太秦からの映画便り

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映写室「青空どろぼう」阿武野勝彦プロデューサーインタビュー(後編)

映写室「青空どろぼう」阿武野勝彦プロデューサーインタビュー(後編)
―「四日市ぜんそく」の記録人を追う―

<昨日の続き>
―阿武野さん自身が欲した、自分の理想の上司を目指していると?
阿武野:なんかカッコいいですね。そういう風に言ってくれたら有り難かっただろうなという思いですね。そうは言っても、僕らは楽しんでやりますから。彼も理想の相棒、部下です。斉藤は大変な時でも「しんどい、しんどい」と言わず、常にポーカーフェイス。僕が「こんなんどう?」と言うと、「面白いですね」、「こんなんは?」と聞くと、「面白そうですね」と、すぐに面白いと受け止めてくれる。
―なるほど、いいコンビです。作中で患者さんが自殺をされたニュースが何度か流れ、ぜんそくがそんなに苦しいのかと驚きました。
阿武野:僕も小児ぜんそくですが、発作が起こって肺の中に空気が入ってこないのは、本当に苦しいです。でも、「ヒーハーヒーハー…」と言葉で言っても、経験のない人にはなかなか伝わらない。そこら当たりは数値の画像を映し、目で見えるよう工夫しました。

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©東海テレビ放送

―公害認定患者はゼロだけれど、四日市ぜんそくは今も発生しているわけですね? もくもくと上がる煙が映りますが、あれも今ですか?
阿武野:そうです。凄いでしょう。まだ青空は戻っていません。水蒸気だと言っていますが。ぜんそくにしても未だに発症しているけれど、口に出して言えない状態です。
―言えない分だけ、ある意味もっとひどくなっていると?
阿武野:そうですね。公害認定制度がないんですよ。発症しているけれど、それは公害のせいではないと言う。この町の人々は、家族や親戚の中にたいてい誰か企業関係者がいて、色々な絡みから口を閉ざしてしまうわけです。野田さんたちが起こした第一次訴訟が損害賠償請求だったのに対し、1971年に喘息の子供を持つ母親など100人が起こした第二次訴訟は、公害の発生源そのものの撤退を求めると言うものだったけれど、提訴直前に金銭交渉にすり替えられ、切り崩された歴史がある。それ以降、何か言うとお金が欲しいのかと言われだして、市民運動としては終わってしまった。

―巧妙な企業にしてやられたわけですね。何かを求めると何処かには犠牲が出ると、市長さんの言葉がはっきりしていますが?
阿武野:この方はまだ新しい市長さんで、出来ることと出来ないことを仕分けしようとしています。我々も、ちゃんとしないと市長も怒られるよという思いがあって、そこら辺りをちゃんと解かってくれる人ではないかと、今のところ思っています。来年は四日市市の公害資料館を作ると言ってらっしゃり、澤井さんの資料はぜんぶ寄贈されることになっている。

―宮本信子さんのナレーションが素晴らしかったです。説得力があって、聞き惚れました。
阿武野:宮本さんはもの凄く読込んできて下さいます。読み込みの仕方としてはNO.1じゃあないかなあ。息継ぎの場所、イントネーション等々、真っ赤に書き込んだ台本を持ってきますよ。僕らのところでは6作目なんですが、「天地人」ではナレーションをやったけれど、それ以外は、東海テレビのナレーション以外やったことがないんです。報道番組とかは平気で当日とか言うんですが、私のところはイメージを掴んで貰う為に、要請があれば半月以上前に、原稿とVTRを渡して見て貰う。そういう作業を丁寧にやるので、年に一本しか出来なかったんですが。

―3.11に福島があり、まだ収束していません。映画館の客足も落ちています。現在進行中の災害(公害)がある時期にこの作品を公開することの意義は?
阿武野:被災した、しないに関わらず、3.11以前と以降では物の見方が変わってしまった。作り物は見たくなくなっています。前作の「平成ジレンマ」の公開中に丁度震災があって、やっぱり客足が落ちました。平和な時代に引き篭もりがあると言う話なのに、福島からは人の生死に関わる映像がバンバン流れてくる。テーマがぬる過ぎますよね。でも又客足は戻っている。別の箇所にある現実も、現実として受け止めているんじゃあないでしょうか。実は震災以前にこの上映は決まっていたんです。6月中旬からとなっていたんですが、震災後、この時期に「青空どろぼう」を始めるのは、どうだろうかとは思いました。ただ、野田さんを訪ねていくと、問わず語りに福島のことになる。「福島はどうなった?」と必ず聞いてくるんですよ。四日市で公害にかかりながら、四日市から福島が見えている人たちの話を自分たちは描いたんだと思いました。四日市を克服できない私たちが、福島を克服できるのか?とも言える。「青空どろぼう」の中に、福島を見つめ続けていかないといけないファクターがあるのではと思います。野田さんが経済優先で近道をした結果がこれだと言うけれど、原発も同じところがありますよね。

―確かに。
阿武野:澤井さんの人生をなぞろうとしたところから、克服できない四日市公害が浮かび上がり、野太いヒューマニズムの持ち主野田さんと、鋭角的な行動力の澤井さんという、違う志向性を持ちながら、もっとも分かり合っている二人の結びつきが浮かび上がってきました。二人は延々とこれに関わっています。僕らメディアは目の前のことにすばやく飛びつき、すぐに忘れてしまうと言う悪癖があるけれど、福島にしてもそうしてはいけない。澤井さんの見せてくれた持続の力を忘れないようにしたいと思っています。


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©東海テレビ放送

―持続の力と言えば、澤井さんの手を変形さすほど出し続けたと言う、ガリ版刷りの冊子は凄いですね。何が澤井さんをこんな風にしたんでしょう?「綴り方運動」と言うのも気になります
阿武野:勿論本人の資質が大きいんでしょうが、僕もそのところが気になってしつこく聞いています。取材を始めた初日に、「女房が病気になって入院した時、我侭を言わない彼女が、個室に入りたいというので事務局長に話して裏から手を回したんです」と言うんですよ。不正なことをしたと言う意味ですが、これが澤井さんの最大の汚点で、気に病んでいて、「僕はそんな人間ですよ。それでも良いんですか」と尋ねた訳です。こんな風に澤井さんの場合、正義と府正義のラインが物凄く高い。そういう真っ直ぐな正義感の人なんです。又、作中に、奥さんの遺影に線香を上げるシーンが出ますが、紡績工場に勤めていた頃、会社の車に労働運動のビラを積んでいて首になるんですが、奥さんはすぐに澤井さんの為に車を買ったそうです。奥さんも又そういう人で、長年澤井さんを支え続けた。ここまでの継続にはそういうこともあったと思います。

―なるほど。奥様も凄いと。
阿武野:ええ。それと、この時女子工員たちとやっていた「綴り方運動」の「生活記録」が、始めは単に自分の生活を見つめることだったのに、事実の記録が会社の労働環境を変える力を持っていると澤井さんが知ったんですね。ここの生活記録サークルは日高六郎さんや鶴見俊介さんが加わり、一番頑張ったところなんです。そういうことも影響したのかもしれません。生活記録と言う、澤井さんが戦後やっていたステップがなかったら、これに繋がらなかったかもしれませんね。継続の力を実感させられた取材でもありました。(聞き手:犬塚芳美)

この作品は、7月16日(土)より第七芸術劇場で上映
      順次京都シネマ、神戸アートビレッジセンター にて公開


<インタビュー後記:犬塚>
 すぐに目新しい事件に飛付くという自分たちのだらしなさを認め、正義感を振りかざすわけでもないのに、結果としては、しっかり刃を相手方に打ち込んでいる。しなやかな社会派ドキュメンタリーの作り手集団が東海テレビにはいるようです。上手い題名の付け方と共に、そういうスタンスが色々なところに風穴を開けていくのではと思いました。

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| | 2012年05月25日(Fri)16:07 [EDIT]


 

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喘息のお子様を改善する実践プログラム | 2011年07月15日(Fri) 21:55


 
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