太秦からの映画便り

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映写室 「密約」千野皓司監督インタビュー(後編)

映写室 「密約」千野皓司監督インタビュー(後編)
   ―22年ぶりの、タイムリーな再上映―

<昨日の続き>
―でも放映された時は評判だったのでしょう?
千野:当時は話題になりました。でも話題になったといっても再放送はなかった。特別番組だし、お金もかけている。これ程のものならたいてい何度も再放送があるんですが、1回で闇に葬られたんです。しかもキー局の関係で、肝心の沖縄では放映されなかった。でも自主上映とか、労働組合の皆さんが応援してくれましたね。ナナゲイの元の映画館でも上映してくれました。モスクワの映画祭に出したらどうかと言われて、1989年、丁度今村正さんの「黒い雨」と一緒に出しました。地味な映画だから駄目だろうと思っていたのに、一杯でしたね。丁度東西冷戦が終わり、ペレストロイカの時代を迎えようとしていたのもあると思います。ロシアでの成功のニュースはすぐにアメリカにも伝わり、今度はハーバード大学で上映してくれるという。ここでも一杯になり嬉しかったですねえ。モスクワでは同時通訳だったのが、ここでは英語の字幕を入れないといけない。私の志に感銘してくれたのか、翻訳者が報酬は要らないと言ってくれたりもしました。

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―そういうことがありながら、日本では劇場で一般公開されなかったと。悔しかったでしょうねえ。でもそれを晴らすように、今回の上映はタイムリーです
千野:ええ。時代に要請されたというんでしょうか、映画は生き物だとつくづく思いました。きっかけは酒の席で、毎日新聞の元映画記者の方が、これを見たいと言い出されたことです。試写をやるにもお金がかかるんだけど、そんなの無いよと言ったら、それでも見たいと言って皆がカンパしてくれた。で、試写会場を借りて上映したんです。そしたらこれを配給したいという会社が現れ、全面的にお任せして今回の運びになりました。
―まさに時代に呼び寄せられたと。
千野:そうかもしれませんねえ。上映はとっくに諦めていたのに、こんなことになって感無量です。33年前に製作された映画が再び脚光を浴びるなんて、これまでのテレビ界ではなかったことでしょう。一方で、僕は14年の年月と私財を投じて、日本とミャンマーの合作映画「THWAY(トウエイ)―血の絆」を撮ったのだけど、完成して6年経ってもまだ劇場公開できないでいる。つくづくままならないものだと。

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―難しいですね。でも今度のことがきっかけになるかもしれませんよ。ところで、久しぶりにご覧になっていかがでしたか?
千野:感無量ですよ。時代の風が人間の心を動かしたんだなあと思います。人生捨てたもんじゃあない、生きていてよかったと思いました。実は3年前に、この映画をかけて、その後で講演するという催しがあったんです。北村和男さんが来てくれて、拍手で壇上へ迎えて、その3ヵ月後に死んじゃった。他にも、この映画は出演者、スタッフと大勢亡くなっている。彼らが蘇った気分ですよ。これだけ歳月がたっても、ちっとも色あせてない。皆いい仕事をしているなあとそれにも感動しました。

―この事件は当時世間を騒がせましたね。事件そのもの以上に「情を交わした」という言葉を覚えています。
千野:当時すでに経営が厳しかった毎日新聞は、この事件のせいで購読者を半分にした。主婦層が、「西山のような記者がいる新聞社の記事は読めない」と抗議の電話を一斉にかけてきたんです。皆が世論操作に負けて、感情的になり、肝心の問題を置き去りにした。民衆が情けないと言うのが、原作者の澤地さんのスタンスですね。一貫して弱い立場の女を演じた事務官が、「国民に知らせるべきだと思った」と主張していれば、無罪を勝ち得ていただろうと映画の中でも言っています。

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(当時の台本)

―目からうろこです。今ならすぐにそう思えるけれど、当時はそう思いながらも、私も世間と同じように、西山記者の手口を嫌だなあと思いました。暫くは毎日新聞を読みたくないとも思ったものです。それと同時に、事務官の女性にも、同じ女性として情けないなあといらいらした記憶があります。実際は情に流されてのことでも、意地でも、大義名分を主張できなかったものかと。当事者2人はご覧になりましたか?
千野:解かりません。映画の中にもあるように、蓮見事務官には澤地さんすら会おうと思っても会えなかった。西山さんはどうでしょうねえ、こっそり見てくださってると思いますが。澤地さんはよく出来ていると言ってくださいましたが。
映画宣伝担当者:西山さんは多分見ていないと思います。澤地さんの原作は読んで、よく書けていると言ったらしいけれど、映画のほうは生々し過ぎて見れないと聞きました。西山さんは未だに蓮見という名前を聞くだけで、肌がぴくぴく動くほど、神経過敏なのだとか。よく出来ていればいるほど、当時の再現が怖いんではないでしょうか。

―情報提供者を守れなかったという意味で、記者として痛恨のミスを犯していますからね。国民を欺く「密約」を暴いたと言う大きな仕事の達成感以上に、一人の女性の人生を変えてしまったという重さに耐える日々だったのでしょうね。西山さんもまた、人生を狂わせてしまったと。
千野:この役は難しいですよ。でも北村和男さんが実に上手く演じてますよ。

―冷淡過ぎず、そうかと言って記者の軽さや狡さ、非情さもある。言葉にしない思いが程よく伝わってきました。それに蓮見役の吉行和子さんが又いい。曖昧なこの女性の雰囲気を、品を残してじんわりかもし出している。この2人でなかったら、もっとどちらかにぶれていたでしょうねえ。澤地さん役の大空真弓さんもお若くて知的。そんな意味でも、玉手箱を開けたように、久しぶりにあの時代を垣間見ました。ところで、この作品、どんな人々に見て欲しいですか?
千野:もちろん大勢の人に見て欲しいですが、特に日本を支える50代の人たちに見て欲しいです。日本の政治の歴史ですから。町田で上映したんですが、インテリ層の女性が多かった。男性はなかなか時間がないんだろうけれど、3人それぞれの視点で描いているので、ぜひ見て欲しいですね。(聞き手:犬塚芳美)

《作品の感想とインタビュー後記:犬塚》
 <この事件を覚えています> 私は西山さんの手口と、それが公になった事の両方が情けなかった。情事なら何故伏せなかったのかと。それを上手く言葉に出来なかったものの、澤地さんが見事に事の本質をついていて、この作品はその視点からも作られています。
 <ニュース映像で見た、地裁の判決後のお二人のインタビューは>感慨深いものでした。いつの間にか八十路前になった澤地さんが、お着物を凛と着こなし、年齢を重ねた美しさを纏われて、これを書かれた時と同じように、情報操作されて本筋から目をそらされ、「情をかわした」に終始した当時の裁判、それを許した私たち大衆の情けなさを、毅然と主張される姿を、憧れの眼差しで見ました。この間の日々、澤地さんが着実に実績を残されたことを実感します。一方、西山さんの表情からは多くのことが読み取れなかった。北村さんの演じた彼同様、多くの事を自分で背負い、今も心の痛みを抱えて生きてらっしゃるのだと想像しました。
 <そう思うと>、千野監督の言われた、日本を支える50代の人に見て欲しいという言葉がいっそう重い。二人のように、情報操作に流されず、物事の本質を突ける大人でいれているのだろうかと、自問しています。


   この作品は、4月24日(土)から第七芸術劇場、
         6月5日(土)から京都シネマ にて公開
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コメント


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犬塚さんの文章を読んで、表現することを仕事としている人の良心と勇気と正義を感じました。

澤地久枝さんは、九条の会の集まりの時(井上ひさしさんもおられました)、誰よりも凛と、そして明快に話され、素晴らしい方だと感じましたが、その原点が、この事件だったんですね。
千野監督さんも、反骨精神旺盛な立派な方ですね。
こういう方の撮られた映画を応援していかなくてはと、思いました。

民主党政権もいろいろあって評価ももう一つですが、情報開示と裁判結果の民主化には、貢献していると感じます。

大空の亀 | URL | 2010年04月24日(Sat)21:52 [EDIT]


Re: タイトルなし


> 澤地久枝さんは、九条の会の集まりの時(井上ひさしさんもおられました)、誰よりも凛と、そして明快に話され、素晴らしい方だと感じましたが、その原点が、この事件だったんですね。
> 千野監督さんも、反骨精神旺盛な立派な方ですね。
> こういう方の撮られた映画を応援していかなくてはと、思いました。

この頃素敵な方にばかり出会って、(ああ、凄いなあ。それに比べて私って何やってるんだろう)と、元気をいただきながらも、ちょっと落ち込んでいます。この後も良いインタビューが続くのですよ。お楽しみに!
ところで、日本を支える50代の人に見て欲しいなんて、初めて言われました。たいてい若い人に見て欲しいなんだけれど。

犬塚 | URL | 2010年04月24日(Sat)22:18 [EDIT]


 

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