太秦からの映画便り

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映写室「トロッコ」川口浩史監督インタビュー(後編)

映写室「トロッコ」川口浩史監督インタビュー(後編)
 -芥川龍之介の世界から台湾に舞台を移して-

<昨日の続き>
―距離が近いというなら、子供たち同士が馴染んでいくシーンとか、誰々さん宅の子だねと言うシーンとか、そうですよね。脚本は13稿とか14稿とかあったと、伺いますが。
川口:そうなんです。書き直すのが大変でした。古い建物も残っているし、最初は原作の「トロッコ」のままの、大正時代を描こうと思っていたけれど、亜熱帯だから植物が違う。これは無理だなあと思い出すんだけど、線路を見つけた時に、それを作ったのが日本人だと言うのを知りました。しかもそれを教えてくれたのが、地元の、日本語を話すおじいちゃん、おばあちゃんだったりするんですよ。「何なんだ、これは?」と面白くなって、原作からはなれて現代の物語にしようと頭を切り替えました。でもおじいちゃん、おばあちゃんの物語がおもしろいもので、色々調べたりして、どうしてもそっちへ行ってしまう。(本来やりたかったのは少年の成長物語なわけでしょう)と言うところで、何度も軌道修正しながらでした。でもそれがあまりに長くて、途中で、「若い世代はおじいちゃんのように親日的ではない。あまりにも日本人の側から書かれている」と向こうのスタッフに言われるんです。どうしてそうなるかと言ったら、「監督が日本人だからじゃあないの」と。僕としては「親日」を事実として見ているつもりで、その辺りの意識はないんだけれど、違和感を与えては失敗する。台湾の人にも普通に感情移入して見てもらえる作品にしたい。途中から日本人の方向からだけ書いていても駄目だと気付き、台湾の脚本家に入ってもらいました。台湾の今や、家族のあり方がどうなのかを聞き、弟夫婦が出てくることになるんです。若い世代はめざましい繁栄を見聞きするものだから、日本より大陸への憧れが強く、これからどうすればいいのかを模索していますから。おじいちゃん、おばあちゃんは彼らを包み込む存在であるという位置に止め、そのバランスをとるのが難しかった。

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©2009 TOROCCO LLP

―どうしても自分の国の視点になってしまうのは解かる気がします。考えてみると、長男が日本人と結婚したというのは、両親に複雑な思いも残しているのでしょうし。
川口:日本の人と結婚することに抵抗はないんですよ。でも、その長男の嫁が、長男の遺骨を持ってくるというのに罪がある。現代の日本は、どちらかと言うと女系家族になっていて、子育てを助けてもらおうと、女性の実家の近くに住む。男性の親と一緒に住むケースは少なくなりました。でも向こうの長男は親と一緒に住むのが当然。まだまだ家族主義だから、長男の嫁は外で働いたりせず、家にいなくてはと言う思いも強い。そこのところがちょっと違うんですよ。そんな向こうの事情を、台湾の脚本家のアドバイスで入れていきました。果してくれた役割は大きかったです。

―物語が台湾に育てられたと?
川口:そうですね。まさに育てられた感じです。色々な人の意見を聞き、どんどん話が膨らんで行き、生き物として映画が出来て行ったと。
―そんな人間模様も、リアルで温かくて素敵ですが、この作品の一方の主役、台湾の素晴らしい自然、溢れるような緑にも圧倒されました。
川口:緑は本当にきれいです。森に入っていくと、晴れているのに、肌がしっとりしてくるというか。森全体が溢れるばかりの瑞々しさなんです。それに、映画にも映っていますが、すぐにスーッと霧が出てくるんですよ。そこら中霞んできて、幻想的で、オーッと思いました。気温の差でこうなるんでしょうが、日本にはなかなかない情景です。

―目にしみるような緑と対照的な、おじいちゃんの家の温かい白熱灯が素敵でした。他の台湾映画でも白熱灯の灯りが印象に残っているんですが、ライティングでしょうか?
川口:いや、意識的なものではありません。あれは台湾で日常的に使っている電灯なんじゃあないかなあ。予算の関係から、今回はジェネレーターもない。すべて家の電気で撮っているんですよ。撮影のリー・ビンビンは、元々ほとんどライトをたかない。出来るだけ自然に撮りたい人なんで、そこにある光だけをそのまま撮っているんです。夜にしても、薄暮という、日が沈む瞬間を狙って、夜の青さを出したりしている。結果としてそれが反映されたのではないでしょうか。あまり灯りがあるわけではないんだけれど、家の夜のシーン、子供たちが帰ってくるシーンとか、灯りが外の青と対照的に浮かび上がり、象徴的になりました。

―台湾の情景は少し前の日本のよう。郷愁をそそられます。
川口:そうなんですよ。初めてなのに、日本から行くと懐かしい感じを受ける。それは良さとして映像の中に生かしたいなあと思いました。現代をやるんだけれど、懐かしい感じというのは出したかったんです。
―古い家とか、線路とか、よくあんなところが残っていましたね。
川口:もちろん台湾でも少なくなっています。おじいちゃん達と同じ様に建物もなくなってきました。特に西側は、新幹線が通っているのでもうかなり開発されて、こんな所は探し出せない。これは台湾の真ん中辺りの東側です。あまり観光客が行かない所なので、これをきっかけになるべく行って欲しいなと思います。

―これもですが、このごろ良い台湾映画が多く、台湾をもっと知りたいと行ってみたくなります。
川口:僕が思ったのは、そういう時に、僕の撮ったものが入り口になれば良いなあということです。若い人だと、台湾が何処にあるかも知らない。香港と台湾の違いも解らないんです。かって日本統治を受けながら、中国や韓国とは違う、頭ごなしに日本が悪いとは言わない人々。こんな台湾があり日本と繋がりがあるのはどうしてなのかと、疑問を持ってもらう入り口になって欲しい。日本の統治とか、日本語教育とか、国内の民族争い等が加わり、彼らのアイデンティティが生れるわけですが、全ては入っていません。1本の映画で描くには長すぎますからね。そこの部分は自分で学んで欲しいのです。出来るだけ少年の成長に絞って、最初「トロッコ」でやろうと思った事に帰結しました。ただし、現代の物語だけれど、懐かしいというのはやりたいと思いましたね。
―それは台湾の持っているものでもあると?
川口:その通りです。初めて行ったのに、日本人の僕には懐かしい感じを受けたところが沢山ありました。それはよさとして映像の中に生かしたいと思ったんです。

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©2009 TOROCCO LLP

―どうして「トロッコ」が好きなんですか?
川口:あの少年が僕自身なんですよ。
―なるほど。脚本の書き直しを続けながら、これでいけると思ったのは何時でしたか?
川口:2008年の4月に、世界中からのオファーでとても忙しいリー・ビンビンが、「8月なら空いているよ」と連絡をくれたんです。そこで決めました。キャスティング、脚本と、全てがここに向かって一気に進んでいくわけです。そんな意味でもこの作品は、リー・ビンビンが強力な吸引力になってくれました。
―今まで組んできた監督たちは、これを見て何とおっしゃいましたか?
川口:篠田さんは見に来てくださって、よかったよと言ってくださったし、奥田映二さんは試写室から出て来る時、「○だぞーっ」て(声音も真似て、手のジェスチャー付で)言ってました。五十嵐さんは、ご自分でも結構東南アジアのドキュメンタリーを撮っているので、「地元の人たちと一体になっている感じが出ている」と言って下さいました。皆さん共通するのは、僕を知って下さっているので、人柄が出てるなあという言い方をしていました。後、「良い所で撮っているなあ、台湾にこういう場所があるのかあ」と言う驚きですね。皆さん東側は知らないんですよ。

―川井郁子さんのバイオリンが印象的ですが。
川口:ええ。川井さんのバイオリンは情感が深くて特徴的で、すぐにそれと解かりますよね。彼女のアジア的なスケールで、バイオリンが胡弓に聞こえる時もあります。もともと川井さんには、日本の童謡を弾いた凄くいいアルバムがあって、僕も日本の童謡を残したいと思っていたので、シンパシーを感じていたんです。ロケハンの間も川井さんのそのアルバムを常に聞きながら、イメージを広げていきました。脚本を渡してお願いしたのですが、最初イメージしたのが、(子供が森の中を彷徨っている時、森と言う母親が包んでいる感じにして欲しいなあ)ということです。
―最初の頃の新幹線のシーンで、バイオリンから入るじゃあないですか。あの瞬間にやられました。その後は、とても心地よく、映像と一体化して包まれるようにバイオリンを聴きました。台詞だけでなく、そういう音楽や映像、間が雄弁な作品ですね。
川口:最初はもっと台詞が沢山あったんです。でも現場で役者さんが台詞を言うと、(あ、これはいらない)と気が付いて、削っていきました。特に台湾のスタッフには、日本語で言っても解らない。そうすると、「台詞で言っても感情がこもっていない。それよりは、立ち止まってむくれてるだけの方が、ずっと表現として豊かだ」とか言われる。尾野さんとも、そういうディスカッションをいっぱいしました。台湾のスタッフの判断はありがたかったですね。

―ところで、長男の名前が敦、次男が凱ですが、これは日本の名前と台湾の名前をつけ分けたとか?
川口:いや、単純に自分の子供たちの名前です。男の子3人なもので。3番目がケイと言うんですが、今小1だけれど、丁度第1稿を書きはじめた時、凱の年齢でした。身近な子供たちを見て、色々参考にしたところはあります。ラッシュを見せたら恥ずかしがっていました。自分の名前を連呼されますからね。母親についても、妻を参考にしてるところがあるかもしれません。家族は一番想像しやすく感情移入もしやすいですから。
―芥川の「トロッコ」から随分広がりましたね。
川口:そうですね。イギリスから技術を導入して、鉄道が敷かれるわけですが、芥川は、そんな風に始まる日本の近代を、描きたかったんだと思うんです。近代の色々な技術を手にいれた時に、日本は台湾に鉄道を敷くわけですよ。で、そのレールが廃線になったところに、平成の日本の男の子が行くというのが、タイムスリップしたようで、芥川に対する思いになっているかなと。子供たちにゴム草履を履かしたり、髪を切らせたりしたのも、昭和の匂いをつけたかったから。芥川は日本の将来に悲観的だった。そんな悲観的な中でも希望を持たないといけないというのを描きたかったんだろうけれど、僕はもう少し積極的に映画で希望を描きたい。土門さんが撮った様な無垢な子供たちに、現代の子供をタイムスリップさせたかった。そんなイメージを持って、日本の近代の希望をどう描くかを、僕の中の目標にしていたんです。描き切れているかどうかは解かりませんが。(聞き手:犬塚芳美)

《作品の感想とインタビュー後記:犬塚》 
 <この作品には父親が出てきません> 冒頭すぐに、父親の遺骨を届ける算段をしています。では父性を感じないかと言ったら、親子を見守るようなカメラワークに感じる。手出しはしないけれど、妻の孤軍奮闘を心配しながら、支えてくれそうなおじいちゃんや弟に繋ぎ、子供たちの背後にも、未来へと背中を押すような父性を感じるのです。それはそのまま監督の眼差しなのかも知れません。この親子は何とか生きていける、大丈夫だと思えました。
 <そんな物語の背景を彩る>、台湾の情景が素晴らしい。昔馴染みのように親しみやすい人々、瑞々しい緑、温かい家の灯り、森の中を走るレール、又台湾ファンが増えそうです。14稿という作業でも解かるように、監督は丁寧に仕事を進めるタイプ。確かな思いを持って、粘り強く実現していくタイプだなあと、感服しました。奥田映二さんの物まねが抜群で、仲間内では評判のはずです。


この作品は、5月22日(土)から梅田ガーデンシネマ、
      7月京都シネマ、9月元町映画館 にて公開
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| | 2010年05月25日(Tue)15:00 [EDIT]


Re: お久しぶりです

こんにちは。本当に久しぶりですね。元気ですか?
ところでここで正解です。メールしますね。

犬塚 | URL | 2010年05月25日(Tue)21:13 [EDIT]


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| | 2012年05月25日(Fri)20:52 [EDIT]


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| | 2012年06月05日(Tue)22:21 [EDIT]


 

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