太秦からの映画便り

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映写室「Peace ピース」想田和弘監督インタビュー(前編)

映写室「Peace ピース」想田和弘監督インタビュー(前編)  
―死とは時を繋いで共に生きる事―

 「選挙」、「精神」と意表をついた視点のドキュメンタリーで、国際的にも広く認められる想田和弘監督が、今度は優しい世界を映しました。舞台になるのは、「精神」と同じ岡山市で、長年福祉事業に関わる、奥様の両親柏木夫妻の日常が映ります。始まりは餌を巡る野良猫たちの騒動だったという本作も、幸運な出会いを重ねて着地点は意外なところまで広がる。今を生き抜くヒントが一杯。この作品の誕生秘話や、独自のドキュメンタリー論等を伺いました。

peacc-kan.jpg
(7月6日 大阪にて)

<その前に「Peace ピース」とは>
 柏木寿夫は養護学校を定年退職後、福祉車両を運転している。利用者の安価な足となるだけでなく、時には一緒に寿司を食べ、買い物に付き合う。自宅では野良猫に餌をやるのが日課だ。最近、外部の泥棒猫が侵入してきて、頭が痛い。妻の廣子は高齢者や障害者にヘルパーを派遣するNPOを運営している。週に一度行くのは、鼠とダニだらけのアパートに一人で住む、末期癌の橋本さん(91歳)のところだ。


<想田和弘監督インタビュー>
―「選挙」に始まって、もう3作目ですね。今回の「Peace ピース」の誕生のきっかけは韓国の映画祭に依頼されたことだと読みましたが、前作の「精神」の頃から、このような作品について、予感がおありだったのではないのでしょうか。
想田和弘監督(以下敬称略):鋭いですね。その通りです。この作品の直接のきっかけは、韓国の映画祭から「平和と共存」と言うテーマで、短編を作って欲しいと依頼されたことです。妻の実家に行っていて、最初は猫の紛争にカメラを回していたのに、義父の福祉ドライビングサービスとか、義母のNPOサービスとかに飛び火したけれど、そうなったのも元はと言えば、「精神」を撮った時に義母が仲介役をしてくれたのがあったと思います。義母のおかげでコラール岡山に繋がったんですが、撮る過程で、患者さんとの間にも入ってもらったりして、義母の仕事が見えてきた。こんな仕事もあるんだなあと気付き、大事な仕事だけれど光が当りにくい。福祉の充実とかよく議論されるけれど、皆実体を知らないのではないかと感じました。少なくとも僕は、ほとんど知らなかった。現場が置いていかれていると思いました。この時に、いつか機会があったら、義父や義母のやっている事に光を当ててみたいと思ったのが今回に繋がっていると思います。ヘルパーさんとかは「精神」でも映っているけれど、あくまでサブキャラクターなんで、メインに据えてみたいと思ったわけです。

―なるほど。ところで韓国の映画祭とは? まだ新しいのですか?
想田:朝鮮半島の真ん中の、非武装国境地帯が会場で、北と南の対立の象徴のようなこの町でドキュメンタリー映画際をやろうという話になって、第1回目が2009年だったんです。せっかく新しく映画祭を始めるのだから、何か新しいことをやろう。アジアの作家3人に短編を依頼し、それを合わせてオムニバスを作ろうという話になって、僕のところに「平和と共存」と言うテーマで、20分くらいのものをという話が来ました。たいそうなテーマで撮るのがやりにくいようで、出来るのかなあという気持ちと、僕はドキュメンタリーのテーマというのは後で浮かび上がってくるものであり、今回の依頼のように、最初にテーマありきはよくないと思っているので、断ろうかと思ったんです。ところがたまたま妻の実家に行っていて、義父と猫を映していたら、泥棒猫が入ってきて紛争が始まった。猫の世界も大変だなあと思いましたが、そんな猫の世界を映せば短編が出来ると気が付いて引き受けました。もしあの時、たまたま居合わせて猫の餌争いを見なければこの作品は出来なかった。この作品はあらゆる瞬間がそういう偶然の出会いです。橋本さんにしても、3日間会って、その中で突然、赤紙が来た事を思い出したりもする。しかも撮影の1ヵ月半後には亡くなるわけで、家も取り壊されてもうありません。そんな風に、この作品ではドキュメンタリーの不思議を感じてばかりでした。1ヵ月後だったらこの作品は出来なかったと思います。


peace_main.jpg
潤・010 Laboratory X, Inc.

―戦争体験の話は突然出てきたと?
想田:ええ、全く予期してなかったです。驚きました。ドラマティック過ぎて、もしかしたら橋本さんに会うのは最後かも知れないという感じを受けたくらいです。橋本さんは末期癌に侵されていますし、僕も数日後のニューヨーク行きの切符を買っていましたから、それもありますが。唐突だけになんか不思議で。あの話が聞けたのも僕らの運命の一瞬の交差だと思います。橋本さんは死期を悟っていたし、もしかしたらカメラに対して遺言を残したのかもしれません。「厄介かけないように、早いとこ往生せにゃあ」と言いながら、一瞬カメラを見るんですよ。撮影中ではなく、編集していて気付いたんですが、自然に振舞いながらカメラを意識しているんです。
―服装もスーツを着たりして、そのまま遺影になりそうですものね。洒脱で、素敵な方でした。
想田:そうなんですよ。身寄りのない方なんで、亡くなられた時は、お葬式等を柏木の義母がアレンジしたんですが、若い人が20~30人も来たそうです。驚きですよね。義母の推測では、多分居酒屋とかで出会った友達なんだろうと。生活保護が入ると、皆に奢っていたんではないかと言うんです。橋本さんを見ていて、「Peace」と言うのは、心の状態だなあと思いました。死期が迫っているのに、きわめて穏やかに事実を受け入れている。そういう心境を英語でも「Peace Of Mind」と言うんですよ。

―橋本さんもですが、観客から見ると、お義父様の柏木寿夫さんのかもし出す世界観そのものが、Peaceだと思えました。肩の力を抜いて色々な人の心に寄り添い、ゆったりとした時を共にする。奥様のNPOの活動もそうですよね。ただ、そんな、経済的にも精神的にもゆとりのある世代の献身で成り立っているのが、この作品の中のPeaceであって、これを次の世代がどう受け継いでいくのか、厳しい社会状況を見ると大きな課題だと思いました。
想田:そうですね。福祉と言いながら、介護サービスにしてもどんどん切り捨てられている。偶然なんですが、柏木の義母の声の後ろに、そんなラジオの放送が流れてもいます。そういう点や、橋本さんとの出会い等、このドキュメンタリーを撮っていて幸せな出会いが重なりました。僕と橋本さんの人生が重なるなんて、ドキュメンタリー作家としては有り難い授かりもののような時間です。(聞き手:犬塚芳美)
                           <明日に続く>

 この作品は、7月30日から第七芸術劇場、
8月20日から神戸アートビレッジセンター、
順次京都シネマ、 にて公開
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| | 2012年05月13日(Sun)16:31 [EDIT]


 

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トラックバック失礼します。社会福祉法人ファロ | 2012年01月25日(Wed) 18:23


 
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