太秦からの映画便り

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映写室 新NO.35 ワカラナイ

映写室 新NO.35 ワカラナイ  
―僕に何が出来たのだろう?―

 主人公は16歳の少年。まだ親に守られているべき年頃の少年が、大人の見てみぬふりに弾き出され、すきっ腹を抱えて街角に立っている。女性から、親からと、色々な視点で日本を描き、世界の映画祭で評価される小林政宏監督が、今度は少年から見た現代の日本を描きます。あまりの悲惨さは現実味がなさそうだけれど、人間関係の希薄な現代、一つ歯車が狂うとこんな境遇に落ちるかもしれない。私たちも、知らず知らず、こんな「無関心という刃」を他者に向けているのかもしれないと、胸が痛む。ここにある悲劇は、私たちが目をそらしているもう一つの世界だ。小林監督の切り取った現実は厳しいけれど、でもそこに僅かな明かりも提示されている。親世代の方にはぜひ見て欲しい作品です。

wakaranai.jpg
 (C)MONKEY TOWN PRODUCTIONS

 <亮は田舎の廃屋のようなアパートに>一人暮らし。コンビニでバイトしているが、長患いの母親の入院費も要り、食費にも事欠く。ガスも電気も水道も止まり、バイト先でおにぎりやパンを万引きしては飢えを凌いでいる。でもばれて首になった。母が死んで、大人たちが取り立てる葬儀費用や入院費が払えない。僅かなお金も取り上げられ、残ったのはポケットに押し込んでくれた1万円札1枚だった。

 <亮は一張羅に着替えさせた母を>霊安室から背負って連れ出すと、海辺でボートに横たえ、海に向かって静かに押し出す。青いペンキを塗った小さなボートは、少年の宝物だ。この中に寝転んでいつも眺めていたのは、母が口汚くののしる父親と幼い頃の彼の写真だった。ボートは少年が唯一現実逃避できる場所。離れている父親への幻想と、いつかこれに乗って海に漕ぎ出そうという、未来への夢だったのかもしれない。でもそのボートを母に捧げ、精一杯の弔いをして、それと共に、この町で夢見るだけの日々へ決別したとも思える。

 <「ワカラナイ」って言うなら>、この少年には解からないことが一杯だ。光熱費の滞納、死体遺棄、万引きと、大人は咎めるけれど、他にどんな方法があったんだろう? 少年と母親を捨て、困窮を伝えても連絡してこない父親、彼は何処で何をしているんだろう? 生活保護を申請しても、すぐには下りず切羽詰った彼の困窮を見ようとしない大人や行政。無一文の少年にどうやって生きろというのだろう? 
 <病気の母親にしても>、彼の気持ちも考えずぐずぐずと別れた夫への不満を言う。それが息子をどれほど傷つけるのか、もう息子を労わる余裕も無く、辛い現実が独りぼっちの少年の細い肩にのしかかってくる。母さんは僕にどうしろというのか? 少年は何度母の寝顔に問いかけた事だろう。あどけさの残るこの少年を、ここまで追い詰めた社会の無関心。よくぞ生き抜けたもんだと過酷さに胸を締め付けられる。

 <こんな極限の少年を演じるのは>、本作が初主演の小林優斗。激しい餓えたような様な目が印象的だと思ったら、撮影中は監督の指示で、この物語の少年のように、メロンパンやおむすびやカップヌードルだけを与えられ、ケイタイも取り上げられた孤独な環境で過ごしたのだという。ぎこちない、心の中の空洞にバランスを崩したような走り方が、この少年の拠り所のなさを体現しているようで痛ましい。でも背中の真っ直ぐに窪んで伸びた背骨は、彼の健康さも現す。ハラハラさせられながらも、大人と子供の狭間のこの年代の男の子特有の、生き物としての底知れない生命力も感じて、絶望と僅かな望みの間を右往左往した。
 <亮の唯一の友人として登場するのが>柄本時生だ。柄本はいつものように得たいが知れず、亮よりもっと危なく、大人に言って亮を助けてあげてというような、一般的な考えを払拭させる。ここで亮と社会の回路は切れてしまうのだ。あの状態の亮が、自尊心を傷つけず付き合えるのはこんな少年しかいないと、又もや妙な納得をする。

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(C)MONKEY TOWN PRODUCTIONS

 <もう気付かれたように>、この辺りまで、この作品の主人公亮は「誰も知らない」の少年によく似ている。今結婚の話題で芸能ニュースを賑す柳楽優弥が、カンヌで史上最年少の主演男優賞を取り、是枝監督の名を一躍世界的にしたあの作品だ。大きな違いはラスト近くの大人の対応だった。
 <母親を弔った後>、少年は観客の(少なくとも私の)想像を超えた行動に出る。1枚の写真を持って東京に、しかも父親を尋ねて行くのだ。やっと見つけた父親の家、でもそこには新しい奥さんと子供が住んでいて、逡巡する少年は不審者扱いをされと、更に現実の厳しさが追い討ちをかける。でもここからが小林監督の提言だ。この物語の本領はもちろんここからで、この少年にどんな結末を用意するかは、スクリーンで確かめて欲しい。

 <ところで、父親が登場した時>、不思議な存在感に目が釘付けになる。あの人は誰だろうとチラシを見ると、この作品の監督小林政広さんだった。少ない出番だけれど、思いの深さが滲み出て、一気に作品をさらっていってしまったのだ。そういう目で見ると、危なっかしい亮の日常を包み込むような作品のトーンといい、この作品は父性に貫かれている。
 <顕著なのがラストのシーンだ> 何処までも続く坂道を、時々振り返りながら歩く少年、そこに、まるで彼の父親が歌っているような、いとうたかおの温かなボーカルが「Boy」と少年を包み込むように被さる。心細そうに一人で歩く少年は、それでも誰かの視線を感じていそうだし、この歌声は彼の心に届いているだろうと思わせる余情だった。坂道だけど、人生を暗示するような緩やかな坂道。この少年は例え父と一緒に暮さないとしても、父の庇護をどこかで感じながら生きていくのだろう。
 <人は一人で生きていくしかない> 転ばないで、いや転んでもいいから立ち上がって歩いて行けと、祈るしかない父親。父親と息子の関係を垣間見た気がする。(犬塚芳美)

 この作品は、1月23日(土)より第七藝術劇場で公開

『ワカラナイ』   
  2009年/日本/104分/ティ・ジョイ配給
  監督・脚本:小林政広
  出演:小林優斗/柄本時生/田中隆三ほか
  公式HP:www.uplink.co.jp/wakaranai/
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コメント


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納得できる語り口

解説と評、有り難うございます。巧みな文章に感嘆しました。
この映画をもう見たような気さえします。
 戦後の混乱期でない、”豊かな時代の子供達の貧困”、厳然と重さが伝わってきます。

K.Ishikawa | URL | 2010年01月20日(Wed)13:38 [EDIT]


Re: 納得できる語り口

>  戦後の混乱期でない、”豊かな時代の子供達の貧困”、厳然と重さが伝わってきます。

とてもマイナーな、試写会に来ていたのも数人という作品です。話題作が目白押しの今週公開作品の中では埋没しそうで、他のメディアの何処が取上げてくれるだろうと心配しているのですが、少年の眼差しや、父親に扮した監督の方を落とした背広姿が忘れられなくて、私だけでもとピックアップしました。肝心の監督のメッセージ、結末は実際に見ていただかないと解からないので、ぜひごらん下さい。
私が凄く好きな作品というと、これとか、どうやら興行はふるわないようですが、お正月公開の「行旅死亡人」。
どちらも今の日本の貧困を上っ面ではなく、同じ底辺目線で捉えて、温かい思いを注いでいます。カンヌで騒がれた「誰も知らない」にあれほど人が溢れたのだから、この作品にはもっとと思うのだけれど、悲しいことに今の日本の興行は、話題に左右されてしまう。
こんな良い作品を作る監督をもっと知らせたいのですが。

犬塚 | URL | 2010年01月21日(Thu)07:41 [EDIT]


ハイチのこどもたち

コメントへのお答え有り難うございます。
 ところでハイチの子供達は今、悲惨な状況にあるようです。
 日本は水道・ガス・電気などのセイフティーネットが簡単に切られる非情社会(貧困大国といわれさえする米国以下のこの国)のようです。
 映画のモチーフ:世界最貧国ともいわれるハイチの子供達のことと符号するとこの映画が注目されるかもしれないとふと思いました。

K.Ishikawa | URL | 2010年01月24日(Sun)09:11 [EDIT]


Re: ハイチのこどもたち

> コメントへのお答え有り難うございます。
こちらの方こそコメント有難うございました。

>  日本は水道・ガス・電気などのセイフティーネットが簡単に切られる非情社会(貧困大国といわれさえする米国以下のこの国)のようです。
>  映画のモチーフ:世界最貧国ともいわれるハイチの子供達のことと符号するとこの映画が注目されるかもしれないとふと思いました。

今タヒチは本当に大変なようですね。地震の被害だけでなく、地震でさらに困窮した貧困層が生活苦から犯罪に走り、秩序のない社会になっているようですね。

困窮は同じでも、決定的に違うのは、不況とはいえ日本の多くの子供はここまで追い詰められていない事。日本でも終戦後のように皆が貧しければ我慢できた事も、なまじ普通の人が多いから、困窮者は余計に惨めになる。生活苦だけでなく、孤独感も味わうわけで、思春期の少年には余計に過酷に思えます。
きょうはハリウッド映画を観てきたのですが、この映画の世界観には遠く及ばず、もしかしたら今邦画は凄いレベルなのかもと、同時代を生きる幸せを感じています。

犬塚 | URL | 2010年01月24日(Sun)21:08 [EDIT]


おひさしぶりです。

何度も、何度も・・・何日か日を置いて読んでは、いろんなことを考えちゃいました。

ものすごく、観てみたい。
でも、こわい。

お金は、手段としては有効なものであっても、唯一のものではないはずなのに、ないことが心も生活も窮屈で生きづらくしてしまう。余裕を奪い取ってしまう。

もっとすさまじい貧困があると知っていても、知らされても、でも、それでも、目の前にある格差が重い。
決定的な貧しさじゃないのに、わかっていても。
こころにゆとりが持てない、子どもも大人も。

反省、自戒。


とっても気になっています、ラストシーン。
 



kimico | URL | 2010年02月07日(Sun)23:24 [EDIT]


Re: タイトルなし

> おひさしぶりです。
こんにちは、お元気ですか?

> ものすごく、観てみたい。
> でも、こわい。

コメントを下さったIsikawaさんがご覧になって凄く衝撃を受けられたようです。怖くはないけれど、涙が止まりません。男の子を持つお母さん方なら、なおさらかも。父性に貫かれた作品だけれど、母親への思いに溢れた作品でもあります。私は一度に小林監督のファンになりました。女は守るべき者という意味も含めて、監督ちょっと男尊女卑かも。

> もっとすさまじい貧困があると知っていても、知らされても、でも、それでも、目の前にある格差が重い。

今本当に格差社会、これって本音ですよね。一度軌道に乗り損ねると、中々修正できない。色々な事を考えると逆に駄目な世の中かも。ひたすらレールに乗るのを目指した方が良い時代かもと、友人のお子さん達を見ると考えてしまいます。

> とっても気になっています、ラストシーン。

このシーンは色々な解釈があると思うけれど、包み込むようなボーカルの意味深さは実際に見て感じていただかなくては。 映画館が厳しい時代、こんな作品は中々上映館を広げられないのが悲しいです。実は映画館の本に出ていた滋賀会館シネマホールも3月末でクローズ。メジャー作品で映画館に馴染んでくださって、こんなマイナーな作品に足を運びたくなってくださると良いのですが。

犬塚 | URL | 2010年02月08日(Mon)20:48 [EDIT]


 

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