太秦からの映画便り

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映写室「ただいま それぞれの居場所」大宮浩一監督インタビュー(後編)

映写室「ただいま それぞれの居場所」大宮浩一監督インタビュー(後編)   
―介護保険制度からこぼれる人々の居場所―

<昨日の続き>
―若い人が意欲的に取り組んでいる姿は頼もしいですね。
大宮:介護が生き方という若い人たちが出てきていますよね。若い人の流入は、介護保険が後押ししたところもあると思います。で、最初大きなところで働いて、限界を感じた若者が他の方法を模索している。普通のところで働いてそこを変えるより、新しい所で、介護を生き方そのものとして実施できる場所を探しているというか。彼らは20前後でバブルを経験し、それがはじけてですから、快楽主義の末路、消費文化の行き過ぎを見たというか。そのゆり戻しが起こっているのかもしれません。逆にいうと、認知症であったり障害があったりという、介護を必要とする人々は、何かを与えてもくれる。ただ生きている、ただ生活しているでは得られない達成感を、介護者に与えてくれるのでしょうねえ。スタッフ自身も何処か欠けたところがあって、人とのふれあいで満たされ生かされているのかなあとも思います。考えてみると介護は特別なことではないですよね。以前は生活の一部として当たり前のように自宅でやっていたし、赤ちゃんに手がかかって大変なようなものかと。

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(C)大宮映像製作所

―そう言われればそうですが、実際は大変です。丁度昨年の今頃義父の認知症が解かって、右往左往。その事で頭を占領されて、その頃見た映画はほとんど覚えていません。
大宮:ええ。確かに口で言うほど簡単じゃあない。老後は年齢を逆行していきますからね。素人では無理かもしれませんね。でも介護って平和な時は平和なんですよ。1日一緒にいて、お茶を飲んで終わりということもある。これが仕事か?と思うけれど、一緒にいる事、一緒に暮らす事が仕事なんですね。逆に、突発的な事態で、休みの日に呼び出されたり、自宅まで出かけないといけないこともある。何処までがプライベートで、何処からが仕事か解からないけど、頼られていることが自分の生きがいになっているのではないかと。頼られるのを楽しんでいるようにも見えました。誤解を受けるかもしれませんが、看取った達成感という意味で、利用者の死すら楽しんでいると感じました。彼らが一番嫌がるのが、途中で施設を変わられることなんです。一番辛いと言いますねえ。情でやってきたのに引き裂かれるようだと。

―情ですか。それまでの関わり方によっては、家族ですら情を切りたい事があるんですが。過去が関係ない他人だからこそ出来るところもあるのかもしれませんね。ところで、介護保険を使わないとなると全額自己負担ですよね。下世話な話ですが、幾ら位になるのでしょうか? 実は義父がグループホームに入っていて、色々お手をかけるものだから、心配になって計算したことがあるのです。そしたら、施設には、行政からの介護保険料も含めて、一人当たり一ヶ月に45,6万円が入ると解かりました。もちろん介護保険は本人は1割負担だから、こちらはそんなに払っていませんが。それでもキュウキュウだそうで、頻繁な通院や、突発的な入院等でお手数をかけると、家族としては申し訳なさで一杯になるんですが。
大宮:利用料金は一律ではないんじゃあないかなあ。本人の年金の種類だったり、家族の方の経済状態で色々違うのだと思います。全額負担といっても、そもそもの金額が低く抑えられているはずです。例えば1日デイサービスを受けると、〇〇〇前後とか言っていました。

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(C)大宮映像製作所

―それだったら何とかなりますよね。
大宮:ええ、負担できる範囲のはずです。ここが全てではないけれど、色々な施設が出来たとはいっても、介護保険制度からこぼれてしまう人もいる。その人たちをどうするかということになった時、こういう人もいる、こういう所もあると提示できればいいなあと思って作りました。介護の方法にしても、制度ではなく、人としてしなくちゃあいけない事があるんじゃあないかと、彼らは言うんです。なるべくその人に寄り添って選べるようになれば良いじゃあないですか。選択肢の一つということかなあ。ただ、介護保険でフォローできるのであれば、拒否しないでそれも貰い、自己負担も使うといった、両方にまたがって一緒に歩んで行けないかなあと、思いますね。若い人がそれを模索してくれているのが嬉しいですよ。
―ええ。頼もしいと言うか。でも入所待機者が多いのでは?
大宮:いや、基本的に来たら入れるんじゃあないですかねえ。来る者を丸ごと受け入れるというか。取材で気持ち良さそうだなあと思う所は、たいてい丸ごと受け入れているところです。

―なるほど。おおらかですね。
大宮:日本の高齢化は凄まじくて、今後人類史上未体験の、老人が老人を介護するという領域に進んでいく。大らかにならないとやっていけませんよ。それに介護保険も制度として融通が出てきました。最初介護保険を使わないと言って始めたとしても、それに拘らず、制度が自分に寄って来たら、貰えるものは貰って、頑張り過ぎないで、長く続くようにして欲しいなあと思います。ただ制度の縛りには地域差があって、千葉の方は比較的ゆるい。だから「いしいさん家(家)」や「井戸端げんき」のような色々な所があるんですよ。京都なんて施設をもう作るなと言う方針ですからね。増やすと介護保険料が払えなくなると。箱を作ると経費が掛り過ぎるから、空き家や廃校を利用するとか、方法はあると思うんです。これからもっと多様化していって欲しいですね。(聞き手:犬塚芳美)

《作品の感想とインタビュー後記:犬塚》
 <正直なところ>、これがベストかどうかは解からない。設備も良いとは言えず、介護用にいたる所を工夫して建てられた施設を見慣れた目には、わざわざこんな不便な所で、辛い作業をする意味があるのかと疑問も持ちました。 
 <そうは言っても、スタッフも入所者>も、それぞれの顔が見えるのが凄いのです。ここには施設特有の取り澄ました静寂も、過剰な清潔感もない。その代わり、雑然とした日常、煩雑な人間関係が、個性豊かに浮かび上がってくる。まるで自宅のよう。介護職員も家族です。暮らしとはこんなものかもしれないとも思いました。だからこその、「ただいま それぞれの居場所」なのでしょう。
 <人生の最終章を>、自分らしく生き抜こうとする入所者たちを、体当たりで受け止めるスタッフ。嬉しいけれど、情に流されて無理をしないで欲しい。若い人たちが自分も大事にしつつ、続けられればいいなあと思いました。


この作品は、5月1日(土)から第七芸術劇場、
     5月22日(土)から神戸アートビレッジセンター
     順次京都シネマ、にて公開
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コメント


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この五月で百二歳になられるお習字の先生が、ボランティアで3カ所老人介護施設に行かれているのですが、雰囲気が全く違うといわれてました。
介護士さんが明るく楽しそうに働いている施設は、介護されるお年寄りの皆さんも明るく元気で、笑顔も多く前向きだそうです。
この映画に撮られた所は、そんな所なんだろうなあとインタビューを読みながら思いました。
ハードよりソフト、箱より人間というのは、どんな時代であっても、いちばん大切なことですね。

大空の亀 | URL | 2010年04月30日(Fri)23:04 [EDIT]


Re: タイトルなし

> この五月で百二歳になられるお習字の先生が、ボランティアで3カ所老人介護施設に行かれているのですが、

凄い!
その先生が凄いですね!
義父の入っているグループホームは、きれいでお行儀が良い。一度見学した特養は、若いボランティアスタッフが多くて、外出も多くガチャガチャと賑やか。昨夜も、自分が入るとしたらどっちがいいのだろうと話していたところです。ただし後者のほうは、待ちが多くてとても入れないのですが。
で、どっちがいいかという話では、いくら良い所でも、自分のことが自分でできなくなった状態を想像するのは気分が重く、そうならないように最後まで頑張りたいと。連休中は内子町に行ってきます。

犬塚 | URL | 2010年05月01日(Sat)08:45 [EDIT]


 

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