太秦からの映画便り

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映写室 「1000年の山古志」橋本信一監督インタビュー(前編)

映写室 「1000年の山古志」橋本信一監督インタビュー(前編)   
 ―中越大震災と闘った小さな村の物語― 

 未曾有の災害となった2004年の中越地震からもう5年。私が山古志の名前を知ったのは、あの時流れた全村避難のニュースでした。半分崩れ落ちた道、美しい棚田や錦鯉の池の崩壊、牛舎に取り残された牛たちの姿と、自然の猛威を見せ付けた映像が忘れられません。それと共に、暫くして届き始めた、あれほどの破壊の後でも村の人々が少しずつ山に帰っているというニュースに驚いたものです。
 この作品は、山古志村を舞台に「掘るまいか」を撮った橋本信一監督が、震災の2週間後からカメラを回し続けたもの。1000年の歴史を持つ村が、災害に負けずどうして再生を目指せたのか。村人たちの不屈の魂、英知を探っていきます。そこから浮き上がるのは、山古志だけではない、私たち日本人がもっていた生きる力、普遍的なものでした。橋本監督にお話を伺います。

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<橋本信一監督インタビュー>
―監督と山古志とのかかわりは、「掘るまいか」からですよね?
橋本信一監督(以下敬称略):ええ、そうです。始めて村に行ったのは98年11月、完成したのは2003年の8月でした。山古志村の方から、「新しいトンネルが出来るんだが、そうすると昔皆が手掘りした隋道が忘れられてしまう。村の歴史だから記憶に残したい。それには広報媒体がいる。映画を作りたいんだけれど」と相談があったんです。当初は劇映画を作りたいと言っていて、有名監督とかにも話を持っていったらしいんだけど、「昭和初期の話を撮るなら5億はかかる」と言われて、村の人はびっくり。そんなお金はないし、騙されるのではないかと怖くもなった。神奈川県に今村昌平監督とこの作品のプロデューサーの武重邦夫さんが作った日本映画学校というのがあって、学校の人なら騙さないだろうと、こっちに持ってきたというわけです。で、武重プロデューサーと一緒に初めて山古志に行ったんだけれど、トンネルを5百メートル位歩いただけで圧倒された。手掘りだから岩とかむき出しで、ごつごつしていて彫刻みたいなんです。厳かというか、何かを語りかけてくるというか、まるで有名な宗教施設に入ったような感じなんですよ。思わず背筋を伸ばし、最初はわあわあ言っていたのに、残りは黙って歩きました。出口まで歩き終わると、プロデューサーの目が「やるだろう?」と言っていて、ぼくの目も「やります!」と言っていて、何も喋らないんだけれど、これで決まりました。

―凄いお話ですね。
橋本:再現シーンとかもあるんですが、山古志の人たちに協力してもらって、道具とかは当時使っていた本物か、使っていただろう物を用意しました。当時を知っている村の長老が時代考証をしてくれたんで、リアリティがあるんです。村の人にとっても映画作りはお祭りで、皆熱に浮かされたように、農作業をサボってやって来て、ワーッと一緒に作ったりと面白かったんですね。だから、映画が完成して我々もいなくなると、火が消えたようにさびしくなった。若い人とかが、又映画を作りたいなあと言っていたようです。こっちは細々と上映を続けていたんですが、そしたら2004年10月に中越地震がおき、大騒ぎになった。実はその日は、知り合いが東京国際映画祭で受賞したんで、お祝いに六本木ヒルズに行っていました。小泉さんとかも来てたんですが、エレベーターが止ったんです。結構揺れたんで、最初は東京で地震があったと思いました。誰かが新潟だと言い出し、心配になって山古志の人たちにメールや電話をするんだけれど、誰も出ない。胸騒ぎがするけれど、ニュースで長岡、小地谷、柏崎等新潟の地名が出るのに、山古志は出ない。山の中なんで大丈夫だろうと思っていました。そのうちにテレビで全村避難のニュースが流れて、怪我をしてヘリコプターで運ばれている人が映ったら、松崎六太郎さんという「掘るまいか」に出たおじいちゃんだった。(え、何やってるの?)と映画を観てるような感じで、現実味は無かったですね。時間が立つにつれ、水没した地域が映ったり、僕等が撮った棚田がめちゃくちゃになってたりで、だから連絡がつかないんだと解りました。後で村の人に聞くと、山が一つ動いたというんですよ。大変ですよね。すぐにでも駆けつけたかったけれど、どのルートを使っても、何処かで寸断されてて陸路では入れない。スタッフは「早く行こう」、「早く行こう」と言うけれど、テレビを見てるしかなく、連絡もつかず不安な日々でした。2週間後に天皇陛下が長岡市の体育館にいらっしゃった時、関越道が一時開通したんです。で、「掘るまいか」のスタッフで行きました。

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―天皇ご夫妻のお見舞いの映像がニュースで流れましたね。
橋本:ええ、それです。入ってみると長岡市内は凄い渋滞でした。新潟のテレビ局が「掘るまいか」のスタッフが来るというんで、カメラを準備してるし、僕等が行くのが伝わって、皆待っていました。で、山古志の人たちと映画みたいに抱き合って喜ぶんだけど、「無事で良かったです」としか言えなかったですね。食べ物を持っていってたのに、受取れないと言うんですよ。「こんな大変な時に来てくれて有難う。それは持って帰ってくれ。代わりにこれを食べろ」と言って、自衛隊の配給で貰ったものを布団の上に並べて、もてなしてくれるんですよ。お見舞いに行っているのにおかしな話だけれど、山古志の人たちはこんななんだよなあと納得しました。車座になって話してた時、仕切りもないところに布団を敷き詰めているから、「女性の着替えはどうしているの?」と聞くと、「トイレとかに行って着替えている」と言うんです。「衝立でも作ってもらわないとね」と言う僕らの話を聞きつけたお祖母ちゃんが、怒り出した。「何でこんな所で山古志の皆が元気か解るか? 皆の顔が見えるから元気でいられる。皆で支えあって生きて来た村だから、壁なんていらない。壁を作ったら、ジジババはすぐに弱るぞ。すぐに止めさせろ」と言うんですよ。はっとしました。苦しい中で皆で食べ物を分け合って生きてきた村なんで、個人のプライバシーよりも皆で繋がっているほうが大事。壁がコミュニティを阻害するんです。

―ええ。
橋本:最初、どうやって声をかけたらいいんだろうと思ったけど、実際の皆は暗いばかりでもない。松井さんと言う新築の家が水没した人なんて、お気の毒で声をかけられない。でも本人は暗いわけでも無く、しょうがないんだと開き直っている。「泣いて家や牛が返ってくるんなら、いくらでも泣くよ。でも泣いても返ってこないんならしょうがねえじゃあないか。それより自分はこれから集落をどう立て直すかを考えている。今までより良くして、次の世代に渡したい」と言うんですよ。地震からわずか2週間後に、村を子供たちにどう残せるかと100年先のことまで考えている。凄いですよ。誰もが話すのが後悔ではなく未来のことなんです。リーダーの松井さんが、とにかく前に向かっていました。「しょぼくれていたら誰もついてこない。道が壊れたんなら作ればいい。新しい山古志を作ろう」と、強がりではなく、心の底から言っていたんです。

―凄いですね。
橋本:そうでしょう? この人たちの凄さって何だろうと思いましたね。行政やマスコミの人たちから、「1年の半分は雪に閉ざされる、職場まで遠い山に帰るのは止めて、平場で暮らしてほしい。コスト的にも助かるのに、不便な所にどうして帰りたいのか」という声が聞こえてきて、山古志の人たちはじっと耐えていました。「掘るまいか」で人々と土地との繋がりを感じていたんで、僕らも「何言ってるんだよ!」と腹を立てながら聞いていたんだけれど、なんでそこまでして帰りたいかを証明する映画を作りたいと思いました。「マスコミはいずれいなくなる。1人減り2人減り、やがて震災があった事を忘れる。最後に残るのは自分たちだけだ」と松井さんが言うんで、「俺達だけは側にいます。皆さんがどうなるかを見届けるまで、側にいますよ」と言ったんです。その時は撮影するお金も無くてどうなるか解らないんだけれど、映画を作ろうと決心しました。

―それがきっかけになったと。
橋本:それ以前に小さな芽のような物はありました。地震の前に、山古志村の名前が合併で消えるから、確かにこういう村があった事を証明する映画を作ろうと言っていたんです。村の予算で「永遠の山古志」という小さい映像作品を企画していて、調印するところだったのが、震災で吹っ飛んだ。その小さな芽と避難所で僕が体験した事とが重なり、「1000年の山古志」のイメージが出来上がりました。僕がその時皆に言ったのが、「これを震災復興の映画にはしたくない。もちろん村の人たちの復興は映すけれど、それはプロセスとしてで、1000年続く山古志の深さを描きたい。それが“日本の村とは何か”、“日本人とは何か”に必ず繋がるはずだ」という事です。そしたら皆が「監督の気持ちは解るけれど、それじゃあお金が集らない。震災からの復興を前面に出したほうが良い」と言うんですよ。でも、「それをやるんだったら僕は降りる。タイトルは譲れない」と頑張って納得してもらいました。だから仮設住宅はあまり映っていません。(聞き手:犬塚芳美)
                    <続きは明日>

   この作品は11月7日(土)より第七芸術劇場で上映。  
          <なお、8日(日)には監督のトークショーがあります>
         順次京都シネマ、神戸アートビレッジセンター にて公開
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