太秦からの映画便り

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映写室 新NO.38手のひらの幸せ

映写室 新NO.38手のひらの幸せ 
   ―原作は歌手の布施明さんの童話―

 今週は思いっきり泣いていただこう。涙は心を浄化する。感動の涙なら余計に良い。ピア満足度1位の作品だ。舞台は昭和30~40年代の新潟。皆同じ様に貧しかった戦後も遠く、日本は未曾有の上げ潮基調にあった。でもそんな流れに取り残された人々もいる。この物語はそんな人々の命を繋いだ小さな幸せに光を当てていく。誰もが善人なのに運命は容赦がない。それでも挫けない主人公たち。何があっても生きるというこの時代の人々の人生への真摯な姿は、今の私たちに大切な何かを教えてくれます。

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(C) ドリームワンフィルム/ドロップオブスター/ランテル・メディエール/シージェイネットワークス/T―artist

 <両親のいない兄弟は>、育ててくれた祖父も死に養護施設に預けられる。ほどなく弟は印刷業を営む夫婦の養子になるが、兄は父の帰りを待って施設で育つ。東京に出て大工になった兄は、夏祭りに故郷に帰って弟に会うのが楽しみだった。弟を大学にやりたいという養父母に感謝し、前祝だとフルートを贈る兄。ところが入試の日に兄が事故にあう。

 <どうして不幸は不幸な人の上により降りかかる>のだろう。でも現代人なら(もう生きるのは嫌だ)とポキッと折れそうな状況でも、皆弱音を吐かない。助け合い明日を信じて生きるという、この時代の人々の、人間としての健全さに心を打たれる。
 <荒筋から想像できるように>、この兄弟は極貧だった。ぼろぼろの服を着て壊れそうな家に住み、粗末な物を食べ、それでも父は帰ってくると信じ祖父と一緒なら幸せだった兄弟。幼い二人を残して逝った祖父はどれほど無念だったろうと、描かれない思いを想像して涙が溢れる。次々と襲う不幸に助けてやりたい近所の人も手が及ばない。施設で優しい先生方に出会っても、兄弟は祖父と暮した家が忘れられないし、父親が帰ってくるとしたらあの家なのだ。父さんが僕らを捨てるわけがないと、何時までも信頼し待ち続ける兄弟。兄が養子に行かないのは、父が帰ってこれるよう苗字を守る為で、幼いながらに一家の主だった。親ですら親でなくなった現代、この健気さにも涙をそそられる。

 <兄は立場をわきまえ弟の家に上がる事もない> 養父母は二人の絆を解かっているが、その矜持と自尊心を尊重するしかないのだ。甘えん坊で兄が精神的な拠り所の弟も、自分が幸せだからこそ一人ぼっちの兄を気遣う。弟が進学を地元の大学に絞るのは、自分が故郷を出たら兄の帰る場所がなくなるから。彼らの原点はこの町だし、一人ぼっちの辛さは身に染みているのだ。どんな時も弟を守ろうとする兄、そんな兄を信頼し時には甘えながらだんだん大人になって兄を気遣う事も知る弟。こんな兄弟がいるだろうかと思うけれど、この時代ならいたのかもしれないと牧歌的な情景に思い直す。

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(C) ドリームワンフィルム/ドロップオブスター/ランテル・メディエール/シージェイネットワークス/T―artist

 <そんな二人を見守る大人たちも温かい> 高度成長期で前へ前へと進んではいても、時代に乗り遅れたものが生きれないほど世の中は厳しくなかった。特に兄の遺骨を抱く息子を駅まで迎えた養父母の、背中を丸めて息子の悲しみに寄り添う風情は温かく、本当の親子とは違うけれどかけがえのない家族の情景になっている。少し前に書いた「ワカラナイ」との違いが際立つが、過度な進歩の陰で私たちは大切な物を手放してしまったらしい。まだ隣人を気遣う余裕も、見知らぬ兄弟にそっと情けをかける余裕もあったのだ。ちなみに「手のひらの幸せ」とは、施設を抜け出し祖父と暮した家へ行く途中で、大きな柿の木の家の主から、柿とおむすびをそれぞれの手のひらに持たせてもらい、両手が塞がって涙が拭けない事、兄の服を掴めない事、程々の幸せで良いと、過分な幸せを感謝する言葉だった。

 <過酷な状況の中でも誰も悪い人のいないこんな物語を納得させる>のが、この作品のもう1つの主役、時をまき戻したような田舎の映像だ。藁葺きのお堂や昔ながらの大屋根の家、長閑な田園や包み込むような里山、誰もが思い描く故郷を映像化した様だ。これが初作品になるカメラマン出身の加藤雄大監督が、まるでおとぎの国から抜け出したような美しい情景を、詩情豊かに切り取っていく。風景が人間を作るのかもしれない、こんな風景があったからこそ、人間も生物としての強さを持ち、健気に生きれたのかも知れないと郷愁に誘われた。
 幼い頃の兄弟を演じる子役の2人も、あの頃の匂いを放って愛くるしい。全てが美しく、まるでユートピアに迷い込んで、美しい絵本を眺めた気分になる。

 <ところで驚いたのが>、原作が布施明さんの童話ということだ。自分のコンサートで朗読して会場のむせび泣きが止まらなかった作品だと言う。「シクラメンのかほり」で一世を風靡し、「ロミオとジュリエット」で世界的な女優だったオリビア・ハッセーさんとの結婚で日本中のドキモを抜いたハンサムな彼が、全く別の分野でこんな創作をしていたなんてと、多才さに驚く。華やかな世界に生きる人の思う小さな幸せが、兄弟愛、お互いを労わりあう心と言うのも嬉しい。布施さん自身があの頃を原風景に持つ世代、殺伐とした今、生きる力の希薄になった今、あの頃を思い出そうよと言う事かもしれない。これこそが自然の力だし人間力だと思う。人として正しい当たり前の事を並べて、奇跡の領域に連れ込む感動作です。(犬塚芳美)

この作品は、2月13日(土)よりシネ・リーブル梅田で上映
      2月下旬より京都みなみ会館で上映予定
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コメント


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こんばんは

気持ちのいい作品だなあと思いました。
もう買いたい物もない(私の場合、本は別ですが)今の時代、いちばん大切にしたい思いですね。
先日、友人と話していて、彼女の高校卒業のとき、先生が「小さい命小さく生きよう」と言われたことが心に残っていると教えてくれました。
『オーシャンズ』を見て、人間の傲慢さがほとほと嫌になりました。
地球に対しても身近な人間に対しても、もっと丁寧に慈しみながら生きていかなくてはと感じます。
この映画は、若い人の心にも届くと思います。

大空の亀 | URL | 2010年02月10日(Wed)21:22 [EDIT]


Re: こんばんは


> 地球に対しても身近な人間に対しても、もっと丁寧に慈しみながら生きていかなくてはと感じます。

コメント有難うございます。紹介しそびれたのですが「オーシャンズ」も凄かったですね。人間は自分だけが生き物のように思いがちだけれど、海の中だってこんなにも多彩な色々な生き物がいるのに驚かされました。

> この映画は、若い人の心にも届くと思います。

ぜひ届いて欲しいですよね。それと共に、こんな時代を原風景として持っている私たち世代は幸せだなあ、と思いました。都会育ちの夫でさえ、小さい頃はしょっちゅう近所の家に上がりこんで、そこの子どもと一緒にご飯を食べていたそうです。今の若い人たちは、特に田舎を知らない人たちは、想像もつかないかもしれない。こんな風景を残して上げる事も私たちの役目かもしれませんね。大空の亀さんの生れた所も郊外に行けばこんな風景が広がっていたのではないかしら?(私は海辺だから駄目)
人として当たり前の事を当たり前に言われてこんなにも涙が溢れるなんてと戸惑いましたが、忘れがちな何かをくすぐられたんだと思います。
でもこの時代でさえ、こんな兄を持たない人もいる。それにも又複雑な思いを持ったのですが。

犬塚 | URL | 2010年02月11日(Thu)01:03 [EDIT]


 

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