太秦からの映画便り

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映写室 「ドキュメンタリー 頭脳警察」PANTAさん・瀬々敬久監督インタビュー(前編)

映写室 「ドキュメンタリー 頭脳警察」PANTAさん・瀬々敬久監督インタビュー(前編)     
 ―政治の季節のカリスマロックバンドの再起動―

 PANTAがTOSHIと一緒に「頭脳警察」を作ったのはちょうど40年前、全国の大学に政治の嵐が吹き荒れた頃だ。誰もが政治を語り、資本主義やアメリカに懐疑的だった。そんな中でPANTAは、赤軍派の幹部・上野勝輝の檄文「世界戦争宣言」に出会う。曲をつけてアジテーションさながらに叫ぶように歌って、ヘルメットを被った学生たちのカリスマになる。そんな伝説のバンドが大好きだったと言う瀬々敬久監督が、2006年からカメラを廻し続け、「頭脳警察」再起動への蠢きを映しています。アルバム「俺たちに明日はない」の発売を記念した全国ツアーのラスト、大阪ライブの翌日に、PANTAさんと瀬々監督にお話を伺いました。

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(11月30日 大阪にて)

<その前に「頭脳警察」とは>
 ヴォーカル&ギターのPANTAとパーカッションのTOSHIが、1969年に結成したロックバンド。反体制的な歌詞が危険視されしばしば発売中止に追い込まれるが、若者たちは熱狂した。政治の季節の終焉に合わせるように、75年に解散する。伝説のステージと6枚のアルバムが残った。90年に再起動し、活動期と休止を繰り返して、又再起動を始める。
活動期(1969~75.12.31、90.6.15~91.2.27、2001.6.9~03.8.15,08.4.22~)


<PANTAさん、瀬々敬久監督インタビュー>
―同世代なので、当時のまぶしいばかりの「頭脳警察」を知っているものですから、今日は緊張しています。監督から伺いますが、3部作5時間以上と長いのですが、1本にまとめ切れなかったのはどうしてでしょう(2人大笑)。切るに切れない思いとか。
瀬々敬久監督(以下敬称略):そう、切るに切れなかったんですよ。(3人笑)普通のドキュメンタリーだとメインのライブがあって、そこにインタビューを入れたりするけれど、このドキュメンタリーにはメインがない。この作品には須田さんという企画者がいて、彼は頭脳警察のインタビュー集(証言集)を出しているんだけど、その本を映画にしたいと相談があって、そこから撮影が始まったんです。

―生みの親のような方ですね。
瀬々:ええ、まさしく彼が生みの親です。須田さんは、頭脳警察が又動き出しそうだと予感していました。と言うのも、彼はPANTAさんのファンクラブの会報の編集者で、月に一度は必ず会ってインタビューしてと、PANTAさんと長いお付き合いがある。その雰囲気から、何となく頭脳警察が又動き出すと感じていたわけです。で、ソロ活動を2006年から追いかけ、再起動すれば良いなあと思いながら撮っていたんですが、確信もなければ何時になるかも解らない。そういう意味では、最終地点が見えないまま撮り始めてますから、3年間で250時間を越えてしまった。人間ドキュメンタリーを追求したいと言う当初の目論見もあり、外せないシーンばかりでこの長さになったんです。

―250時間密着されて如何でしたか。
PANTAさん(以下敬称略):全然気にならなかったですね。
―ステージで皆さんの注目に慣れているとか?
PANTA:それもありますけど、カメラやレンズを含めて、撮影チームをこちら側の他のスタッフやメンバーと一緒の感覚で、普通に受け入れていました。逆にそれがアダになって、仕上がりを見た友人などは、ロッカーとしてもっとカッコつけたかったのにと悔しがっています。まるっきり普段のままですから。
―私たちから見ると素顔が覗けて嬉しいところが、本人には不満な訳ですね?
PANTA:ええ。でも自分はそんな事思わないですよ。もっとも自分もカットしたい所は一杯ありますが、それは一言も言っていません。
瀬々:アーティストを撮る訳じゃあないですか。僕としたらある意味で人のせいにできるというか、気楽な訳です。役者だったら演出とかあって、彼らはそれで存在できる訳だから監督の責任が大きいけれど、アーティストはチラシから何から発するものを全て自分で背負っている。存在の部分に監督が関与できないというか、映っているのは彼らそのものなんですよ。この作品にはそういう特徴が映っていると思います。で、「5時間繋がりました」と言ってPANTAさんとTOSHIさんを呼んで試写をやったんですよ。何か言われるだろう、切れと言われるところとか、直しもあるかもと覚悟していたら、2人も他のメンバーの方も一切何も仰らず、「これでオーケーです」と言われました。こちらとしても十全を尽くして提出してはいますが、ほっとすると同時に、皆さんの人間としての素晴らしさを感じましたね。

PANTA:諦めですね。
―諦めかもしれないけれど、PANTAさんたちも物を作られるわけだから、監督の物つくりの姿勢を理解されて、口を出すべきではないと思われたと言うことですよね。
PANTA:そうですね。曲を作る時とか、実際には集団行動をしてるけど本質は個人作業なんですよ。それに周りが口を挟むと、どんどん悪くなっていっちゃうんですね。映画に関しても同じことです。一番解っているのが監督なんだから、その人に一任して采配を振るってもらうのが一番なのは間違いない。極端な話、試写を観なくても良かったわけですよ。
―最初から覚悟は出来ていたと?
PANTA:覚悟とかそんな大層なもんじゃあないけど、一切OKだと。一度ぶつかった事はあるんですね。それは、これについて自分が誤解していて、(音楽の映像はこんなもんじゃあないだろう)と思ったんだけど、ある時期から、(監督は音楽の映像を撮ろうとしてるんじゃあない。頭脳警察のドキュメント、頭脳警察全体を包む社会の流れとか、そういったもの全てを総括した映像を撮りたいんだ)というのを理解して、以降は一切口を出していません。

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―音楽を撮るのとどう違うんですか?
PANTA:ミュージックビデオって、パーンパーンと切り替えたりする、曲を生かす撮り方が大事ですよね。これは違うでしょう? MVDが出来た事で、例えばマイケル・ジャクソンとかそうだけれど、音楽を見せるようになった。これって音楽にとって致命的なことだと思うんです。見るものならばステージで見せればいい訳でしょう。音楽は個々が頭の中で増幅して映像化していくもので、本来は他者の介入できないものなのに、イメージを映像で見せると、画一的な、もの凄く狭まった概念だけを押し付けることになる。諸悪の根源というか、全くの逆サービスですよ。音楽とは100人いたら100通りの絵が浮かぶ、それだけのクオリティを秘めたものなのに、プロモーションビデオが皆の想像力と選択肢を奪ってしまうんです。
―ええ、確かに。
PANTA:そんな意味で昔から大反対だったんですよ。以前レコード会社からプロモーションビデオを撮りたいと言われて、「じゃあ3000万くれ。作るからにはよっぽど自分の思いに忠実なものでないと駄目だから、それ位かかる」と言うと、「普通は400万,500万で作るものだ」と言ってそれ以上出さないから、断った事があるんです。そんな風に映像と音楽って相対するところがある。だから敢えてそこに踏み込まず、こういう形で頭脳警察を見せてくれたのが嬉しい。人間を描くことで音楽の理解を増幅させる監督の手法が、本当にありがたいなと思います。

―監督は音楽のファンと言うより、頭脳警察そのもののファンだったのですか?
瀬々:いや、もちろん音楽のファンですし、この仕事を引き受けるにあたっては、かって大ファンだったと言うのが動機の1つなんですけど、さっきも言いましたように、終着点が見えない中で撮り始めてますから、未知な物に大金を出してくれる所なんてない。僕らの自主制作的に始まったわけです。当然多くのカメラも入れられない。クアトロのシーンなんて3台のカメラで撮っていますが、1台はさっきの須田さんが廻している。文章を書く人が映している訳で、最初はPANTAさんばかり映して、怖くてパーンも出来なかった。でも自分でも映すのが下手だと解かっているから、罪滅ぼしのように必死に喰らいついてPANTAさんを追うわけです。つまりルーティングされたカット割ではなく、その時自分が感じるままを撮った訳で、結果として個人の思いの深さが出ている。他のカメラマンにしても、ステージ上のパフォーマンスから得たものを、自分の感情としてどう伝えるかに勝負をかけたところがあって、編集もわりにそんな所を拾っています。つまりこの作品は、撮影者の個人的な思いが入っているシーンが目立って、普通のミュージックビデオとは違う、変った味わいが出ているんです。
PANTA:250時間ですからね、編集は大変だったと思います。同情しますよ。

―でもファン冥利に突きるとも言えますね。(3人笑)ところで、どの映像も懐かしさのかけらもなく今そのものですね。「止まっているということと、変らないという事は、違うんだよ」というPANTAさんの言葉を実感しながら拝見しました。こんなに長い間を、時代を引き付けながら、時代と一緒に走り続けている訳で、その事に感動します。
PANTA:久しぶりに会う奴とか、頭が止まったままの奴が多いんですよ。「時代は変っているんですよ」と言うんだけれど、通じなくて話を合わせるのに疲れる。そういうのって、たいした事やってない奴が多いんです。のたうち回って傷ついた奴って、多くを語らない。何もしなかった奴に限ってでかい事を言う。困ったもんです。
―才能はもちろんですが、見えないところで努力されているはずですよね。伺ってもお話下さらないでしょうが。
PANTA:如何でしょうねえ。何をやるにしても楽しみには8割方は嫌な事がついて来る。ステージを作り上げるまでに、日数がかかり経費がかかり、楽器を運んだり、人間関係や金銭問題、トラブルが起こりそれをクリアーしてですから、世間一般から見ると大変ですよね。でも好きな事だから辛いと思わない。月並みですが水面を滑る様に動く白鳥が、水面下で必死に水をかいでいるようなもんとでも言うんでしょうか。(聞き手:犬塚芳美)
<続きは明日>

この作品は、1月16日(土)から第七芸術劇場、
      順次京都みなみ会館、神戸アートビレッジセンター  にて公開
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コメント


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良いインタビューを有難う。パンタさんがここまで話されるとは読み応えがありました。

バンドファン | URL | 2010年01月12日(Tue)09:22 [EDIT]


Re: タイトルなし

> パンタさんがここまで話されるとは読み応えがありました。

バンドの全盛期は、おこがましくてファンにさえなれない特別な存在だったので、本当に緊張し、背伸びしてのインタビューです。
でもお二人とも優しく、詳しくない私にも解る様に丁寧に答えてくださいました。だから出来るだけそのまま、インタビューの時を皆さんにも共有していただけるように、記載しました。長い記事を読んでくださってありがとうございます。
当時は雲の上の存在でも、なんだか同世代の馴染み易さがあって、時間というのは不思議なものですね。

犬塚 | URL | 2010年01月12日(Tue)21:23 [EDIT]


 

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