自分に引き付けて、一皮向けたように女優としての香りを漂わせている。そそくさと着た粗末な着物が体に馴染んで程よく粋な事、まさにこの時代の清貧の妻だ。それに仕草が美しく、奥の部屋から寝巻きの襟元をかき合せて出てくる様、重そうな背中の坊やを気遣う風情と、これじゃあ誰だってほおって置かない。粗末ななりを恥じながらも居直ったようにも見えるのは、この妻の大らかさや暢気さにも通じる。
 <…と、時代の空気感を漂わす浅野と松の着物姿の素晴らしさ>で、物語の世界に取り込まれた。

 <まるで妻を試すように次々と苦行を強いる夫>、何処か暢気にそれを受け流し、夫を許す妻。愛人と心中未遂を繰り返す夫にしても、生きるとしたら妻の傍らでしかない。壊れそうな二人に見えて、壊そうにも壊れないのはそれぞれを恋う相手が味わう敗北感で解る。留置所の鉄格子越しに、始めて意志的な目を向け夫の不実を詰る妻。夫婦としての最後の絆を問う言葉の重さ。こんな日々が彼女を自立させても行く。紅を引き覚悟を決めて訪れた弁護士の元から帰った左知は、明らかに変っていた。

 <魂の深いところ、お互いの静謐さで結びついた>2人は、この後も皆をハラハラさせながらこんな暮らしを重ねていくのだろう。この後だって左知に平穏があるとは思えないけれど、それも仕方がない。二人は運命の結びつき、左知は彼を愛しているのだから。「私たちは生きているだけでいいのよ」と夫の隣で呟いた、タンポポのような陽だまりの温かさで、夫を包んでいくのだろう。監督はそんな左知をいとおしむ様に、松たか子を全編匂やかに美しく撮っている。
 <ラストシーンの二人が並んだ映像は>、この夫婦の今の関係性だ。全てを引き受ける覚悟を決めてさっぱりと意志的な瞳の妻の横で、夫はそれしか方法が無いかのように、まだいじいじと妻に甘えている。視線は交えなくても、それでも二人同じ場所に並んで立っているのだ。
 <大らかで清々しく、悲しいまでの愛の物語>だと思う。才能に惹かれるのは怖い。才能と裏腹の破滅の精神も引き受けることになるのだと思い知らされた。

 <室井滋・伊武雅刀・妻夫木聡・広末涼子・堤真一>といった、それぞれが主役級の共演者を、個性を際立たせながらあくまで脇に留めて、まとめ切った配役の妙。そんな演出の冴えをモントリオール映画祭で評価された根岸吉太郎監督だけでなく、主演二人にとってもメモリアルな作品になるだろう。(犬塚芳美)

  この作品は、TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズ二条等で上映中


《2.パンドラの匣》
 ―若い才能が結集した実験的な作品―



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(C) 2009「パンドラの匣」製作委員会

 <利助は戦争中は吐血を隠していたが、玉音放送を聴き>、こうなったら「新しい男」に生まれ変わり生きようと、山の中の健康道場に入った。ここでは患者は塾生、看護婦は助手と呼ばれる。助手は塾生に「がんばれよ」と声をかけ、塾生は「よしきた」と応えるのが決まりだ。皆があだ名で呼び合い、利助は「ひばり」と名付けられる。詩人のつくしが直って退所後、新しい助手として美しい大人の竹さんがやってきた。

 <…と荒筋を書いても何だか解かりにくいが>、道場のベッドが並んだ部屋がメインの物語は、舞台劇のように進む。変な規則で一杯の日常はどこかユーモラスで、そこで行われるのは治療というより精神鍛錬のようだ。道場はある種のユートピア、死が近くにありながら、この作品はユーモラスで明るい。まな板の上の鯉というか、誰もがじたばたせず、観念したように不思議な規則と治療を受け入れている。おじいちゃんまでが少年のように素直だ。そんな日常や、自意識過剰なひばりに個性豊かな道場の仲間や若い娘たちが絡み、死への恐怖の隣の甘酸っぱい感情と、心の揺れが描かれる。
 <「ヴィヨンの妻」がやるせない大人の愛の物語>なら、こちらは気恥ずかしさも含んだ青春物語。愛の手前の憧れや初恋の物語だ。太宰の原作だけれど、太宰のオリジナルではなく、「斜陽」のように他の人の日記が元になっている。

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(C) 2009「パンドラの匣」製作委員会

 <ひばりに扮するのは染谷将太>、つくしに窪塚洋介、竹さんには、芥川賞作家の川上未映子、他にもふかわりょう、ミッキー・カーチス等々の意表を突いた配役の妙も見所だ。
川上未映子のどうどうとした女優ぶりが見事で、存在感たっぷりに塾生だけでなく私たちの心もかき乱す。俳優が本職でない人の不思議な間合い、映画初出演の人たちの新鮮さ、下手という意味ではなく自意識の事だけれど、ちょっと学芸会的でもあるリズムを楽しみたい。
 <廃校を利用したという舞台のような>塾生達の部屋、時代考証と無視の仕方、独特の世界だ。白い洋装が可愛い助手の服装に顕著な衣装も、正確な時代考証というより独自の世界を作って、この世界を時代不祥のユートピアにするのに一役かっている。

 <時々音楽がぷつんと意図的に切られたり>、恐ろしく無音になるが、この作品は今時珍しいアフレコ(音声が同時録音ではない)なのだという。昔の大映作品を目指したという富永昌敬監督の企みはいたるところにあり、ニュアンスとしては優しくても、この作品志は随分とんがっている。それがひばりの自意識過剰な世界を感じさせて、まずは文芸作品を撮りたかったという監督の目論見どおり。セピアに霞んだ夢の中のような時間だった。(犬塚芳美)

    この作品は、10月17日(土)より、テアトル梅田で上映
            10月24日(土)より京都シネマ、
            12月シネリーブル神戸で上映予定
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コメント


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ごひいきの松たか子さん主演作!

評判がよくて楽しみです。

kawa | URL | 2009年10月15日(Thu)00:15 [EDIT]


ぜひごらん下さい。

二人の着物姿本当に素敵です。相性が良いというか、松さんだけでなく浅野さんの魅力も満載で、何度も見たくなりました。
ただここでもご紹介しているように、10日公開の作品が多くて、それほど人を集めてはいない。それだけが気がかりで・・・。

犬塚 | URL | 2009年10月15日(Thu)08:49 [EDIT]


久しぶりに堪能いたしました。良い映画を教えていただきました。

水谷 | URL | 2009年10月18日(Sun)20:06 [EDIT]


面白そうな映画が目白押し

ヴィヨンの妻、は先月観た映画の予告で流れていて、
「あ~絶対観たいな」と思っていました。
松たか子さんがとても魅力的ですし、広末涼子の愛人役もすごくはまっている気がして。
でも「沈まぬ太陽」も観たいし、「私の中のあなた」もこちらのブログを読んで観てみたくなりました。
1つに決められないほど面白そうな映画が目白押しで困ってしまいます(嬉しい悲鳴)。
早く映画館に行かないと…

ayako | URL | 2009年10月18日(Sun)23:41 [EDIT]


Re: タイトルなし

> 久しぶりに堪能いたしました。良い映画を教えていただきました。

お気に入りで良かった!良い作品をリアルタイムでたくさんご覧になった世代の方にも、楽しんでいただけたのではないでしょうか。
浅野さんと松さんの微妙にずれたカップルが良いですよね。ただ、太宰は好きな人は好きだけれど、嫌いな人は嫌いみたい。文学がというより生き方が嫌いなようですね。それでも映画としてみるとやっぱり良いと思うのですが・・・。かなり私情も入っています。

犬塚 | URL | 2009年10月20日(Tue)00:07 [EDIT]


Re: 面白そうな映画が目白押し

> 1つに決められないほど面白そうな映画が目白押しで困ってしまいます(嬉しい悲鳴)。
> 早く映画館に行かないと…

映画って行き始めると全部観たくなる。暫く行かないとどれを観たら良いのやら、行かなくても平気になる。不思議ですね。
今邦画も力をつけているし、ハリウッドも巻き返している。ヨーロッパ映画も良いし、観客としては恵まれていると思います。ここで観客を集められないと公開作品が減るので、悲しいことに。ぜひぜひ映画館へ!
試写室で観ても、なんだか物足りなくて。映画館の大スクリーンで観るのとは大違いです。視界の端っこからスクリーンがはみ出るくらいの所で見るのが、私の場合の特等席。至福の時間です。

犬塚 | URL | 2009年10月20日(Tue)00:13 [EDIT]


太宰に興味はなかったがここを読んで見たくなった。レディースデーだけでメンズデーがないのは不公平と思う。

信 | URL | 2009年10月21日(Wed)08:30 [EDIT]


Re: タイトルなし

> 太宰に興味はなかったがここを読んで見たくなった。レディースデーだけでメンズデーがないのは不公平と思う。

私も試写の後で思わず文庫本を買ってしまいました。独特の会話のとりこになって、続けて3回も読んだほどです。強引な勧めで見に行った友人が「一杯だった」というので、評判が広がりじわじわと人を集めているんだと、安心しました。
確かに男の人は割引デーが少なくてお気の毒ですね。いつ行っても1000円だと映画がもっと気楽に観れるのですが・・・。1本1800円は辛いです。ついつい慎重になる。そのくせ、映画の日等で1000円だと、2本、3本観る時もあるのです。

犬塚 | URL | 2009年10月22日(Thu)00:14 [EDIT]


 

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