太秦からの映画便り

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映写室「牛の鈴音」イ・チョンニョル監督&コー・ヨンジェプロデューサー会見(後編)

映写室「牛の鈴音」イ・チョンニョル監督&コー・ヨンジェプロデューサー会見(後編)     
 ―韓国で社会現象を起こしたドキュメンタリー―

<昨日の続き>
―テレビ放映用だったのが映画になったのは何処の段階ですか?
イ:1本作るのに普通は大体3000ウォンかかるんですが、もちろん良いものだと1億ウォンくらいかかりますが、時間がかかり予算がオーバーしてしまったんです。困っていた時に、プロデューサーのコー・ヨンジェさんに出会いました。
コー・ヨンジェさん(以下敬称略):丁度私がドキュメンタリーの公開で新記録を立てた後で、色々な人がドキュメンタリーの上映や配給について尋ねてきていた頃です。ただこの作品を映画にするには、著作権の面や技術的な面で色々心配な事がありました。その部分とマーケティングを引き受けることにしたんです。最初の契約者がそれまでの費用を監督に請求してきましたし、僕も資金が底をついて銀行から目一杯借り、姉からも借りて背水の陣で臨みました。ヒットしたので今は笑っていますが、映画が駄目だったら今頃僕ら2人は破産です。大変な事態になっていたでしょう。逆に僕に権利を売った最初の社長は、悔しくて泣いています。

イ:その時は放送する手段が無く、お蔵入りになりそうだったんです。こうなったら何とでもなれという起死回生の気持ちでコーさんに相談したのは、この作品の監督だからという訳ではなく、個人を離れて、この映像を生かしたい、世に出したいという思いからでした。

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(C)2008 STUDIO NURIMBO

―公開に漕ぎ着けるまでには紆余屈折があったわけですね。ところで韓国のご夫婦というのはこんな風なのでしょうか。もっと封建的かと思っていたのに、お婆さんが文句を言ったりと威張っていますが?
イ:私にも70を超えた母親がいますが、こんな感じです。いつも小さい事で父と争っていて、わたしたちが行くと父の悪口を言いますね。一見夫に従っているように見えながら、あのお婆さんのように、どうして私はこんななのかと聞いてはもらえなくても小言を言ったりします。このあたりは万国共通というか、日本でも同じなんではないでしょうか?韓国の男性は一家を養わないといけないという重責の下にいます。その大変さをお母さんは解っていて、暴君を許しさりげなく支えているんです。僕も若い頃は女性に優しかったけれど、圧迫感の中にいるとだんだん父に似て暴君的になってきた。女性は細かい優しさを見せて欲しいけれど、私もそうですが、男性はそれを言わないですね。あのお婆さんも、お爺さんの大変さが解っているし、態度や口に出さない労りを解っているのでしょう。お婆さんの小言が可笑しくて韓国では笑いが起こりましたが、ある意味典型的なご夫妻ともいえます。

―2人の阿吽の呼吸ですね。ところで韓国では牛に特別な意味があるのですね。
イ:自分の真面目さを披露する時、私は生涯牛のように働いたとかいう表現があるように、特別ですね。韓国は急激に農業国から工業国に変りました。農村部は段々取り残されていくので、親の世代は子供たちには農業をさせたくないという思いが強いのです。自分たちが犠牲になり、子供を大学にやってホワイトカラーにしたいと思っている。それが幸せだと信じていて、それの出来る唯一の方法が、牛を使って農業をし、牛を育てて、子供の入学とかの節目節目で、それを売って学費に当てることなんです。
コー:牛というのは韓国人にとって故郷であり、親近感やありがたさ、ある意味で霊的な存在ですらあります。韓国では牛は犠牲の象徴なんです。大学の事を牛の骨を積み上げた塔と呼ぶ位で、牛を売って進学してきました。もちろんそれは父親にも当てはまり、この作品のモチーフ、お爺さんと牛は、お爺さんが牛は子供以上と言ったように、運命共同体的な、犠牲と献身の象徴といえます。

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(C)2008 STUDIO NURIMBO

―牛が涙を流すシーン、あれは本物ですか?
イ:ええ、本物です。あのシーンで牛は本当に涙を流しました。余談ですが、そんな時でも、草を食べて育った牛は涙を流すけれど、飼った飼料で育った牛は涙を流しません。私の父は私が小さい頃から牛を育てているので、牛の涙も父の涙も沢山見てきました。父が育てた牛は私の学費の為に売られていきましたが、牛も飼い主の感情を解っています。
―「牛の鈴音」という題名の意味は?又、全編鈴音が響いていますが?
イ:鈴が鳴っているのは、牛が生きていること。故郷が生きている、お爺さんとお婆さんも生きているという意味があります。大切なものは続いて欲しい。世の中で消えていくより、忘れられていく方が悲しいんだという事を伝えたかったんです。覚えていないといけない事を忘れるのが悲しい事だというのを、この作品で言いたいと思いました。
コー:それは内容的な側面で、興行的には言葉自体が親しみを持たせるハングル語な事、発音自体も可愛いらしいと言うのがありました。しかも最初の頃、「牛の鈴音」という言葉の意味を知っている人が10人中1人か2人だったんです。マーケティング的に言うと、言葉を知らないから皆が題名を「牛の鈴音って?」「牛の鈴音?」と繰り返していく。それが宣伝的に良いのではとも思いました。

―ここまでヒットすると思われましたか? 又ヒットした訳は?
コー:最初は小さく公開し飢餓感を煽って拡大上映に持っていくとか、配給の作戦も色々立てましたが、正直に言ってここまでヒットするとは思っていませんでした。ただ、公開前の試写の反応が良かったので、新記録を立てるぞという思いはあったんです。日本には5.6年前から年に数回来ていて、ある程度日本人気質が解ってきたので、先行した有料の試写会で、上映後の皆さんの反応に注目していました。手ごたえが良いですね。夜遅いにもかかわらず大勢の方が観て下さり、終わった後ロビーに立っていると、握手を求められたり熱い言葉をかけてもらったりと、いい感触を受けました。韓国の映画だけれど、ここに描かれているのは、国に関わらず忘れて欲しくない普遍的な世界。誰もが心の奥底に仕舞ったかけがえのない世界のはずです。日本の皆様にも一人でも多く観ていただきたいと思います。
イー:僕は親不孝な息子です。韓国にも僕と同じような人がいる。これを観て、両親に申し訳ないなあと思って欲しくて作りました。日本の皆様にも、観終えた後で両親を思い出してもらえ、電話の一つもかけてくださればと思います。
コー:この映画が公開になる前僕がしたのは、両親に電話をかける事でした。これからも、そんな思いを共有できる映画を、作りたいと思っています。(聞き手:犬塚芳美)

<作品の感想とインタビュー後記:犬塚>
 何とも懐かしく優しい世界です。お爺さんの頑固さ、小言ばかりで口煩いけれど、実はお爺さんを気遣っているお婆さんの愛、途中から涙が止まらなくなりました。又、映像の端正さも群を抜いている。テレビの世界で熟達した技術を上手く配して、何を見せたいのかを明確に持って作った、クオリティの高い作品です。ドキュメンタリーなのか劇映画なのか、時々解らなくなりました。


 この作品は、12/19(土)より第七藝術劇場 、シネマート心斎橋で上映
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コメント


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ぜひ見たいと思います

時代はドキュメンタリーですね。ぜひ見ます。お正月までやっているでしょうか?

T.T | URL | 2009年12月19日(Sat)23:37 [EDIT]


Re: ぜひ見たいと思います

> 時代はドキュメンタリーですね。ぜひ見ます。お正月までやっているでしょうか?

本当、ドキュメンタリータッチにいい作品が多いですね。19日からですからお正月もやってると思いますよ。帰省の前にぜひ!ハンカチを用意して。

犬塚 | URL | 2009年12月20日(Sun)21:28 [EDIT]


 

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