太秦からの映画便り

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映写室 新NO.54マイ・ブラザー

映写室 新NO.54マイ・ブラザー
  ―地獄を見て帰還した海兵隊員―

 <先週の「ONE SHOT ONE KILL―兵士になること―」に>続いて、今週も兵士が主人公です。デンマークの女流監督スザンネ・ビアの「ある愛の風景」をリメイクしたもので、ハリウッド版は、叙情豊かな男女の愛の物語から、戦争とは何かに比重を移し、銃後の家族と帰還後の兵士が描かれる。男女の愛だけでなく複雑な家族の愛を問う形になりました。
 <戦場に行けば何が起こるか?> 決して口外したくない、戦争の非人間性と壮絶さが描かれるが、一方で安否を気遣う家族の苦悩も計り知れない。兵士は沖縄にも大勢いる海兵隊員で、その父親も元海兵隊員。しかもベトナムからの帰還兵と言うのが、アメリカ社会の苦悩だ。これこそがハリウッドが描くべき現実、表に出ない悲劇を映像化しています。

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(C) 2009 Brothers Production, LLC. All Rights Reserved.

 <海兵隊員のサムは>、妻と2人の娘に囲まれ順調な人生だ。銀行強盗の罪で服役中の弟トミーは、サムとは対照的に皆から疎まれる厄介者。でもサムだけは弟を見捨てない。弟が出所したのと入れ替わりに兄が戦場にいく。そして届いた訃報、絶望する皆を慰めるのは弟だった。そんな時、死んだはずの兄が別人のようになって帰ってくる。
 <妻と弟の仲を疑うサム>、陰気な父親に娘たちは「お父さんは死ねばよかった」とまで言う。戦場で何があったのか。おぞましい実態を少しずつ明らかにしながら、彼を支える家族の対応が描かれていく仕組みだ。


 <先週の《アメリカ軍に絡んだ豆知識》の中の>、帰還後の兵士を襲う苦悩について書いた箇所を思い出して欲しい。サムはまさしくこの通りに、精神を病んでしまう。家族がいなければ、ホームレスになるところだ。戦場とは殺さなければ自分が殺される場所。極限状態で生き延びるためにあらゆる試練をくぐるが、そのことが兵士の心を蝕む。戦場で行った行為は、帰還して日常生活に戻ると、自分ですら許せない非人道的なことだった。
 <「ONE SHOT ONE KILL」を美学とする>戦場と、人を傷つけてはいけない日常生活とのスイッチがそう簡単に入れ替われるはずもない。帰還後に自ら志願して又戦場に向う兵士が多いのも、怪物になった自分にはもうそこにしか居場所がないからだと思う。兵士の孤独の深さ、自分を憎悪しながら、苦しみを抱え込むしかない。その悲しみが痛ましいほどに伝わってくる。

 <退役軍人の父にも、ベトナムからの帰還後>、感情をコントロールできなくて家族に辛く当った過去がある。トミーの人生はそんな父親に歪められたものかもしれない。ベトナムから始まって未だに世界の紛争にかかわり続けるアメリカ、戦争の傷跡が2世代にわたり始めているのだ。プロデューサーや監督の、この作品に込める思いの深さがうかがわれる。

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(C) 2009 Brothers Production, LLC. All Rights Reserved.

 <ところで、この作品の元になる「ある愛の風景」>が忘れられない。俳優には、人は心を隠すものと言う現実のまま、感情を押さえてさりげなく乾いた演技をさせ、複雑な心情は映像の工夫で観客に汲み取らせる大人的手法だ。フィルムが劣化したような粗い粒子の赤みがかった画像、突然挿入される、顔のディテールの一部を大きく映す独特のカメラワーク、スザンネ・ビア監督の特徴に圧倒された。俳優達の抑えても抑え切れない瞳の深さ、お互いの探るような眼差しが、彼らの戸惑いと思いを伝える。
 <そんな作品をハリウッドがリメイクしたらどうなるか> こちらは映像的には正統派だ。華と力のある出演者が、揺れる心やぶつかる感情をじっくりと演じて、ハリウッドは俳優の宝庫なのだと思い知らされた。配役の隅々まで、子役までもが侮れない。

 <まず凄いのが>、サムに扮するトビー・マグワイア。「スパイダーマン」シリーズの彼がシリアスになって登場だ。撮影にあわせて相当の減量をしたのだろう、出兵前と帰還後では外見からして別人、瞳に宿す光までを変えてくる。一家の中心で太陽のように輝き、頼もしかった男は、焦点の合わない、狂ったような目に変化。心に触れられるのを避けるように、周りにバリアーを張っている。過酷だった戦場が想像できるが、だからこそ、腫れ物に触るように気遣い、容易には聞き出せない家族。
 <前半はサムの視点で弟や家族を包み込むように映し>、後半からはトミーの視点になって、その兄に戸惑い、息を詰めて探るように気遣う様を映りだす。妻や子供たちの反発すら、トミーは一歩引いて兄への思いにつなげようとする。つくづくと、アメリカは父性の国なのだと思う。

 <トミーに扮するのは>、ジェイク・ギレンホール。繊細な役の多い彼が、鍛えて筋肉をつけた腕にタトゥをいれ、無精ひげと共に野趣味たっぷり。瞳のせいなのか逞しいのに気弱さや子供っぽさも伺え、役の複雑さのままで痛々しい。やっぱり兄がいてこその弟なのだ。家族を支える姿勢も兄の帰還後は影からそっとになる。
 <ナタリー・ポートマンの演じる兄の妻に>次第に惹かれる様、二人の戸惑い、子供たちのなつく様。サムが生きていると解かるまでのこの一家の再生は、少しずつでも確かだった。このままだったらそれなりに幸せな第2の家族が出来ただろう。娘が言った「お父さんは死ねばよかった」は、もしかしたら、いや間違いなく、誰もの頭を掠めた思いでもあったはずだ。そんな空気を感じ、疎外感の中で生きていくしかないサム。死にたくなるのも解かる。兵士にとって、戦場の日々よりその後の人生の方がずっと長い。忘れられない戦場の記憶、一歩戦場に入ったら、そこを離れたとしても戦争は続く。

 <この家族が壊れないのは>、出兵前の素晴らしいサムの記憶があるから。今の彼に怯えながら、夫はこんな人ではない、兄はこんな男ではないと、目の前のサムを横に置いて、それぞれが以前の彼を思い浮かべる。サムがかっての自分を取り戻せると良いのだけれど、其れが容易でないのは観客にも想像がつく。
 <それでも夫の罪を聞いたからには>、妻はもう逃げられない。彼の側であてどない再生を待つ人生が始まった。それが家族の形、サムを労わる事が家族を続けさせる。そうするのが本当にいいのかどうか、弟はどうなるのか、妻と弟との思いは・・・。等々考えてはいけない。家庭が崩壊する。帰還兵士とその家族にはまだまだ戦場が続く。重い現実だけど、父の死も乗り越えようとした無邪気な子供たちがいる。時間と娘2人が救世主になるかもしれないと、わずかな希望を持った。(犬塚芳美)

   この作品は、6月5日(土)より全国でロードショー
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| | 2012年06月06日(Wed)12:33 [EDIT]


 

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