太秦からの映画便り

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映写室 新NO.47 プレシャス

映写室 新NO.47 プレシャス 
  ―ネグレスト、虐待と子供たちは受難の時代―

 <本年度のアカデミー賞で>、助演女優賞と脚色賞の2冠に輝いた作品がもうすぐ公開になる。アメリカの下層社会の、娘を虐待する母親を、悲哀を込めて演じたモニーク。ブルーのドレスではちきれんばかりの黒い肉体を包んだ、圧倒的な存在感の彼女の、受賞スピーチを思い出す人も多いだろう。衝撃的だけれど、よく似たニュースは日本でも時々流れる。社会の皺寄せは何時も一番弱いところに向かう。今母親たちに何が起こっているのか、助けるはずの父親たちはどうなっているのか。この作品が伝えるのはアメリカの今だけれど、世界の今でもある。
 <日本では子供手当て法案が通ったが>、お金で解決しないこともある。そんな問題に根本から取り組むアメリカの姿勢が、暗い話の中で感動となって浮かび上がります。ほとんどノーメイクで歌姫マライア・キャリーが登場し、不思議な存在感を見せるのも見逃せない。

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(C) PUSH PICTURES,LLC

 <プレシャスは16歳の少女>、実の父に犯され2度目の妊娠中だ。父親は行方をくらました。生活保護を受けて何もしない母親からは、体と精神に虐待を受けている。辛いことがあると幸せな自分を夢想して、現実逃避。妊娠がばれ、フリー・スクールに送られるが、母親は勉強して何になると言う。でも,文字を一から教えてくれるここでの出会いが、過酷な人生にわずかな光をともし始めて…。

 <この作品、貧しい黒人社会を描きながら>、それぞれの女優の姿形がすでに物語になっている。主人公プレシャスを演じるのは、電話オペレーターから抜擢されたガボレイ・シディベ。彼女の迫力たるやモニークの比ではない。鬱積した思いが全て体に蓄積し、目も口も鼻もほっぺにめり込んでいる。この年齢でもう人生の苦悩が全身からたっぷり。いつも怒っている様で若さは見えないが、そんな姿に卑下することもなく、夢の中の彼女はもてもてのいけてる女の子だ。
 <ルージュを引き>、大きなイヤリングと原色のカチューシャ、彼女なりのお洒落をしてピンクのディバックを背中に、のっそのっそと町を歩く。その勘違いぶりと無防備さが切ない。ファースト・フードで育たないとこんな巨漢にはならないと思わすほどで(だから多分、ここまでの巨漢はアメリカにしかいないのでは)、ふてぶてしい表情、姿形の全てがプレシャスの環境を物語っている。

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(C) PUSH PICTURES,LLC

 <こんな風に、表情を消して体の存在感だけで>主人公になりきったガボレイ(彼女も主演女優賞にノミネートされていた)に対して、アカデミー賞に輝いたその母親役のモニークは、ここまで堕ちた女の悲哀を、だらしなく放り出す手足や瞳に宿す濁りや影で表現。夫を娘に寝盗られ(?)、猫だけを可愛がって、薄暗い部屋の中で自堕落な毎日だ。でも心は寂しさと空ろさではちきれそう。不貞腐れる以外生きる術を知らない中年女の悲哀をたっぷり見せ付ける。納得の受賞だ。母親に辟易し、学校へ行ってこんな生活から脱出したい娘の足を引っ張り、自分の人生を肯定しようとする。存在そのものが病める社会。
 <迫力のモニークだけれど>、ガボレイの隣に立つと彼女の中の女性性が浮き上がってくる。母でありながら何時までも女でしかなく、母親になれない女。それが決して美しくないからこそ、余計にリアリティがあった。日本の ネグレストもこんなケースが多い。ところでモニークもガボレイも、いつもは表情が動いて魅力的。無表情がどれほどブスに見えるかを証明するかのような演技でもあった。

 <こんな具合に前半はアメリカの暗部を見せ付け>、後半のフリー・スクールでの出会いからは、アメリカの光と良心を描いていく。目標にしたいような素敵な女性たちが登場し始める。真っ暗だったプレシャスの人生にも薄日が差し始めるわけだ。病理、暗部が深いからこそ、社会の仕組みとしてそこへ伸ばす手も用意されているアメリカ。この国の善悪両面が見える。
 <まずプレシャスの心を掴むのが>フリー・スクールの先生だ。ポーラ・パットンが知的に演じて、ブラックビューティーとでも呼びたいような素敵さ。誰もが辛い現実から目を逸らす事で生き延びてきたのに、それを許さない。辛抱強く生徒と向き合い、ここに来るしかなかった現実を直視させて、なおかつ乗り越える力をそれぞれの中に芽生えさせるのだ。彼女が見てくれていると言うだけで感じる安心感、再生へのタフな情熱は、先生というより皆のお姉さんだった。黒人でしかも同性愛らしいけれど、社会の中で堂々としなやかに生きる自身の姿から、希望を現実に変える方法を生徒たちに示している。

 <そこから廻される、福祉相談所の女性>を演じるマライア・キャリーが又素敵なのだ。最初歌姫だとは気付かなかったけれど、柔らかい、包み込むような存在感。こんな女性なら助けてくれるかもしれないと、目を惹きつけられた。余談だけれど、プレシャスの出産する病院スタッフとして、同じくシンガーのレニー・クラヴィッツが登場する。それと知らなくても、同じように独特の存在感を示し、何者なのかと思わずチラシを探したほど。シンガーの存在感の強さに圧倒された作品でもある。

 <監督とプロデュースは>、黒人のリー・ダニエル。原作本はニューヨークに住む詩人のサファイア。黒人、貧困層と世間から一くくりにされがちな彼らも、近づくとそれぞれの顔を持っている。その個性を描き分けて、極端な様でも、どのエピソードもリアルそのもの。虐待、貧困と言う愚劣な環境の中でも、生きる知恵と思いやりを忘れず、そしてしなやかに回復する力を宿す若い女性たちは素晴らしい。監督と原作者は、そんな彼女たちを愛を込めて描き、自分の手で掴む未来へとエールを送っている。(犬塚芳美)

この作品は4月24日(土)より、TOHOシネマズ梅田、敷島シネポップ、
               TOHOシネマズ二条、シネ・リーブル神戸等で上映
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コメント


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いるいる!

> 母でありながら何時までも女でしかなく、母親になれない女

いるいる、日本にもたくさん、こんな大人が!!
とっさに思いついたのは、「誰も知らない」に登場する母親。
次に思い浮かんだのはなぜか、「パンズ・ラビリンス」に出てきた母親。
そしてその次に浮かんだのは、動物園で育ち、自分の子供を育てられない大型動物のこと。
子供を愛することができない、それ以前に自分がカワイイカワイイされたい、なぜなら自分が子供時代に十分な愛情を受けてないから…。そんな母親のもとで大人になったら、また同じような親になってしまうんでしょうね。
でも、そういう暗い部分だけでなく、ちゃんと、手をさしのべてくれるところがあるっていうのは、さすがアメリカですね。日本はそのあたりはまだまだですものね。
神戸はシネリーブルで上映ですか、明石にもこういう映画館があれば良いのに。

ayako | URL | 2010年04月14日(Wed)22:30 [EDIT]


Re: いるいる!


> いるいる、日本にもたくさん、こんな大人が!!

今日のニュースでも、母親による虐待死(?まだ特定はされてないか)がありましたね。
タイムリーな映画だなあと思いながらも、社会の病理が怖くなりました。こうして書いていても、映画の母親を思い出して嫌な気分になります。さすがアカデミー賞受賞、モニークが母親の病んだ心を本当に上手く表現していて!

> 明石にもこういう映画館があれば良いのに。

京都は何とか大阪に近い作品数が配給されるけれど、マイナーな作品のカバーで言うと、ほんの恵まれた地域だけ。奈良も和歌山も、滋賀県も、県内では無理になりました。シネコンでは、数スクリーンで同じ作品を上映して、もっとばらして欲しいなあと思うのだけど、システム的に無理なのかしら? 最も映画館自体が近くにない地方も増えました。そのうち、映画館で映画を観たことのない子供たちが増えてくると怖くなります。

犬塚 | URL | 2010年04月15日(Thu)00:40 [EDIT]


 

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