太秦からの映画便り

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映写室「Peace ピース」想田和弘監督インタビュー(後編)

映写室「Peace ピース」想田和弘監督インタビュー(後編)
  ―死とは時を繋いで共に生きる事―

<昨日の続き>
―「Peace ピース」と言う題名は、橋本さんの好きなタバコと平和を引っ掛けて?
想田:ええ。それと、英語なんだけれど、この言葉なら何処の国の人も知っているのではと思いました。日本人にも通じますものね。実は最初は「平和と共存」と言う無粋なものだったんだけど、何人か信頼できる人に見てもらったら、その中の一人の中村さんという方から、「映画は良いけど、題名がなあ。Peaceはどう」と言われ、そのまま拝借しました。
―猫の話と柏木さんご夫妻の話、橋本さんが繋がったのは何時ごろですか?
想田:猫を撮っている時も、何となく関係性を感じながら撮っていたんです。アッと思った瞬間があって、義父がチロという猫を病院に連れて行って帰る時、「強いものが去って行って、弱いものに餌を譲る」と言うんです。自然淘汰という言葉を、普通は強いものが生き残ると言う意味で使うけれど、義父は強い者が弱い者に譲る、と言う意味で使うんですよ。障害のある人々と生きてきた義父らしい解釈だなあと思ったんですが、その時に、橋本さんが世を去る話と猫の話が繋がると思いました。共存すると言うと、僕らは同時間のことばかりを考えるけれど、次のものに場所を譲るという、時間をずらした共存もあると。共存する為に生き物は死んでいくんだなあと思ったんです。そう考えると、死というのもネガティブにばかり捉えなくていい。映画になるなと感じました。

peace_sub1.jpg
©2010 Laboratory X, Inc.

―なるほど。
想田:でも橋本さんは猫の事を知らない。勿論猫も橋本さんの事など知らないわけです。両者を繋いでいるのは唯一義父で。
―それに気付いたのは、撮影中ですか? 編集中ですか?
想田:編集中です。
―そういう色々なことが見えてくる編集って楽しそうですね。
想田:いや、苦しみですよ。最初の間は繋いでもちっとも面白くないんです。撮影中に面白いと思ったのにどうしてだろうと、がっくりしますよ。そこからシャッフルするんですが、何かが見えてくるまでが大変。撮影時に面白いと思った感覚を再現する為の作業が編集で、パズルと言って、色々入れ替えていくんですが、見えてくるとほっとします。わくわくするものを壊さないですんだと言う気持ちですね。

―もしかすると、撮影時にも、無意識の頭の中でそういうつながりを感じているのかも。
想田:ええ、そうですね。もやもやが起こっていて、それに道筋を付けていくのが編集かもしれません。頭の中の作業をはっきりとした形に起こすというか。
―しかもドキュメンタリーだから、撮り直しが出来ない。材料は限られていると。
想田:そうなんです。あの瞬間はもう撮り直しがきかない。毎日、一秒一秒が流れている。僕らは一回きりしかない時間を生きているわけですから。
―今回は、本もお書きになりましたね。
想田:ええ。「なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか」という題名で、僕の観察ドキュメンタリー論です。出会いが出会いを呼び、結びついて行き、僕の手を離れていったという意味で、今回の「Peace ピース」と言う作品自体が、ドキュメンタリー的だった。最初は書くつもりがなかったんですが、配給の人に「今回は本を書かないんですか」と言われて、気が付くと自分の中に色々な思いが溜まっているのに気が付いた。ドキュメンタリーと同じのように、本を書くのもタイミングが大事。「Peace ピース」について書けるのは今しかない。自分の中の物を吐き出したいと思いました。「Peace ピース」の制作過程を書くことで、観察ドキュメンタリー論を展開したいと思ったんです。

peace-kan2.jpg
(7月6日 大阪にて)

―想田監督の作品は、ナレーションも解説もない。色々な思いを自分の中に押さえ込むので、映画でそぎ落とした分だけ、文章にして外に出したくなるのではないでしょうか。
想田:そうかもしれませんね。編集には2,3ヶ月かけたのに、本のほうは3週間で書き上げました。ドキュメンタリーの編集の間に、思いを熟成させていたのかもしれません。書き始めるとすらすら出てくるので、鬼のようになってパソコンを打ちました。書いていると色々な発見があって、それも面白かったです。
―監督はいつもご自分の観察映画を、壁に蝿がとまったごとくと言われますが。
想田:「フライ・オンザ・ウォール」ですね。水や空気のように、そこにいないかのように自分の存在を消して、観察するという意味ですが、「選挙」の時はそう思ってそうしたけれど、それもだんだん変わってきているんです。今は僕も含めたものを観察したいと。今までだったら、例えば僕が声をかけたりしたシーンを削り落としていたんだけれど、ああいうシーンにこそ、橋本さんらしさや人柄が出ている。だったら積極的に近づこうと思い、撮り方も変わっています。今回は僕の声もたくさん入っていますしね。
―ええ、それはそうなんですが、何て言うか、今迄で一番自然で、「ああ、想田監督はいつも、フライ・オンザ・ウォールと言っているなあ」と思いながら見ました。
想田:もしかしたら僕が存在を消そうとか無理をしていないので、その自然さがそう感じられるのかもしれません。

―今、平田オリザさんのドキュメンタリーを編集中ですよね。日本での仕事が増えられましたが、ニューヨークを引き上げて帰られる予定は?
想田:こっちでの仕事は増えましたが、色々荷物が多く、銀行口座も向こうだしとか考えると、面倒でなかなか帰って来れない。ニューヨークって住み心地がいいんです。それに、日本に住んでいると、日本とそれ以外という感じがするけれど、ニューヨークは半分以上が外国人。そこの辺りが柔軟で色々な視点が持てる。それに向こうにいると、こちらでは当たり前のことが当たり前に見えてこない。新鮮に思えるんです。「Peace ピース」を作って、日本的な時間の流れが印象に残りました。義父が女の人を送った時、ちゃんとお金を払っているのに、その人がカステラのお礼を置いていくんですね。いかにも日本的だなあと思って僕は残したんだけれど、日本にいる監督だったら切ってしまうかもしれない。そんな、外にいるからこその視点もいいなと思っています。(聞き手:犬塚芳美)

 この作品は、7月30日から第七芸術劇場、
8月20日から神戸アートビレッジセンター、
順次京都シネマ、 にて公開


<インタビュー後記:犬塚>
「今日は」とご挨拶すると、監督からは、「今日は。久しぶりですね。ご無沙汰しています」と、お辞儀と共に丁寧な言葉をかけていただきました。インタビューもこれで3作目、それ以外に映画の本で、ニューヨークの映画館事情もレポートしていただいたというお付き合いです。
穏やかな作品で、飄々と福祉の仕事をされる奥様のご両親柏木夫妻と、淡々と自分の運命を受け入れる橋本さん、暖かい田舎町の何処かのんびりした空気感、そんな全てが「Peace ピース」です。私は自分の故郷、母や伯母が暮す田舎町を思い出しました。ここなら確かに、猫も人間も平和に共存できる。こんな時間を何時まで持続できるのだろう。都会と地方都市の時の流れの違いも感じます。
編集中の監督の様子等の本当の裏話は、制作補佐の奥様、想田規与子さんから伺いました。インタビューの途中でいらした奥様を紹介下さいましたが、「Peace ピース」の中の柏木夫妻にそっくりで、それぞれの関係性は一目瞭然。いつもご一緒で、いつかこのお二人がドキュメンタリーになるかもと、予感しました。


*想田和弘「なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか」
講談社現代新書より2011年7月15日刊行 798円 新書判
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