太秦からの映画便り

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映写室 「亡命」:翰光(ハン・グァン)監督インタビュー

映写室 「亡命」:翰光(ハン・グァン)監督インタビュー
   ―亡命者量産国、中国―

 中国の民主化運動が武力鎮圧された、いわゆる天安門事件から、6月4日で22年になる。そんな時に合わせたように、天安門事件に絡んだ作品が関西でも上映される。「亡命」というこの作品は、日本に拠点を置き、映像や文章などで活躍する翰監督が、中国から亡命して世界各地に住む8人の文化人に、何故国を離れなければいけなかったのか、祖国への思い、亡命者とは等を問いかけたもの。翰監督にお話を伺いながら、このドキュメンタリーを紹介したい。

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©2010 SIGLO

<翰光(ハン・グァン)監督インタビュー>
―この作品は1960年代の文化大革命から、1989年6月4日の天安門事件を経て、思想や情報統制の激しい祖国を離れ、世界各国への亡命を余儀なくされた中国の文化人を追って、多くを問いかけたものですね。思想問題で投獄経験のある方が多い。経済発展の目覚しい中国の、別の一面を突きつけられて、驚きました。噂では聞くことですが、実際にこんなだとは。
翰光監督(以下敬称略):歴史的に見ても、中国は色々な時代に多くの亡命者を出してきましたが、今もこの国は、たくさんの亡命者を出しています。僕は留学前から自分の国に疑問を持ってはいたんです。小学校の3年から中学時代は毛沢東を称える歌や踊りを習って終わりました。勉強が出来ない。でも残留婦人に日本語を教えてもらって、トップの成績になり、日本語学科に入れたんです。ところが文化大革命が終わって、全ての文化、叙情的な情報が止まってしまったんです。言論の自由もなく、色々なことをチェックされだした。それが辛くて、安定した生活を捨てて日本への私費留学生になったんです。1987年に来日したのですが、その頃にはまだ国の指導者に期待していました。ところが留学中に改革開放路線の胡耀邦が亡くなって、僕らは黒い腕章をつけて悲しみを表現したのですが、その後だんだん統制が厳しくなっていく。ある時、学生時代に影響を受けた表現者や知識人たちが、1989年以降、中国から忽然と姿を消していることを知り、ショックを受けました。文化人たちは言論統制や思想弾圧に耐えかねて、世界各国へ亡命を余儀なくされたんですね。国にとって大変な損失ですよ。その人たちが今何処でどうしているのかを知りたいと思いました。そして亡命者の思いを伝えたいと思ったんです。

―登場するのはアメリカやヨーロッパに住んでいる方々ですね。ジャーナリストの妻と娘の3人で、ワシントン郊外に暮らす作家の鄭義さん、フランス在住の劇作家で画家の高行健さん、天安門民主化運動のリーダー王丹さん、「市民の力」代表の楊建利さん等8人が出ていますが、多くの亡命者の中から、この方々はどんな風に決まったのですか。
翰:何をテーマにするかを考えてですね。僕は祖国に言論の自由のないことが一番つらいから、文化人を選びました。主な4人に、何故祖国を捨てたのか、外から見る祖国はどんななのか、亡命者とは何か等々を語ってもらって、後の人にはこれほど多くの亡命者を出した中国の歴史背景を説明してもらおうと思ったのです。国と言うのは父親のようなものなのに、子供の国民に向かって銃を向けたのが信じられないという言葉があるように、多くの文化人にとって、民主化への動きを武力で押さえ込まれた天安門事件は、国家がここまでやるのかという驚きでした。ところが、中国国内でも、今の若い人は天安門事件を知らない。血生臭い事件は取締りのせいで口にすることすらはばかられ、歴史の中から葬られようとしています。国に都合の悪いことは調査することも出来ない。この作品にしても一番見て欲しいのは中国国内にいる人々ですよ。でもそれをよその国で作っているという寂しさはあります。静かな語りが続くこの作品の中に、生々しい天安門事件の記録映像を入れるのはどうかという迷いもあったのですが、あえて入れました。あの事件は命の安さ、政権の凶暴さの象徴です。人を殺して政権を守ったんですが、もうこんな虐殺は出来ないでしょう。第一世代は血で奪われたものは血で奪い返しなさいと教わった。第二世代は血で争うことが出来ません。第三世代には反抗心がないのです。この作品は今のところ中国国内で見てもらうことは出来ないけれど、いつか見てもらえる時が来たら、天安門事件を知らない世代にも、あの映像から多くのことに気付いて欲しいのです。

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©2010 SIGLO

―日本では確か、たまたま別の取材で天安門の前のホテルに滞在していたテレビクルーが、カメラをホテルの窓から天安門の方に向けて回し、放送しました。少したつと、「この向こうで何が起こっているのかわかりません。勿論向こうにカメラを向けるとすぐに拘束されます」と、広場に立って困惑したように話すルポもありました。日本から見ても、どうしてこんな事が起こるのだろうとあっけにとられたものですが。
翰:衝撃でしたね。あの事件で民主化へ向けて動いていた中国は大きく変わってしまった。国家を非難する問題発言や言論の自由を求めるあまり、投獄されたり、その時たまたま海外にいて、逮捕の恐れがあるので帰れなくなったりした文化人が大勢出ています。僕はそんな事実を多くの人に知ってもらいたい。それにこれは過去のことではない。今もって中国ではそんなことが続いているんです。中東問題が影響してまたもや厳しくなっている。かって万里の長城を築き、他民族の侵略を遮断した歴史を持つ中国は、このグローバル社会の現代においても、情報封鎖や言論統制という目に見えない壁を作って、民主化の動きを封鎖しています。僕は第二の万里の長城といっているんだけれど、今インターネットの規制に躍起になっていますからね。24時間ネット警察が目を見張っていますから。

―天安門事件で軍隊が学生に銃を向けたのを「かって日本軍がやったようだ」と言っていますね。日本人としてどきりとします。
翰:日中の歴史問題にしても発言の自由がなければ関係は上手く行きません。亡命者の声を広げなくてはと思って、シグロの誘いでこの作品を作ろうと思いました。大勢で動かないと、個人ではどうにもできないという無力感があるんです。でもそんなことをするもんだから、僕も危なくなって家族も日本に引き上げてきました。今は政府にさからわなければ自由なのに、何でそんな危ない道を歩くのかといわれます。亡命ではないけれど、国に帰れないという点で、僕もこの8人に近くなってしまった。祖国はいいものです。母国語で思いっきり話せるのはどんなに楽しいことか。声を出す自由があれが国に帰りたいのは皆の思いではないでしょうか。

―そんな中国の国内問題を日本人が見る意味は。
翰:中国映画と思わず、日本の映画だと思ってみていただきたい。それに亡命者というのは中国に限らず、ユダヤ等々世界中にいます。皆同じような悲しみを纏っている。そんな普遍的な問題として見て頂いてもいいですし、他所の国の歴史は案外知らないものです。この作品を、中国を知るスタート地点にしていただければ嬉しいです。(聞き手:犬塚芳美)

この作品は、6月4日から第七藝術劇場、
7月2日から神戸アートビレッジセンター、
      7月下旬京都シネマ にて公開


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(5月13日 大阪にて)


≪作品の感想とインタビュー後記:犬塚≫ 
 <知的な匂いに溢れる作品>です。(あ、どこかで出会った雰囲気)と、佐藤真監督のエドワード・サイードを思い出しました。祖国を追われ寄る辺なき流浪の民になりながら、慎み深く言論の自由を訴える。彼らはまさにサイードと同じ知識人そのものでした。
 <シグロの良心の様な>この作品を作ったのはどんな方かと思いながら待っていると、現れたのは、静かで知的な、中国人ならではの悠久の時を思わせる方。あまりにも作品の世界観そのままの雰囲気に、息を呑んだほどです。こんなドキュメンタリーを作った今、中国国内での監督の立場も危ういはず。それでも伝えたかった祖国に対する苛立ち。愛憎こもごもの思いを話す日本語や端正な佇まいから、監督個人を超えて、中国の知性を感じました。亡命者それぞれも、他所の国で翰監督のように中国の凄さの証明になっていることでしょう。中国の底力を見せつけていると思うのですが、そんな外国からの情報すらもシャットアウトされ、国内に還元できないのが今の中国なのだそうです。
 <余談ですが>、翰監督は佐藤監督もご存じで、「サイ―ドを調べ尽くしてあの作品を作った。佐藤さんは凄い」と亡き方の思い出話もしました。
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「何をしてあげれるのだろう?」 自分のための思いではなく、相手を想い、考え、問うこと。
そこから始める想いが、ひとりから大勢へと…。
その想いがひとつになった時に、世の中は大きく変われるのだろう。
http://www.kyuseishu.com/

ひかる | URL | 2011年06月07日(Tue)18:05 [EDIT]


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| | 2013年02月13日(Wed)06:35 [EDIT]


 

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