太秦からの映画便り

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映写室「パチャママの贈りもの」松下俊文監督インタビュー(後編)

映写室「パチャママの贈りもの」松下俊文監督インタビュー(後編)
 ―日常の中にある幸せ―

<昨日の続き>
―そういう素朴な環境にいた人々に、撮影と言うある種文明を見せたことになりますが、変化はありましたか?
松下:ハリウッドとかの撮影もよくあって、そんな時は大所帯で押し寄せるんですが、僕らは車の問題もあるから最小限のスタッフでのぞんでいます。5人程度とかね。だから悪い影響はそう無かったんではないでしょうか。逆に、いい経験だったのではないかと思います。この作品をボリビア先住民映画祭に出した時は、お父さん役子供役等のキャストやスタッフが全員来てくれて、歌って踊って非常に盛り上がりました。会場も満杯で、楽しかったなあ。撮影が終わると元の日常に帰りますから、彼らにとっても映画撮影の間がつかの間の夢だったようです。お父さんは今鉱山で働いているんですが、坑道の中に5,6時間もいると喉がやられる。顔色が悪くて声もがらがらでした。塩を採ると月収20000円くらいになるんですが、他の農民等に比べると格段にいい収入だけれど、もっと良い所へ行こうとして変ったんです。こちらだと30000円くらいになりますから。農民や学校の先生で大体10000円です。そういえば撮影中、子供たちが最初は行儀が良かったんだけれど、徐々にご飯を残し始めました。「作ってくれたおばあちゃんの愛が入っているんだからちゃんと食べろ」と言ったら、反抗期に入ったのもあって、「皆を見てみろ。皆も残している」と言い返すんですよ。見たらスタッフが皆残している。肉が硬いから無理もないんだけれど、自分たちがちゃんとやらないと子供たちにも言えないなあと思いました。そうは言っても、僕もそこまではやりきれなかったんですが。

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(C)Dolphin Productions

―彼らのいつもの食事はどうなのでしょう。経済的に厳しそうですが。
松下:体に良さそうな、自然食の非常に良いものを食べていますよ。国民総生産で言うとボリビアは貧しい国の一つだけれど、経済的には豊かでなくても、ある意味で豊か。貧しいなんてぜんぜん思わないですね。スープも肉や野菜が色々入っていて美味しいし、豆にキヌアでしょう。高地や痩せた土地でも育つ作物を知っていて、上手く栽培しています。ここでよく栽培されるキヌアは栄養価が高いんですよ。農村共同体が機能していて、ジャガイモとかアンデス原産の作物も沢山ありますしね。
―古代からの知恵がある地なんですね。
松下:ここはインカ帝国のあった所で、マチュピチュとかの遺跡がありますからね。元々僕はあんな文明を作った人たちが、今どうしているかなあとこの地に興味を抱いたんです。アマゾン川を一人カヌーで下りたいなあとか。
―だから日本を飛び出したと?
松下:見てやろう、聞いてやろうと言う好奇心です。日本では松竹京都撮影所に勤めていましたが、撮影所といっても所詮サラリーマン。色々言われるのが嫌で、徹底した自由が欲しくてアメリカへ行きました。アメリカではサラリーマンにもなりましたが、それでも日本とは比べられないほど自由でしたね。お金の心配もしないほうで、でも不思議に追いつめられたことはない。コマーシャルやテレビ番組を作って30年、贅沢もしないから自然に資金が貯まりました。今も映画祭とかで時々纏まったお金が入ってくる。そんな意味では僕はいい星の下に生まれているのかなあ。

―そんな自由な松下監督が、この作品に6年間も関われたのはどうしてでしょう?
松下:僕は最後まで諦めないタイプ、ネバー・ギブアップの精神ですよ。今までCMやドキュメンタリーを撮ってきたけれど、しんどい物でも全て最後までやり遂げたと言う自信があります。今回も正直大変な時もありましたが、止めようとは思わなかった。9.11で衝撃を受け、人生をもう一度見つめ直したかったし、僕の持っているアンデスへの文化人類学的な興味やロードムービーの楽しさを表現したかったんだと思います。その点はほぼ出来たんじゃあないかなあと。映画って何でもかんでもやれるわけではない。苦しみとかを表現したわけではないが、日常生活の中にある淡々としたもの、毎日の繰り返しが大切な事、自然と共生した人生の素晴らしさ、そんなものは現れていると思います。

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(C)Dolphin Productions

―最後におじいさんが手を振っていますよね。
松下:気難しい方だけれど笑顔をもらえてよかったなと。実は撮影の3ヵ月後に亡くなったんです。丘の上に埋葬されたんですがお酒を持っていって土にかけました。その時アンデスの風がパーッと吹いて、後ろに夕焼けの光が入ってきた。ドラマティックで素晴らしくてね、もう撮影は終わっていたけれど、この風を編集で現したいと思ったんです。自分の生まれた場所で生き、死んだ後は故郷の丘の上にこんもりと土を盛って埋めてもらえ、時々お酒を持ってきて注いでもらえる。これ以上何が欲しい、これでいいんじゃあないか、僕のやろうとした事は間違っていない、こういう映画でいいんだと思いました。途中ではもっと大きな事を目指してもいましたが、本当に大事なのはこんな事なんだとあの丘の上で納得したんです。最初から淡々とした映画を作りたかった。そこが人によっては弱いと言われる所なんですが、ドラマティックではない日常生活を撮って、幸せは虹の彼方にあるんじゃあない、足元、日常の中にあるんだというのを言いたかったんです。今や地球環境の危機でしょう?グローバリゼーションで精神までが変ってしまった。日本人が今見失っているものが、ここにあるんじゃあないかと言いたい。「パチャママは大事だと解ったけれど、贈りものって何だろう?」と、この映画を見終えた皆さんが話し合って下さったら嬉しいです。人によってそれが違うと思うので。

―そんな大地の豊かさを声に乗せたような、最後のルスミラの歌声が素晴らしいですが。
松下:良いでしょう、あの方は今ボリビアの駐仏大使です。大好きなんで参加いただけて光栄です。彼女の代表曲に、日本なら「母さんは夜なべ~して…♪」と言うような意味の歌があるんですよ。皆と言葉が通じなくてコミュニケーションが取れないから、撮影の説明の代わりに彼女の歌をずっとかけていました。こんな映画を撮りたいんだから解ってよと言う気分だったんです。(聞き手:犬塚芳美)

作品の感想とインタビュー後記:犬塚》 
 <素朴なお料理の風景、暮らしぶり、景色、民族衣装>と何をとっても物珍しい作品です。でも、確かに監督の言われるように、そこには私たち日本人と同じものが流れている。初めてなのに全てが懐かしく、忘れがちな物を思い出します。はにかみがちな少年の表情が日本人と似てると思うのは私だけでしょうか。ところで、数年前紹介した「世界最速のインディアン」で、北米の塩湖でサーキット場になっている所が出ました。海底が山中に上がると言う地球の変動に驚いたけれど、それが南米大陸にもあるのに驚きます。こちらのほうが素朴で、別の物語になるところも面白くて。
 <インタビューのほうは>、ニューヨーク在住と言うプロフィールに構えていたら、関西弁を話す、気さくで飄々とした監督が現れました。サービス精神旺盛は優しい方です。アンデスは日差しがきつく、帽子がないと生きれないんだとか。暑くて寒いと言う不思議な現象を何度もお話くださったけれど、日本にいる私には今ひとつ実感が伴わない。世界の広さを実感したひと時でした。時間が経つほどに監督の言われたネバー・ギブアップが心に染みます。遅れてきた新人監督の今後の活躍を楽しみに!


 この作品は、1月16日(土)より第七芸術劇場、
       順次京都シネマ、神戸アートビレッジセンター  にて公開
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コメント


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ご無沙汰しております

NY ENTEL でお世話になった奥村治です。ますますご活躍で素晴らしい作品を作られているんですね。

Osamu Okumura | URL | 2012年03月14日(Wed)00:25 [EDIT]


 

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