太秦からの映画便り

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映写室 NO.26 千年の祈り

映写室 NO.26 千年の祈り
   ―娘を気遣う老父の思い―

 端正な作品だ。異国で暮す娘と、娘を心配して訪ねてきた老父の、お互いの気持ちを探るような物語が続く。何処かですれ違ったままの2人、まるでそれを気遣う老父の歩みの様な、スクリーンの中のゆったりとした時間。それはそのまま、忙し過ぎる娘を心配する父親からの贈り物のようでもあり、この作品のテーマに重なっていく。いたわりが的を得ていればいるほど煩わしい時もある。反発する娘とそれでも心配せずにはいられない親心。このあたりは普遍的な問題だ。
 <この作品には>、北京生まれの女流小説家、香港出身の監督、中国で活躍した主演俳優、日本人プロデューサーと、アメリカで暮す漢字文化圏の者達がかかわり、異文化の中での東洋人の魂の競演も見所。歴史あるアジア文化、悠久の時が、新しい土地に根付くさまが匂いとなって漂っているのだ。原題は「A Thousand Years of Good Prayers」で、色々な意味に訳せてこちらも興味深い。

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(C)2007 Good Prayers,LLC All Rights Reserved

 <離婚した娘を心配した父親が>、中国からアメリカの地方都市にやってくる。12年ぶりの再会だ。殺風景な部屋に住み、朝食もとらず、国籍不明の妙な料理を食べる娘に面食らい、父がしたのはまず中華なべを買うことだった。色々料理を作っても娘は不機嫌で、やがて帰宅も遅くなる。新聞を読み片言の英語で隣人と仲良くなりと、気を紛らわせても不幸せそうな娘が気にかかる。娘の身辺を探る父親、ある夜、とうとう2人は衝突して…。

 <親子の情愛だけなら>、これを異国間の問題にしなくても、田舎から出てきた娘と父親でもいくらかは当てはまる。ただ文化大革命期という、思想狩りまでされた中国の政治が絡むと物語は複雑だ。親子の確執にも、実は見えないところであの時代が影を落としている。父の秘密は、あの変革の時を、家族を守る為屈辱を耐え自分が犠牲になって生延びた事。その苦悩を知らない家族は父の突き通した嘘を虚勢とだけ見て、彼を疎んじ確執を生んだ。

 <そんな時代や祖国を忘れるように>、異国の言葉に馴染み異文化に染まっていく娘。自分を苦しめた変革や祖国すら敬愛し、娘にも忘れて欲しくない父親。自分の捨てたい過去を持って訊ねてきた父は重い存在だ。忘れないと、このスピードで回る異国では暮していけないのに、ゆったりと暮らす老人世代の父親にはそれが解らない。もう私のしたいようにさせて、お父さんとは違うんだからという娘の苛立ち、同じ立場に立ったら私もそうなるだろうとリアルだった。もちろんそうかと言って父への愛がないわけではない。2人のすれ違う思いを重ねるには、千年の祈りのような静かな時が必要なのか…。

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(C)2007 Good Prayers,LLC All Rights Reserved

 <父親を演じるヘンリー・オーが素晴らしく>、この作品の気品になっている。背中を丸めて肩を落とした姿の内面から滲み出る端正さ、人の品格って何だろうと改めて考えた。静かにスクリーンを支配して客席にまで品位を広げていく様が見事なのだ。オーのこの姿こそ、中国の底力。悠久の時千年の祈りの果てに持てる物だと思う。
 <そんな父親だから>、まるで秘密のベールを取るように、娘の部屋のマトリョーシカをだんだんに剥がし、机の中を探っても、品位はなくならない。老人と言うのも良いのだろう。生々しくなくて、親ってこんなもんだとちょっと笑いながら見れる。過剰な愛すらも父親の慈愛とし、そのまま祖国の慈愛になっていく。それでも娘は何時までも父の慈愛の中にばかりはいられない。新しい土地で、自分世代の祈りの時を持たなくてはいけないのだ。

 <そんな葛藤はこの親子だけではないらしい> 父親が公園で知り合った裕福なイラン人の夫人も、息子夫婦から疎んじられ老人ホームへ入っていく。片言の英語と中国語とイラン語という通じないはずの言語で心を通わせ、異国暮らしを慰め合った2人の老人の感じる寂しさ。他人に通じるのに、血を分けた子供に通じないもどかしさ。親と子に共通するはずの祖国の思い出は、親には絶対でも子供にとっては過去のものになっていくのだ。
 いくら心配でも娘の事は娘に任せるしかないと徐々に解ってくる父親、とっくに親離れしている娘に対して、父親が子離れをする時、お互い大人同士で向き合う時が来た。

 <長年の秘密を独り言のように語る父親と>、それを隣の部屋で聞く娘の姿が美しい。向き合っては打ち明けられない本当の事、大人の親子にはこんな距離が必要なのだ。
 <ラスト>、父は娘の薦めどおりアメリカを旅する。飛行機ではなく列車に乗ってゆっくりと、娘と自分のことを考えながらの旅だ。旅が終われば娘が止めたとしても、父は笑って自分の住む場所、北京に帰っていくだろう。自分の願いとは違っても、娘も又、娘なりの幸せを探す旅をしている。黙って見ているしかないと納得する父、この後にこそ本当のいたわりが生れる。
 知的な父と娘の、お互いを解り合えたからこその静かな別れが想像できて満たされた。それぞれの幸せを願う思いが、時空を超えてゆったりと流れる。(犬塚芳美)

この作品は、11月28日(土)より、梅田ガーデンシネマにてロードショー!
     (近日)、京都シネマ/シネ・リーブル神戸にて上映
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