太秦からの映画便り

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映写室 「無常素描」大宮浩一監督インタビュー(前編)

映写室 「無常素描」大宮浩一監督インタビュー(前編)    
―震災から50日目の映像―

 東日本大震災から100日以上が経ちました。原発事故も重なり、復興は遅々として進みません。それでもいつか瓦礫が撤去され、新しい建物が建てば、私たちの記憶から壊滅的だった東北の惨状は消えてしまう。それが人の営みというものです。そんな意味からも、災害の大きさを記録しておきたいという思いと、震災の直後に東北に入りながら、数時間しかいられなかった自分の心の中を見つめる為に、「ただいま、それぞれの居場所」で介護現場の希望を描いた大宮浩一監督が、震災から50日目の映像をまとめました。作家で福島のお寺の住職でもある玄侑宗久さんの漏らす「無常」と言う言葉がぴったりと来る素描映像。大宮監督にお話を伺います。

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(6月24日 大阪にて)

<大宮浩一監督インタビュー>
―大宮監督は、前作の「9月11日」に続いて、早く撮って早く公開する手法がこのところ続きますね。編集はどれ位の期間ですか?
大宮浩一監督(以下敬称略):4月の28日から5月の4日まで撮影し、6月2日に第1回目の試写だったので、正味3週間位ですね。
―早いですね。
大宮:そうですね。ただ早いと言っても、それのみを競うなら、報道は桁外れに早いですし、ネットとかだと、もっと早く、瞬時に映像が流れますからね。映画には限界がある。この映像で震災後50日経っていますし、東京だと100日目に公開ということになります。
―確かに。映画としては、これが震災映画第一弾と言うことでしょうか?
大宮:ええ。早さでは報道にかなわないので、映画だからこそ出来ることを模索しました。

―現地に行って、これは報道されてないなあと思ったことは?
大宮:テレビの報道は意識的に見ていないのですが、報道の場合は映像にすぐナレーションが入り、説明されて、想像する時間を残してくれない。言葉が情報になってしまいます。映画の可能性として、言葉や文字ではない、映像でしか伝えられないことを探してきました。
―色々な方が、「報道をあんなに見ていたのに、現地に来てみると報道とは全く違った。圧倒された」と言っていましたが、そこの辺りは?
大宮:映像メディアで伝えられるのは、視覚と聴覚ですが、現場というのは匂いや空気感とかも一緒になった圧倒的なものです。匂いとか特に酷く、それが大きいんじゃあないかなあ。もっとも、映像でも空気感は伝えられると良いなあと思いますが。何処までも広がって行くという、想像を超えた被災の広範囲さもあるでしょうね。いくら映像で伝えようとしても、真ん中で立って、その場で実感しないと解からないものもあるかもしれませんね。被災地は意外と静かなんですよ。報道ですと騒々しいイメージだけれど、例えば石原軍団が来て炊き出しをするとか、静かな日常の中の非日常だからこそニュースになって報道されているわけです。静かな瓦礫の山の中で聞こえてくるのは、風邪と波としかない。遠くから重機の音がするくらいで、本来の音だけが残ったなと思いました。カーナビの音は意識的に残したんですが、かって道や橋があった場所に忠実に案内してくれるんです。今や跡形もなくても、ナビとしてはまったく役に立たないんですが。

―なんか切ないですね。
大宮:それと関連するんですが、この作品には地名、日付等の文字情報を入れていません。家が残っている所を撮っても仙台市、でも同じ仙台でも片一方では何も無くなっている。どちらを仙台として映しても全体を歪めてしまうので、地名をはずしました。乱暴だけど、災害を受けた土地というくくりで良いのではと。日付も、3.11の前と後なら意味があるけど、それ以外は…。代わりに意識したのが色々な線、ラインなんです。行政の作ったラインは消えてしまったけれど、新しく出来たラインがある。ある一線で流された所、消えた所が分かれてしまいました。もちろん流されなかったからといって、単純に良かったねとはいえ言えない情況ですが。地元を離れていた人は、助かったことを幸運だと思えば良いのに、人って違う。辛い思いを一緒にしたかったと思ってしまうわけです。

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©大宮映像製作所

―そんな中で皆さん自宅の跡を見つけるのは凄いですね。自分の中に自宅へのナビが入っているのでしょうか?
大宮:ここだなんて簡単には解かりません。それに家はほとんど定位置にはありませんから。誰かが何処かで自分の家を見つけると、じゃあ近所だからうちはこの辺りだろうと、位置関係から見当を付けて探すわけです。
―凄まじいですね。
大宮:もう言葉がありませんね。それら、今までの暮らしの痕跡の全てが瓦礫になってしまったわけですが、瓦礫という言葉には不用品というニュアンスがあるけれど、片付けないといけないという現実は解かるけれど、片付け方や片付ける時期は慎重にしないといけないと思うんです。手間隙かかってしようがないとは思うけれど、早くきれいにして早く元に戻そうというのを、外から一方的にやっていいのかなあと感じました。仮設住宅も入居率が40パーセントを切っているでしょう? 経済的なことが言われるけれど、それだけじゃあなくて、皆で肩を寄せ合ったあの日々で、色々な繋がりが出来てきた。それが被災された方たちの生きる支えにもなっているんです。玄侑さんは、わざわざ仮設を建てなくても、温泉があるんだから、皆で一緒にお風呂に入り、一緒にご飯を食べ、その周りに寝るところがあれば、それで良いんじゃあないかと。いつもは一緒にいて、一人になりたい時だけそこに行くわけです。

―私もこんな大変な時に一人でいられないほうなので、その感覚は解かります。仮設住宅に入って、一人、あるいは家族だけで、冷静に現実を見つめたら、とても生きていけない。プライバシーがなくてもいい。狭くてもいい。急いで現状に戻らなくて、同じ立場の人と肩を寄せ合って、もう少しだけ混乱の中にいさせて欲しいと。早々に仮設に入って、少しずつでも、個々で生きていた、今までの暮らしを取り戻せるのは、被災者の中でも強者だと思うんですが。皆がそんなに強いわけではありませんから。
大宮:そうですよね。これは介護施設にも言えるわけで、一時は個室が良いと言われそっちに流れたけれど、それだけじゃあなく、皆で一緒に居れる場所も必要なんですよ。弱い時ってごっちゃ煮状態が生きやすい。

―ええ。ところで、3月11日震災の日は何処で何をされていましたか
大宮:東京の事務所で仕事をしていました。ゆれが結構長く、色々なことを考えた時間だったのは覚えていますが、具体的には何を考えたのか忘れてしまいました。
―この作品を作ろうと思ったのはその時ですか? 3月17日にあった前作の来阪キャンペーンの時に、帰ったら東北に行くとおっしゃっていましたが?
大宮: 3月の震災直後に一度被災地に行っていますが、この作品にはその時の映像は使っていません、今回のものは4月に行った時のものです。3月にはほんの数時間しかいられなかった。(聞き手:犬塚芳美)
                 <明日に続く>

この作品は、7月2日(土)~シアターセブン(06-4862-7733)で上映  
7月2日(土)~15日(金)13:00 15:00
(尚、3日のそれぞれの上映終了後に、大宮監督の舞台挨拶あり)
  7月16日(土)~22日(金)13:00
  7月23日(土)~29日(金)15:00

  7月23日(土)より、神戸アートビレッジセンターで上映
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