太秦からの映画便り

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映写室 「銀色の雨」鈴井貴之監督インタビュー(後編)

映写室 「銀色の雨」鈴井貴之監督インタビュー(後編)
   ―当たり前だけれど、忘れがちな事を―

<昨日の続き>
―和也が菊枝の部屋で裸で待っていたり、よっしゃ!と言ったりがリアルで笑えますが。
鈴井:思春期の少年ってHなことしか考えていなかったり、基本的に馬鹿じゃあないかと(笑)。人生に悩んでいることを描くのであれば、実際はそんな事も考えているといことを出して、観客の皆さんにこの物語を身近に感じて欲しかったんです。10代は駄目な時代ですよ。
―監督のそういう所が自分と等身大でコアなファンを生むところじゃあないでしょうか。
鈴井:ファンの方々にいていただかないと成立しないわけですから、非常にありがたいと思います。映画というのは、最終的には観客の皆さんが仕上げて下さるものだと思っております。スクリーンにかかった瞬間から、受け入れられるのは観客のニーズに合っているかどうかですから。観て下さってもすぐに忘れる方もいるでしょうし、自分の思いと重なるとずっと覚えていてくれる。何人かの人の記憶に残れば幸運だなと思います。

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(C)2009「銀色の雨」製作委員会

―出番の少ない役にも大物を配する贅沢な配役ですが。
鈴井:3人の物語なので、他の人はどうしても出番が少なめなんです。でも確かに贅沢な配役で、この役にこの人をと言うのを皆さん引き受けて下さいました。
―そういうのは監督からのオファーですか?これだけでなく、前作等も配役で渋いところをついてらっしゃると思うのですが。
鈴井:リクエストはします。キャスティング担当の方からの提案もありますが。キャスティングは、あざとく狙っているわけではないんです。考えてみると僕の撮った作品は全て初主演作になってますけど、それも意図したものではないですし、重要なのは結果ですから、拘りがなくフラットに選んだらそうなっただけなんです。僕はあまり人と違うものを作りたいとは思っていません。それが出来るのは天才だけだと思っています。僕は天才ではないので、自分の力や可能性が解かっている。逆に言えば限界が解っているという事です。その範囲内で何をするか、自分の力量にあった作品作りで何が出来るかと言ったら、奇をてらわず、多くの人が考えている事、普遍的なテーマで、ああそうだよねって思える事、強いて言えばその中でも皆が忘れかけている事、言われれば解ると言う様な事を作品にしていきたいと思っています。僕が映画の中で言っているのは当たり前の事なんです。例えるなら、小学校でちゃんと挨拶をしようねと教えて貰う様な事。でも大人になっても出来ていない人もいる。コンビニエンスストアって挨拶で始まりますが、ただしそれがマニュアル化して心に響かなくなっていると思います。そのあたりを舞台にしたのが、前作「銀のエンゼル」でした。自分の出来る事は決まっている。これって誰もやっていないと大風呂敷を広げるより、これって何処かで見たよなで良いと思います。挨拶をきちんと出来ている人には退屈かもしれないけれど、その大切さに気付いてもらえればいいんです。僕の作品は色々な事が当たり前に出来る元気な人には必要ないんで、何処かで行き詰っていたり孤独な人になら、解ってもらえるのかなあと。退屈と言う人と解るなあと言う人との両方に、パキッと評価が分かれると思う。

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(C)2009「銀色の雨」製作委員会

―そんな風にお話を伺うにつれ、監督が獅童さんのされた役に重なります。あの役にぴったりの瞳をされていますよね。
鈴井:そうですかねえ。ただ、出来上がった映画を観たスタッフから、監督は孤独なんですね。孤独だからこんな映画が作れるんですねと言われましたね。
―さすがにスタッフ、深いですね。撮影中に一番孤独を感じた時は?
鈴井:四六時中感じてますよ。僕は監督として悩まないのをモットーにしてるんです。悩むと現場が止まりますから。もちろん予習を充分にやり、全カットで絵コンテをかき、事前打ち合わせをして、演者がどう動くかや、カメラのレンズから位置まで全て決めていますから。よほどの事がない限り、現場に行ってからの変更がないので、悩まないんです。一番感じるのは、皆が動いていて、皆がよくやってくれていて、その中にいる孤独ですかね。独りで部屋にいるよりも、都会の雑踏の中にいる方が孤独を感じると思います。これだけ人がいるのに誰も僕の事を知らないんだという思い。現場でも皆が順調に機能している時の方が孤独を感じます。
―そうですね。でも、その孤独も嫌じゃないと?
鈴井:嫌じゃないですね。皆が背負っているものだと思いますね。

―所で監督は北海道が拠点、それにこの物語のもともとの舞台は大阪なのに、今回どうして米子なんでしょう? 米子の何に惹かれましたか?
鈴井:風景ですね。米子にロケハンに行って、小さな川が流れていて海があり山があってという町並みの風情に惹かれました。平成の物語にしましたが、どこかに昭和の佇まいがある町を撮りたいと思っていたら、そんな匂いがして、ここにしようと思ったんです。それと山陰の米子と言っても、地元の人には申し訳ありませんが、地元の人以外はイメージがつきにくいと思います。先入観なく映像を観てもらえるからこれは良いなと。色の付いてない町を撮ると、この映画の町になりますから。
―コアなファンがいると、次に何かする時怖くありませんか?
鈴井:怖くないです。自分の力が解っているんで、自分を過大評価で捕らえていませんから。20代って自意識過剰でそう思うこともありましたが、今やもう大丈夫ですよ。
―逆に言えば、そんなプレッシャーを潜って来たからそう思えるのかも?
鈴井:そうかもしれませんね。
―監督って傷つく仕事ですか?
鈴井:そりゃそうですよ。自分の全てを晒して批評されるわけですから。批評家に色々言われると、やっぱ傷つきますよ。でもそれもしょうがないことです。自分はこれだけだと開き直っていますよ。(聞き手:犬塚芳美)

<作品の感想とインタビュー後記:犬塚> 
 なんだか懐かしく優しい作品です。それは物語でもあるけれど、物語の舞台になる米子の町の雰囲気でもありそう。まさに人生の雨宿りの町で、一度行ってみたくなる。自分の故郷のような、疲れた時に優しく抱いてくれる風情があります。昭和の佇まいを撮りたかったと言う監督のお話に納得しました。
 監督は、皆のお兄さん器質。何となく頼れそうで、自分の失敗談で励まして下さりそうで、そんなところがコアなファンが追っかける由縁だろうと思うのです。事務所のスタッフも監督を中心にアットホームでした。


  この作品は、12/5(土)シネマ-ト心斎橋、シネリーブル梅田、
          順次京都シネマ、シネリーブル神戸 にて公開
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コメント


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新作を待っていました。「銀のエンゼル」も日常のような非日常だった。大泉洋がよくて、なかなか変ったキャスティングが面白かった。

ken | URL | 2009年12月04日(Fri)07:54 [EDIT]


Re: タイトルなし

> 新作を待っていました。

鈴井監督は本当にコアなファンをお持ちなのですね。でもインタビューでファンの方々の気持ちが良く解りました。オーラがおありなので、インタビュー、最初は緊張していたのですが、だんだんずうずうしくなって、少しつっ込んだ質問もしました。でもそのほうが面白がってくださったようで、後半になるほどお話が弾んだんです。

犬塚 | URL | 2009年12月04日(Fri)23:33 [EDIT]


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| | 2011年11月25日(Fri)14:36 [EDIT]


 

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