太秦からの映画便り

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映写室「ビルマVJ 消された革命」インタビュー(後編)

映写室「ビルマVJ 消された革命」インタビュー(後編)  
―原案・脚本のヤン・クログスガードさんを迎えて―

<昨日の続き>
―そんな状況下でも、この脚本を書くにあたり色々な方にインタビューされたと思いますが、どんな方に可能でしたか?
ヤン:前の自分の作品を作っている時に何百人という人にインタビューしました。沢山いるVJの中から、誰を使うかを決めないといけなかったんですが、勇敢な彼らにしても、個人的には話してくれても、録音し始めると話をやめるのです。国内では無理なのでインタビューは国外でしました。国外なら話してくれます。

―ところでヤンさんは、紛争そのものより、紛争が人々に与える影響に興味があると言われましたが、それはどうしてですか?
ヤン:個人的なことですが、私の父は第2次大戦下のドイツで育っています。彼が12歳の時に、酷い経験をして心に傷を受けるのですが、彼はその傷が癒えないまま大人になりました。それが私にも影響して来たのです。子供の私を守ってくれるはずの父親が、そういう風に出来ない状態でした。私は小さい頃から大人でいなければいけなかったのです。子供なのに、無邪気ではなく大人のように振舞わないといけなかった。それは辛い事で、凄く私に影響しました。権力とか欲望の為に、他の人を傷つけるのが凄く嫌なのです。それがきっかけとなって、ベトナム戦争がアジアの人々にどう影響を与えたのか、戦争で傷を受けた人々がどういう風にしてその傷を癒そうとしているかに興味を持ちました。


revolution_main.jpg
©2008 Magic Hour Films

―ええ。
ヤン:「ビルマVJ」を別の視点から見てみると、VJたちというのは、人間としての尊厳を保つために戦っている人々だと言えると思います。今の混沌とした社会で生きる私たちにとって、これは国境を越えた普遍的なテーマなのではないでしょうか。2007年9月のデモの時に、VJたちは個人で大変なリスクを冒して、デモの様子を撮影し、海外に送信しました。それがNHKなどを通して、私たちの目に入ってきたのです。こういう風に、撮影し、発信することによって、軍政の凄まじい弾圧を世界に見せ、それを通じて、実はVJたちは、ビルマの国民を守っていると言えると思います。と言うのも、もし撮影していなければ、2008年に同じように民主化のデモがあった時に、同じように弾圧されたかもしれません。1998年のデモの時には、ひどい弾圧で3000人もの人が亡くなっているのですから。前年の件で、デモの様子が世界に流れているのが解かっているから、抑止力になったと思うのです。そういう意味でも、VJたちのしたことは大変重要だったと思います。

―ええ、確かに。
ヤン:西洋医学は病気の患者を治しますが、東洋医学、漢方の考え方では、病気になる前、人が健康を維持する為に気をつけます。VJたちはその漢方の役目を果たしている。人々が悪い状況に落ちないように活動しているのです。そうではなくて、起きた事をそのまま報道するジャーナリストもいますが、彼らは違う。人として一番大事な事は、世の中で、人が癒されなければいけない状態に陥らないよう、そういう状況を避けるにはどうしたら良いかを考えることではないでしょうか。私は、暴力がない状態で生きるにはどうしたらいいか、常に考えています。

―アジアの問題が北欧を拠点に中継され、デンマークのヤンさんがこうして映画にしてくださるという事に、感謝と興味と共に、東洋人として情けなさも感じます。
ヤン:VJたちは、撮影するだけではなく、撮影したものについてコメントしてくれる人を探し、そのコメントを取らないといけない。デモとかの特別な事ではない、たとえば教養とかの日本だったら普通に話せる事も、ビルまでは言えないので、危険を冒してコメントを取り、映像も撮るわけです。で、通常は撮影したのとは別の人が、陸路で、ジャングルを抜け、川を渡って、越境しタイに入る。タイで仮の編集をして、そこからインターネット等でオスロの本部に送られ、そこで映像を完成させ、そこからロンドンに送られ、そこから衛星を使ってビルマに戻っていくわけです。これは通常の場合で、ビルマではインターネットが使えないから、なかなか難しいのですが、緊急の場合は衛星モデムを使って、ビルマ国内から直接オスロに送ることもあります。ただしこれは高いので、本当に緊急の場合だけ。長井さんが亡くなった時の映像はこれでした。

―あの映像は衝撃でした。ニュースで見ただけでしたが、今回細部にわたり詳しく映っていて、驚きました。
ヤン:長井さんのいたデモを数人のVJたちが撮影していたのです。あの9月27日には、長井さんの他にも沢山のビルマ人が亡くなりました。ただ、亡くなった所、撃たれた瞬間が映っていたのが、長井さんだけだったのです。軍政の際限のない暴力が、外国人にさえも及んでいると知らせる為に、あのシーンを映画に使いました。映像は沢山あったのですが、ぜんぜん整理されてなくて、何処で撮ったものか解からない。編集は何処の映像かを確認するところから始まりました。構成を考える上で、デモがどういう風に動いてとか必要ですから、グーグルアースを使い、撮影場所の確認に使っています。

―そういう風に実際にその場で撮った映像と共に、それらを繋ぐ再現映像が使われているそうですが? 今まで聞いた事のない新しい手法です。
ヤン:確かに新しいやり方でした。ただ、再現したのは実際に起こった事だけで。実際に起きたんだけれど、たまたまカメラが回っていなかった。そういう状況を映すために作りました。実際に起こったままに再現するように、細心の注意を払っています。再現映像はなくてはならなかったと思います。と言うのも、もしなかったら、ここまで人の心に訴える映画にならなかったと思うからです。ビルマにとって歴史的な出来事だったデモの様子を、世界中のなるべく多くの人に見て貰うには、必要な映像でした。

―もちろん、その撮影はビルマ国内ではないですよね?
ヤン:もちろんです。ビルマでそんな事をするのは不可能です。タイで再現映像を作りました。その中には150人のエキストラを使うような大規模なものがあり、秘密裏に撮影するのは無理だったのですが、タイの警察は凄く協力的でした。ロケをしたのは、デモから6,7ヵ月後ですが、タイ政府は普段ビルマ政府と友好的なんだけれど、さすがにこのデモの時に、お坊さんたちが殴る蹴るの暴力を受けるのを見て、(ひど過ぎる。これは受け入れられない)と思ったようで、協力してくれたのだそうです。
―そのタイが、大変な状態になっています。今ならどうでしょう?
ヤン:そうですね。その時だったからかも知れません。

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©2008 Magic Hour Films

―デンマーク人のヤンさんがアジアに惹きつけられる訳は?
ヤン:偶然の産物だったと思います。子供の頃ベトナム戦争の様子を白黒テレビで見ました。母親が子供を守りながら爆撃から逃げようとしていたり、川を渡ろうとするシーンを見て、凄く衝撃を受けました。それがきっかけとなってベトナムを調べようと思い、アジア、それも東南アジアに関心が向いたのです。今はアジアのことに関心がありますが、それが何時まで続くかとかは解かりません。
―ビルマの軍事政権はまだまだ続くと思いますか?
ヤン:何時まで続くかは解かりません。1989年にベルリンの壁が崩れるのを誰も予想しなかった。もしかしたらそういう事があるかもしれません。ただ、軍政はすごく強い存在で、人々は恐れています。それでもVJたちは、一般の市民ではあるけれど、軍政が築き上げた壁にひびを入れている。そのうち、そのひびが大きくなって崩れるかもしれません。

―主人公のジョシュアは、何人かのVJから作ったものですか?
ヤン:いいえ、一人です。実際のVJで、映っているのも本当のジョシュアです。この映画のストーリーを組み立てていったり、再現映像を事実にあった状態で作れるように確認したりの作業を、ジョシュアと一緒に1ヶ月かけて行いました。今朝も電話で話したのです。もちろん、今ビルマにはいません。
―ジョシュアとはどのように出会ったのですか?
ヤン:VJたちは、VJになる前に、ビルマの国外で行われる、プロの経験者による、撮影の仕方とかを教える講座を受けないといけないのですが、その講座に行った時に、生徒の一人としていました。この映画を作るにはビルマの人を中心に持ってくるのが不可欠ですから、ジョシュアに会ってすぐ、彼と一緒に仕事をするべきだと気付きました。彼は魅力的で、面白くて、権力にも怯まない。話も上手いし、私と一緒でブラックユーモアのセンスもある。それ以上に大事な事は、我々がどういうものを作ろうとしているかを、すぐに理解してくれた事でした。共同製作者のようなものです。ジョシュアと一緒に仕事が出来て本当によかったと思います。

―最後になりますが、あまり知られていないビルマの日常について教えて下さい。
ヤン:生計を立てるのが大変な人が多いです。だからこそ、デモのきっかけは軍政が燃料の値段を急に上げたことでした。ビルマは停電が多いので皆家に発電機を持っていて、その燃料にガソリンを使っていたんだけれど、高くなったから、米を買うべきかガソリンを買うべきかと選択を迫られたんです。で、電気が使えなくなった。燃料が上がったので、バスの運賃も上がって、通勤が出来ないとかの問題も出てきました。収入も凄く低くて、月に20ドルあれば良い方なのです。そこら中に軍のスパイがいるから、うかうか言いたいことが言えない。言論の自由がないので、人々は本当の自分ではなく、魂の無い自分自身の影の様な存在になっていて、どうしたらこの状況を打開できるか考える余裕がありません。軍は国家予算の多くを軍事費や防衛費に使い、教育や医療にはほんの少ししか使わない。学校に行く人も少なく、病院とかの設備も劣悪なのです。

―まるで、伝え聞くところの北朝鮮みたいですね。
ヤン:ええ。でも北朝鮮はもっと悪いですよ。軍政は今年総選挙を行うのですが、アウンサンスーチーさんや、元政治犯のような、1回有罪判決を受けた人は選挙に出れないのです。今ビルマには2200人ほどの政治犯がいますが、彼らも参加できません。その中にはVJたちも含まれていて、皆、軍政の抑圧に抵抗した人々です。軍政は形だけの民主化を示し、自分たちに都合のいい選挙をやろうとしています。
―僧侶たちがこれからも引っ張っていくのでしょうか?
ヤン:僧侶たちも民主化活動家と協力して動いています。2007年のデモも協力して行いました。ただ、その時かなり打撃を受け、例えば映画にも出ていますが、VJに民主化についてインタビューされた僧侶は、みんな逮捕されてしまいました。今も収容されています。そのインタビューをしたVJは、自分がインタビューしたことで僧侶たちが捕まってしまったと凄いジレンマを抱えてしまった。いい仕事をしたい。でもいい仕事をすると、捕まるとかの被害を受ける人がいる。VJたちは何処まで尽くし、何処まで被害を受け入れるべきか、そこにジレンマを感じている状態です。

―ぜひビルマの方たちにも見せてあげたいですね。
映画宣伝担当者:この映画を見て心を動かされたら、ぜひVJたちを支援する活動をして欲しいのです。デンマーク政府はこの映画に助成金を出したりと、ビルマの民主化を支援している。日本政府はビルマの一番の援助国ではあるけれど、民主化運動とは逆の、軍事政府への支援なのです。ジャイカも入っているけれど、軍政のやりたいプロジェクトにお金を出している状態。デンマークやノルウェー、スウェーデン等の北欧諸国は、お金が本当に困っているところに届くよう、きちんと見極めて援助している。日本はそのあたりがルーズなような気がします。私たちはビルマについてあまりにも知らない。この映画を入り口として、日本とゆかりの深いビルマの民主化に、理解と協力をお願いしたいのです。(聞き手:犬塚芳美)

《作品の感想とインタビュー後記:犬塚》
 <あの時、長井さんが銃弾に倒れる映像>に驚いたものの、日々に流されて、記憶は薄れていく。アウンサンスーチーさんの事も知ってはいるけれど、ビルマと言うと反射的に、そんなすべてを忘れて、「ビルマの竪琴」とかの、僧侶の優しい姿を思い浮かべてしまうのです。軍政の横暴には驚きました。親日的な国だと勝手に親近感を持ちながら、本当に知らないことだらけ。少ない情報で解かった気になっている自分が恥ずかしくなります。
 <ヤン・クログスガードさんは>穏やかな方。インタビューでも繰り返し話されたように、暴力を嫌い、静かに平和的に抵抗し、人としての尊厳を大切にする方だと実感しました。衝撃的な映画ですが、根底にはそんな優しい思いが流れています。映画宣伝の方の、「この映画を見て心を動かされたら、ぜひVJたちを支援する活動をして欲しい」と言う言葉が耳に残りました


この作品は、6月5日から第七芸術劇場、
      順次京都シネマ、神戸アートビレッジセンター にて公開
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コメント


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 このインタビュー記事はスゴイですね。
 確かに日本政府も対象国の、どこを見て援助するべきかを考える時期ですね。
 

カツオシ D | URL | 2010年06月10日(Thu)21:35 [EDIT]


犬塚さま

こんばんは
ご無沙汰いたしております。
日々、酷暑ですねえ。
いかがお過ごしですか?
みなみうらです。

みなみうら | URL | 2010年07月04日(Sun)22:48 [EDIT]


Re: タイトルなし

有難う御座います。確かにいいお話が聞けました。

映画のツボ | URL | 2011年03月22日(Tue)21:09 [EDIT]


 

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