太秦からの映画便り

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映写室 映画の周辺四方山話

映写室 映画の周辺四方山話  
 ―思いつくまま・シネマエッセイ―   
 <前回は邦画への苦言を書きましたが>、そんな事を言いながら邦画も良く見ます。私の場合、邦画は大抵監督で選ぶのだけど、何人か好きな監督がいて、新作を撮ったと聞くと気もそぞろ、早く観たくてしょうがない。小泉堯史監督もそんな一人です。小泉さんが教えを受けた黒澤監督の遺稿シナリオを映画化した、第1回監督作品「雨あがる」の澄んだ空気感に魅了され、あっさりやられました。その後の「阿弥陀堂だより」、「博士の愛した数式」の素晴らしさで、「やられた」が信頼に変わったのです。こうなるともう見逃せない。

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(C) 2007『明日への遺言』製作委員会

 <と、前置きが長くなりましたが>、今かかっている話題の作品「明日への遺言」も小泉監督ですね。何しろ敗戦後の軍事裁判で、B級戦犯として裁かれながら、自分の弁護よりも、名古屋に無差別爆撃をした米国の戦争犯罪を告発した人物を主人公にしているので、そんな問題に疎い私には難し過ぎて、評のほうは断念しました。でも良かったのです。

 <主人公の岡田資中将役は藤田まことさん>。どんな名優でも良い人の役は難しいもの。まして今回は独房と法廷シーンが殆どで動きが少なく、上官として自分が全ての罪を引っ被る覚悟の素晴らしい人柄なので、感情にも裏が無い。総てに変化がつけにくく大変だったと思います。実は藤田さんは家族が仕事でよくご一緒するので、観ながらも何だか私まで身内気分でした。その藤田さんの落ち着いた演技は色々なところで絶賛されてますので、今回は省略です。
 すでに厳罰を覚悟し部下の減罰しか思わない岡田中将は、何時も平然としている。画面の中に感情の揺れが見えません。では裁判の空気感は何処から伝わってくるかと言えば、裁判官や人情味溢れる米国人弁護士の、何とか彼の罪を軽くしようとするさりげない言葉や、思ったような返事が返って来ず落胆する姿です。これが惑いを見せ人間的でした。

 <でもそれ以上に確かに伝えるものがあります>。裁判を一日も欠かさず傍聴する、富司純子さん扮する岡田の妻の瞳や口元、風情ですね。ナレーションはともかく、殆ど喋らないのにその姿の雄弁な事。(実は家族はセリフは無かったと言います。私は雄弁な表情に惑わされ、始終心の声を聞いていたので、それがどうだったのか記憶にありません)少し傾けたお顔で、証言台の夫と無言で肯き合う姿に、2人の信頼感や今までの誠実な暮らしぶりが伝わってきました。いつもながらの文句のない名演。そう富司純子さんは、私の邦画を観る場合の基準の一つ、見逃せない女優さんの第一位なのです。
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 <もう一人、岡田中将の思いの丈を>観客に伝えた人がいました。それは無音のラストに静かにアカペラで入った、圧倒的な歌唱力の森山良子さんです。歌に声にこれほど説得力があるものかと、聞惚れる。凄いとしか言えません。寡黙だった岡田中将の心の惑い、悲しさ、虚しさ、誇らしさ、覚悟の程、運命、そんな全てを説得力を持って伝えてきます。監督ここにいたって、歌に全てを託しているのですね。最後まで体力を残して、エンドロールのそんな演出をしっかりと楽しんでください。

 <と、この男性映画を成功へと導いた二人の女性>の活躍を記しましたが、実はそこにもう一人の女性を付け加えたいのです。この作品は小泉監督がもう15年も暖めていたもの。黒澤組で「まあだだよ」を撮っていた頃から本を書き始めて、完成台本まで実に8作もあるそうです。その度に適切なアドバイスをし勇気付けたのが、ご存知黒澤組の名スクリプター野上照代さんでした。野上さんと言えば、こちらも今上映中の「母べえ」の原作者ですね。その中で「照るべえ」と呼ばれる下の娘が当時の野上さんです。
 年を重ね、姿も生き方も今まで以上に美しいこんな三人の女性を見ると、年を取るのも悪くないと思う。生きる事に勇気と希望が芽生えます。裏方の野上さんはともかく、森山さんの圧倒的なボーカルの力や、富司純子さんの眼差しの雄弁さを、ぜひスクリーンで確かめてください。

 <戦争と言う嵐に巻き込まれ>、罪の無い人々が無残に焼き払われる惨劇を目の当たりにして、憤りのあまり今度は自分が罪を犯してしまった寡黙な男たち。彼らを描きながら、物語としても演技としても、彼らを支えた背後の女性が気高く浮かび上がる作品でした。
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