太秦からの映画便り

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内なる思いを形にして写すカメラマン

映写室「アニ―・リーボヴィッツ」上映案内     
―内なる思いを形にして写すカメラマン― 

 アニ―・リーボヴィッツの名前は知らなくても、たいていの人が彼女の撮った写真は見ていると思う。中でも80年12月8日、スパースターが狂信者の銃弾に倒れる数時間前に撮った、裸のジョン・レノンがヨーコに絡んだ写真は有名だ。彼女には運命を予感する力さへあったように見える。セレブたちが競って被写体になったというリーボヴィッツ、この作品はそんな写真家の日常と、モデルになった人々、彼女の仕事仲間等の証言から、駆け出しの頃からカリスマとなった日々までの素顔を追ったドキュメンタリーです。

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(C) 2007 by Annie Leibovitz

 <何しろタフな人だ> 行動力もだし、挑むように内面をぶつけて来る世界中のセレブのオーラをしっかりとフィルムに焼き付け、凄い事に笑って更なる内面を抉り出す。彼女には創造者の何かを挑発するものがあるのだろう。このドキュメンタリーは、素顔を追いながらも実はもっと深く、それが何かを探る試みなのだ。
 若い頃から有名雑誌を飾り順風満帆に見える彼女も、決して向こうからチャンスが廻ってきたわけではない。これを観ると、いつも自分で必死で運命を切り開いてきたのが解る。欲しいもの、なりたい自分をしっかり思い描いていて、周りを巻き込みながらそこに向かって突進した人生なのだ。まずその力に圧倒される。

 <だから写真も、決して被写体のありのままを>写す訳じゃあない。被写体の心情も構図も状況も、絵画的な一瞬だ。写った誰もがこちらに挑む様なオーラを投げかけている。素顔を晒す時でもその素顔は決して表面的な素顔ではなく、晒した素顔の奥の挑む心なのだ。カメラレンズを通して、被写体の内なる欲求を汲み取り、そこから彼女のイメージを膨らませ、彼らの願望の方向へと内面を引き出したものだと思う。だからこそ彼女の写真はドラマティックなのだ。彼女自身がなりたい自分へと努力して駆け上がったように、被写体にもなりたい自分へと飛び立たせる。(さあ、あなたはどうなりたい、どう映りたい?)とカメラの向こうで挑発していたように思う。そこにカメラマンの類まれなる美意識を加え、写ったものは成りたい自分なのだから、被写体が満足するのは当然の事。こうしてカメラマンとモデルとの幸運な共犯は加速していく。

 <彼女のカメラが威力を発揮するのは>、被写体自体が自己プロデュース力のあるクリエイテターの時が多い。出発がロック雑誌の仕事と言うこともあるけれど、普通の人の何気ない表情から物語を紡ぐタイプじゃあないのだ。被写体と彼女の要求とのシンクロが奇跡を呼び、誰もがカメラに挑んでくる。クリエーターなら誰だって、自分でも気付かない自分を見出して欲しいのだ。
 ここまで強い彼女を作ったのは何だろう。これを見ると彼女自身の才能と共に、仕事を通していつも素晴らしい才能にめぐり合い共振し合って、彼女のオーラや才能が雪ダルマの様に膨らんだ過程が覗かれる。
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 <でもこの作品を映画的に見ると>、カリスマが一人の人間として愛を語るシーンが見逃せない。これも彼女の喪失感から出発したものかもしれないのだ。監督は実妹のバーバラ・リーボヴィッツで、このあたりに特に心を許した相手だからこその肉薄が見られる。
 さあ、そんな彼女をセレブたちはどう語るか、撮影風景はどんななのかと、私たちの知らない舞台裏を覗けるのもこの作品の楽しみだ。彼女の作品のフィルモグラフィー的な側面ももちろんある。写真好きやカメラマンなら見逃せないところだろう。彼女を賞賛する多くのセレブたちの素顔と共に、才能溢れたスーパーウーマンの強さと尽きない努力、才能に圧倒された1時間半だった。


   3月15日(土)より、梅田ガーデンシネマ、敷島シネポップで上映
              順次 京都シネマ、シネカノン神戸にて上映
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