太秦からの映画便り

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映写室 新NO.45新しい韓国映画の風

映写室 新NO.45新しい韓国映画の風 
  ―「飛べ、ペンギン」&「今、このままがいい」&「渇き」― 

 <ヨン様のロケ現場まで押しかけるような>コアなファンは別として、日本での韓流ブームは沈静化したようだ。本国でも観客動員数や、自国映画のシェアは06年から下降の一途だという。当然のように、製作規模の縮小や本数の減少が続くが、一方で、新しい息吹も生まれている。映画人たちが本当に作りたいものを作れる、いい環境が整ったのだ。早くから映画関連の教育システムがあった韓国、こうなったら強い。ここで以前にお知らせした「牛の鈴音」のように、斬新で気合の入った作品が揃い始めた。
 <今回取り上げるのもそんな>作品だ。「真、韓国映画祭」と銘打った4本の中から2作品と、公開中の韓国版バンパイア映画を紹介したい。ちなみに、「真、韓国映画祭」とは、日常生活をテーマに、さまざまなアイデアを盛り込んだ、大作の影に埋もれがちな珠玉の秀作を集めたもので、今回の作品は、全て“家族”をテーマにしている。

1.《飛べ、ペンギン》:イヌ・スルレ監督

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©2009 INDIESTORY Inc

 <9歳のスンユンは放課後も習い事>で大忙し。母親は、息子の英語力が心配で、「週末は家族の会話を英語で」と言い出す。妻の行き過ぎを心配する父親は、何とか息子に息抜きをさせたい。一方母親の勤める市役所では、課長が英語教育の為妻子を海外に住まわせ、一人暮らし。一時帰国を楽しみにしていたのに、外国に慣れた妻子は、冷たい態度で課長を悲しませる。 

<…と、過剰な英語教育や学歴社会>に走る韓国の現状を揶揄しながら、今の韓国の誰もが感じる居心地の悪さを、ユーモラスに描く。子供への早期教育、飲み会でのアルコールの強要、女性の喫煙への冷たい視線、退職男性の社会での居場所のなさと引きこもり、妻との軋轢、熟年離婚等々、どれも日本とよく似ている。言っても仕方がないと諦めがちなそれらを、ユーモラスにとらえた視点に笑い転げた。実はこの作品、韓国人権委員会が手がけた初の長編映画なのだ。確かに日常のこんな些細な事こそ、人権問題の発端。日本だったらこんなにユーモラスには作れないと、行政のしなやかさに驚く。

 <それにしても英語教育への入れ込み>の激しいこと。韓国は今や国内よりも世界を見てるようだ。ちなみに、外国で暮す妻子へ仕送りする為働き続けると「雁のお父さん」と呼ばれ、子供を早期留学させたものの、自分は行く事も出来ない経済力のない父親を「ペンギンのパパ」と呼ぶらしい。この課長は「ペンギンのパパ」と言うわけだけど、「飛べ!」と言われて飛べるのだろうか。課長が飛ぶ代わりに、多分無骨に働いてきただろう封建的な夫を放り出し、彼の母親が飛んでしまった。
 <儒教社会で封建的と言われながら>、韓国でも実際に実権を握っているのは女性なのだろうか。女流監督と言っても視点は公平で、女性の勝手さや逞しさもよく解かり、それらをしぶしぶ許す男性の優しさもよく解かっている。妻のお尻に敷かれてたじたじの男性への眼差しが温かく、男性への応援歌のよう。と言うか、女性にはもう応援歌はいらないのかも。お父さん達頑張って!

      この作品は、4月3日(土)より第七藝術劇場で上映


2.《今、このままがいい》:プ・ジョン監督
imakonomama_main.jpg ©2008 INDIESTORY Inc.


 <ソウルで働くミュンウンは>、母が亡くなったと聞き久しぶりに故郷の済州島に帰る。魚屋を営むシングル・マザーの異父姉と、小さい頃から一緒に暮らすヒョンアおばさんが迎えてくれた。父を知らないミュンウンは、同じ様な娘を作った異父姉に複雑な思いを持つ。母の葬儀の後、写真を頼りに父を捜す決心をする。顔を知っている異父姉に一緒に行ってもらうが、お酒を飲み男達とはしゃぐ異父姉に苛立ち、途中で喧嘩に

 <真面目で融通の利かない妹と>自由でちょっとだらしない異父姉。水と油のような2人が母を中心にくっ付いていたのに、その母を亡くして付き合い方が解からない。両極端のように見えて、それぞれが母から受け継いだ性格なのを、当人達は気付いていないのだ。母がいなくなってみると、ヒョンアおばさんの事も解からない。家族でもないのにどうしておばさんは一緒に暮しているのか。お母さんはどんなつもりだったのか。ミュンウンの父親探しは、母親探しと自分探しのようなものだった。そんな彼女を気遣いながら、異父姉も母亡き後の家族の形を探している。母という一家の中心をなくして、ふらふらする独楽の様な旅だった。
 <見れば解かるのだけど>、この作品は脚本の巧みさが光る。女流らしい姉妹の間の細やかな感情の表現も素晴らしいが、衝撃の結末には「こう来るか!」と舌を巻くだろう。不在の母を濃密に感じさせて、性格も見た目もまるで違う異父姉妹が、旅の途中でお互いを少しずつ理解し合い、家族の秘密を受け入れていくまでの展開を楽しむ作品だ。

   この作品は、4月3日(土)より第七藝術劇場で上映


3.《渇き》:パク・チャヌク監督

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 <人を救う事に限界を感じた敬虔な神父は>、伝染病の人体実験を受ける。奇跡的に助かるが、彼は自分の変化に驚く。血に飢えたバンパイアになっていたのだ。ある日友人の家を訪れ、不幸な彼の妻と惹かれあう。友人が邪魔になって…。

 <神父に扮するのは>、韓国の誇る演技派ソン・ガンホ。血への欲望を理性で制御しようとするが、体の方がいうことをきかない。血に飢えると伝染病の症状が出てくるのだ。不治の病の人から血をもらったり、死体から余す所なく搾り取って真空パックにしたりと、神父らしく、罪悪感と自身の欲望とを秤にかけて、世間を騒がせず生き延びている。このあたりブラックユーモアだ。
<人間とバンパイアの葛藤で言えば>、彼はあくまで人間だった。もっとも彼の場合、外観からして、バンパイアには見えない。逞しいからだ、妙にリアリテイのある人間臭い行動と、この世とあの世の境をさまよう、儚げな西洋のそれとは一線を記している。

 <人妻に扮するのはキム・オクビン> 役柄のままに、世間を知らないまま閉じ込められた風情がぴったり。でも、こちらの方は、性欲、血の誘惑等、全てにおいて一度快楽を知ると、理性をなくして暴走する。直ぐに人間よりもバンパイアになってしまうのだ。神父に惹かれたのも恋なのかどうか、抑圧された暮しから抜け出したかっただけかも。そんな愚かさすら哀れに思わせる美貌と風情、作品に儚さを付け加える。怖いシーンも彼女の美貌で和らいだ。

 <ところで、この作品もラストがいい> 人間性が勝った神父と、バンパイアになってしまった人妻の逃避行はどうなるのか。そもそも2人の結びつきは何だったのかを思い出し、ほろりとさせられた。人妻のいじらしさと、彼女のそんな本質を信じていた神父。人間味を勝たせた異色のバンパイア映画で、2009年カンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞している。

  この作品は、テアトル梅田、敷島シネポップ、
       シネ・リーブル神戸、TOHOシネマズ二条等で上映中


3本の韓国映画、どれもが異色で、脚本の巧みさに目を見張る。韓国映画界の高いレベルを感じます。(犬塚芳美)
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コメント


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「渇き」はまさに傑作です。ラスト神父にはかせてもらった靴を履きかたを寄せ合い朽ちていく姿のいじらしさ。地上には救いの場所がなかったが魂の片割れを見つけたのでしょう。異色のバンパイア映画として語り継がれるでしょう。

始めまして | URL | 2010年04月01日(Thu)07:57 [EDIT]


Re: タイトルなし

> 「渇き」はまさに傑作です。

なんか尾を引く作品ですよね。おどろおどろしいのは苦手で、実は試写はスルーしました。でもこれを飛ばすわけにはいかないと思い直して、レイトショーに駆けつけたのです。
人は生きていかないといけない。頼られれば人も助けたい。でも自分の力以上に頼られて、自分を見失いそう。・・・と、セツァンの善人のようなテーマも含んでいて、考えさせられました。
苦肉の策で、助かる見込みのない人の、点滴の管から血を吸うシーン、怖いのやらおかしいのやら。
お母さん役の方が、迫力ですね。まさに「オモニ」。瞳の演技が忘れられません。

犬塚 | URL | 2010年04月02日(Fri)07:57 [EDIT]


 

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