太秦からの映画便り

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映写室 「MADE IN JAPAN-こらッ!―」インタビュー(後編)

映写室 「MADE IN JAPAN-こらッ!―」インタビュー(後編)      
―高橋伴明監督・大西礼芳さんにうかがう―

<昨日の続き>
―脚本は今回、当時21歳の和間千尋さんが書いたものを、監督が読んで面白いからと何度も書きなおしていったと伺いますが、共同執筆ということですか?
高橋:授業用に書いてくる彼女の脚本に、妙な病気人間ばかりが出てくるんです。そういうのを見ていたもんで、家族の物語で病気人間の話を書いてみてくれと彼女に言った時から、この作品が始まったんです。

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©北白川派

―和間さんの病気人間の書き方が面白くて始まったと?
高橋:そうですね。普通だったら根を上げると思うんですよ。ここは違うとか、こう直せとか、えんえんと言われるわけだから。直したのは17回と書いていますが、実際は20回以上ですからね。それにもめげず粘って付いてきたのが、この結果になったんだと思います。
―何回目位でこれは映画になると思いましたか?
高橋:最初から映画にするつもりでした。これを俺は映画にするんだから、もっと映画になった時の事をイメージしろと、途中からは言い始めました。
―彼女は最初、舞台のようなことを考えていたと?
高橋:いや。ただ、後から漏れ聞こえてきたことによると、舞台をイメージしていたらしいんですよね。書き方としてという意味ですが。
―それもあったのでしょうか。見る方としては、演劇的な所が新鮮で面白いと思いました。台詞も自然なようで跳んでいるというか、上手いなあと思いました。大西さんの演技にしても、これが始めてだというのに物怖じしないと言うか、ベテランの中で堂々と渡り合い、逆に自分の存在感で圧倒している。感覚だけでなく、もの作りの現場で、世代交代が進んでいるんだなあと、最後は敗北感を味わいながら見ました。勿論監督は、才能のレベルが違うので、敗北感というのはないでしょうが。

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(7月15日 大阪にて)

高橋:僕は敗北感を感じて、次の世代にバトンタッチをしてもう立ち去りたいと、最近は思いますね。気持ちよく負けたいんです。
―教える形を取りながら、若い人の感覚を一杯吸収されているわけで。
高橋:それはあるでしょうね。メンタルな面も含め、引き出しは多くなると思います。
―手持ちの上にさらに大きくなられるわけですから、気持ちよく負かしてくれる相手は、なかなか現れないでしょうね。この作品、気になる台詞がたくさんあって、例えば「弱い者ほど強い」とか、ドキッとしますが、あれは、監督のご意見ですか?それとも和間さんの? 
高橋:限りなく協議を続けたので、今となっては正直どっちが言ったのか解からない。こう直せと言っても抵抗してくるでしょう。そういう事が長く続いて、ストーリーが変わると出てくる台詞も変わってくる。そういう事の繰り返しだったので、何時生まれた台詞だったのかなあ。解からない。

―でも、この台詞が結構この映画を貫いてますよね。どちらかの思いとして以前からあったのではないかと思いますが? 
高橋:確かにね。社会的な弱者であっても、それを利用してこいつは良いよなあと思うことはしょっちゅうありますからね。表面的に見えないだけで、こっちのほうがよっぽど辛い思いをしているんだよと言うところが、あったりするじゃあないですか。
―ええ、言いにくい本音ですが、肯かされました。こんな出来上がり具合を見ると、北白川派というのが軌道に乗りそうですね。
高橋:うん、何とか軌道に乗せていきたい。第三弾となる次の作品も、もう撮影が終わって編集にかかっていますし、その次も準備しています。

―監督にとって、この作品の位置づけは?
高橋:挑戦です。こういう傾向のものは撮ったことがないんでね。
―凄く楽しい挑戦だったのでは?
高橋:そうですね。丁度これのすぐ前に「禅」と言う、オーソドックスな、いわば薬のような作品を撮ったので、その反動がやれて楽しかったね。毒があって笑いがあって、全てに過剰で見たいな事がやりたかった。それが全部やれたのが楽しかったんだと思う。
―北白川派というのが大きいんでしょうか?
高橋:大きいですね。大きな北白川派という柱があると思うんですが、まあ、一つは学生と一緒にやれたということと、通常の映画業界ではなかなか通らないであろうと思われる企画ですから。これからもこういう試みをやっていこうと。

―とても好きな作品なので、自分の個人的な興味に流れる質問ばかりをしてしまいました。最後になりますが、これを見てくださる皆さんに、それぞれ一言お願いします。
高橋:自己中と個人主義を間違えるな。個人主義そのものは良しと。ただし、個人主義というのは相手、他人を認めてこその個人主義。他人がいるからこそ個人主義が成立するのであって、それをよく理解して、自分の人生を生きて下さいというのを、この映画から感じ取ってもらえればなと思います。
大西:色々な方に見ていただいたんですが、女性の反応が良いんです。学生の女性、松田美由紀世代の主婦の方、後、伴明ファンの方には、こんな作品も撮るんだなあと思ってみていただきたいと思います。毎回舞台挨拶をするくらいの勢いでいますので、ぜひ劇場に足を運んでみてください。YOU TUBEで、ジャンクションダンスを流しているので、それも検索してください。宣伝も私たち学生がしていますから。(聞き手:犬塚芳美)

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(7月15日 大阪にて)

<インタビュー後記:犬塚>
 お会いした瞬間、「え、こんな方なんですか」と、雛子とはあまりにもかけ離れた佇まいの大西礼芳さんに、目を見張ってしまいました。初めての演技なら、もっと自分の素を晒しているのかと思ったのです。のっけから心地よい肩透かしを食らいました。
主人公は、普通躊躇しそうな言葉も攻撃的に相手にぶつける。でも無神経なわけでもない。無頓着そうに見せながら、何処かで他人との距離を推し量っている。新しい世代の不思議さが見えます。最後にいくほど、この作品の毒と、突きつけてくる刃がドーンと迫って来る。応えました。ほんのささやかな均衡で保っている家族は、誰かの喪失で一気に崩れていく。家族だけでなく、私たちの心も、危うい均衡で何とか平常を保っているだけだとも思う。和間千尋さんの書く病気人間は、誰もの中に少し燻ぶっている思い。この暑さや地震で吹き出しかねない、危うい今の社会です。それにしても、大西礼芳さん可愛い!



この作品は、9月24日から京都シネマ、
10月15日から第七芸術劇場 にて公開
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