太秦からの映画便り

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映写室 「モリエール 恋こそ喜劇」シネマエッセイ

映写室 「モリエール 恋こそ喜劇」シネマエッセイ   
―井上ひさしさんの訃報と、フランス喜劇作家の恋の物語―

 <井上ひさしさんが亡くなった> ずいぶん以前に講演で心を捕まれて以来、近くで講演やお芝居があると必ず駆けつけていたので、心にぽっかり穴が開いたようだ。
 <小説もよく読んだが>、井上ひさしさんといったらやっぱり劇作家。それも人生の機敏を描く泣き笑いの喜劇を思い出す。「頭痛肩こり樋口一葉」のような新派系の脚本も書いたし、映画化された「父と暮せば」、井上さんの遅筆でしょっちゅう公演延期になった自前の劇団「こまつ座」も懐かしい。

 <どれも独特の語り口で>、膨大な早口の台詞はやがてそれ自体が音楽のようになったし、市井の人々の深刻な事態や社会問題を扱っていてさえ、何処かにユーモアを潜ませてくる。人の本質を描きながら、芝居は楽しむもの、人生の憂さを一時忘れて心を軽くするものと、肝に銘じていたのだと思う。こんな時代だからこそ、もっと生きて、「じたばたしなくても大丈夫、人生最後は喜劇になるよ」と言い続けていただきたかった。
 <このところ>、尊敬するクリエーターの訃報が続く。世間の閉塞感と重なり、まるで黄金の一時代が幕を閉じようとしているかのようで、何とも心細い。

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©2006 FIDELITE FILMS - VIRTUAL FILMS - WILD BUNCH‐FRANCE 3 CINEMA - FRANCE 2 CINEMA

 <ところで、井上さんの訃報で>、同じように舞台に命をかけた人の映画、「モリエール 恋こそ喜劇」を思い出す。これは、17世紀のフランスを舞台に、若き日のモリエールが喜劇に人生を捧げることを決心する、ある夫人との恋が描かれている。彼を伝える全てのバイオグラフィで空白になっている、22歳の時の数ヶ月に光を当て、こんな事があったのかもしれないと、想像の限りを尽くした、フィクション伝記とも言えそうな代物だ。「恋に落ちたシャークスピア」と言い、クリエーターの創造の元や空白期間を想像すると、どうしても恋に行き着くらしい。

 <シェークスピアのように>、シリアスなドラマを書いて劇作家になりたいのに、喜劇を求められたモリエール。不本意さで腐る彼は「笑劇や喜劇は人の外側だけを描き、笑わせるが、悲劇は人間の本質を描き、感動を与える。だから悲劇をやりたい」と言う。「では、感動を与え人の心を動かす喜劇を、貴方が書けばいい。貴方なら出来る」と答えた夫人。この言葉の深さがその後のモリエールを決定つけたとしたら、まさに彼女が彼のミューズだ。知的な彼女は、見かけに騙されず知性の何たるかを知っていたし、この作家の本質と才能を見抜いていた。惹かれあう2人、でも彼女はスポンサーの夫人。

 <こんな恋が後のモリエールを作った>と言う設定は、夢の様でもあり、説得力もあり、それ以上に、俳優陣の魅力と映像の美しさに見ほれさせられた。恋も芝居も、夢と現の間のつかの間のもの、だからこそ支配しあうとそんなことも思わせる。

 <夫人の夫の、恋ゆえに背伸びした姿や、人妻への苦しい恋を>、少し離れたシニカルな他者の目で眺め、“恋こそ喜劇”と位置づけたこの作品。そのままモリエールの戯曲手法でもある。自前の劇団を持ちながら、資金不足でお金の工面に苦労した男。それでも止まらない芝居への情熱、この辺りは井上さんとも重なりそう。井上さんは日本の“モリエール”とも思えるのだ。視点は、もう少し温かくウエットだけれど。

 <井上さんの座右の銘は>「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことをまじめに」だった。逆になったら陳腐極まりないのに、時々小賢しくも“やさしいことを難しそう”に言ってしまう。知的という言葉には弱い。大切な戒めを時々思い出さなくてはと訃報で改めて思ったが、この作品でも、お上品ぶったサロンで、背伸びして高尚に人生を語る陳腐さが、描かれている。それを見て、モリエールはさらに夫人の言葉を噛締めると言うわけだ。

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©2006 FIDELITE FILMS - VIRTUAL FILMS - WILD BUNCH‐FRANCE 3 CINEMA - FRANCE 2 CINEMA

 <この作品、モリエールの色々な作品のエッセンスを>ちりばめた構成もいいが、ビジュアルにも圧倒される。フランスを代表する作家の伝記映画に全面協力したのだろうか、これぞフランスと言う豪華な映像が続く。ヴェルサイユ宮殿や、イルド・フランスのお城、世界遺産の町並みが重厚で美しい。映画ならではの臨場感は、モリエールが見たら嫉妬しそうなほど。今度は悲劇と喜劇に悩まず、板に留まるか映像に進むかと苦悶したかも。コスチューム劇だけれど、衣装に負けず、それを着る俳優の個性を際立たせた、少し現代性を加味した衣装も素敵だった。

 <だからもちろん俳優陣もいい> それぞれの輪郭が際立っている。モリエールに扮するのはちょっと危険な匂いがするロマン・デュリス。惑いの瞳や鬱積した表情はクリエーターのもの、幾多の恋に翻弄されたモリエールにぴったりと一致する。特筆したいのは、モリエールが惹かれる夫人に扮する、ラウラ・モランテの素晴らしさだ。イタリア人のせいか、フランス女優ではもっと小さくなっただろう役を、知的に華やかに、たおやかに広げていく。まさに大人の魅力、大人の余裕を見せて、こんな恋があったのかもと説得力を持たせた。
 <モリエールが立ち去らなければ>、二人の恋の結末はどうなっていただろう。恋も芝居も、一時の、夢と現の間の出来事。何時か終わるものなら、一時の輝きを胸に立ち去るのが正解だ。それを知っていたモリエールと夫人。これぞ恋、これぞ映画、これぞフランスの世界が楽しい。

 <…と、喜劇に身を準じ>、台詞の一つ一つに命を縮めた井上さんとモリエールを重ねながら、美しい映像を思い出している。映像は残るが、舞台は一瞬で消えてしまう。劇作家たる者、それをこそ愛したのだろうけれど、あの舞台をもう見れないのは残念だ。これから井上作品の映像化が始まるかもしれない。期待したいような、一瞬の命を惜しみたいような…。(犬塚芳美)

この作品は、4月10日よりテアトル梅田で上映中。
      7月上旬京都シネマ、神戸アートビレッジセンター にて公開
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| | 2013年04月20日(Sat)20:42 [EDIT]


 

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