太秦からの映画便り

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映写室「パチャママの贈りもの」松下俊文監督インタビュー(前編)

映写室「パチャママの贈りもの」松下俊文監督インタビュー(前編)    
  ―南米ボリビアのアンデス高地の物語―

 南米ボリビア、標高3600メートルの高地に、12000平方キロもの潮湖がある。ユウニ湖と言って、アンデス山脈の懐に塩の大地が何処までも広がっていく。この作品はそこで暮す先住民一家の物語で、ニューヨーク在住の監督が、現地まで通いながら6年の歳月をかけて撮影したものだ。珍しい光景と共に、スクリーンに流れるゆったりとした癒しの時間が心地いい。大地(パチャママ)の恵みに感謝し、自然と共生して昔ながらの暮らしを送る姿が、忘れがちな何かを教えてくれます。幸せってこんなものかもしれないと、ふと思ったり。昨秋の帰国にあわせて、松下俊文監督にお話を伺いました。

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(2009年11月4日)

《その前に、「パチャママの贈りもの」はこんなお話》
 父がユウニ湖の塩を採って暮す先住民、ケチュアの一家。息子のコンドリは13歳で、学校に行き友達と遊び父を手伝う。そんな彼にも変化は訪れた。祖母が死に友達が引越し、今年は始めて父親と一緒に塩を売る為のキャラバンに出る。リャマの背中に塩を積み、アンデスの山々を越えて3ヶ月もの旅だ。父親が鉱山で働く友達のコーリーも一緒に行く。農作物と交換しながら最終地は祭りの村だ。酒を飲みコカを噛み、喧嘩祭りが始まる。

《松下俊文監督インタビュー》
―この作品のジャンルは何ですか?ドキュメンタリーのようでも劇映画のようでもあり、どちらなのか解らなくなりました。不思議な世界です。
松下俊文監督(以下敬称略):ドキュメンタリーに見えるけれど劇映画なんです。実際にこんな一家はいるし、塩を切り取ってキャラバンで売りに行く仕事もある。描いているのは100パーセント現実です。つまり限りなくドキュメンタリーに近いフィクションなんで、カテゴリー的にはドキフィクションと位置づけています。観た人にドキュメンタリーかなあと思ってもらえたら、作った側としてはやったーと思えると言うか…。現実の場所とか、行われている事とか、言っている内容も含めて、ほとんど嘘はないんです。出演者も実際に素人の現地の人を使っていますからね。実は元々こんな、ドキュメンタリーと劇映画の境界を曖昧にした映画を作りたかったんですよ。そういうジャンルを、おこがましいけれど自分の道としてやりたいんです。ハリウッド作とか面白いとも思わないし、それよりは文化人類学的な分野とか旅とかに興味がある。ニューヨークに30年いるんですが、日本を飛び出した人間が、9.11テロに遭遇して、出直そう、映画をやるぞと思って作った作品ですから。

―監督は以前はドキュメンタリーを作っていたんですよね?
松下:そうです。前はドキュメンタリーを作っていました。アフリカ西海岸の土着宗教とここから大勢送り出された奴隷に関する問題とか、キューバ政府に要請された、キューバの音楽を採集しまくったビデオだとか、アメリカのインディアンと黒人との混血児のドキュメンタリーだとかを撮っています。今回フィクションにしたのは、90分と言う枠の中で自分の良い態事を言うには、何かを漠然と映すのでは無理。自分で構成しないとなかなかメッセージを発する所まで持っていけない。もっていける人もいるが僕には無理だと思ったからです。ドキュメンタリーよりもっとメッセージ性の高い物を撮りたい、劇的な映画が作れないかなあと思っていました。劇的といってもドラマがあるという意味ではないんですが、淡々とした日常のみ映すようなストーリーのない映像で、しっかりとしたメッセージを発したいと思ったんです。で、塩湖の日常を何度も撮ったけれど、どうもそれだけでは映画にならなかった。(どうしようかなあ)と思案してたら、湖の向こうの太陽光線を集めた蜃気楼の中から、何かが浮かんできて、「あれは何じゃ?」と聞いたら、キャラバンだと言う。「何やってるの?」、「塩を運んでる」、「何処へ?」、「知らん」とそんなやり取りがあって、調べたら、塩のキャラバンがあって、未だに物々交換をしていると解った。で、それを入れてロードムービーの要素も加味する事にしたんです。

―キャラバンの期間は3ヶ月ですか?
松下:映画上は3ヶ月です。実際にも2,3ヶ月なんですよ。マーケットに行くまでに1カ月位かかるんですが、相手側に交換するものが必要だから、キャラバンは秋の収穫の時期を狙ってです。塩のブロックは原っぱに置いて動物のミネラル補給に使うんですよ。人が使う分は精製するんですが、ブロックはその前の段階ですね。実はリャマが背負っている塩は撮影用で、実際のキャラバン隊の物より少し軽くしています。実際のとおりにすると重いから、何度もやり直すとリャマが死んでしまう。塩は重いんです。この頃は運ぶのはリャマよりロバのほうが多い。ロバのほうが強いんでね。リャマはコレストロールが少なく大変美味しいんで、普通食用なんです。あんな風に運ぶリャマは特別で、人の言う事を聞くようトレーニングされている。だから人間とも親しく、殺された時子供があんなに悲しむんですよ。もちろん死んでしまったリャマは食べます。そうしないともったいないし、干し肉のようにして携帯し、丈夫な歯でかじりますね。

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(C)Dolphin Productions

―塩湖って珍しいですが、海底が盛り上がって出来たわけですね。
松下:ユウニ湖は12000年前の地球の変動期に出来たものです。物凄く広くて、実際あそこの真ん中に立つと人生観が変りますよ。地球の神秘を感じるというか圧倒されます。舞台の村から塩湖までは歩いて1時間半から2時間かかり、村の人は山とかで方向が解るけどよそ者では無理。解らないと帰れなくなって大変な事になるんです。雨季には上に水が溜まって塩の層が薄くなり下に落ちる者も出るし、冬は寒いし食べ物もない。広いですからね、塩湖の真ん中で車がエンストして40人死んだ事もありますから。この頃ブームで観光客が増えたけれど、通るルートと撮影した所とは少し違います。

―そんな辺境の地、お父さんや子供の役をやった人は映画が何かを知っていましたか?出演をどう説得されたのでしょう。
松下:そんな理論事態がないんですよ。納得してもらったわけじゃあなく、映画を観た事のない人ばかりで、向うも理解できないから、最初は一緒に遊びながら進めて行きました。電気のある時ならホテル等でテレビが映りますが、映画館と言う物は知らない。たまには都市に連れて行って映画館に放り込み、お父さんと子供役に、「何でも良いから映画を見て来い」と言ったりと、映画が何かを教える努力もしました。
―撮影に時間がかかっていますが、この年代の少年だと成長が早いのでは?
松下:撮影は3年、企画や脚本の準備と後の編集に3年かかっています。もちろん変化はあって、子供が撮影中にどんどん大きくなるから、つながりが変なところなど気がつく人がいるかもしれません。最後は髭が生えてきました。それに妙な髪形にしだしたり、ポマードを塗っていつも櫛を持っていたりになって、思わず「変なことをするな!」と怒りましたが。思春期ですから手に負えません。

―子供二人がよく似ていますね。
松下:いや、そんなことはありません。僕から見るとぜんぜん違います。一人はお洒落だし一人はボーっとしている。僕も今回久しぶりに帰ってきて、日本人って皆同じ顔をしてるなあと思ったけれど、住めば解かる違いが外からでは解らないんでしょう。慣れでしょうが、先住民も一人一人個性的ですよ。本当は少年の登場は一人にしたかったけれど、一人では弱くて二人になりました。そうしたら子供同士がシュッシュッポッポと汽車の遊びをするんですよ。別にしろとは言ってないけれど、自然にそうし始めました。僕も子供時代よくやりましたからねえ、同じだなあと。彼らは先住民の流れを組んでいて、お尻に蒙古斑があるんです。僕ら日本人と近い。昔先祖が海を渡ったんでしょうねえ、死生観とか、お盆に死者が帰って来るとか、満月の夜に死んだ人が帰って来て生きている人と一緒に働いてくれるとか、精神、思想的にも僕らと近いんです。
―そんな点も見せるよう構成的に入れていますか。
松下:細かく見ていただくと、そんな風な色々な事を言っているのが解るんですが、全体ではソフトでオブラートに包んだように言っています。それらは全て、彼らが撮られているとか意識せずに自然に口にした言葉でした。(聞き手:犬塚芳美)
<明日に続く>

  この作品は、1月16日(土)より第七芸術劇場、
        順次京都シネマ、神戸アートビレッジセンター  にて公開
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| | 2012年03月14日(Wed)07:38 [EDIT]


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| | 2014年02月02日(Sun)13:32 [EDIT]


 

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