太秦からの映画便り

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映写室 「天から見れば」入江富美子監督インタビュー(後編)

映写室 「天から見れば」入江富美子監督インタビュー(後編)
―どうしても伝えたい想い―

(昨日の続き)
―でも作品を拝見すると、そんなドタバタがあったようには見えませんが。
入江:作品の根本のところはじっくり練っていますから。バタバタはその外の部分です。衣装も決まってなかったし、お弁当の手配もまだだったとか。
―あのシーンは思い切ったものですね。実は直前に恐怖から下を向いてしまって、現実には見ていないんですが。目を上げると画面が暗転していて、どうだったのか気にはなるのですが、見る勇気はない。

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(c)ひとさじの砂糖ムーブメント

入江:そういう方もいるでしょうねえ。特にお子さんとかは見れないかも。あそこは凄く勇気の要る決断でした。現実にも苦しい方々は多い。健康そうでも、幸せそうでも、心の中に苦しみを抱えている人は多いものです。東日本大震災もそうですが、人生で突然、自分には想像も出来ないことが起こってしまったというショック。あの事件もそうです。リアルに描かずあそこをサラッと流してしまうと、後の色々な事を乗り越えなくてはいけない南先生の苦しみとか、それを乗り越えて笑顔になっていく凄さが、現実のものとして伝わらないのではと思いました。作り物なんですけれど、架空にしてしまわず、リアルに描こうと思ったんです。興味本位でやったわけではないんです。いらないのではという意見もありましたが、自分を通しました。

―ええ、確かに。自分が見れないほどの事を経験されたと思うからこそ、お二人の苦しみをリアルに想像できるというのもありますよね。
入江:(過去にこういう事があったんや)では、自分の痛みになりませんからね。
―この映画を作りたいという、南先生へのお話や出演依頼は?
入江:色々なことがありました。南先生のことはその前から知っていて、いつか映画にしたいと思っていたんですが、順教尼先生の「無手の法悦(しあわせ)」を読んで、物凄く感動し、これは私が映画にしなくてはいけないと思い込んでしまったんです。絶対やらないといけないと思いつつ、一方で、こういう歴史に残るような方の映画を、私が作っていいんだろうかと苦悩しました。自分には力がない、技術がないと力不足も思って、祖父が僧侶の四天王寺に、子供が眠っている間に、毎朝お参りに行くんです。あんな事をしたのは初めてで、何とか私にこの映画を作らせて下さいと、毎日一生懸命お祈りしました。でも怖さがなくならない。怖い自分が克服できませんでした。そんな時、近くで南先生の講演があって、聞きに行き、前から存じ上げていたので楽屋にご挨拶に行くんです。そこで、ついぽろっと、「先生の映画を作らせて下さいね」と言ってしまいました。もう一作作って、自分に力をつけてから、先生にお願いしようと思っていたのに、あの瞬間に、そんな気持ちになってしまって。そしたら偶然その頃、南先生も順教尼先生の事を伝えたいと思っていた時期だったんですね。弾みで言ったとはいえ、私の中に本気があったし、南先生の中にも本気があった。お会いして「私に命がけで作らせてください」とお願いしました。南先生もその少し前でも、後でも断られていたと思うんです。その後で大病をされますしね。多分そういうことは出来なかったでしょう。

順教
(c)南正文

―ご縁というか、人生のいいタイミングで事が起こったと。
入江:ええ。私が感動したのが、順教尼先生が自分の腕を切り落とした、恨むべき相手のお墓を立てたということです。そこにお参りされる南先生にも感動したんですが、撮影も最後になって解かったのが、そのお墓が、自分の祖父が僧侶の四天王寺にあったんです。映画を作りたいとお参りしたお寺でもあって、「終りなき…」というのが、私にとってもそうだったのかと。そういう不思議なご縁で作れた映画です。
―衝撃的なシーンばかりをうかがって申し訳ないのですが、最後のほうで、南先生が奥様にも見せたことがないという、お一人で服を着られる姿が流れますね。
入江:手のない人はこんな事も出来るんだよと言う場面ではないのです。南先生が順教尼先生の事を伝えたいと思うからこそ、見せてくださった姿で。あの場面は私も、心の中で土下座するような気持ちでした。奥様の弥生さんは、常に二人三脚で暮してらして、南先生を疲れさせずに絵に専念できるようにして差し上げているので、勿論着替えも手伝いますし、両足骨折で入院されない限り、あの場面は撮れなかったと思います。二人が離れ離れになるのは結婚して初めてなんです。映画を作ると決めたとたんにこうなるのも不思議で。

―不思議なご縁というか、色々偶然が重なりますね。
入江:もともと、南先生の何を撮りたいかといって、先生の心が撮りたかった。命がつながって、最後に許しが起こっているあのことは、絶対撮りたかったんです。南先生は順教尼先生に「常にすっきりと」と教え込まれていますから、本来はああいうのは好きではない。すっきりした姿だけを撮ってねと言ってらした位で。ところが、撮影が進んで、「監督があれほど一生懸命、命を懸けて作っているのに、自分たちは思いで作りのような気持ちでいた。だったら私たちも本気で伝えよう」と言って下さったんですね。順教尼先生にあんたらも本気でやれと怒られたような気がするとも言っておられました。決心して伝えて下さった時のあの声は忘れられません。背筋が伸びましたね。だから私たちも泣きながら決心して、この姿を撮らせてもらおうと決めたんです。誰が動いたんでもない。偶然が偶然を読んだんだと思う。弥生さんは映画を見るまであの姿を知らなかった。見て泣いておられましたけどね。

―ええ。
入江:先生は後々まで、心が揺れたと思うんです。奥様にすら見せなかった姿なので、撮影はしたものの、無くてもいいんじゃあないのとか言われたりもしました。でも凄い何ともいえない場面になっています。あの中に凄く品位があって、順教尼先生から受け継いだ何かがあると思いましたね。尊い場面だと思います。
―ええ。本当にその通りで。ああいうお人柄を見ると、絵を見る目が深くなりますよね。
入江:そう言って下さると嬉しいです。もっと先生の絵を映して欲しかったと言う方もいるのですが、私は先生の人間を描きたかった。その人の生き方も絵の中に滲み出ると思っているから、絵を伝える以上にそれをしたかったのです。
―衝撃的なシーンも含めて、観る方も、色々な方の覚悟を見せられた思いがしました。(聞き手:犬塚芳美)

<作品の感想とインタビュー後記>
 もっと年上の方を想像していたら、可愛いスカートをはいたギャル系の入江監督が登場して、驚きました。こんなふり幅の広さも素敵です。インタビュー中何度も出てきた、不思議なご縁という、神の思し召しを示唆する言葉、さすがに僧侶のお祖父様をお持ちの監督だと、つながる命を感じました。作品は、拝見しているとだんだん背筋が伸びていきます。色々な方の覚悟を見せられた思いがしたと言うのが、偽らざる気持ちです。自分も頑張ろうと、大きな力を頂きました。順教尼先生、南先生、入江監督皆さんに感謝を込めて!


この作品は十三シアターセブン(06-4862-7733)で上映
9月24日(土)~10月7日(金)11:00~ 
15:00~
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